新田次郎のレビュー一覧
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神田部隊と徳島部隊を比較して指揮官のあり方について言及して書かれている。神田部隊最大の不幸は山田少佐の行軍参加だろう。これにより自ら指揮する権限がなくなった。一方徳島部隊は徳島大尉の念密な計画と権限を掌握したことで成功した。
山田少佐の気まぐれ判断で部隊は混乱し全滅したのは気の毒という一言ではすまない。神田大尉は山田少佐に恨みも怒りもなかったのは象徴的だった。
山田少佐が、もしいっさいを自分に任せていてくれたら、指揮権を奪うようなことをしなかったら、このようなことにはならなかったかもしれない。しかし、今となっては繰り言でしかない。自分へ雪中行軍の計画者なのだ。(P210)
私なら「山田お前のせいで全滅しただろう!」と言って、ぶん殴っているだろう。部隊が全滅するかもしれないのに果たして神田大尉は山田少佐の言うことを従順に聞いていたのは疑問も残る。年上や上官の指示を絶対視しすぎてしまうのが日本の悪いところだと思う(上司の指示に歯向かえという意味ではない)。何でもかんでも盲目的に従うのはいかがなものかということだ。自らから学んだり思索を深めることで正しい判断は見えてくる。 -
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自伝というより半自伝という本。生い立ちは全く書いてない。書き出しは満州引き上げから作家になるまでの経緯である。
新田次郎の魅力は大胆さと小心さの兼ね合いだと思う。「強力伝」がサンデー毎日1等をとったら、その賞金でいきなり吉祥寺に土地を買ってしまうのだ。まだ「強力伝」しか書いていないのにである。しかもこのころはまだ完全な職業作家ではない。気象庁で働ききながらの兼業作家だった。その後は直木賞も受賞し文名も上がっていく。ところが新田は「気象庁をおさらばして筆1本で食べていかねばならないと思うと不安だった」と述べる。結局兼業作家生活は10年続くことになる。 -
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ネタバレまず山本勘助について。個人的に忍び系(?)の人が好きなので気にして追っかけてた。織田信長に会うシーンや桶狭間の合戦の勘助はヒリヒリしたなぁ。川中島の合戦の勘助について多くは語らないけど、2日間ほどページが捲れなかったことは書き残しておこう。
上杉政虎について。天才肌だったんだなぁという印象だけど、政虎を支える人たちによって才能を活かすも殺すもされるんだなぁと切ない気持ちになった。小田原城の合戦に関してはほぼ戦ってないような?そんなもんだったの?という。信玄と政虎、お互い裏の裏を考えて策略し合うのが秀才同士って感じで胸熱。
最後に晴信-またの名を信玄について、私この人が考える策がどうやら好きみたい。「まぼろしの晴信」なんて面白すぎて拍手しちゃった。川中島の合戦に関してはまさに風林火山の通りだった。霧を使った策略ってのも興味深い。それにしても信玄は当時40歳、川中島の合戦は4回目(だよね、多分)。あと2巻残ってるんですが...どうなるんでしょうか...。 -
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ネタバレ多分でしかないけどすべてが完璧にいく登山なんてほぼなかったんじゃないかな。常に学んで修正して挑んで、その繰り返し。その工程が加藤文太郎を育てたのだと思う。
それにしても下巻の途中からは読むのが辛くなっちゃったな...。あれだけ山に夢中だった加藤が結婚を機に人が変わるとは、人が人に与える影響力は底知れない。孤高であったが故にこれから先は幸せに生きて欲しいと願っていた。
経験と知識からなる譲れない芯は持っているのだから、もっと自己主張が強ければ、グループ登山の経験があれば救われたのかもしれない。けどどちらも持ち合わせていないのも加藤文太郎の魅力であり...。
山はとてつもなく魅力的な場所であり、一時も油断ならない。いつか北アルプスを歩く時、この本を思い出すだろうなぁ。 -
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軍上層部からの実質的には強制で剣岳への人類初の登頂を命じられた柴崎芳太郎。
宇治長次郎など優秀な仲間を得、過酷な自然に勇敢に立ち向かう。
想像を絶する苦難を乗り越えて、剣岳を征服するが、頂上には奈良時代の修験者が残した刀剣と錫杖があった。
軍部は「初登頂」でないことが世間に知れるのことを恐れて、柴崎らの業績を大々的には報じない。むしろその業績に対して関心が薄れたような反応さえ見せる。
現代でも組織のマネージメント層が自分たちの都合や無理解で現場で苦労をしながらも結果を出した人を正当に評価しないがままあると思う。残念なことだ。
「命をかけろ」との命令を遂行したが、満足な評価を得られなかった柴崎達。
しかし自分自身の生き様として剣岳登頂に大いなる達成感を得、爽やかに山を下る彼らに本当のプロの仕事人の姿、気高さを見た。