新田次郎のレビュー一覧

  • 八甲田山死の彷徨

    Posted by ブクログ

    冷静に判断できる人がいたとしても、上の人の判断に従うしか選択肢がない時代の絶望感がすごい。また、人がたくさん亡くなっていても隊を勝ち負けで判断しようとする場面にも憤りを感じた。

    0
    2026年05月20日
  • 強力伝・孤島

    Posted by ブクログ

    久ぶりに新田次郎の作品を読んだ
    山 海 風の厳しさに挑む者たちの話
    自然の厳しさの中では
    人は逆らうのは厳しい
    状況を把握して冷静に対応できる
    知力 体力 冷静さと
    日頃の鍛錬が大事と考えさせられる

    0
    2026年04月06日
  • 八甲田山死の彷徨

    Posted by ブクログ

    軍隊という特殊な集団の、一種の極限状態における行動を、全体的に描いた作品。

    この本を読むまでこんな悲惨な事件があることは知らなかった。第五聯隊と第三十一聯隊とでこれほどまでに雪中行軍の結果に差が出るのかと人間の判断ミスの大きさを感じると同時に自然の怖さを覚えた。

    0
    2026年03月25日
  • 強力伝・孤島

    Posted by ブクログ

    自然の恐怖やそこに生きる人々の強さを感じる一冊だと思った。どの物語にも共通して仕事に対する熱意や自然と共存する中で生まれる人間の逞しさに読み進めるうちに新田作品に引き込まれていく感じがした。

    0
    2026年02月07日
  • 八甲田山死の彷徨

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    明治時代の青森県八甲田山への雪中行軍の訓練で起きた世界最悪規模の遭難事故の史実を元にしたフィクションです。新田次郎の本は初めて読みましたが、情景が本当に見てきたのではないかと思うほど、読んでいて場面が見えるようでした。読み始めたら本当に先が気になって、次にまた読み始めるのが楽しみになるような本です。

    感動した箇所

    「『疲れたろう。休んだらいい。苦労話を聞きたいが、後の楽しみに取って置こう。おれはこの汽車で帰って、歓迎の準備をしなければならないからな』
    と門間少佐が言った。
    『いや話は聞いて帰って下さい』
    徳島大尉は話し出した。弘前から三本木までは概略を話して、三本木から増沢まで行軍して、そこで案内人を求めるために一日遅れたあたりから徳島大尉の目が輝きだした。鳴沢で五聯隊の凍死者二体と二挺の小銃を発見したあたりに来ると声は沈み勝ちになり、まわりを気にするようであった。その部屋には、二人しかいなかった。
    『その二挺の小銃は田茂木野で五聯隊の捜索隊に引き渡すすもりでした。だが自分の気持ちはそこで変わりました』
    徳島大尉は、五聯隊の木宮少佐が徳島大尉を呼びつけて、何を言ったかを詳しく話した。特に木宮少佐が、自決した神田大尉の事を、気負い過ぎた雪中行軍計画を立てた男だと言い、研究不足だったと誹謗したことに許すべからざる怒りを感じたことを述べた。
    『自分はなにも見なかったと答えました。そして拾った小銃は此処まで持って来てしまいました』
    徳島大尉は話し終わって、ほっと一息ついた。
    『そうか、お前の気持はよく分る。どう考えても木宮少佐のやり方はよくない。彼は軍人として取るべき処置を誤っていた。生死の境を越えて来たわが三十一聯隊の雪中行軍隊を迎えるにはもう少し暖かい心やりがあって当然だ。だいたい、お前を呼びつけて、なにを見たかなどというところからおかしい。訊きたいことがあるなら、自ら出向いて行って、辞を低くして訊くべきだ。それにお前に言った言葉の一つ一つが、自分が聞いても腹が立つ。もし、その場にいたのが、お前ではなく自分だったとしても多分何も見なかったと言ったであろう』」

