新田次郎のレビュー一覧

  • 先導者・赤い雪崩

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    何時も早すぎる

    また、読んでません、これからです。

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    2017年06月25日
  • 小説に書けなかった自伝

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    作家デビューに至るまでの経験を総括しているのではないかと思います。
    二足の草鞋を履く・・・本名:藤原寛人さんは、気象庁の技術者でありながら、小説を書き続けました。富士山頂の測候所に携わっています。中でも、以下の文言が印象的です。
    この小説は、昭和52年1月に発行(今は絶版になっています)されており実に戦後30年以上を経てから発表となります。何故、この体験を書かなかったのか?については不明ですが、「小説に書けなかった自伝」には、こう記されています。

    ※以下引用
    『「望郷」のでき不出来よりも私はこれを書くことによって憑きものを落としたかった。
    私にとっての終戦後の一か年間は十年にも値するほど長かった。引き揚げてきてもなにかの折にその当時の夢を見てうなされた。(中略)「望郷」を書いている最中には毎夜のように当時の夢を見た。しかしこれを書き終えてしまえば夢は見ないだろうと思った。その期待は見事に裏切られた。憑きものは落ちないどころかむしろ忘れかけていた苦しい思い出がよみがえって、夢見はいっそう悪くなった。』
    ※引用終わり

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    2017年01月22日
  • 孤高の人(下)

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    大変良かったです

    加藤さんが遭難したのは残念です。

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    2016年02月22日
  • 孤愁〈サウダーデ〉

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    近年まれにみる傑作。モラエスを心の奥底まで探るように描いており、とてもすばらしい本だ。モラエスについて勉強したくなった。

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    2016年02月16日
  • アラスカ物語

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    約100年前にアラスカに渡りエスキモー(イヌイット)の救世主となり、「アラスカのモーセ」と称えられたフランク安田の事績を描く。北極圏の荒々しい自然の描写が想像をかき立てる。何ヶ月も太陽が昇らない、骸骨の踊りのようなオーロラ、前後左右を見失うような吹雪。このような小説は出来るだけ快適な環境で詠むに限る。僕はこの小説に出てくる人間だけでなく、犬たちも健気だと思う。彼らはどんな吹雪でも迷わず家に帰れるそうだ。人物ではジョージ大島の煮ても焼いても食えないようなところが良い。本名は大島豪十で群馬出身ということだが、彼はいったいどんな人生を歩んでアラスカに来たのかよく分かっていないらしい。ジェームズ・ミナノに至っては何も分かっていないようだ。

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    2016年01月08日
  • アラスカ物語

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    アラスカについては星野道夫の書籍や写真でしか馴染みがなかったけど、この本を読まなければ、おそらくフランク安田という偉大な日本人を知ることはなかったと思う。人物像だけでなく、アラスカの自然やエスキモーの歴史・文化・生活習慣など、そしてゴールドラッシュ、白人やインディアンとの関わり合いなど深く書かれていて、勉強になった。

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    2019年10月08日
  • 孤高の人 7

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    本当に悲しい時にしか出ない涙を森くんは流している…森くんが感じている人がまとわりつく感覚は解る…一人の方が楽に思える。彼はどういう人間になって行くんだろうか。
    『孤高の人』が頭から離れない…原作になった小説の方読もうかなぁ。漫画とは違うと解ってはいるけれど、坂本眞一さんが漫画として描きたいと思った訳だから、世界観に触れたい、と言う気持ちがふつふつと…人間は本当に孤独になるのは逆に難しいんだ、と言う事とかずーっと考えてる。未踏のK2東壁シュミレーションで北アルプス全山縦走チーム内で、元来一人を好む性格もあるが仲間との距離が解らず、それでも文五郎なりにチームの為に、と考えた矢先に舌の根も乾かないうちとはこの事だ、って具合に仲間にあっさり裏切られて、一人で山を降りろ、と言われた後の文太郎の行動と涙が…一人がいいと言いながら、何故チームに背を向けて降りなかったんだろう、彼らの後を追ったんだろう、何故彼は涙したんだろう。最初は「独り」はこっちから突きつけるもので「一人」にされる覚えはない悔しさなのか、とも思ったが、自分勝手にできない不都合さに挑戦したかったのかもしれん、と思った。一人で出来る事を一人でやらない選択を自分が行う、と言う事をやりたかったんじゃないかな、文太郎は。

