あらすじ
いかなる場合でも脱出路を計算に入れた周到な計画のもとに単独行動する文太郎が初めてパーティを組んだのは昭和11年の厳冬であった。家庭をもって山行きをやめようとしていた彼は友人の願いを入れるが、無謀な計画にひきずられ、吹雪の北鎌尾根に消息を断つ。日本登山界に不滅の足跡を遺した文太郎の生涯を通じ“なぜ山に登るのか”の問いに鋭く迫った山岳小説屈指の力作である。
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Posted by ブクログ
やっと上巻に続き下巻を読み終えた。
特に山に興味を持っていない私が読み終えるのはかなりきつかった。
興味があったのは、上巻でも書いたが
なぜ山に登るのか
はじめは、ただ汗を流すため
最終的には
山そのものの中に自分を再発見する
困難な立場に追いこまれれば追いこまれるほど
人間的に成長していく。
なんとなくわかるような気がします。
Posted by ブクログ
「新田次郎」の長篇山岳小説『孤高の人』を読みました。
『アイガー北壁・気象遭難』、『強力伝・孤島』に続き「新田次郎」作品です。
-----story-------------
〈上〉
【話題のコミック!】「坂本眞一」 『孤高の人』原案。
なぜ彼は単独で山に登るのか――。
昭和初期、ヒマラヤ征服の夢を秘め、限られた裕福な人々だけのものであった登山界に、社会人登山家としての道を開拓しながら日本アルプスの山々を、ひとり疾風のように踏破していった“単独行の加藤文太郎” 。
その強烈な意志と個性により、仕事においても独力で道を切り開き、高等小学校卒業の学歴で造船技師にまで昇格した「加藤文太郎」の、交錯する愛と孤独の青春を描く長編。
〈下〉
【話題のコミック!】「坂本眞一」 『孤高の人』原案。
日本山岳小説史上、屈指の名作!
いかなる場合でも脱出路を計算に入れた周到な計画のもとに単独行動する文太郎が初めてパーティを組んだのは昭和11年の厳冬であった。
家庭をもって山行きをやめようとしていた彼は友人の願いを入れるが、無謀な計画にひきずられ、吹雪の北鎌尾根に消息を断つ。
日本登山界に不滅の足跡を遺した「文太郎」の生涯を通じ“なぜ山に登るのか”の問いに鋭く迫った山岳小説屈指の力作である。
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登山家の「加藤文太郎」の生涯を題材とした物語で、昭和39年(1964年)から昭和43年(1968年)にかけて山岳雑誌『山と溪谷』に連載された作品で、上下巻で約1,000ページの長篇、、、
登山が金持ちか大学生の特権であった時代に、人付き合いが苦手で、自らの思いを伝えることが下手な「加藤文太郎」が、如何にして仕事と山を両立させることできたのか、どうして山を始め、そしてのめりこんで行ったのか、そして、なぜ山岳会に参加せず、パーティを組むことなく、単独行に拘ったのか… 等々、不世出で孤高の登山家が誕生したエピソードや、単独行を支えた工夫や技術、トレーニング、彼の抱える苦悩、人間関係等を見事に描いた魅力ある作品でしたね。
読みながら、どんどん作品の中に引き込まれていきました。
■第一章 山麓
■第二章 展望
■第三章 風雪
■第四章 山頂
■解説 尾崎秀樹
ただ歩くことが好きだった「加藤文太郎」が、同僚の「新納知明」から地図を読みながら歩くことを教えられて山に開眼し、彼の才能に注目した研修時代の講師で後の上司である「外山三郎」から登山の魅力を教えられ、励まされることにより、ヒマラヤ征服の夢を抱き、日本アルプスの山々を独りで踏破し始める、、、
他の登山者とのコミュニケーションが取れず、異常に早いペースで歩き、常に独りで行動するという、これまでの登山の常識を覆す「加藤文太郎」の姿に、既存の登山者は嫌悪感を抱くが、本当に山を知る山の案内人たちは、伝説的な名猟師「喜作」の天才的な山歩きや、不世出の名ガイド「嘉門次」の歩き姿を想起… 彼の潜在能力を高く評価し、その実力が登山者の間でも徐々に認められていく。
