宇江佐真理のレビュー一覧
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ネタバレようやく伊三次とお文の間の子が無事に産まれた。お産が始まった日に限って伊三次の仕事はなかなか終わらないし、逆子という心配事もあるし、ひやひやした。しかし、無事に生まれてからは、 徐々に、お文の母親としての姿が変わっていくのがとても微笑ましかった。 途中、伊三次との何気ない会話の中で、お文の変化が描かれている。『お文は伊与太を産んでから少し変わったと伊三次は思う。むやみに意地を通そうとしなくなった。 芸者の意地も何も、頑是ない赤ん坊には通用しないことを悟ったせいだろうか』 。こう言うことがさりげなく描かれているのも、女性作家らしさだな、と思う。 女性は子供を産んで強くなる、怖くなるみたいな、ありがちな描き方じゃないのがいい。
今回、「蓮華往生」「黒く塗れ」みたいな不思議な話もあったり、「夢おぼろ」のように捕物というよりは、美雨と監物の男女の話に、富札 (現代の宝くじ) の話が絡んで描かれていたり。作者本人が以前にも触れていたように「捕物」よりも「余話」に比重があるお話が多いな、と感じた。 そんな中で、「慈雨」は直次郎が幸せになってくれてとても嬉しかった。『雨が降る。まっすぐな雨が降る。 だが、この雨は暖かい雨だ。すべてを洗い流し、 代わりに何かを潤す恵みの雨だ。そう、伊三次は思う』 この場面では、涙が出た。 暖かい涙が。
この後に、伊三次が家に帰ると、お文は疲れて眠ってしまっているが、横で伊与太が泣いている。すると伊三次は、お文を起こしたりせず、おむつを替えてあげる。そして、伊与太が 伊三次を見て笑うのだ。『まるでその時、初めて伊三次が父親であることを確認したような感じがした』いい場面だ。涙がまた出てしまう。でも、これもまた暖かい涙だ。
ところで、今回、おみつが出てこなかった。 うーん、どうなるんだろうな。お文とおみつの間は。おみつのことは好感を持っていただけに、前巻で残念なことがあり、どうなっていくのかなあと気になっているが。
余談。 文庫のためのあとがきで、 宇江佐さんが時代小説であっても新しいことを取り入れたいし、時代小説に感じられる時代臭が好きではない、と言う話があった。その中で、読者の手紙のことに触れている。「函館は西洋文化を早く取り入れた土地柄なので、あなたもそれに多少、影響を受けている。 浅草の下町あたりに住んで、じっくり下町情緒を学んではどうか」 と書かれていたそうなのだ。・・・いるよなあ、こう言う感じの人。と、人に聞かれていたら、何て嫌な感じ、と思われるに違いない、笑いが出てしまった。これが"苦笑" のお手本なんだろうなと言うような笑いが。しかし、そのすぐ後に、宇江佐さんが「大きなお世話と思ったが、読書の感じ方は様々である。(略) だが、私は自分のやり方を変えないだろう」と書かれていて、すっきりした。そう、大きなお世話だ。感じ方は様々だけど、その上から目線の「学んではどうか」って。あなたが、人としての情緒とか物の言い方とか学んではどうか・・・性格悪いな私(苦笑) -
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前巻で火事で家を失い.深川を去ることになったお文。 良いきっかけではなかったが、なかなか結婚に踏み切れずにいた二人が、それがきっかけとなり、芸者は辞めて、伊三次と一緒に暮らすことになる。これで、伊三次が自分の店を構えるのは、 また少し先になってしまうかもしれないが、それでも慎ましくも幸せな日が続くのだろう、と淡い期待をするも、、、
今回もまた色々と起こる。今回は特に、悲しい話が続いた。それも、伊三次とお文たち当人や身近な人に関わる事件が続いたので、より感情移入してしまった。
それにしても、 最後のおみつの発言には、まるで自分がお文になったようにショックだった。 おやす (おみつの姑) の発言などから察するに、おみつは起きたことだけでなく周りの反応など二重に傷付いているのだろう。そんな時には、被害妄想が沸き上がったりもするのだろう。 それにしても、だ。
何だか、最初の印象が悪かったおこなの方が好印象になってきてしまったな…… -
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今回は本のタイトルが「さらば深川」だ。 これは嫌な予感しかしないではないか。寂しい理由なのか悲しい理由なのか、もしかしてもしかして嬉しい理由なのか、 、、
結果、悲しいし、悔しくて腹も立つけど嬉しさもあったりして。 何とも複雑な気持ちでエンディングを迎える。
さてここから、次巻以降、伊三次とお文はどんな展開を迎えるのだろうか。
ところでこの巻にも宇江佐さんご本人による"文庫のためのあとがき”が収録されていた。 (これはこの後の文庫本も毎回収録されているのかな?
