新田次郎のレビュー一覧
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日露戦争直前に寒冷地における装備や行軍の実験をする目的として、真冬の八甲田山を雪中行軍を陸軍弘前5聯隊.31聯隊が行うことになった事実を元にしたフィクションではあるが当時の新聞や官報を元にしているので、一部ノンフィクション小説でもある本書
読んでみると
① 部下に忖度させて責任を負おうとしないトップ
② 部下の忠告を聞かず、指揮権を掠め取る功名心とプライドが高い上司
③ 劣等感の塊のため自分の発言を強く言えず、無茶な上司の決定に従ってしまう中間管理職
④ 現在自分たちが置かれている状況をガン無視して根性論で乗り切ろうとする部下
⑤ 自分が経験したことのないことについて、ろくに情報収集もせずに楽観的に捉えようとする下っ端
などなど三者三様のしくじりのオンパレードであり、八甲田山遭難事件だけではなく事故というのは、起こるべくして起きた人災のようなモノが多数派なのではないかと考えさせられるような内容だった
ただ遭難した5聯隊は無駄死にだったかと言われると「精神や鍛錬だけでは吹雪に勝てないことを知った〜極端な言い方をすれば、5聯隊の遭難が日本陸軍の敗北を未然に防いだことになる」(p310)と教訓から次世代を守るという、ある意味救済(?)を感じた
一方で対比として雪中行軍を踏破した31聯隊は、上司に対して毅然とした態度で過去の経験から慢心せず規律に重きを置き組織としては立派ではあったけれども、独善的となり過ぎてしまい、組織以外の周囲(案内人など)に無理を強いるなど成功の裏に犠牲となるものがいるという面も描かれており、美談の裏にある話題に上がらない醜聞も描かれているのが本作の面白いところだなと思う
一見すると綺麗であるけれど、一度足を踏み入れるとひょう豹変する化物のような雪山と、誇りや根性論、プラス思考など一見すると立派に思える人間の裏側には"しくじり"果ては"人災"という化物が潜んでおり、モノゴトには常に良い面と悪い面が表裏一体になっていると思える作品だと思う -
Posted by ブクログ
最初は難しそうな言葉がたくさん並んでいて、身構えたが、物語の中に入ってみると、ぐんぐん引きずり込まれて行った。
第5聯隊が、生き延びられる結末はあったのだろうか?
過ぎたことに「もし」を考えても仕方ないが、この物語の中では、最悪の事態を回避できたかもしれない「もし」を、たくさん感じた。
もし、予定通り案内人を立てていたら…
もし、永野軍医の言葉を聞き入れて引き返していたら…
もし、神田大尉が指揮権の全てを握っていたら、結末は違ったのだろうか。
しかし、階級や身分が色濃く残る軍のなかで、平民出の神田大尉が山田大隊長の意見を翻すことは、今考えても無理だったのではないかと思う。
神田大尉と、徳島大尉を分けたものは運命だったのか…
よりによって、この雪中行軍が行われた年は、記録的な寒波に見舞われた年だったという。
他の年なら、両隊とも生き残れたのだろうか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ明治時代の青森県八甲田山への雪中行軍の訓練で起きた世界最悪規模の遭難事故の史実を元にしたフィクションです。新田次郎の本は初めて読みましたが、情景が本当に見てきたのではないかと思うほど、読んでいて場面が見えるようでした。読み始めたら本当に先が気になって、次にまた読み始めるのが楽しみになるような本です。
感動した箇所
「『疲れたろう。休んだらいい。苦労話を聞きたいが、後の楽しみに取って置こう。おれはこの汽車で帰って、歓迎の準備をしなければならないからな』
と門間少佐が言った。
『いや話は聞いて帰って下さい』
徳島大尉は話し出した。弘前から三本木までは概略を話して、三本木から増沢まで行軍して、そこで案内人を求めるために一日遅れたあたりから徳島大尉の目が輝きだした。鳴沢で五聯隊の凍死者二体と二挺の小銃を発見したあたりに来ると声は沈み勝ちになり、まわりを気にするようであった。その部屋には、二人しかいなかった。
『その二挺の小銃は田茂木野で五聯隊の捜索隊に引き渡すすもりでした。だが自分の気持ちはそこで変わりました』