    もう一箇所

    「自決したのは山田少佐であった。
    救助されたとき山田少佐はほとんど口もきけない状態であったが、津村連隊長に会うと、涙を流しながら、多くの市卒を殺したことを詫びた。尚多くのことを語りたい模様であったが軍医の注意によって、直ちに青森衛生病院の個室に収容された。山田少佐は救助された日の夜から翌二月一日にかけて、ときどき苦痛を訴えたが比較的多くの睡眠時間を取ったようであった。二月一日の午後遅く目を覚ました山田少佐は、軍医を通じて津村聯隊長に至急話したいことがあるから、聯隊まで連れて行ってくれと頼んだ。それはできぬ相談であった。軍医からその報告を受けた津村中佐は自ら衛生病院出向いた。
    『おめおめと生き残ったのは聯隊長にすべてを報告する義務があったからです』
    山田少佐は開口一番そう言った。そして彼はぼつぼつと話し出した。
    『今回の遭難の最大の原因は自分が山と雪に対しての知識がなかったからである。第二の原因は自分が神田大尉に任せて置いた指揮権を奪ってしまったことである。総ての原因はこの二つに含まれ、そしてその全責任は自分にある』
    山田少佐はそう言ってしばらく間を置いてから、
    『死んだ部下たちの遺族のことをよろしくお願いします』
    と言って目を閉じた。閉じた瞼の間から絶え間なく涙が流れた。津村中佐は山田少佐の最後の一言を重視した。自決する覚悟だなと思った。総ての責任は自分にありと言い残して死ぬつもりだと思った。
    『責任はきみにはない。雪中行軍を命令した聯隊長にある。この大きな犠牲を無駄にしないためにも、きみは生きていて貰わねばならない。明日侍従武官が来られるのもきみが早く本復して軍務につけよという聖旨を伝えるためだ』
    しかし山田少佐は津村中佐の言葉にはなんとも応えなかった。

    0
    2026年02月06日
  • アラスカ物語

    Posted by ブクログ

    audible。
    エスキモー(本文中ではこの表現が使われる) が直面した食糧不足と疫病の危機を救い、アラスカ社会に貢献した日本人、フランク安田の物語。
    誠実で賢く意思が強い彼の人柄を日本人らしく感じて、誇らしく思った。
    そんな日本人がいたとは!と思ったら他にも日本人が出てくるので驚いてしまう。
    ゴールドラッシュという激動の時代、未知の国アラスカ、エスキモーの生活、これがおもしろくないわけない。
    ただでさえ今寒いのに、聴いていてしんどくなるような過酷な環境で、私はアラスカ生活は無理だ、、、と思った。

    0
    2026年01月27日
  • 八甲田山死の彷徨

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    未曾有の異常気象による天災でもあったが、基本的には雪の脅威を過小評価し自分たちの能力を過大評価したこと、軍隊特有の階級構造とそれに基づく権威主義、競争意識、指揮系統のあり方がもたらした人災だった。
    第5聯隊上層部が第31聯隊への競争意識や上層部へのアピール意識で目の前の気象条件を客観的に意識できなくなっていったが、行軍強行突破の引き金となったのは下士官の根性論発言だった。
    現代でも雪の脅威は克服できていない。今年も雪害による死者が発生している。
    そんな中解散総選挙が目論まれている。
    自然の驚異を知りながらわざわざ飛び込むのか、私たち市民の態度が問われている気がしてならなかった。

    0
    2026年01月17日
  • 八甲田山死の彷徨

    Posted by ブクログ

    昔から聞いたことがあった八甲田山の遭難事故の詳細を事実を元に綴った物語。

    行軍に成功し全員生還した徳島大尉隊と、ほぼ全滅の神田大尉隊を対比しながら極限での状況判断を、まさに血の通った文章で描ききっている。

    リーダーとして決断する振る舞い、その先を見据える洞察力等、ビジネスとしても参考になるシーンがあった。

    非常に重厚で読み応えのある作品だった。

    0
    2026年01月15日
  • 芙蓉の人

    Posted by ブクログ

    明治時代に冬季富士山の観測を自費で行うという意志が凄いです。新田さんは主人公を旦那さんではなく、奥様にしてあえて描いた事が、とても素晴らしいと思いました。日本の気象観測の先魁として、素晴らしい方々がいた事を誇りに思いました。

    0
    2026年01月13日
  • 密航船水安丸

    Posted by ブクログ

    『密航船水安丸』は、新田の『アラスカ物語』のスピンアウト作品。『アラスカ物語』では、宮城県石巻出身のフランク安田(安田恭輔)をとりあげていた。
    『密航船水安丸』は及川甚三郎(1855-1927)の生涯を淡々と描いている。フランク安田と同じく、及川は宮城県の山村の出身。1907年、82人の仲間と帆船でカナダへ密航。ヴァンクーヴァーの無人島を開拓し、日本人移住者の基礎を築いた。
    ジョン万次郎や悲惨な移民の話の類かと思って読んだら、そうではなかった。及川はカナダに渡る時にはすでに42歳。150人がはたらく製糸工場の経営者だったのに、そんな途方もない冒険に乗り出した。波乱万丈、根っからの冒険的起業家だったのかもしれない。
    単行本は,新田が亡くなる前年の1979年の刊行。巻末には、50ページほどの「取材記 黄金色のカナダ」が付いている。本文よりも、こちらのほうが貴重かもしれない。

