人にオススメされて長らく眠らせていた《満願》。
なぜもっと早く読まなかったのだろうと後悔するのは本を読む上での避けて通れない道だ。
もともとミステリーはあまり読まないほうだが、どの話も巧みに構成されていて、ぐいぐいと引き込まれた。記憶力に自信がないので人物名を覚えるのに必死になったり、時系列の前後に置いていかれそうになったりしながらも、読み進めるうちにその世界の中に取り込まれていた。
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「夜警」
渋いおじさまの枯れたような雰囲気の中にも、罪悪感という炎が滾っているようで、その視界を通して世界を見ている気分になった。
登場人物たちの「嫌い」「警戒」といった感情がひしひしと伝わり、まるで自分がそこにいるような臨場感を覚えた。
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「死人宿」
最初は登場人物たちの関係がつかめず、どういうつながりなのだろうと注目しながら読んだ。
話が進むにつれ、霧が晴れるように関係性が見えてくるのが面白かった。「葉擦れの音」という表現がとても綺麗で印象的だった。
「夾竹桃」という植物が出てきて、知らなかったので調べたら「素手で触るな」と書かれていてどきりとした。
一人だけが死ぬという小説の“お約束”に自分も囚われ、早とちりで「一件落着」と思い込んでしまったのも印象に残った。
最後の「またもや死人宿が繁盛する」という言葉には不気味な余韻があり、噂が新たな事例を生み、さらに広がっていく様子を感じた。
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「柘榴」
この話は夢中で、まさに柘榴を貪るように読み進めた。
語り手が女性ということもあり、共感と情景がすぐに浮かんだ。
親子間で恋が連鎖するという設定には恐ろしさを感じつつも、その異常さに惹かれた。
母親としての愛と、女としての愛。その二面を一つの果実「柘榴」で象徴させる構成が見事だった。
特に、夕子と父親の約束が三度登場する場面は強く印象に残り、最後の三度目で思わず声が出るほど気味悪く感じた。
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「万灯(まんどう)」
タイトルの読み方を調べ、「数多くの灯火」という意味だと知った。
主人公の最後の独白、「街を灯す明かりに、自分の力で加えたかった」という言葉がとても印象的だった。
私は主人公のように信念のために異国へ行く覚悟を持ったことがないので、深く共感はできなかったが、彼の信念の尊さと、それでも血に濡れた手足の哀しさが心に残った。
張り巡らされた不安がじわじわと首を絞めていくような描写も見事で、最後にはまるで銃口を定められたような緊張感があった。
「スピード命」の主人公が、静かに向けられた銃口によって破滅していく構図が印象深い。
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「関守」
とても面白かった。個人的には、このホラーテイストの物語が一番好きだった。
繰り返される言葉が少しずつ真実を開いていく構成が巧みで、最後の「重いまぶたを、かろうじてこじ開ける」という一文が強く心に残った。
老婆がその目をこじ開けたのだと思うと、背筋がぞっとした。
「人の助言を舐めてかかると痛い目にあう」という教訓めいた結末も印象的で、自分にも思い当たる節があり、戒めのように感じた。
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「満願」
昭和の時代を感じる雰囲気の中で、掛け軸を「個人の誇り」として大切にする描写が印象に残った。
不貞行為が起きるのではと少しドキドキしながら読んだが、そうではなかった。
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短編集を通して、米澤穂信という作家の特徴が少し見えてきた気がする。
伏線の張り方と回収の見事さ、そして一文一文に残る「余韻」が印象的だ。
どの話も緻密に構成されており、読後に何度も振り返りたくなる。
ぜひ、ほかの作品も読んでみたい。