数々の実績を打ち立て、単独行の「加藤文太郎」としての地位を築く… 独学で山のことを学び、経験から得た創意工夫や独自的なトレーニングにより確固たる技術を会得し、独自の装備を活用して、次々と難コースに挑んで行く姿は、なかなか痛快でしたね、、、
やがて、同郷の「花子」と結婚し、娘「登志子」が誕生したことにより、「加藤文太郎」は人が変わったように明るくなり、同僚たちとの付き合いも活発化し、山登りはやめていたが… 失恋の痛手を清算するために冬の北鎌尾根に挑戦し、それを最後の山を断つという「宮村健」からの強い求めに応じ、初めてパーティを組んでの冬山に挑む。
山では自分以外に頼るものはない… という信念を崩し、断り切れずに付き合った山行で、無謀な計画にひきずられ、二人は吹雪の北鎌尾根に消息を断つ。
うーん、哀しいエンディングでしたね、、、
優しい人だったことが裏目に出たのかな… やはり生死を懸けた登山では、本当に信じ合えるパートナーとでないとパーティは組めないですね。
自分の力だけを信じて、その力に頼って、単独で行動することって、まわりから理解され難いかもしれませんが、その気持ちは分かるような気がするんですよね、、、
若い頃、一人で旅をしていた頃を思い出しました。
本作品は、「加藤文太郎」の遺した実際の登山記録であり遺稿集の『単独行(たんどくこう)』等をもとに描かれており、本人の名前や登山の記録は多くが実際に行われたものと共通しているようですが、「吉田富久(作中では宮村健)」の描写が『単独行』と比較すると著しく異なっているらしいです、、、
本作では、「宮村健」が槍ヶ岳北鎌尾根への登山に誘い、「宮村健」の判断で無謀な行動をとったことが原因で「加藤文太郎」が遭難死しましたが… 実際は違っており、誤解を招く恐れがある内容となっているとの指摘があるようです。
実際のところ、二人とも還らぬ人となったので遭難のいきさつは想像するしかなく、真実は藪の中なので、事実を下地としたフィクションとして愉しんだ方が良いようですね。
以下、主な登場人物です。
「加藤文太郎(かとう ぶんたろう)」
六甲山に登ったことをきっかけに徐々に縦走登山に熱中していく。
ロック・クライミングに関しては小説中では批判的な目で見ている。
実在の加藤はロック・クライミングを苦手としていたようだ。
現実、小説、漫画でそれぞれロック・クライミングに対する考え方が異なっている。
「外山三郎」
モデルは加藤の上司の遠山豊三郎。
作中でも加藤の上司として登場する。
加藤を登山の世界に引き込む。
「藤沢久造」
モデルは藤木九三。
加藤に、より大きな山へ向かうきっかけを作る。
「宮村健」
モデルは登山家の吉田富久。
加藤に憧れて1人で冬の北アルプスに登ったりしている。
園子に恋焦がれるが失恋し、登山を辞めて満州に渡る決意をする。
自身最後の山行として冬季北鎌尾根縦走を計画し、加藤をザイルパートナーに誘う。
実際の吉田富久とは大きく異なる人物である。
「志田虎之助」
モデルは好日山荘の島田真之介。
登山用品店の店員。
加藤に登山に関するアドバイスを与える。
「金川義助」
神港造船技術研修所時代の同級生。
政治活動にのめり込み、やがて投獄され研修所も除籍処分となる。
その後しまと結婚、1子を儲けるが政治活動に挫折、妻子を捨てて姿を消す。
一時はヤクザに身を落とすが物語終盤で再起を誓って園子と共に満州に渡る。
「影村一夫」
神港造船所の技師。
技術研修所の講師も兼任している。
陰湿な性格で加藤を含む生徒達に嫌われていたが、加藤が技手になってからは一転して加藤に目をかけるようになる。
愛人の田口みやを加藤に押し付けようとするが失敗。
その後再び加藤に陰湿な嫌がらせを行うようになる。
「花子」
少女時代に加藤に下駄の鼻緒を直してもらったのをきっかけに知り合い、やがて見合いを経て結婚し1女を儲ける。
