新田次郎のレビュー一覧
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ネタバレ私はこの物語の舞台となった地元の人間で、小さい頃からこの事件はとても身近な存在でした。
映画を見たり、資料館に行ったりしたこともありますが、やはり事件が起きた「この季節」になると、なんだかソワソワしてしまいます。
先日、本屋さんで数冊だけ残っていたのが目に入り、「今こそ読んでみよう」と手に取りました。
雪が降るこの時期に読むのは、空気感がリンクして本当にぴったりだと思います。
新田次郎さんの文章はとても読みやすくて、臨場感がすごいです。いつも読書が遅い私でも、数日で一気に読み終えてしまいました。
内容は本当に悲惨な出来事ですが、縦社会のもどかしさや、最悪な天候が重なってしまったことなど、まさに山岳史上最悪の事件だと感じました。 -
Posted by ブクログ
2026.01.06記
川中島の戦いを終えると、ちょっと忘れていた父信虎からの使者が来る。
この辺りが上洛への布石であろう。読者も 川中島の戦いの余韻を京都へと向け始めるきっかけにしている「起承転結」の「転」は極めて上手いと言える。
そして、逍遙軒(しょうようけん)武田信廉(たけだのぶかど)が明確に現れる。影武者として活躍しながらも、文才が高く、武将というよりも風流人の資質が高い。
そして、義信謀反の前触れとして、信玄親子の温泉「志摩の湯」での対話が描かれる。これは作者の創作であろうが、歩み寄ろうとする信玄に対して、 断じて自分の持論を譲ろうとしない義信が描かれる。
そして、兄、飯富(おぶ)兵部と弟、三郎兵衛の名シーンが描かれる。
兵部の語る言葉はこうである。
「いや、話すことは難しいと言ったのだ。俺が死んでも晴れないかもしれない。10年、50年、100年、数百年後に余の気持ちを推察してくれる御人があるかもしれない。それでもいいと思っている。」
そしてその言葉通り、筆者によって、世の中に表現された。
飯富(おぶ)兵部さん、安心してください。
この辺りまで読み進めると信玄の「志摩の湯」をしみじみと堪能する聖地巡礼の旅へと行きたくなる。
息子の謀反により、有能な部下を失っていくあたりには、山岡荘八氏による『徳川家康』の家康と同じく、長男を失う悲しみを感じる。
直接、書かれているわけではないが、この時の悲しみが、ずっしりと信玄の病を重くしていったことを空気として感じさせる。
このあたりの表現は、もう絶妙としか言いようがないであろう。
感情移入して読んだ者にしかわからない「千金の喜び」である。
そして、信長が上洛に入る頃、駿河進攻とともに安倍金山を手に入れる。この辺りから徳川家康の姿が見え始め、信玄にとっての「上洛の壁」を思わせる。
信玄が小田原まで攻めていたというイメージはなかったが、関東の方まで兵を進めていたことがわかる。
ここで「灰吹法」から水銀を用いる「コンコウ法」に対する記述が見られる。
これは、徳川家康の配下としても活躍する、後の大久保長安が得意とした方法であり、今現在でも、この方法は金の採掘にアフリカなどで使われている方法である。
「金の吹き立て法」一つにしても、歴史小説でありながら、できるだけ史実に即し、資料に基づいて書きつつも、単なる説明くさい記述で、話のテンポが悪くならないようにという著者の配慮が感じられる。
八王子から突如、小田原を目指して進む際の行軍の編成について詳しく描かれている。
『甲陽軍艦』は史実として誤りが多いとは書かれているものの、それらの資料を前提にしっかりとした軍編成のメンバーまで描かれているところは手抜きがない。マニアにとってはとても嬉しい記述である。
ここにも「単なる歴史小説」ではなく、歴史家としての面も忠実に果たしていこうという著者の意志が強く感じられてくる。
並の小説家がそのようなことをしてしまえば、単なる教科書のような、事実の羅列のような、無味乾燥の記述になりがちである。
だが、小説におけるリアリティを追求する延長上にあるものだとすると、その息遣いに迫っていきたいという「情熱の結晶化そのものである」という感じがする。
そして、ほんの些細なすれ違いから大切な『諏訪神社を壊して炊いている雑兵』たちが現れる。
これに関して、史実なのか、創作なのかは分からないが、武田勝頼のその時の裁き方というものが、実に心憎いほど明君としてふさわしい。
「勝頼が暗愚だったために、武田家は滅んでしまった」というような俗説に言われるようなものではない、という印象を与えるにふさわしいエピソードが組み込まれている。
