小川洋子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
作品はいくつか読んだことのある小川洋子さんですが、
小川さんのエッセイは始めて読みました。
小川さんの作品に流れる静かな哀しさや寂しさの源流はここにあるのか、と思わせるものもあれば、
かなり熱心な阪神ファンとのことで、野球にまつわるあれこれまで様々なところで書かれたエッセイを一冊にまとめたもの作品のようです。
『博士の愛した数式』にまつわるエッセイはとても興味深かったです。数字と人間の対比。美しく永遠に続く数字と弱くて物語なくしては生きていけない有限の人間の生。
日常のお話では、資料となる雑誌や書物の整理に関するお話に共感。(私も人よりは「増殖する乱雑さ」に対する耐性はあると自負しています。つまり部屋が汚い)
小川さんの美術館の監視員さんに対する考え方が「思慮深い5歳児」のようで面白かった。確かに、彼ら・彼女らを見ると「お元気ですか?」と話しかけてみたい衝動に駆られるほど、人形のようにスッと座ってらっしゃる方もいますもんね笑
作品や展示について質問がある場合は、彼らに尋ねると奥にいる学芸員さんを呼んでもらえることもあるので、私は質問があるときは話しかることもあります。
この本の中ほどは『アンネ日記』にまつわるお話です。小川さんが実際にアンネゆかりの地へ訪ねて行った際のことが書かれています。
「死を受け入れるために、人は物語を必要とする。」 -
Posted by ブクログ
やさしくて、ほんのり体温が残っている喪失感。
最初は外から「私」を通してアーケードを覗かせてもらっている感覚だったのが、最後はアーケードの中にぽつんと取り残されたような気持ち。
徐々に「私」の輪郭がぼやけていく。
「私」はいつからいるのか、いないのか、アーケードの輪郭だってどこまではっきりしたものなのか。
素直に読み取れるようなものではない気がした。
生よりも死や無に近いところの商品を扱う店々。
アーケードの外がこちらで、ドアノブの向こうがあちら。ならばアーケードは時間がよどむ境界線か。
迷い込んだ名前も知らないアーケード、作者にゆかりのある地でとおった商店街、半年だけ過ごしたあの国の蚤の市で買った、どこかの誰かが写ったネガフィルム。
自分のみてきたそんな景色と最果てアーケードが寂しく重なった。 -
Posted by ブクログ
心の中のものを一つずつ失くしていく話
その島では鳥、バラの花、写真⋯
消滅が少しずつ進む
とめることはできず、島の人たちは受け入れていく
消滅すると記憶からも消え、心の空洞が増えていく
秘密警察が記憶狩りをし、記憶を持ち続ける人を連行していく
記憶を持ち続けるR氏をかくまう
小説を書くわたし
やがて小説も消え、体も心も消滅していく
物が消え、記憶さえもなくせば、いずれそれに順応していってしまう
やがて実体のある体の消滅にまで危機が及んでるのに疑問もなく受け入れてしまうのが怖い
希望という記憶を持つであろうR氏、
希望がなんなのかさえわからないわたし、
ふたりの道が二手に分かれることになるのが悲しい
記憶というもので人は生きていける
物に愛着し、思い出したり愛でたり、人と交流して楽しかったり、と
だけど
人生は喜びだけでない
憂いや、痛みや、苦しみが心をかき乱す、そんなものでも心に留めて記憶しているほうがいい
暗闇を失くしてしまったら光がわからない
それがあるからこそ光や希望を目指して生きていけるんじゃないかと思った
消えてほしいと思ったものでも消滅して記憶がなくなるのは困ると思った
一つ消えればそれはやがて私の存在さえも薄らいでいくものになるから
この夏の、心の1ページに刻まれる物語だった -
Posted by ブクログ
ネタバレあらゆる種類の芸術家が集う〈創作者の家〉。その管理人である〈僕〉と、肉球と水かきを持つ謎の小動物〈ブラフマン〉との、ひと夏の邂逅そして別れを描く。南仏を思わせる架空の村を舞台に、物語は〈僕〉の抑制のきいた一人称で、水彩画で描かれた大人の絵日記のように淡々と静かに進んでゆく。
正体不明ながらも愛くるしいブラフマンと、〈僕〉の心の交流が物語の主成分となっている。しかし、これを心温まるハートフルストーリーと呼ぶのは少し違うように思われる。物語の始めから終わりまで繰り返し現れるのは、取り繕いようのない死の気配だからだ。古代墓地、石棺、埋葬人、碑文彫刻師、身寄りなく死んだ老人の所有していた家族写真、そして生活感を全く感じさせない登場人物たち。
生身の肉体を感じさせるのはブラフマンと、〈僕〉が思いを寄せる雑貨屋の娘だけだ。しかし、ブラフマンは予めタイトルで死が暗示されており、いくら愛らしくともこの蜃気楼のような村の無自覚な虜囚であることから免れないように思われる。雑貨屋の娘だけが虜囚であることに満足せず、生身の人間らしい欲望に従って村から飛び出していこうとするが、その陳腐で無遠慮な生命力の前に、ブラフマンの存在はあっけなく掻き消されてしまう。
ハートフルストーリーとしてはあまりに仄暗い物語は、しかしどこか遠い国のお伽話めいて、誰を罰するでもなく何を嘆くでもなく淡々と終幕を迎える。ここではこの世の価値基準は無効化され、ただ夢のような読後感と無常感が読者に残されるのみだ。この作品が受賞したのが直木賞や本屋大賞ではなく、泉鏡花文学賞だったというのはさもありなんと言うべきだろう。