新田次郎のレビュー一覧
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登録は新潮文庫だけど、実際は古書店で買った、昭和46年当時に発行されたもの。時代柄、まだ戦後そこまでたっていないこともあって、描写が戦中を経験したことがなければ書けない文章で、公式記録をもとにしたとしても現代の作家にはこういうものは作れないと思った。
これはジャンルは小説ということだが、生存者や遺族への取材、公式記録他生存者の記録、現地への取材をしたうえで書かれている。小説とした理由は直接取材し得なかった、亡くなった隊長、将校や兵卒、従軍記者、村人の心理描写を軸に話を進めたからだとおもう。実際にたどった道、どのように遭難したか、会話、生き残ったかは深く取材をしているので、実際はノンフィクションとしてよいと思ったので、じぶんの中ではノンフィクションジャンルで登録をした。
その時代でなければ・・というのはその心理描写ほか説明書きの中でも~~逆らえるはずがなかった。上官が命じたらそこまで。といった、当時の軍隊や日本の様子を肌で感じていないと書けない生生しい文章だと感じたから。文体は今でも読みやすく、山岳作家の方の文章は結構読みやすいと思っているんだけど、わかりやすい描写、転換もはっきりしていて古典感はまったくなかった。
行軍をした心理描写があったからか、自分もそこにいるかのような感覚をもちながら読んだ。絶対に経験しないことだからなのか、自分も山に行くからか、こういう遭難の話に惹きつけられるものがあるのはなぜだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレyoutubeなどでたびたび遭難事故自体は紹介されていて、興味があって読んでみました。なんかもう、いろいろすごかった。神田大尉が何度やめようと言っても聞かない山田少佐には幾度となく「この頑固おやじめ~」と思ったし、軍人の厳しい上下関係がゆえにこれ以上何も言えない神田大尉が切なかったです。しかし「神田大尉の指揮権を奪うようなことをしなければ…」と悔いながら自決する山田少佐の姿にはジーンと胸にしみるものがありました。また、「この事故と尊い犠牲があったから、精神と鍛練だけでは寒さに勝てないと知って防寒を徹底するようになった。陸軍の犠牲を未然に防いでくれた」と犠牲者を尊ぶ立川中将の言葉にも心を動かされました。無理を承知で書きますが、私もいつか八甲田山に行って、山口少佐の像にお目にかかりたいです。
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山を覆う杉の木は当たり前にそこにあったのだと思っていた
はい、新田次郎さんの傑作小説『ある町の高い煙突』です
これは鉱山の煙害(公害)を世界一高い煙突を建てることで無くすという企業と住民がある意味力を合わせた稀有な”勇気と忍耐”の物語なんよ
もうがっつり地元なので、”ある町”でもなんでもないんですがね
なんていうか、知った地名が出てくるだけで、その場所が明確に頭の中に思い浮かぶだけで、なんだか嬉しくなっちゃいます
あーあそこはね
煙溜まるよなーとかね
そして大煙突な
ほんとに大煙突だったのよ
いやもう大々々々々々煙突だったね
残念ながら平成五年におよそ三分の一を残して倒壊してしまったんだけど、わいも見に行って、なんか悲しかったのを覚えているよ
なんかもうひとつの歴史が終わった〜みたいなね
地元に住んでいるからこそ味わえる読書もある
これからも茨城県を題材にした本、どんどん読んでいくで〜 -
Posted by ブクログ
富士山頂で冬を越す。
想像しただけで「そんなことできるの?」と思ってしまう。
明治の時代にそれに挑んだ野中夫妻、特に妻の野中千代子さんについての小説。
現代の女性像とは違い、封建的な時代だった当時、親族や世間の目を省みずに夫を助けるために富士山に登った千代子さんの姿は、とてもかっこよく映った。
結果的に千代子さんがいたことで夫の到さんは大いに助けられ、後年「あれは千代子がいたからできたこと」と言ったそうだ。
前例がなくとも信念を持ってやり通すことの美徳を感じる。