    0
    2025年12月31日
  • 冬山の掟

    Posted by ブクログ

     この人の小説はこれで何冊目だろう?ゴツゴツした高山の岩場のような装飾の少ない文体は、山にスリルや厳しさを求める山屋を強く惹きつける、、、と思う。私は、そうして惹きつけられている。

     冬山……というか、雪山を舞台として人が死にまくる短篇集。
     私も数年前に雪山にはまり、1シーズンではあるが狂ったように登りまくったのを覚えているが、GPS機能もあり、どんな吹雪の中でも道を誤り遭難するということはなかった。どうして登場人物はGPSを使わないのか?と思ったら、初版が昭和34年とのこと。大変失礼しました……。

     各短篇においては、気のゆるみがあっという間に死に直結する雪山の怖さが描かれている。中には、色恋沙汰や男のヒステリーなど極めて間抜けなものもあり、それもかなり古い小説ということも相まって、こういっては何だが自分には遠い世界のできごとに思ってしまいがちだ。
     ただ、自分の雪山での行動も、今になって思えばあまりにも迂闊だったなと思う。初めての雪山での食事を軽視したハンガーノック、装備不足による靴の中への雪浸入、猛吹雪によるホワイトアウト、悪天候なのに「折角来たから」と続行し、登山数時間後の雪崩……などなど。特にホワイトアウトの時は、スマホがダウンしたら道が分からなくなり確実に死んでいただろうに、その時は自分が危機一髪の状況であることを意識すらしなかった。

     他方で、表題作では冬山の掟を破ってでもチームメイトを慮る気持ちにより行動し、結果として悪い結果を招いてしまったパターンもある。そこに情けや容赦などあるはずもなく、「掟」に従わない者への罰が淡々と下される。

     空の青さを除けば白い雪と黒い岩の三色しかない雪山は、絶対的な美しさと生命の存在を拒む冷酷さを併せ持つ。軽率な輩も心温かな者も、容赦なく呑み込む。それが雪山の魅力なのだなと、この本を読んで初めて言語化された気がする。今シーズンは行けるだろうか。

    0
    2025年12月06日
  • 孤高の人(下)

    Posted by ブクログ

    人間、一人では生きていけない。単独行の最中の加藤文太郎も人間だった。控えめな性格ではあれ、人と交わることを避けているわけではないから、やはり家族への思いがないわけではない。死ぬことだって怖い。

    それでもなぜ冬山へ行って死の際を彷徨おうとするのか?
    やはりナマケモノには理解できるはずもなかった。
    登山や冒険をテーマにしたものは好きだが、少し考えさせられる一冊であった。

    著者は、奥さまである花子さんから本人は実名にと言われたと。
    花子さん、登志子ちゃんの人生に思いを馳せてしまいました。

    0
    2025年12月03日
  • 八甲田山死の彷徨

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    会社からリーダー研修の課題として読んだ本。確かにこういう場面社内であるよな、自分だったらどうするべきか?と考えつつも当時の時代背景を鑑みると神田大尉に同情してしまう。

    0
    2025年12月03日
  • 八甲田山死の彷徨

    Posted by ブクログ

    日本史に残る有名な事件をモデルに
    二つの隊の行動を対比させながら進む物語
    軍の幹部や文化が、とダメ出しで終わるのではなく
    明暗を分けた行動・心理が忠実に描かれていて
    現代社会でも通用する有益な示唆を得られました。

    0
    2025年11月24日
  • 八甲田山死の彷徨

    Posted by ブクログ

    こんな痛ましい出来事を一言で表現するのは心許ないが、要は「始まりは忖度、終わりは曖昧」の日本の闇の縮図そのものではないか。責任曖昧論というと太平洋戦争や現代の政治家スキャンダルばかりが脚光を浴びるが、すでにこの時代にも有ったことを忘れないようにしたい。それこそ当時の犠牲者へのレクイエムになると確信する。

    0
    2025年11月22日
  • 孤高の人(上)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    モルゲンロート観てみたい。

    「山岳小説」で検索してヒットして面白そうだと思った本を片っ端から買っていて、積読していた。

    大正~昭和の初めのお話で、時代小説が苦手で一回途中まで読んで断念していたけど、最近忍たまにハマっているので、昔の時代の物語も楽しめるようになってきて、読み切れた。(忍たまは戦国時代。ありがとう忍たま)

    途中まで読んでいたとき、乾し小魚をぼりぼり食べている描写を読んで、影響されてわたしも乾し小魚をスーパーに買いに行った。再読時、その出来事を忘れていて、また乾し小魚をぼりぼり食べている描写を読んで、また影響されて乾し小魚を食べたくなった。そして…(無限ループ?)

