重松清のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
吃音を抱える村内先生が、色々な学校の、色々な辛さと孤独を抱えているこどもに寄り添い、救っていく。
こんなに優しい話を書けるなんて、作者の重松清さんの事をもっと知りたくなる、そんな小説でした。
あとがきに、ご自身が教員免許を持ちながら自身の吃音のために教師になることを諦められた経緯が書かれていました。いわゆるみんなと異なる経験に裏打ちされた、とてもリアリティのある小説でした。
一番印象に残った、おそらく村内先生の寄り添い方の核心かと思う、ある生徒とのやり取りです。
「自分の思いが伝えられなくて、わかってもらえなくて、だれともつながっていないと思う子は、ひとりぼっちなんだよ、やっぱり。先生は、ひとりぼっちの子のそばにいる、もう一人の一人ぼっちになりたいんだ。だから先生は、先生をやっているんだ。」 -
Posted by ブクログ
田村と光司は架空の人物でしょうが、被災地のエピソードは全て取材に基づいた事実。
田村が筆者、光司が読者の分身なのだと思います。
作品内でも触れらているが、東日本大地震において絶望のまま時が止まっている部分には触れず、絶望の中でも希望を持ち、少しでも進もうともがく人に焦点をあてた本になっている。
あれから15年。直接の被害のなかった人にとっては、東日本大震災は過去の歴史となりつつある。しかしそうではない。あの震災を歴史の1ページとして刻むにはあまりにも早すぎる。被害、教訓、恐怖、悲しさ、苦しさ。そのさまざまをいつまでも忘れずに、伝え、考えていかないといけないのだという生の被災地をみて、生の声を聞いた重松さんのメッセージに感じました。 -
Posted by ブクログ
「不器用な父親」を書いてみたいとのこと。
まさに、ヤスさんは不器用なお父さんでした。
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以下ネタバレです
愛情は1番大切なものだが、愛情だけでは子育てはできない。
最初から最後までを通して、アキラはどれだけの我慢を強いられたのだろうと、切なくなった。周囲の人の支えがなければ、この親子は成立しなかったであろう。
周囲の人が良すぎる。
母の死因について、「お父さんの身代わりになって死んだ」とウソをついたヤスさん。もちろんヤスさんの気持ちは理解できるものの、「ずっと嘘をついたままでいいのだろうか?」と思っていた。しかし、海雲和尚の死後にアキラに届けられた一通の手紙には真実が。「アキラの命守るためにお母さんは亡くなった」と。すごくホッとした。辛いけどやっぱり真実を知るべきだと思ったから。でも真実を知るタイミングがいつがいいのかはすごく難しい問題である。
いろんなセリフが印象に残っている。中でも二つ。
一つ目は、
理のスジ、と情のスジ。
スジを通すの意味を「整合性のとれた説明」と思っていた。
または「建前」?、それも、誰もが納得する正しい建前。
でも、情のスジは、、、、、
「こう考えたから、こうします」っていうその考えが、
愛情があって、現実から逃げてもおらず、誰も傷つけない、立派な志?
大切な誰かのために・・・自分のために・・・・
私は、何かを決断する時、「情のスジ」を通しているだろうか?
考えてみようと思う
二つ目
「何かあった時、アキラはお腹の中の赤ん坊を第一に考えろ」
とヤスさんが言った事。
アキラ自身がそんな事言えない。言ってはいけない。たとえ考えていても。
血が繋がっててもなくても、同じように愛する、育てることは正しいが、
本当に究極の場面になったら、人はどうするかわからない。
でも、ヤスさんがそう言ってくれたことで、アキラは救われたと思う。
最後に・・
世の中、コミュ力、コミュ力、っていうけど、
それって話が上手で、楽しませてくれる人?
確かにそれも利点。
でも、相手を本当に信頼できるかどうかは
口先のテクニックよりも、
心に響く言葉を選べる人。
嘘のない言い方ができる人。
今回、コミュ力について、あらためて考え直したいと思った一冊でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレいやぁ…最高でした。じっくり時間かけて読みました。
どなただったか、重松清さんのレビューを書いていた方のコメントが良くて、読んでみようと思ったわけですが、ここ最近読んだ中で、一番、好きでした。
短編集として、「その日」を迎える様々な人生が描かれます。いろんな年代、立場の「その日」に対する感情がとてもリアルで、胸を打ちます。
作者は、どうやったら、どんな経験を積んだら、こんな心情描写が出来るのだろうか。
ラスト3作は連作で、最後の作品では、各短編で描かれた人たちのその後も描かれました。
決して、奇跡が起こるわけではないのだけれど、「その日」を迎えた方を見送った家族の姿なども描かれ、悲しいだけではない、明日へ、その日まで、力強く生きていこうという前向きな気持ちさえ抱きました。
文庫版のあとがきでは、著者とその師匠の話があります。こちらも、リアルな「その日」にまつわる話で、この話も含めて、「その日のまえに」という作品として楽しめました。本当にお勧めしたい。
でも、一昔前なら、悲しくなるのが分かっているからと、読もうとしなかったな。
「潮騒」は、泣いた。
所々に、波音や満ち引きの表現が描かれていて印象的。中でも、潮騒が二つの音が混じり合っているというところが好き。引いていくときの大きな波と、砂に染み込むときの、さあーつという小さな音。そうなんだよね。おの小さな音が好き。大きな波が来るまでの時間は、まちまちだが、しばらくすると、必ず大きな波が来る。その間の、完全な静寂とは違う、小さな音がさらに小さくなるあの時間が好き。「波が砂に染みる音の方が耳の奥深くまで届く」と表現するか。凄い。
「ヒア・カムズ・ザ・サン」も、泣かせる。
小学生から大人まで、幅広い世代の目線で、いろんな優しさの表現をする。話し方だったり、仕草だったり、言おうとして言えなかったり。随所に母子の不器用で、でもお互いにわかり合っていて、なんともいじらしい。
「初めて気づいた…母ちゃんの手は、肌がカサカサになって、指がスジ張っていた。
いつの間にかまた手を繋いで。カオルくんの残してくれた、まばゆすぎて目に見えない光の中を、おれたちはいつまでも歩き続けた。
われら、死への道のりの半ばにー。」
いやぁ、素晴らしい。生きて欲しい。
重松清さんの小説を、もっと読んでみようと思いました。
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