また、新田次郎さんは『剱岳 点の記』以来2冊目だが、本当に自然の過酷さがリアルに描かれていてゾッとする。
こうした山に関する本が好きでよく読むが、決して美しいばかりではなく、簡単に人の命を奪い去る残酷さを持っているのも山の一面だ。
大きな自然の前で吹き飛ばされそうになる小さな人間の戦い。
それが山の小説を読んでいて怖さとワクワクを感じる所以なのかもしれない。 -
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いやー、感動した。過去1年で読んだ本で一番良かったかもしれない。
明治時代に東北の名家に生まれ、アラスカに渡ってエスキモーたちを率いたフランク安田の人生を取材し、それをもとに書かれた、ノンフィクションに近い小説である。
フランク安田は身動きできなくなった船の助けを呼ぶために一人何十マイルの旅に出て、たまたまエスキモーに助けられた。それをきっかけにエスキモーたちと暮らしていくことになる。エスキモーは鯨やアザラシなどを獲って生きている。白人たちの乱獲で海獣がいなくなり村は飢餓に襲われ、疫病もあり絶滅しそうになった。村人を助けるべく、また旅に出て、インディアンに会い、ゴールドラッシュに乗じてエスキモーたちを移住させる。
過酷な環境での生活や人種差別を乗り越えながらも、エスキモーの妻とともに現地に根付き、エスキモーの生活基盤を整えて、村づくりをした彼の生き様に頭が下がる思いだ。フランク安田は実在した人で、著者の新田次郎はアラスカや安田の生家に取材に行き本書を書き上げたとあとがきにある。この取材が昭和40年代で、安田氏の子孫に直接話を聞けたようだ。著者の使命感を感じる。
生涯日本に帰ることはなかったようだが、彼の故郷を思う気持ちを想像して胸が痛む。こういう人がいたことを知れて良かった。 -
Posted by ブクログ
富士山頂に気象レーダを建設する
という大事業を成し遂げる
気象庁測器課葛木章一の物語
昭和38年から39年ごろのお話
山頂に物資を運ぶことから
建築過程の苦労
雪のない短時間での作業
そして国への予算のお伺い
業者はどこにするのか
さまざまな人間関係も絡み合ってはいるが
とにかく山頂の気候との
兼ね合いから早く進めないと
どうにもならない
苦悩する葛木
新田次郎の代表的な作品であり、
本人の実体験でもあるようです
大変興味深く読んだ
プロジェクトXの第一回放送でも
取り上げられていたらしい
人の努力は計り知れない
今、人間がこうして暮らしているのも
こんな努力が数え切れないほど
あるからなのですね
現実だけでなく人と人との
関わりや、政治的な問題なども
考えさせられる
良い作品を読めた
富士山頂に立ってみたい
とも思う
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2026.01.06記
川中島の戦いを終えると、ちょっと忘れていた父信虎からの使者が来る。
この辺りが上洛への布石であろう。読者も 川中島の戦いの余韻を京都へと向け始めるきっかけにしている「起承転結」の「転」は極めて上手いと言える。
そして、逍遙軒(しょうようけん)武田信廉(たけだのぶかど)が明確に現れる。影武者として活躍しながらも、文才が高く、武将というよりも風流人の資質が高い。
そして、義信謀反の前触れとして、信玄親子の温泉「志摩の湯」での対話が描かれる。これは作者の創作であろうが、歩み寄ろうとする信玄に対して、 断じて自分の持論を譲ろうとしない義信が描かれる。
そして、兄、飯富(おぶ)兵部と弟、三郎兵衛の名シーンが描かれる。
兵部の語る言葉はこうである。
「いや、話すことは難しいと言ったのだ。俺が死んでも晴れないかもしれない。10年、50年、100年、数百年後に余の気持ちを推察してくれる御人があるかもしれない。それでもいいと思っている。」
そしてその言葉通り、筆者によって、世の中に表現された。
飯富(おぶ)兵部さん、安心してください。
この辺りまで読み進めると信玄の「志摩の湯」をしみじみと堪能する聖地巡礼の旅へと行きたくなる。
息子の謀反により、有能な部下を失っていくあたりには、山岡荘八氏による『徳川家康』の家康と同じく、長男を失う悲しみを感じる。
