小川洋子のレビュー一覧
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素晴らしかった。大切に、大切に読み進めた小川さんのエッセイ集。エッセイ集と言っていいのかわからなくなるほど、短めの深い思いで唯一無二。いろいろなところで書かれたエッセイを章に分けて載せている。1、2章あたりのエッセイがたまらなかった。日常や、家族の幸せが美しく切なく心に響くエッセイがたくさんあった。亡き両親との思い出。よその子や赤ちゃんとふと、些細なきっかけで顔見知りでないその子たちと触れる中で思い出す、自分の子供との思い出。想像するということ、読書ということとは何か。と思えば、少し抜けた感じのクスッと笑えるエッセイもあり…ということで絶妙なバランス。小説も美しく、エッセイも美しく、すごい、小川さん。前作もそうだったが、5章の読書記録のような、解説や小川さんが読んだ本にまつわるエッセイはなんだか入り込めず、ここはさらっと読んだ。小川さんの読む本の中で読みたいと思えるものはあまりなくて…
でも小川さんのエッセイも小説も大好きだ、ということを再確認できる。
また折に触れて読みたいエッセイ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ不思議な手触りの小説。
まずブラフマンが人間ではないこと。でもどんな種類の生き物かは明かされない。
「僕」が何歳ぐらいなのか、どんな過去があってどうしてそこで働いているのか、そもそもどこの国のいつ頃の話なのか、すべてがはっきり語られない。
この手掛かりの少なさにも関わらず、ブラフマンの生き生きとして描写に冒頭から引き込まれる。
何と言ってもほとんど犬っぽいブラフマンの仕草の描写が可愛い。タイトルどおり「ブラフマン」は「埋葬」されてしまうという予測ができていたが、あまりの愛らしさに、ブラフマンが無事に元気なまま終わるように願いながら読んだ、
時々現れる、「僕」のブラフマンに関する観察日記のような、覚え書きのような文章。最後まで淡々と描かれるところが余計に悲しい -
Posted by ブクログ
2025.21
遠慮深いうたた寝をコロナ禍に
家の屋上で寝っ転がって読んでから
小川洋子さんの文章が好きなことに気付き
あの頃救われた気持ちになったので
特別な本だったのだけど、
"続"が出て嬉しい。
あの時本屋でつるんとした装丁に惹かれたけど
"続"も陶器のようなデザインでかわいい。
小川洋子さんの文章は心が穏やかになる。
これからも遠慮深いうたた寝が続いてほしい。
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P23 精いっぱい仕事を頑張る、というその頃合いが分からない。私は今、ぎりぎりまで自分を追い込んでいるか?もうこれ以上は無理だ、というところまで這い上がろうとしているか?そう自問するが、自信を持ってうなずくことなどとてもできない。
P31 神さまのお家。何と素晴らしい表現だろうか。
P34 別に贅沢を言っているわけではない。ごく普通のワンピースが、一枚あればいいのだ。ここには無数の洋服が並んでいるのに、なぜ私に合うたった一枚がないのか。だんだんと腹が立ってくる。服というものを買わなければならないこと自体、忌々しく思えてくる。
P63 現実でいくら袋小路に迷い込み、行き詰まっていても、本のページさえめくれば、広大な世界が開ける。そこには、窮地から脱出するための心躍る冒険があり、究極の愛が潜む、死の気配に満ちた静けさがある。取り返しがつかないはずの過ちを、許すための方法がある。生かされている世界は、自分が考えるよりずっと奥深いのだと気づかされる。
P114 赤染晶子『乙女の密告』
P121 そうだ。その通りだ。人間、騒いだら負けだ。いつどんな時でも、心静かにどっしりとしてればいい。
P127 以前、岸本佐知子さんが、自分専用の屋根を持ち運びする傘は奇妙な道具だ、とおっしゃっていたのを思い出す。だとすれば日傘は、影の携帯なのか。
P165 奈良原一高の写真集『王国』
P165 修道院であろうと刑務所であろうと、眠る前のひとときであろうと、やはり人間には沈黙の時間が大切なのだ、と分かる。
P217 論理的であることは気分がいい。とりあえずは、その正しさに浸っていられる。いざとなれば、とりあえず、の但し書きだって、見て見ぬ振りで誤魔化せる。しかし、独りよがりに正しい方向ばかりへ進んでいると、いつの間にか落とし穴に落ちている。なぜか分からないままに過ちを犯している。はっとしても、もう手遅れだ。
P220 村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』
P222 自らの暗闇の底まで降下してゆけるのは、自分自身より他には誰もいないのだ。
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Posted by ブクログ
9話の不思議な世界の短編集だ。
特に印象深かったのは⋯
⚫︎「 曲芸と野球 」
「私」が少年野球を楽しんでいた小学校4年生の時、常に3塁側のファールゾーンで女性の曲芸師が椅子を4脚積み重ねての稽古をしていた。
しかしチームメイトには、その曲芸師の姿は視界に入っていないようだった。
大人になった「私」は、年に数回のペースで草野球を楽しむのだが、今でも三塁側のファールゾーンから曲芸師が「私」を見つめている。
⚫︎「 イービーの叶わぬ望み 」
老舗の中華料理店のエレベーター内で、誰かに産み落とされていたイービー。
お店に勤めていた心優しいチュン婆さんがイービーの育ての親になる。
成長とともにイービー少年はエレベーターボーイ(E.B.)として働くようになり、その優秀さもあって皆から愛される存在となった。
育ての親のチュン婆さんが亡くなると、イービーはエレベーターから一歩も出なくなり、狭いエレベーター空間に合わせるように身体の成長も止まってしまう。
他の短編に登場してくる人物も、独特の個性を擁した者ばかりで魅力的なのだ。
小川洋子女史が綴る人物たちは、ただ単に変わった人物像に留まることなく、世を超越した存在感となって綴られている。