ずっと前から気になっていた作家さん
原田マハさん!やっと読むことができました!
まぐだら屋のマリア
優しい時間になりますように 願いながら
読み進めていきました。
水平線はどこまでも続いていた。
海岸沿いの道を走るバスに乗り、及川紫紋さんは
尽きることなくまっすぐな水平線を
眺めていました。
秋の終わりの朝の海は、想像以上にまぶしく、
力に満ちていました。バスからの景色を
観ているうちに なんの脈絡もなく、永遠、
という文字が脳裏に浮かびます。
その言葉の意味をこれまで実感した事も
探したことも無かった紫紋さんでしたが、
その言葉は不思議と心地よい思いでした。
このさき自分を待ち構えているであろう
死 を意味しているからかもしれません。
紫紋さんが死について考え始めたのは
今日になってからでした。昨日の夜、最後の
有り金をはたいてホテルに泊まりました。
東京では一週間、ネットカフェに寝泊まり
その間 携帯は数分おきにブルブルと振動を
繰り返していて、それは故郷の母からの電話で
あることはわかっていました、、、、
紫紋さんは犯罪者ではなかったけど、取り返し
のつかないことをしてしまった思いでした。
犯罪者ではない。けれど、つみびとだ。
もう所持金は千円と少ししかありません。
二十五年間生きてきて、死を身近に感じた
ことなど一度もありません。
ところが突然、 死 が
目の前に姿を現した。職場の後輩、十九歳の
浅川悠太に化身して。
悪いのは、及川さんじゃありません。
自分です。
悠太の最後の言葉が耳の奥に繰り返し蘇る。
この一週間の自分に起きた事、世間 という物が
息が詰まりそうなほど一気に押し寄せてくるなんて。
もう、いなくなってしまったほうがいいかもしれない。
完全に。
それがすなわち 死 なのだと気づくのに
少し時間がかかりました。思いがけず死は
すぐ近くにあるということを、知ってしまいます。
悠太の自死によって。
その場所を求めて駅前のバスターミナルまで行き、
最初に来たバスに乗りました。そしていま、
こうして、いつまでも終わらない水平線を
眺めていました。
次は、 つきはて、 つきはて。
停留所名を告げる車内アナウンスが、ふいに
耳をとらえました。電光掲示板の料金表見ると
尽果 と停留所名があります。
つきはて
整理券 1 とピンク色の番号、料金表を見ると
1200 とあり反射的に降車ブザーを押しました。
お金が足りない事に気づいて降りる際に
申し出ましたが 運転手さんは
ああ、ええよええよ と手を振ってさえぎり
帰りに乗ったときに、百円余分に払って
くれたらええけ のんきな調子で言われました。
期せずして降り立った場所の風景は、広々と
秋の終わりの海が広がっていて、まるで
たったいま世界が生まれたようなまっさらな
眺めでした。
それにしても、尽果とは。バス停の名前としては、
あまりにも悲惨で、あまりにも滑稽だ。
やるせない想いを抱きながら周りを見渡すと
海に向かって少しせり出した小さな崖っぷちに
小屋が立っています。あのおんぼろ小屋をみて
自分の身の上に引き寄せて考えてしまう事を
おかしく思い、しばらく小屋を眺めていました。
とりあえず、あの場所へ。
自分の人生が終わるであろう場所へ。
つい二週間まえまで紫紋さんは、東京・神楽坂
にある 吟遊 という老舗料亭に勤めていました。
ここで料理人として学べば格もつき将来も保証
される名店です。極めて狭き門を突破して
紫紋さんは板場に入ることができたのは幸運でした。
日本一の料亭で働くことをお母さんは
顔をくしゃくしゃにして喜んでくれました。
お母さんは
紫紋。母ちゃん、ほんどに嬉しいよ。
あんだがやりでごと、思いっきりやるでごとが、
何より一番、嬉しい。
母の言葉を胸に、紫紋さんはひたむきに働きました。