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    2016年01月16日
  • 聖職の碑

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    登山の参考に

    当時の登山がいかに過酷であったのかが良く分かる作品です。木曽駒ヶ岳に何度も登っていたので以前より興味がありました。読了して当時の状況が現況と照らし合わせることができ、とてもリアルに伝わってきました。

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    2015年08月02日
  • 孤高の人 17

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    はじめはなんか絵が苦手かもと読み進めるうちに主人公の登ることへの執着。
    登ることをエンターテイメントな描写。一気に読んですっきりしたのは久しぶりのマンガでした。

    なんとなくボルダリングやってみたいなぁと思いました。

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    2015年07月31日
  • 珊瑚

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    山岳小説家として名高い新田次郎氏の小説はこれまで山岳小説しか読んだことはなかったのですが、海を題材にされた小説とのことでこちらもまた興味深く感じました。
    恥かしながらこれまで日本地図を見ても意識したことのなかった長崎県の五島列島にて、明治時代に発見されてから昭和にかけて盛んに行われていたという珊瑚漁のお話です。
    大変な犠牲者数を出す遭難を何度も繰り返す中でもあきらめず美しく大変高価なモモイロサンゴを追い求めた主人公たち。
    なぜそれほどまでに追い求めるのか、それは高い値が付くからということではなく珊瑚の奥深い魅力につい惹かれてしまうというお話が、なぜ山に登るのかという質問に対しそこに山があるからと答えたという名言に似ていると解説に書かれています。
    解説は新田次郎氏ご自身が実際の現地での取材記でした。当時のことを知る人はこの小説が書かれた当時でももうかなり少なくなっていました。それでも根気強く真摯に取り組まれた結果、この素晴らしい小説になっていることをあらためて感じこちらもまたとても興味深く、本編と同じように一気に読んでしまいました。

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    2014年12月18日
  • 怒る富士 上

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    生まれも育ちも神奈川県は足柄上郡で、我が家のベランダからは富士山がよく見えた。富士山の頬をザックリとえぐった宝永火口は美的観点から疵だよなぁという印象しかもっておらず、まさか自分の故郷がその宝永噴火で最も被害を受けた地域だったとは迂闊にも知らなかった。
    1707年の宝永大噴火は、駿東郡と足柄上郡に降灰による大被害を与えた他、その後の大雨が灰を押し流し酒匂川の堤が決壊、足柄下郡に深刻な洪水被害も与えた。その結果、これらの地域の農民は飢餓の危機にさらされた…
    本書は、政府から見棄てられた飢民を救うために命を懸けて働く代官を中心にして、富士山噴火という大災害のその後を描いた物語だ。全国から集めた救済金が別の予算に使われたり、復興が遅遅として進まなかったり、現代にも通じる問題はまさに他人ごとではない。
    小田原高校卒業生は必読!

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    2013年12月27日
  • 孤高の人 17

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    疲れるし、寒いし、危険だし。
    お家大好きな自分には山の魅力はわからないし、わかることは一生ないと思います。
    でも、山に行かずにはいられない、その衝動と渇望の理由は理解出来なくもない…かな?
    下界の煩わしさから逃れ、絶対的孤独を愛す。
    圧巻の画力で描かれる壮麗で凶暴な山々。
    極限状態の描写は多彩で凄味があり、絵に説得されてしまいます。
    下界での生活はいろいろ不憫で女難の相もあった文太郎。
    良い嫁が見つかり、人間社会に馴染むことが出来ました。
    悲劇の英雄ではなく、普通の人になれて良かったと思います。

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    2013年11月26日
  • 孤高の人 3

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    ネタバレ

    改めて主人公は山にとり憑かれているなぁと感じた巻。軽装で登山して吹雪にあった主人公。どうなってしまうのかハラハラしながらページを繰った。特に遭難中休んでいるシーンは一番怖かった・・・!