そして、生涯、信玄を悩ませ続け、悪役的存在としての三条氏が登場する。
息子義信を失い、北条氏政の正室になった時姫も早死にしてしまったという背景を描くことで、信玄の「不憫な女」という言葉の奥にある哀れさが表現されている。
今まで「信玄の邪魔しかしない」という、この京都の女に対する読者の嫌悪感が、この時に「この女性もまた、戦国乱世にある一人の犠牲者にすぎなかった」という憐れみの気持ちへと読者に思わせる。
この辺りの大逆転の表現のまま、三方ヶ原の戦いに至るまでの読者の心のくすぶりのようなものをすっきりさせて、進めるあたりも、完成された『武田信玄』という小説の構成を思わせる。
「あとがき」では、著者もこのように書かれている。
「信濃を平定した後の武田信玄は駿河に進行する際に、信玄の戦術・戦略が年と共に変わっていっているように、著者の考え方も変わってきている。」
確かに、それは文章全体から落ち着きのようなものを感じる。
「風」の時には、父を追放し、創業の苦しみと失敗を。この辺りには伸びゆく若さを感じる。
「林」の時には、一定の勢力の安定と地盤固めを。この辺りは自分の実力を発揮し、 ライバルと戦いつつ、勢力を獲得する中堅の勢いを。
そして「火」に至るに従って「天下へ号令する」というものを視野に入れたグランドデザインからの息子との衝突と葛藤を通し、武田信玄自身の人間性が、一段と練れてきてき始めているところがうまく描かれている。
この辺りが現代でも、会社経営など、より大きく成長していく過程においての社会的に責任の重さなどから来る子供や社員との認識の違いなどにも、影響を及ぼすであろう。
「単なる娯楽以上の価値ある書籍として長年愛されるだけのことはある」と、読み終えた後に、一抹の寂しさのようなものを読者に感じさせる腕は、本当に神がかっていると言うしかない。
改めてこのような本を書いていただいた著者に、感謝を深める次第である。 -
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2026.01.06記
有名な上杉謙信(まだ長尾景虎だが)の登場。三国同盟。剃髪して晴信から信玄へ。桶狭間の戦い、川中島の戦い。武田信繁の死。長男、裏切りの下準備。
武田信玄ファンであれば、こうしたバラバラとした事件は耳にしたことがあるだろうが、どこがどう時系列と原因・結果で繋がっていくという感じが、とても心地よかった。
また、実際には長尾景虎が登場していないにも関わらず、山本勘助からのセリフから推測させる長尾景虎の頭の良さと、信玄との違いを感じさせる記述が上手い。
全く異なる場所で活躍していた信長との接点を、山本勘助を使って描き出す表現力。
歴史書ではなく、あくまでも小説であるということを活かした大胆な展開には、小説家、新田次郎氏の筆がノリにノッている感じを与える。
有名な「川中島の戦い」では、川中島の戦い前夜としてのキーワード「霧」をいかに掴むか?に、その文才は発揮された。
その一方で「川中島の戦い」そのものは、意外なほどあっさりとしており、有名なキツツキ戦法など、もっと詳しく書かれるかと思っていれば、そうではなかった。
個人的には謙信が信玄に斬りかかり、信玄が軍配でそれを受け止めるシーンを期待していたが、あまりにあっさりしていたため 読み飛ばしてしまったのかと疑い読み、返したほどだ。
しかしながら、小説『天と地と』にて、海音寺潮五郎氏が、ほとんど川中島の戦いに焦点を当てて、詳しく書いているため、あえて自分がわざわざ書く必要もないと、このようにとらえたのかもしれない。
そして、その筆力を、むしろ「戦後処理の義信との確執」に移していくところが、とても見事であると思った。
個人的には、武田信繁が好きだったため、お館様の長男を守るために犠牲になっていく姿には、涙を禁じえなかった。
信玄のその悲しみと、長男の身勝手ぶりが、徐々に読者に入ってくるようだった。
いつの間にか自分が武田信玄のような気持ちになって、父として息子を可愛がりたい気持ちと、主君として規律を乱さず、正しくあらねばならないという葛藤の気持ちを、小説を読みながら共に味わうことができた。
ストーリー展開は知っているはずではあるのに改めて、その一つ一つの事件の彩りの展開に、著者新田次郎氏への深い感嘆と感謝を感じる。
日本人の誇るべき素晴らしい小説であると言えよう。 -
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2026.01.05記
これを読まずして武田信玄は語れない。
武田信玄の理解の傑作!