「園子」
外山三郎の知人の娘。
加藤のことをお互い憎からず想っていたが、男に騙されたのをきっかけに悪女になる。
物語終盤で金川と共に満州に渡る。
「田口みや」
神港造船所の事務。
影村の愛人。
Posted by ブクログ
加藤文太郎は感受性が高すぎて、
自他に壁を作っているようだった。
孤高とされるも、その内面は人間臭い。
不器用ゆえに、ひとりになってしまう。
理性は下山を勧める。
しかし、頂に魅了され、登る。
合理性を超えた魅力を、山に感じてしまった男の物語。
Posted by ブクログ
これまでに新田次郎の作品で、聖職の碑と八甲田山死の彷徨を読んできたが、孤高の人がダントツで面白いと思った。
登山描写を求めて読み始めたのだが、読んでいるうちに登山そのものよりも、加藤文太郎の人付き合いの苦手な性格と、それに根差す不器用かつストイックな生き方に引き込まれた。
Posted by ブクログ
この下巻で加藤文太郎は死んでしまう。なぜ人は自らの身を危険にさらしてまでして山に登るのか…そんな登山者の命題を深く考えさせらる1冊。
Posted by ブクログ
奥さんと子どもができて幸せそうにしてた加藤文太郎が。
最後の方は悲しい思いでページをめくっていきました
小説っていいなと思えた本でした。
ただ実話を基に作られているから悲しさも倍増です
Posted by ブクログ
昭和初期に、単独行で名を馳せた、加藤文太郎の人生を追った小説。本当は優しいのに人づきあいが下手な加藤が、山にのめりこんでいき、やがて数々の冬山の単独行で有名になる。そんな彼も結婚し、子供をもうけて、山を控えるようになるが。。
新田次郎の乾いた、しかし鋭い筆で描かれる山行のシーンに引き込まれます。実在の人物をもとに描かれたと思われる登場人物たちも、個性豊かで映画のよう。
加藤と同じ生き方はできないけれど、彼の人生や仕事、そして山に対する真摯な姿勢には大きな感銘を受けました。
Posted by ブクログ
人間、一人では生きていけない。単独行の最中の加藤文太郎も人間だった。控えめな性格ではあれ、人と交わることを避けているわけではないから、やはり家族への思いがないわけではない。死ぬことだって怖い。
それでもなぜ冬山へ行って死の際を彷徨おうとするのか?
やはりナマケモノには理解できるはずもなかった。
登山や冒険をテーマにしたものは好きだが、少し考えさせられる一冊であった。
著者は、奥さまである花子さんから本人は実名にと言われたと。
花子さん、登志子ちゃんの人生に思いを馳せてしまいました。
Posted by ブクログ
結末が分かっている中、最後の登山の場面は長く苦しい。
自分まで息苦しくなる感じがするほどの描写はあまりにもリアル。
なんとも悲しい結末ではあるものの、圧巻な物語だった。
Posted by ブクログ
多分でしかないけどすべてが完璧にいく登山なんてほぼなかったんじゃないかな。常に学んで修正して挑んで、その繰り返し。その工程が加藤文太郎を育てたのだと思う。
それにしても下巻の途中からは読むのが辛くなっちゃったな...。あれだけ山に夢中だった加藤が結婚を機に人が変わるとは、人が人に与える影響力は底知れない。孤高であったが故にこれから先は幸せに生きて欲しいと願っていた。
経験と知識からなる譲れない芯は持っているのだから、もっと自己主張が強ければ、グループ登山の経験があれば救われたのかもしれない。けどどちらも持ち合わせていないのも加藤文太郎の魅力であり...。
山はとてつもなく魅力的な場所であり、一時も油断ならない。いつか北アルプスを歩く時、この本を思い出すだろうなぁ。
Posted by ブクログ
単独行登山家、加藤文太郎の生涯が閉じるまで。全編を通じて、主人公に寄り添う形での展開だった。視点が離れたのは、彼を慕う宮村と園子のやり取りの場面くらいだったように思う。最期となる登山では長い紙数が取られており、あえて予め死の予感を感じさせるようなストーリー展開だった。主人公は実名で、ほぼノンフィクションに近い筋書きという。主人公の人柄がよく表れた小説だった。宮村は悪役にされてしまったが、この人も実在したのだろうか。2025.1.18