    あとは大西先生と黒沢さんの山での因縁話。
    山の非情なこと・・・胸が熱くなった。

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    2013年10月29日
  • 武田勝頼(三) 空の巻

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    長篠の戦いで敗れた武田軍は名将、勇将を失いながらも世代交代で新たな人材を登用し名誉挽回の機を伺っていた。そして織田軍牽制で利害の一致した上杉氏や北条氏と手を組み、自領の安全は確保した。高天神城はまだ抑えており、家康もうかつには侵入してはこなかった。

     しかし、家康は勝頼に対してゆさぶりをかける。地方の小さな城にちょっかいを出しては勝頼の動向を見定めた。援軍を出さなければ、武田は苦しい台所事情が見透かされる。人を割くのも厳しかったが、援軍を出せば出すだけ戦費は嵩み、何度も動員をかけられる領民には不満が募った。


     人心は武田を見限り始めていた。


     もともと信玄という強力な統率者がいたため武田はまとまっていたが、信玄が出てくる前は内乱状態だった。勝っているうちは団結しているが、負けてくると綻びがそこかしこから出てくる。


     そこにもって決定的に人心の離反を促したのが、躑躅ヶ崎館を捨てて新府城への移転を決めたことだ。信長家康連合軍に進行された場合、籠城に適する城がなかったことを憂えた穴山信君(穴山梅雪)の案を取り上げ、財政面や人的負担の懸念材料を秤にかけたが、武田家存続のために勝頼は移転を決断した。


     人心の離反を理由に最も反対した真田昌幸が築城の責任者となったのは皮肉としか言いようがない。この移転案を献策した梅雪は、すでに家康に内通しており、昌幸が反対した理由そのものを利用して、武田を滅亡に追い込もうとしていた。


     以上の流れは小説の筋としてそうなっているということなので、実際そうなのかはよくわからない。


     しかし、まず木曽衆の寝返りによって信長軍の侵攻を抑える要を失い、また御親類衆筆頭の梅雪の裏切りによって、家康軍の侵攻の許したことで、両腕をもがれた勝頼は戦う術をほぼ失った。武田の敗色は濃厚だった。それをみた他の家臣も、次々に勝頼を裏切り、勝頼は完成した新府城に籠ることもできなかった。この時になって、人心が離れてしまっていたことにようやく気づいたことだろう。上杉家に身を寄せるという逃げ道もあったが、すでに再興の夢はかなわないと悟ったに違いない。最後は身を寄せようとした小山田信茂の館付近で、小山田に裏切られ討ち死にした。
     こうして甲斐の名門武田家は滝壺にまっさかさまに落ちるように瞬時に滅亡した。


     武田家臣団の裏切りには、信長からの所領安堵の密約があったようだが、その約束を信じて信長の面前に出た者のほとんどが殺されている。小山田信茂は最後の最後で主君を裏切った卑怯者として罵倒されてうえに処刑された。許されたのは木曽衆と穴山梅雪くらいだ。


     憎むべきは武田家を敵に売った張本人・穴山梅雪だが、勝頼の死後わずか3カ月後に本能寺で信長が討たれたときに堺にいたため、急ぎ甲斐に戻ろうとした途上で落ち武者狩りにあいあえなく死んでいる。


     失意のうちに討ち死にした勝頼と、得意絶頂の信長の死がわずか3カ月しか違わないことに、戦国時代の激動が伝わってきて感慨深い。

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    2017年08月15日
  • 武田勝頼(二) 水の巻

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     長篠城を包囲した武田軍は、落城はもはや疑いなしというところで一旦攻城を止める。落とすのは簡単だが、そうすると高天神城を落とした時のように信長が進軍してこない可能性が高い。勝頼の出陣の主目的は家康とともに信長の勢いを削ぐことにあったから、信長が家康の援軍に出てきてくれないことには目的を達成できなかった。