そこに、『すでにお気づきの方もおられると思うが、本一冊につき、 伊三次に一歳、年を取 らせている。 同い年のお文も当然、その通りである』 『第一作目の伊三次は二十五歳だった。本書では二十七歳となっている』とあった。・・・気づいていなかった。
これは私の悪い癖なのかもしれないが、特に時代小説では元号がピンとこないのもあり、季節が巡っている様子は、月の表記や気候の描写などで感じつつも、実際に年月がどれくらい経っているのかは気にしていないことが多い。
そうか、 今回のお話では、2人は27歳なのかと改めて振り返ると、この時代は、女性が18, 19歳にもなれば結婚している時代だったことを考えると、おみつの結婚もあり、深川を離れるお文の様子は、より切なく感じられる。 新たにやってきた女中のおこなと、2人で「花嫁衣裳を着たかった」と話し、空を仰いでいたシーンも思い浮かび、切なさが増す。
しかし今回は、切ないことの続く話の終わりに、ほんの少し嬉しくなる要素もあり、お文にも、もちろん伊三次にとっても、今後は幸せがやってくるのでは、と期待したい。
あ、それから 不破が、予想外にきちんと伊三次に謝罪していて、うっかり伊三次と一緒に 涙が出てしまった。この時代に武家が町人に頭を下げるなど、実際は褒められたことではな いのかもしれないが、深くて素敵だった。 -
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ネタバレとうとう本当にこれで最後です。
最初で最後の長編が描いているのは、シリーズ中で飛ばされた10年の出来事。
家事で焼け出され、すべてを失ったことから伊与太は何を見ても「これは誰のもの?」と聞くようになった。
自分は何も持っていないことを確認するかのように。
そんな伊与太が「月は誰のもの?」と聞いた相手は…。
火事の後妊娠に気づき、出産までの間今まで以上にお座敷仕事をすることにしたお文。
そこで知り合った老人が、実の父親だと知りながら、父親の家族を思い知らぬふりをするお文。
そんなお文の気持を受け入れる父だが、伊与太にはこっそり「伊与太のお爺ちゃんは、このわしだ」と言っていた。
そして、お文の娘の名付け親になってくれた。
お吉…お文がお座敷に呼ばれる時の名前、文吉からつけてくれたのだろう。
決して出しゃばらず、蹴れどしっかりと娘を見守ってくれる父。
お文にとって、何より幸せなことだったろう。
龍之進が仕事終わりにふと見かけたのは、本所無頼派の首領・薬師寺次郎衛。
家を勘当され町人になった次郎衛は、駄菓子屋の親仁になっていた。
共にあれから所帯を持ち大人になった二人は、改めて友人になる。
だからか。
短篇の方では唐突な感のあった、龍之進の手下を次郎衛にという話は、ここから繋がるのだった。
この長篇を読んで、作者が細かなところまでしっかりシリーズの構成を考えていたことがわかる。
この作品にすら入りきらなかったエピソードはいくらでもあるのだろう。
小さな伊与太の可愛らしいエピソードをもっと読みたかった。
龍之進の、茜の、伊与太の、お吉のその後も読みたかった。
本当に寂しい。 -
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ネタバレ目次
・共に見る夢
・指のささくれ
・昨日のまこと、今日のうそ
・花紺青
・空蝉
・汝、言うなかれ
収録作を書いていた頃はまだ癌告知をされていなかったそうだけれど、何か感じるものがあったのだろうか、生まれ来る者と死にゆく者の話が心に残る。