Posted by ブクログ
加藤文太郎は実在の人物。かつては貴族のものだった登山に、庶民のサラリーマンが単独行で挑んだ。難関とされる冬のアルプス縦走を好み次々と踏破してゆく。夢だったヒマラヤ登頂を成功させていれば登山家として有名になっていたのかもしれない。
小説のなかでは妻子を持ち幸せの絶頂のなか、孤独な登山仲間の巻き添えにあい遭難死してるので無念としかいいようがない…。ヤマケイのノンフィクションも読んでみよう。
Posted by ブクログ
狂ったように冬山にのめり込んでいた加藤が、紆余曲折のあった結婚を機に、スッカリ人柄が変わったかのような生活を送る。ここの部分は純愛小説とも読める。
また、社会人としての会社での生活はサラリーマン小説としての側面もある。単なる山岳小説ではなく色んな顔のある小説だが、かえって私にはそれが少々煩わしくも感じるところもある。ダイレクトに山岳小説に仕上げても良かったのではないか。しかしそれが物語に深みを与え、人間としての加藤の造形に深みを与えているのも確かだが。
新田の作品には、山での気象の激変がとんでもない悲劇を招く作品がいくつかあるが、その部分の描写は、ある意味気象のプロとしての作者の顔が十分に活かされていて迫力がある。
山に入るにあたっての心理的葛藤。山の中での宮村との確執。そして遭難に向かって突き進んでいく二人の行動。結末が分かっているだけに、この下巻は読み進むのが少々辛い。
Posted by ブクログ
間違いなく面白いのだが、登場人物に全く共感できず読むのが嫌になるような後半だった。本から学ぶ教訓は多くあると思っているが、この遭難については疑問にしか思えなかった。
Posted by ブクログ
下巻では山行記録よりも人間模様が更に浮き彫りにされていく。ちょっとびっくりする様な下宿のお隣さん界隈の繋がりが見えたりするけど、何より宮村健の豹変っぷりが恐ろしい。
加藤氏はと言うとまるで人が変わったかの様に良い方に向かう。良き配偶者に出会えたからこそ。
でも、加藤氏が幸せになればなるほど、不安が募るのは上巻での出だしがあるから。
園子が去って安心したかと思えば、もっと太刀の悪いのが宮村…。なぜ自殺願望がある人は、誰かを伴おうとするのだろう。その自殺願望に宮村自身気が付いていなかったかもしれないが、明らかに異常である。
ヒマラヤ貯金するも、きっとヒマラヤには行けずに終わるんだろうなと言う感が当たってしまい残念。
何も、愛する妻子ある者が、そこまで付き合ってあげなくても良かったのでは…と悔やまれてならない。
Posted by ブクログ
私も山は好きだ。北アルプスにも行く。雪の山にも登る。
結局は無謀だったのだ。
孤高の人は孤高を捨てていた。
家族を想い、山を想った。
最後に自分の登山を貫くことができなかった加藤。
読みながら宮村を疑い、加藤の甘さに怒りを覚えた。
しかし、後味の悪さだけではない不思議な感情も残った。
登山家とは常人には理解できない世界に生きているんだろう。儚くも輝かしい、孤高の世界に没した加藤文次郎に敬意を表する。
Posted by ブクログ
孤独を愛した登山家というイメージで読み始めたからか、孤独で寂しいとか、人とうまく話せないもどかしさもあったりして、そういう部分は普通の人と同じだったのかなと感じた。
最期に単独行でなく、パーティを組む選択をしたこととか、その他諸々の選択の結果死ぬことになってしまつて、どんな言い訳しても結局選んだのは自分で、結果は全部自分に帰ってくる厳しさを感じた。
Posted by ブクログ
ひと息に読んだ。
新田の山岳小説ならではのストイックな主人公だが、脇役が昼ドラみたいな展開で笑ってしまう。
