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Posted by ブクログ
結婚3年目で妻を亡くし、残された娘と2人で歩む物語。泣ける本と聞いて手に取ったが、結構グサリと胸を刺される箇所の方が多かった気もする。
人生に正解はない。仕事優先か、子供が大事か。女の子にはママが必要か、父親だけで子育ては無理なのか。頼っていいのか、甘えてはいけないのか。多数のために少数を犠牲にしてもいいか。理屈から言って、冷静に考えて、割り切って……。
正解がないのは、僕らが一人ひとり違う存在だからだ。30代男、妻と死別、1歳半の娘。それらは情報であって、存在ではない。属性が同じでも、存在は固有だ。だから正しい答えは存在しない。
だが、答えが出なくても現実は待ってくれない。クリスマスも母の日も容赦なくやって来る。子供はどんどん大きくなる。自分で選んだ人生、選びたかった人生、選ばざるを得なかった人生。何が自己責任だ。
この小説が胸に迫ってくるのは、存在に背を向ける現実をみんな経験しているからだ。パソコンやスマホの画面から見える現実は、存在ではない。でもそれと同じ解像度で、友達や上司や両親のことも見ていないか。むしろ、正解がないなら個別の存在なんか無視して、答えが同じになるように、ひとつになるように行動することが正しいと思い込んでいないか。
小説なんて読んで何の役に立つの? たしかに、フィクションは現実の参考にはならない。でもデータに回収されない物語の中に、僕たちはある存在を見つける。それは虚構ではあっても無二の存在だ。1人の命より5人の命が重いって、どうしてそう言える? 僕らの存在は、君たちが扱っているような数字や論理じゃない。
Posted by ブクログ
最初この本と出会った時は、亡くなった人の気配と共に温かく、優しく、寂しく、強く生きていく父娘の物語として、感動しながら読みました。
年月が経ち、自分も娘をもって、一児の母としてもう一度この作品を読むと、亡くなったともこさんと、自分たちより先に娘を亡くしたともこさんのご両親の気持ちを想像してしまい、涙が止まりませんでした。
自分に置き換えると本当に苦しくて、今自分が生きて家族と向き合えていることの幸せを噛みしめながら読みました。
子育てに迷ったとき、今この瞬間の幸せを見失いそうになったとき、きっと私はこの本を開くと思います。
受け取るメッセージは異なれど、きっとどんな人にも響く本だと思うので、ぜひいろんな方に読んでいただきたいです。
Posted by ブクログ
重松さんの作品を初めて読んだ。
ドラマで観た『とんび』のイメージが強かったけど、とっても読みやすくてびっくりした。もっと早く手に取ればよかった。
使われている言葉も、話の内容も、かなり万人受けするものだと思う。読む人によって思いを寄せる人物が異なってくるはず。
根っからの悪者は出てこないけど、言葉って人によって受け取り方が違う。相手の境遇次第では無意識に相手を傷つけてしまう。自分も気をつけなければいけないな。
美紀の成長を節々に感じることができて、心に刺さる言葉も沢山あって、最後は泣きそうになった。
誰にでもおすすめできるとても素敵な作品だった。
健一を山田孝之が演じたと知ってしっくり来なかったけど、映画も見てみようかな。
Posted by ブクログ
重松清の『ステップ』を読み、前に進み続けることの大切さを改めて感じた。主人公の健一は、突然妻を失い、幼い娘のみきを抱えてシングルファザーとして生きていく。彼が娘を抱っこしながらも、どうしても「仕事の延長」のように業務的になってしまう姿は、とてもリアルだった。生活のために働き続けなければならない一方で、みきが求めているのは、抱っこのぬくもりや、母親のような柔らかさだ。そのギャップを埋められないと理解しつつ、それでも必死に寄り添おうとする健一の姿には胸を打たれた。
物語の中で、義理の父が健一に説教をする場面がある。「自分の娘が悲しんだことを他人事だと思うな。自分のことだと思え」という言葉は、読んでいる私自身にも深く刺さった。私も二人の男の子を持つ父親として、家族の涙や痛みを、決して他人事にせず受け止める覚悟を持たなければならないと気づかされた。
『ステップ』は、悲しみの中にある温かさや、家族の絆、そして人が前へ進む力を静かに描いた作品だ。読み終えたあと、自然と心が優しくなり、自分の家族をもっと大切にしようと思えた。小さな一歩でも踏み出せば、幸せは少しずつ近づいてくる――そんなメッセージを強く感じさせてくれる一冊だった。
Posted by ブクログ
ホントにもう、重松清さんの本は電車で読んではいけないと思う。またしても涙と鼻水が止まらず…
氏の講演会で隣に座った男子学生が、人気投票1位と予想していた作品だったので手に取った(その講演会での一位は本作ではなかったけど)。
で、これを読みながら思った。
人の内面、感情を描いた作品はたくさんある。
その中でも、例えば三島由紀夫の金閣寺は、吃りの寺の跡取りというある意味特殊な主人公の屈折した感情の動きを、ここまで掘り下げるかというくらい深読みして、格調高い言葉を駆使して表現している、ある意味極北とも言える作品だと思う。ただ、「うん、こういう思い、わかるよ」と万人が感情移入できるモチーフ、表現ではない気がする。
一方、重松清の作品は、大多数の人が感じたことのある、あるいは想像できる場面におけるある意味普遍的な感情を、小学生にもわかる表現で丁寧に描いているから、老若男女問わず多くの人の心に響いているんだろうな。
この本でいえば、娘を亡くした義父が「朋子の思い出はもう増えないんだ。あとは歳をとって忘れていくだけだろ。それが怖くてたまらないんだ。(中略)後から後悔しても思い出は増やせないんだ。仕事なんてどうだっていい。美紀ちゃんと少しでもたくさんの思い出をつくって、子供のことを覚えててやるのは、親の義務だ…」
と酔って泣きながら語った言葉。
話の細部は日本人ならではの背景があったり時代背景に依る話題もあるが、多くの重松作品においては、芯のテーマや表現はおそらく時代に依らず、また国を問わず共感を呼ぶ「永遠の表現」になり得るのではないだろうか?
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