    北八ヶ岳への旅行に持って行った。実際にハイキングした帰りの電車で読んで、自分が想像できる山の解像度が上がっていて嬉しかったという思い出。
    元々は、人間の極限状態が描かれていて面白いという点で山岳小説が好きだったけど、山登り(ハイキング程度のもの)を好きになって、実際に山に行ってから読むと、さらに山を深く知れたような気がして相乗効果がある。
    八ヶ岳も出てきて嬉しかった。

    地下足袋の加藤文太郎を周りの人はほうっておかないけど、本人にしたらほうっておいておくれ!という感じ。

    0
    2025年11月19日
  • 富士に死す

    Posted by ブクログ

    自分にとって身近な富士山。その山の中で江戸時代に入定(宗教的自殺)をした人がいたことは知っていた。ただ、知識として知っていても、その人の人となりや当時の空気感のようなものはなかなかわからない。リアルと創作の境目が曖昧な小説ではあるが、それでも理解のヒントにはなるかなと期待して読んだ。

    師匠との出会いから江戸での生活の様子、2度の結婚など、ひとりの商人が周囲の人たちとの関わりの中で次第に富士山信仰に入り込んでいく様子がイメージとして浮かび上がる見事なストーリーだった。富士講はその時々の指導者が、始祖角行の教えを自由に解釈するというスタンスに驚き、同時に納得できた。

    岩室に篭って死に至る31日間にどのような話をしたのかは詳しく調べてみたい。

    0
    2025年11月11日
  • 八甲田山死の彷徨

    Posted by ブクログ


    神田部隊と徳島部隊を比較して指揮官のあり方について言及して書かれている。神田部隊最大の不幸は山田少佐の行軍参加だろう。これにより自ら指揮する権限がなくなった。一方徳島部隊は徳島大尉の念密な計画と権限を掌握したことで成功した。
    山田少佐の気まぐれ判断で部隊は混乱し全滅したのは気の毒という一言ではすまない。神田大尉は山田少佐に恨みも怒りもなかったのは象徴的だった。


    山田少佐が、もしいっさいを自分に任せていてくれたら、指揮権を奪うようなことをしなかったら、このようなことにはならなかったかもしれない。しかし、今となっては繰り言でしかない。自分へ雪中行軍の計画者なのだ。(P210)


    私なら「山田お前のせいで全滅しただろう!」と言って、ぶん殴っているだろう。部隊が全滅するかもしれないのに果たして神田大尉は山田少佐の言うことを従順に聞いていたのは疑問も残る。年上や上官の指示を絶対視しすぎてしまうのが日本の悪いところだと思う(上司の指示に歯向かえという意味ではない)。何でもかんでも盲目的に従うのはいかがなものかということだ。自らから学んだり思索を深めることで正しい判断は見えてくる。

    0
    2025年10月31日
  • 小説に書けなかった自伝

    Posted by ブクログ

    自伝というより半自伝という本。生い立ちは全く書いてない。書き出しは満州引き上げから作家になるまでの経緯である。
    新田次郎の魅力は大胆さと小心さの兼ね合いだと思う。「強力伝」がサンデー毎日1等をとったら、その賞金でいきなり吉祥寺に土地を買ってしまうのだ。まだ「強力伝」しか書いていないのにである。しかもこのころはまだ完全な職業作家ではない。気象庁で働ききながらの兼業作家だった。その後は直木賞も受賞し文名も上がっていく。ところが新田は「気象庁をおさらばして筆1本で食べていかねばならないと思うと不安だった」と述べる。結局兼業作家生活は10年続くことになる。

    0
    2025年10月27日
  • 孤高の人(下)

    Posted by ブクログ

    結末が分かっている中、最後の登山の場面は長く苦しい。
    自分まで息苦しくなる感じがするほどの描写はあまりにもリアル。

    なんとも悲しい結末ではあるものの、圧巻な物語だった。

    0
    2025年10月21日