サラリーマンの悲哀滲む部分はリアリティがあるが。 新田作品には珍しく、内面にかなり迫っていたり、幻覚パートがややくどい。
最後の相方が死神ぽく描かれているが、事実は異なるともされる。
個人的には遭難死する話は後味わるく好きではないが、ひとつ評価するとしたら、学閥主義や堕落めいた社交、若者の無鉄砲さ、左翼活動への批判だろうか。
Posted by ブクログ
「孤高の人」が気高く険しい孤高から降りたったとき、なんと哀しい結末が待ち受けているものだろうか。以前の加藤文太郎であれば山で生きる鍛錬を繰り返しながらも「山男は山で死ねば本望」などと思っている節もあったが、花子と結婚し生きる喜びを見つけた加藤にとって人生とは如何に不合理なものか。ヒマラヤの地を踏むことなく生涯を遂げた。
本作品は『八甲田山』や『剣岳』のような登攀描写は全体的に少なく加藤文太郎の人生に焦点が当たられている。そのため登山小説というより登山「家」小説であるが、社会人登山家として彼が切り開いた道の功績は大きい。決してハッピーエンドではないが新田次郎氏の傑作といえよう。
Posted by ブクログ
故郷で出会った少女に思いを寄せ、数年後彼女と結ばれる加藤文太郎。結婚を機にそれまで題名通り孤高の人であった彼は周囲との付き合いを見直し、打ち解けるようになっていった。
一方、娘も生まれ家庭が尋常のものになっていくにつれ、山からは遠ざかっていく。そんな折彼を師として慕う登山家・宮村から、思い人を吹っ切るためにパーティーを組んで槍ヶ岳からの北鎌尾根へと最後の登山をしたいと懇願された。
加藤が生涯で初めて単独行でないその登山を行った時に悲劇が訪れる。
彼の「決心したら疑わない」との信念が最後の最後で悪い方に出てしまったように思えた。
恋愛の話はやや通俗的だけれど、それが読みやすさに繋がっているのかも。
宮村の山での我儘さは腹立たしく感じたけれど、彼がそこまで思い詰めていたことと、最期にまた加藤を慕うようになっていた姿を考え合わせるとひたすら哀れに思える。
Posted by ブクログ
「単独行の加藤文太郎」として著名な彼の生涯を綴った作品。会社員という立場で山行を重ねる彼の生き方は共感が持てた。彼が抱く決意、山では自分しか自分の身を守ることはできないという登山における根本的な要素が浮き彫りにされて描かれてあり、読むたびに引き込まれた。
Posted by ブクログ
孤高が至高。
上巻の最初にオチをネタバレされている手法なので、「主人公が初めてパーティを組んで山登りをすることにより死ぬ」とわかっていた。だから、幸せそうな生活を送っていればいるほど、この人は死んでしまうんだな、と頭の片隅に引っかかり、そのギャップが切ない。読み進めれば読み進めるほど、その時が着々と迫ってきてしまい、先が読みたいけど、死んでしまうんだよな、戸惑う。
その時に繋がる山登りの話が出てきたとき、ああ、そういうふうに最期に繋がっていくのね、、と、ようやくわたしたちは死の状況の詳細がわかる。
死んでしまうとわかっていたこともあり、途中からずっと宮村くんにムカつきながら読んだ。
孤高の山男を家庭の人にした花子さんや登志子ちゃんにはあんまりムカつかなかったけど、宮村くんにはムカついたのは、それがやはり死に繋がっているとわかっていたからか?
宮村くんがああなってしまったのは園子さんの所為→園子さんに出会わせたのは自分だから責任がある、という風にいやに責任感があるのは、昔の人ならではなのかな。
楽しい山登りの描写は、上巻の方が豊富で、下巻は厳しい山登り。
フィクションだと思って読んでいたんだけど、フィクションじゃなかったことが最後にわかった。
ヒマラヤで単独行している姿、読んでみたかった。
Posted by ブクログ
文太郎が山に出会うまでがダラダラと長かった気がするけれど、山歩きを始めて山が生活の中心になっていくあたりから面白かった。
あんなに山の怖さを描いておいて、最後がほぼ人災で終わるのもすごい。