     そして設楽ヶ原で両軍は対峙したわけだが、馬防柵や鉄砲隊の情報などから合戦に及んだ場合、相当の損害が考えられた。戦わずに引き上げるという手も武田軍には考えられた。しかし勝頼のもとには敵将の佐久間信盛が信長を裏切り、時期を見て武田軍に加勢する、との密書が届いていた。その証として部隊の配置などの重要情報ももたらされた。裏切りが真実ならば、武田の勝ちはもはや必然だった。
     真田昌幸など信長の謀略を疑う者もいたが、結局は穴山信君を筆頭とした御親類衆の意見により、戦うことに決まった。


     武田軍は正面から当たれば被害が大きいため両翼を破り背後に回り込もうとした。鉄砲には竹束の盾にして防ぎながら、柵を倒して進軍した。戦いは8時間にも及び、もう少しですべての柵を倒し、回りこめるところまで武田は押した。いつまで経っても裏切る気配のない佐久間信盛に対しても勝頼は謀略を確信し、攻める味方にも後詰めの兵力を投入しようとした。しかしここで、その後詰めの軍を指揮する穴山信君が勝頼の命に従わないという事態が生じた。信君は乱戦になっても佐久間の内応を信じ、後詰めの兵を割かなかった。


     信君は信玄とも血筋の近い御親類衆の筆頭であったにも関わらず、後に裏切り武田を滅亡に追い込んだ悪人だ。この時はそんなつもりはなかったろうが、勝頼の采配をなめて従わず、自らの判断で兵を動かした。長篠に先立ち高天神城を落としたのは信君の業績なので、成功体験で図に乗っていたのかもしれない。このとき信君が命令に従っていたならば、武田は勝っていたかもしれない。


     そうこうしている間に、武田の背後に回った信長の軍に挟撃され、武田は敗走を余儀なくされる。武田の名だたる武将が討たれ、甚大な被害を受けたのは、この敗走の時である。鉄砲隊に無謀な突撃を繰り返して被害を甚大にしたというのは迷信にすぎない。


     佐久間信盛の内通の証拠(信長の謀略の証拠)として残っている史料はないので、事実かどうかはわからない。小説はこれがあったと仮定して長篠の戦いを描いている。


     しかし穴山信君が命令に従わなかったのは確かなようで、高坂弾正などは敗戦の責任を問い切腹を命じるべきだと進言したようだ。しかし御親類衆の反発を恐れた勝頼は取り上げなかった。


     このとき信君に切腹を命じていれば、あるいは武田の運命も別なものになっていたかもしれない。
      

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    2017年08月15日
  • 武田勝頼(一) 陽の巻

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     長篠の合戦において、信長・家康連合軍の鉄砲隊に騎馬での無謀な突撃を繰り返し、散々な負け戦で勢力を弱めた武田勝頼。  
     近代兵器の鉄砲三千丁を三段打ちという効率的な活用を考えだした天才・信長と、時代の変化に追いつけず、前近代的な騎馬による突撃しかできなかった愚かな勝頼という対比で語られることが多く、武田氏が滅亡した原因は勝頼が馬鹿だったからだという説が今も多くの人に信じられている。

     確かに自分も高校の日本史の授業で、そう教わったし、教科書にもそう書いてあった。(馬鹿とは書いてなかったけど、そんな意味に受け取れた)
     歴史的事実を教科書から学ぶのは大事だが、歴史観には批判の目を向けて見るのも大事だ。



     武田氏が最大版図を獲得したのは信玄の時代ではなく、勝頼の時代だ。
     家康によって奪われた遠州の要衝、高天神城を落とし、家康に加担していた日和見勢力を自家の勢力下に取りこんでいった勝頼。この城を獲られたことにより家康はもはや自前の勢力だけでは武田と張り合う事ができなくなり、ますます信長の意に逆らう事ができなくなった。