武田信玄の生涯は大きく分けることができる。
①父、信虎を追い出し、砥石崩れまで。
②山本勘助の活躍する川中島の戦い。
③長男、義信の裏切りと後継者勝頼まで。
④病気を押して戦をする三方原の戦い。
この絶妙な流れを風林火山として四冊にまとめ上げ、天才的文章で、今まさに同時代に生きているかのような錯覚に陥らせるほどの内容となっている。
小説家井上靖氏も、 武田信玄を書くことに試みているが、どうもそちらは単なる恋物語にしていて、歴史的深みのような重みを 感じさせなかった。
新田次郎氏は、まさしく、この『武田信玄』を書くためだけに生まれ、そのために死していったのではないかというほど、生涯を掛けた魂の結晶化したものに感じさせる。
個人的には「あとがき」での著者の感想がとても面白かった。
小説に出した登場人物の子孫から、批判を浴びたり、もっといいようにかけと言われたりもしていた。
「もし、武田信玄が生き残っていたらどうなったか?というようなものを書いて欲しい」など、めちゃくちゃな要求もされていたようだ。
初めのうちは、人物名、地名なのに読めないというところが多いかもしれない。
その場合、今一つ没入感のようなものが得られないが、配下の名前や地名の場所などが認識できてくると、徐々にタイムスリップしたような感覚になる。
読み終えた後の聖地巡礼は、とても感慨深いものになった。
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宮城の裕福な家庭に生まれながら、家庭の事情で不遇な生活を送ることとなり、一念発起して渡米した安田恭輔。北極警備の船員として生活の糧を得るが、人種差別にあい、遭難しかけた船から追い出されるように救助に向かう。奇跡的に救助は成功するが、船には戻らず、現地のエスキモーと生活することを選択する。その後は、エスキモーの1人として、頑なに部族に貢献し、絶滅しかけた一族を内部へ移住させることに成功し、エスキモーのモーゼと称される。日本人でこれほど現地に影響を与えた人はいないと思えるほどだが、ほとんど知られていないのは残念。旅行記というには重たい物語だが、カナダや北極圏に旅したくなる一冊。
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ネタバレ西上の夢を追いかける信玄の最期を見届けていたら、涙が止まらなくなってしまった。いつのまにか私も信玄公の虜になっていたようだ。
信玄があと10年早く武田家の長になっていたら、どんな歴史になっていたんだろうって思いを巡らざるを得ないなぁ。
家康陣営があれほど怯える騎馬隊も、張り巡らされた策略も、敵を感嘆させるほどの隊列も、すべて西上のため。信長からしたらマジか、あっぶねー...セーフ...って感じだろうけど、やっぱり真正面から戦ってほしかった気持ちはある。
これ以降衰退の一途を辿る勝頼時代を見届けるのはあまりに辛すぎたので、正直ここで終わってくれて助かりました。記憶に残る本だった!読んでよかった! -
Posted by ブクログ
映画に感化されて八甲田山観光、その前に予習。
よかった!おそろしかった!
映画を見ているので、雪地獄がビジュアルで浮かぶ。
映画と違い、徳島隊が三本木にたどり着くまでの過酷な道のりを示し、神田隊が来ていないことを知りぞっとする。そして死へ行進が幕を開ける…素晴らしい構成で、青森隊出立からは最後まで止まらない勢い。
1番のハイライトはさわの道案内。吹雪にもかかわらず、ワクワクするような爽やかで明るい行軍となった。
日露戦争に向けた、当時の空気をひしひしと感じる。たかだか数十年前に誕生し、急速に力を持った支配階級・軍人を、市井の人々はどう見ていたのか。
最後の立川中将の「軍兵増強と知名度を勝ち得た五連隊の勝ち」判定には甚だ遺憾ではあるが、「両方が勝つ戦争というのはがあるのですか」は日露戦争を思わせて興味深い。日本は勝ったが得るものがなく、好戦の道へ突き進んだ。ロシアは負けたが、この戦争はむしろ革命を後押ししたかもしれない。
最もこれだけの犠牲を出して雪山の恐ろしさを知り、せっかく生存した頑健で有能な将兵たちを失なってまで臨んだのだから勝てないと報われなかったが…
映画ならではのドラマチックな脚色も良かったと振り返って思う。
筆者の思惑通り健さんを通した『徳島大尉』は極限まで美化され、第三十一連隊ここにありと八甲田踏破をアピール。小難しくなる銃の話など後日談はカット。可哀想だけど案内人の受難もカット。神田大尉は若く立場の弱さを強調し、顔を観るだけで苦味がするような三國の山田大佐とキャラクターの凹凸をはっきり。田茂木野での、遺体となった神田大尉との再会。厳冬の雪地獄の合間に、幻覚として美しく優しい秋までの八甲田をはさむ。
というか1世紀前にはこんな過酷な行軍をやってのける軍隊という組織があったなんて。現代、同じような環境に置かれてどれだけの人がチーム行動を保てるのか…?無謀と盲信ではあるけれど、軍という不思議な強制力と信頼を生む組織への興味が湧く。 -
Posted by ブクログ
小説を本格的に書き出したのは39歳。それから現在(63歳)までの、個々の作品執筆をめぐる自伝。昼間は藤原寛人として気象庁に勤務し、夜は新田次郎として小説を書く。二足の草鞋。
小説を書くのがおもしろくてたまらない。それなりにお金も入る。しかし、賞をとるごとに、職場でのまわりの目が気になる。焦燥や苛立ちや怒りも描かれている。でも、実務的な仕事をしていなければ、あのような作品群(とくに山岳や気象の関係する作品)は書けなかった、と私は思う。しかも退職時には、富士山頂に気象レーダーを設置するという大仕事もなしとげた。二足の草鞋というよりは、車の両輪だったのかも。
文庫版の付録、妻・藤原ていが書いている新婚の頃のエピソードがおもしろい。ある朝広い露場で目撃したのは、白衣姿で風船を揚げている夫の姿。「まるで子供」。科学者だと思っていたのに。