徳島大尉は、五聯隊の木宮少佐が徳島大尉を呼びつけて、何を言ったかを詳しく話した。特に木宮少佐が、自決した神田大尉の事を、気負い過ぎた雪中行軍計画を立てた男だと言い、研究不足だったと誹謗したことに許すべからざる怒りを感じたことを述べた。
『自分はなにも見なかったと答えました。そして拾った小銃は此処まで持って来てしまいました』
徳島大尉は話し終わって、ほっと一息ついた。
『そうか、お前の気持はよく分る。どう考えても木宮少佐のやり方はよくない。彼は軍人として取るべき処置を誤っていた。生死の境を越えて来たわが三十一聯隊の雪中行軍隊を迎えるにはもう少し暖かい心やりがあって当然だ。だいたい、お前を呼びつけて、なにを見たかなどというところからおかしい。訊きたいことがあるなら、自ら出向いて行って、辞を低くして訊くべきだ。それにお前に言った言葉の一つ一つが、自分が聞いても腹が立つ。もし、その場にいたのが、お前ではなく自分だったとしても多分何も見なかったと言ったであろう』」
もう一箇所
「自決したのは山田少佐であった。
救助されたとき山田少佐はほとんど口もきけない状態であったが、津村連隊長に会うと、涙を流しながら、多くの市卒を殺したことを詫びた。尚多くのことを語りたい模様であったが軍医の注意によって、直ちに青森衛生病院の個室に収容された。山田少佐は救助された日の夜から翌二月一日にかけて、ときどき苦痛を訴えたが比較的多くの睡眠時間を取ったようであった。二月一日の午後遅く目を覚ました山田少佐は、軍医を通じて津村聯隊長に至急話したいことがあるから、聯隊まで連れて行ってくれと頼んだ。それはできぬ相談であった。軍医からその報告を受けた津村中佐は自ら衛生病院出向いた。
『おめおめと生き残ったのは聯隊長にすべてを報告する義務があったからです』
山田少佐は開口一番そう言った。そして彼はぼつぼつと話し出した。
『今回の遭難の最大の原因は自分が山と雪に対しての知識がなかったからである。第二の原因は自分が神田大尉に任せて置いた指揮権を奪ってしまったことである。総ての原因はこの二つに含まれ、そしてその全責任は自分にある』
山田少佐はそう言ってしばらく間を置いてから、
『死んだ部下たちの遺族のことをよろしくお願いします』
と言って目を閉じた。閉じた瞼の間から絶え間なく涙が流れた。津村中佐は山田少佐の最後の一言を重視した。自決する覚悟だなと思った。総ての責任は自分にありと言い残して死ぬつもりだと思った。
『責任はきみにはない。雪中行軍を命令した聯隊長にある。この大きな犠牲を無駄にしないためにも、きみは生きていて貰わねばならない。明日侍従武官が来られるのもきみが早く本復して軍務につけよという聖旨を伝えるためだ』
しかし山田少佐は津村中佐の言葉にはなんとも応えなかった。 -
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ネタバレ未曾有の異常気象による天災でもあったが、基本的には雪の脅威を過小評価し自分たちの能力を過大評価したこと、軍隊特有の階級構造とそれに基づく権威主義、競争意識、指揮系統のあり方がもたらした人災だった。
第5聯隊上層部が第31聯隊への競争意識や上層部へのアピール意識で目の前の気象条件を客観的に意識できなくなっていったが、行軍強行突破の引き金となったのは下士官の根性論発言だった。
現代でも雪の脅威は克服できていない。今年も雪害による死者が発生している。
そんな中解散総選挙が目論まれている。
自然の驚異を知りながらわざわざ飛び込むのか、私たち市民の態度が問われている気がしてならなかった。 -
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『密航船水安丸』は、新田の『アラスカ物語』のスピンアウト作品。『アラスカ物語』では、宮城県石巻出身のフランク安田(安田恭輔)をとりあげていた。
『密航船水安丸』は及川甚三郎(1855-1927)の生涯を淡々と描いている。フランク安田と同じく、及川は宮城県の山村の出身。1907年、82人の仲間と帆船でカナダへ密航。ヴァンクーヴァーの無人島を開拓し、日本人移住者の基礎を築いた。
ジョン万次郎や悲惨な移民の話の類かと思って読んだら、そうではなかった。及川はカナダに渡る時にはすでに42歳。150人がはたらく製糸工場の経営者だったのに、そんな途方もない冒険に乗り出した。波乱万丈、根っからの冒険的起業家だったのかもしれない。