直接、書かれているわけではないが、この時の悲しみが、ずっしりと信玄の病を重くしていったことを空気として感じさせる。
このあたりの表現は、もう絶妙としか言いようがないであろう。
感情移入して読んだ者にしかわからない「千金の喜び」である。
そして、信長が上洛に入る頃、駿河進攻とともに安倍金山を手に入れる。この辺りから徳川家康の姿が見え始め、信玄にとっての「上洛の壁」を思わせる。
信玄が小田原まで攻めていたというイメージはなかったが、関東の方まで兵を進めていたことがわかる。
ここで「灰吹法」から水銀を用いる「コンコウ法」に対する記述が見られる。
これは、徳川家康の配下としても活躍する、後の大久保長安が得意とした方法であり、今現在でも、この方法は金の採掘にアフリカなどで使われている方法である。
「金の吹き立て法」一つにしても、歴史小説でありながら、できるだけ史実に即し、資料に基づいて書きつつも、単なる説明くさい記述で、話のテンポが悪くならないようにという著者の配慮が感じられる。
八王子から突如、小田原を目指して進む際の行軍の編成について詳しく描かれている。
『甲陽軍艦』は史実として誤りが多いとは書かれているものの、それらの資料を前提にしっかりとした軍編成のメンバーまで描かれているところは手抜きがない。マニアにとってはとても嬉しい記述である。
ここにも「単なる歴史小説」ではなく、歴史家としての面も忠実に果たしていこうという著者の意志が強く感じられてくる。
並の小説家がそのようなことをしてしまえば、単なる教科書のような、事実の羅列のような、無味乾燥の記述になりがちである。
だが、小説におけるリアリティを追求する延長上にあるものだとすると、その息遣いに迫っていきたいという「情熱の結晶化そのものである」という感じがする。
そして、ほんの些細なすれ違いから大切な『諏訪神社を壊して炊いている雑兵』たちが現れる。
これに関して、史実なのか、創作なのかは分からないが、武田勝頼のその時の裁き方というものが、実に心憎いほど明君としてふさわしい。
「勝頼が暗愚だったために、武田家は滅んでしまった」というような俗説に言われるようなものではない、という印象を与えるにふさわしいエピソードが組み込まれている。
そして、生涯、信玄を悩ませ続け、悪役的存在としての三条氏が登場する。
息子義信を失い、北条氏政の正室になった時姫も早死にしてしまったという背景を描くことで、信玄の「不憫な女」という言葉の奥にある哀れさが表現されている。
今まで「信玄の邪魔しかしない」という、この京都の女に対する読者の嫌悪感が、この時に「この女性もまた、戦国乱世にある一人の犠牲者にすぎなかった」という憐れみの気持ちへと読者に思わせる。
この辺りの大逆転の表現のまま、三方ヶ原の戦いに至るまでの読者の心のくすぶりのようなものをすっきりさせて、進めるあたりも、完成された『武田信玄』という小説の構成を思わせる。
「あとがき」では、著者もこのように書かれている。
「信濃を平定した後の武田信玄は駿河に進行する際に、信玄の戦術・戦略が年と共に変わっていっているように、著者の考え方も変わってきている。」
確かに、それは文章全体から落ち着きのようなものを感じる。
「風」の時には、父を追放し、創業の苦しみと失敗を。この辺りには伸びゆく若さを感じる。
「林」の時には、一定の勢力の安定と地盤固めを。この辺りは自分の実力を発揮し、 ライバルと戦いつつ、勢力を獲得する中堅の勢いを。
そして「火」に至るに従って「天下へ号令する」というものを視野に入れたグランドデザインからの息子との衝突と葛藤を通し、武田信玄自身の人間性が、一段と練れてきてき始めているところがうまく描かれている。
この辺りが現代でも、会社経営など、より大きく成長していく過程においての社会的に責任の重さなどから来る子供や社員との認識の違いなどにも、影響を及ぼすであろう。
「単なる娯楽以上の価値ある書籍として長年愛されるだけのことはある」と、読み終えた後に、一抹の寂しさのようなものを読者に感じさせる腕は、本当に神がかっていると言うしかない。
改めてこのような本を書いていただいた著者に、感謝を深める次第である。