     間違いなくこのときの武田氏は織田と覇を競う最強の戦国大名だった。


     しかし、このときの勝頼の立場は微妙だった。
     信玄は自分の死を3年間伏せるように遺言した。跡取りは勝頼と決めてはいたが、この遺言のために武田氏は3年の間、勝頼を棟梁とした上意下達の組織としてではなく、御親類衆を中心とした合議制の運営がなされていた。勝頼の意志よりも御親類衆の合意のほうが尊重された。
     それでも結果的には最大版図を獲得できたのは、そういった意見を尊重し、まとめあげることができた勝頼の才覚が大きいのではないだろうか。


     勝頼はけして愚将などではなく、信長・家康の心肝を寒からしめた賢将だ。


     この巻では高天神城の興亡を中心とした記述を通し、勝頼が信玄亡き後、信玄の遺産をいかに活用し、そして負の遺産といかに格闘し、父を凌ぐ勢力を獲得していったかがわかる。
     後世の人は武田の滅亡を知っているから冷やかな目で見るかもしれないが、当時の人々は、武田は最強で、武田に付いたほうに利があり、まさか武田が滅びるなんて夢にも思わなかったに違いない。


     ちなみに、本シリーズは昭和48年に連載が始まり、54年に終わっている。
     連載終了の、だいぶ後の教科書で自分は学んでいるはずなのに冒頭に書いたような歴史観を刷り込まれた。今の子供たちは大丈夫だろうか…

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    2017年08月15日
  • 孤高の人(下)

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    初レビュー

    山へ行くなら必読でしょう。

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    2013年09月26日
  • 富士に死す

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    断食をして死を迎えられる人がどれだけいるだろうか。

    作中に、瞑想をして時には自分だけのこと、時には父だけのこと母だけのこと兄や弟だけのことを考えてみなさいという教えが出て来るがたまにはそうやってみるのもいいかも。

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    2013年08月18日
  • 雪のチングルマ

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    1979年刊行の新装版。
    かわいいタイトルと表装に惹かれて手にしましたが、山登りする人間にとっては身が引き締まるような内容でした。登山家に読み継がれてきた伝説の名作というだけあって、山を登られる方には是非読んでもらいたい一冊です。
    最近は登山ブームもあり私のような人間でも山登りを愉しんでいますが、この本を読むといかに有名な登山家でも常に危険と隣り合わせであるかを思い知らされます。
    山の天気はかわりやすく、どんなに強靱なクライマーであっても、天候一つで死に至ってしまうことがあるということを実感しました。
    あくまでもフィクションでありますが、同様の事故や遭難が実際にあったことは想像できます。
    山で生き残る者と死んでいく者の違いとは何であるか。あらためて考えさせられました。

    各編の概略は次のような感じです。

    「雪のチングルマ」・・・大学山岳部員が穂高涸沢へ向かう途中、信濃の童歌を口ずさんだことから奇妙な現象が起きる。

    「羽毛服」・・・ある作家がテレビ出演した時に聞きおよんだ穂高で遭難死した学生の死因を調査する。

    「コブシの花の咲く頃」・・・志賀高原で行方不明になった男女のスキーヤーを捜索する。

    「春富士遭難」・・・社会人山岳団体が富士山で天候激変によりとった行動を経験のある熟達者と新人のそれぞれついて描いている。

    「赤い徽章(バッジ)」・・・日本アルパインガイド協会の指導を受ける女性登山家。過去に失敗したグリセードの経験を通して今の自分と対峙する。

    「真夜中の太陽」・・・アラスカの沈まぬ太陽と砂金捕りにまつわる話。他の者とは異色な内容となっている。

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    2013年08月07日
  • 銀嶺の人(下)

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    新田次郎3部作の一つ。読み応えのある、感動的な小説でした。
    今井道子、若山美子という実在の二人の女性登山家をモデルにしていると知り、一層引き込まれました。

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    2013年03月01日