新田次郎のレビュー一覧
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購入済み
新田次郎の最高傑作。
イマドキの歴史小説家さんは、結構大胆にキャラ設定して、割と自由に立ち回るじゃないですか?
でも、新田次郎が書いていた頃は、実在する歴史上の人物を主人公とする時、歴史文献や史実の確認をしっかりと踏まえた上で書かないと、『キワモノ小説』扱いされるし、地元住民から怒られる様な時代だったんですよ。多少の贔屓目は有りとしてもね。
そういう意味で、重厚且つじっくりと話が進みますので、気の短い方には不向きかもしれません。でも、それを乗り越えて読み進めていくと、信じられないほどの一体感と云うか《同じ場所にあたかも自分がいる様な》錯覚すら受ける瞬間がやってきます。その時の感動と言ったら…!!
そういう時に「読書の至福」が味わえるのだと思います。
当然、この作品が書かれた時点での歴史資料ですから、ここ最近の新しく発見された資料等は、当然のことながら反映されていません。だからと言って、この作品の価値が下がってしまう訳では有りません。《武田好き》の人間の心を掴んで離さないだけの魅力が、此処には描かれています。“武田信玄と云う人物”に興味を持った人には必ず読んでほしい作品です。
又、続編にあたる『武田勝頼』(全3巻)も有りますので、お好きな方は是非チャレンジして下さい。《悲しい結果》と分かっていても、心に迫るものが有ります。
「贔屓目」と云う言葉で思い出すのが、海音寺潮五郎の『天と地と』です。アチラは上杉謙信か主役で、信玄は《欲望深き人物》として(何しろ仇敵ですからw)描かれています。
その為、二人の歴史的評価はこの2作の《互いの敵の評価》ぐらいで丁度良い、と出版当時は言われていたそうです。言い得て妙かもしれません…。アッチはちゃんと読んでないけどww。
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Posted by ブクログ
富士山に興味がある今、登る前に知れてよかった。
霊峰富士、民間信仰が急速に大衆化した「富士講」が始まったのが天正年間。1573〜1592頃
元禄2年1689年頃からの5代目月行と月心と6代目となると伊兵衛の生涯の話。
駿河国浅間神社の浅間大菩薩、それまでは木花開耶姫/コノハナサクヤヒメ、を祭神としていたが、神と仏が合体して、浅間大菩薩という宗教対象が生じた
お鉢周り〜東賽の河原〜銀明水/下がった岩の根からの湧き水=御神水〜大宮口、大日如来の堂〜剣ヶ峰〜親知らず子知らずの岩場〜雷岩〜釈迦ヶ岳、溶岩峰、釈迦の割石の凹部が1675年8/15 案山禅師の入定の場
仏教では戒律、禅定、智慧の三つを実践することで菩提の域に達すると説いている
戒律とは身を慎むこと、禅定とは精神統一のこと、智慧とは実践の帰結によって得られる正しい認識のこと
食行身禄じきぎょうみろく と行名を進ぜよう
修験道では山のことを三身即一と説く。法身、報身、応身の意味で心のせか、物質の世界、その物心二つを合わせて動く世界のこと。これら三つの姿、即ち宇宙における抽象的世界、具体的世界の全てが一つになった形が山の日であるということ。
わが富士講における山とは即ち、富士山であり、浅間大菩薩の御姿と解しておりますが、その真意は修験道における山の思想と根本的には同じものだと考えております p. 152
享保18年1733年7/13 身禄63歳6/13入定〜31日目
気とは万象の息遣い、風、雲、空、温、暖、温気(湿気) p. 9
ご来光とは、日の出と共に雲の中に現れる如来の尊像のこと。仏の後光とも言う。山の頂などに太陽を背にして立った時、前方の雲に映る自分自身の影と、自分自身を中心として現れる虹環コウカン/ を言うのであった。 p.33 -
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芸術的な絵
一巻にあった原作者と作画の坂本さんの他のお名前が1人減っている。あれ?
夕実との再会。こんなふうに変わってしまったのか。少し悲しいです。ところで山のことはまるでわからないまま読んでいますが、実は先日、ショッキングなニュースがありました。あるテレビタレントさんを何度も山へ引率された登山家がK2で滑落事故に遭い、捜査打ち切りということでした。ちょうどこの巻でK2が描かれており、危険な場所であること、名前の由来等を知ったばかりで驚きました。
作画の美しさはどんどんレベルアップ、というか坂本先生の世界に引き摺り込まれて行ってます。たった黒と白の世界にどうやってこの色彩を表現できるのか。また妖艶な肉体、心の裏側の憎しみと官能の表情。ため息が出ます。