龍之進は父となり、ますます地に足の着いた仕事ぶりを見せるが、反対に友之進は、シリーズ当初持ち合わせた癇癪などどこへやら、すっかり孫バカの爺になっている。
しかし友之進の同僚の妻は、まだ40代になったかならぬかのうちに病死する。
人の命などはわからないものなのだ。
茜にしても、決して恋愛感情を持っているわけではないのだが、弱りゆく良昌を励ますために側室になることを受け入れるが、その直後の良昌の死。
茜の屋敷奉公はまだ続くのだろうか。
伊与太は才能あふれる弟弟子とわが身を比べて落ち込むが、北斎に話を聞いてもらって立ち直る。
人と比べるのではなく、客におもねるのではなく、自分が見たいものを自分で描く。
描いて描いて描くことでしか絵は上手くならんということを、すっきりと心に落として、これから精進していくと思う。
九兵衛も所帯を持ち、また伊三次の周辺が少しにぎやかになる。 -
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ネタバレ目次
・俯かず
・あの子、捜して
・手妻師(てづまし)
・名もなき日々を
・三省院様御手留(さんせいいんさまおてどめ)
・以津真天(いつまでん)
作者が作中の10年をすっ飛ばして書きたかったことというのは、もしかして松前藩のことなのだろうか。
茜が屋敷奉公をすることで、松前藩の特殊性が書かれ、今は江戸詰めであるけれど、そのうち蝦夷の国元にも連れていかれそうな気がしてくるような展開。
だとすると、伊与太と茜の仲はいよいよ絶望的。
表紙の茜、「お嬢」と声を掛けた伊与太の方に振り向いた時か。
本筋とは別に、伊与太の暮らしぶりを見るため、師匠の留守中、うきうきと伊与太の奉公先に出かけるお文と、それに閉口する伊与太。
可愛いとは思っても、娘らしくなったお吉をおいそれと抱きしめることができなくなったことを淋しく思う伊三次。
この家族、本当にいいなあ。
それにしても、贅沢禁止の幕府とはいえ、女は自分で髪を結うべしというのは!
あの髪形を自分で作れと!? -
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ネタバレ目次
・あやめ供養
・赤い花
・赤のまんまに魚(とと)そえて
・明日のことは知らず
・やぶ柑子(こうじ)
・ヘイサラバサラ
掏摸から足を洗い雑貨屋の親父として真っ当に生きている直次郎。
意に添わぬ結婚話から逃れるために屋敷奉公に出た茜。
絵師の修業中の伊与太。
いつの間にか26歳、結婚話もある九兵衛。
作中の時間も確実に流れている。
さて、意味不明のタイトル「ヘイサラバサラ」とは、ポルトガル語で動物の腹の中に出来る石のことなんだそうだ。
孤独死した元医師が、なぜそのようなものを持っていたのか。
彼は、進んでいく時間を止めようとしていたのだろう。
しかし、それは出来ないことであり、止められない時間をどう生きるかが大切なことなのだと思う。
心を打ったのは「赤のまんまに魚そえて」。
女たらしだが飽きっぽく、こらえ性のない大店の若旦那を慕う女中のあさ。
ろくな食事も与えられず散々こき使われて、若旦那の罪をかぶって死罪を受け入れるあさ。
九兵衛の台箱お披露目会で用意したお赤飯と鯛を伊三次は差し入れる。
多分一度もこんな食事をしたことがないだろうあさを不憫に思って。
初めて人の優しに触れたあさは…。
伊三次とお文とお吉が一緒にでかけるシーンが結構あって、お金はなくてもいい家族だなあとしみじみ思う。