単行本は,新田が亡くなる前年の1979年の刊行。巻末には、50ページほどの「取材記 黄金色のカナダ」が付いている。本文よりも、こちらのほうが貴重かもしれない。 -
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この人の小説はこれで何冊目だろう?ゴツゴツした高山の岩場のような装飾の少ない文体は、山にスリルや厳しさを求める山屋を強く惹きつける、、、と思う。私は、そうして惹きつけられている。
冬山……というか、雪山を舞台として人が死にまくる短篇集。
私も数年前に雪山にはまり、1シーズンではあるが狂ったように登りまくったのを覚えているが、GPS機能もあり、どんな吹雪の中でも道を誤り遭難するということはなかった。どうして登場人物はGPSを使わないのか?と思ったら、初版が昭和34年とのこと。大変失礼しました……。
各短篇においては、気のゆるみがあっという間に死に直結する雪山の怖さが描かれている。中には、色恋沙汰や男のヒステリーなど極めて間抜けなものもあり、それもかなり古い小説ということも相まって、こういっては何だが自分には遠い世界のできごとに思ってしまいがちだ。
ただ、自分の雪山での行動も、今になって思えばあまりにも迂闊だったなと思う。初めての雪山での食事を軽視したハンガーノック、装備不足による靴の中への雪浸入、猛吹雪によるホワイトアウト、悪天候なのに「折角来たから」と続行し、登山数時間後の雪崩……などなど。特にホワイトアウトの時は、スマホがダウンしたら道が分からなくなり確実に死んでいただろうに、その時は自分が危機一髪の状況であることを意識すらしなかった。
他方で、表題作では冬山の掟を破ってでもチームメイトを慮る気持ちにより行動し、結果として悪い結果を招いてしまったパターンもある。そこに情けや容赦などあるはずもなく、「掟」に従わない者への罰が淡々と下される。
空の青さを除けば白い雪と黒い岩の三色しかない雪山は、絶対的な美しさと生命の存在を拒む冷酷さを併せ持つ。軽率な輩も心温かな者も、容赦なく呑み込む。それが雪山の魅力なのだなと、この本を読んで初めて言語化された気がする。今シーズンは行けるだろうか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレモルゲンロート観てみたい。
「山岳小説」で検索してヒットして面白そうだと思った本を片っ端から買っていて、積読していた。
大正~昭和の初めのお話で、時代小説が苦手で一回途中まで読んで断念していたけど、最近忍たまにハマっているので、昔の時代の物語も楽しめるようになってきて、読み切れた。(忍たまは戦国時代。ありがとう忍たま)
途中まで読んでいたとき、乾し小魚をぼりぼり食べている描写を読んで、影響されてわたしも乾し小魚をスーパーに買いに行った。再読時、その出来事を忘れていて、また乾し小魚をぼりぼり食べている描写を読んで、また影響されて乾し小魚を食べたくなった。そして…(無限ループ?)
北八ヶ岳への旅行に持って行った。実際にハイキングした帰りの電車で読んで、自分が想像できる山の解像度が上がっていて嬉しかったという思い出。
元々は、人間の極限状態が描かれていて面白いという点で山岳小説が好きだったけど、山登り(ハイキング程度のもの)を好きになって、実際に山に行ってから読むと、さらに山を深く知れたような気がして相乗効果がある。
八ヶ岳も出てきて嬉しかった。
地下足袋の加藤文太郎を周りの人はほうっておかないけど、本人にしたらほうっておいておくれ!という感じ。 -
Posted by ブクログ
自分にとって身近な富士山。その山の中で江戸時代に入定(宗教的自殺)をした人がいたことは知っていた。ただ、知識として知っていても、その人の人となりや当時の空気感のようなものはなかなかわからない。リアルと創作の境目が曖昧な小説ではあるが、それでも理解のヒントにはなるかなと期待して読んだ。
師匠との出会いから江戸での生活の様子、2度の結婚など、ひとりの商人が周囲の人たちとの関わりの中で次第に富士山信仰に入り込んでいく様子がイメージとして浮かび上がる見事なストーリーだった。富士講はその時々の指導者が、始祖角行の教えを自由に解釈するというスタンスに驚き、同時に納得できた。
岩室に篭って死に至る31日間にどのような話をしたのかは詳しく調べてみたい。