何度もくじけそうになりますが、郷里の母のことを
思い、なんとか逃げ出さずに踏ん張りました。
厳しい環境のなかでも成長を実感すれば
充足感もありました。気になっている中居さんの
早乙女晴香さんの存在。気にかけてくれる家政婦
の宮本静子さんの存在。そして大切な大切な
浅川悠太さんの存在。
それなのに狭い世界の中で一心不乱に
夢を追いかけた時間が
一瞬で壊れてしまいました、、、、。
崩れ落ちそうに見えていた小屋は、こざっぱりと
整った佇まいの古民家でした。入り口の引き戸の
横に、土色の肌の大きな壺が置いてあり、大ぶりの
紅葉の枝が投げこんであります。いとも自然に
形よく。沁みるようなその赤をみつめるうちに、
これは廃屋でも民家でもない、何かの店だ、
と紫紋さんは気づきます。引き戸の真上に掲げて
ある木製の看板の流れるような手書きの文字
ま・・・・ぐ・・・・だ・・・・ら・・・・屋・・・
まぐだら屋。
ふと、かすかな香りが鼻先をかすめました。馥郁と
した香りは、追いがつお。
じわっと口の中に唾液がこみ上げて、急に痛い
程の空腹を覚えました。無意識に戸を開けると
とたんに、いっぱいのかつおの香りに包まれました。
お店の室内を見渡すとまるで印象派の絵のように
おだやかな色をたたえています。カウンターの
中で女性がことことと何か刻んでいます。
目が離せなくなり見つめていましたが、
その人は一心に手もとに視線を落として、
ちらりともこちらを見ない。
不思議ななつかしさに全身とらわれながらも
あの
ようやく、声を振り絞りました。
彼女は顔を上げない。聞こえてないのだ。
勇気を振り絞ってもう一度
あの・・・すいません。 おれ、すっげえ
腹が減ってるんですけど
長いまつげの伏し目がようやくこちらを向きました。
澄んだ目が、瞬きもせずに見ています。その目は、
誰かに似ていました。よく知っている誰かの目。
母の目か。晴香の目か。いやそれとも 悠太の。
いらっしゃい
明るい声が、くつくつと煮える鍋のあぶくの音に
重なります。
開店まえでたいしたものないけど・・・何たべたい?
それが、出会って最初のマリアの言葉でした。
読み進めていく中でこれまで感じた事のない色彩。
美術館で何故か気になって
動けなくなってしまった絵を見つめ
時間の感覚を忘れてしまうような世界観を
強く受けながらも優しくつつまれた色彩でした。
物語の中で紫紋さん、マリアさんの揺れ動く想い。
そして女将さんの葛藤や底知れない優しさ。
何もかも受け入れた上での克夫さんの心根。
そしてそんな人たちに支えてもらって前を向いた
丸弧さんの強さ。
私の考えはたぶんずっと間違っている事を
私自身理解しているうえで
それでも やっぱり誰も悪くないと思いました。
紫紋さんはもちろんわるくないですし、
仕方がないでは済まされない事でも
あの時のあの場面のあの感情の中にいたら
私は誰も責められない事だと、、、、
凄く残酷な悲しいこれ以上ない悲惨な結末に
なってしまいましたが、、、、。
その後に生きていく時間の中で女将さんと
マリアさんの関係の大切な時間がとても
尊くて涙がずっと溢れてきてこういう色彩でしか
感じ得ない優しさを沢山受けながらの時間でした。
紫紋さんの想いでこの人生を良かったと
出会いに感謝しながら生きる強さに心をうたれ
マリアさんが帰ってきて女将さんの胸に抱かれた
ふたりの姿を心に焼き付けて
どうか どうか と願い祈りながらの時間でした。
紫紋さんが帰るときに克夫さんが言った
だらす
紫紋さんの
ありがとうございました
そしてマリアさんが言った
変わったよ。あなたも、私も
もしも、このバス停に降り立たなかったら。
マリアに出会わなかったら。きっと、もっと
別の人生を自分は歩んでいたに違いない。
いま、自分が呼吸し、生きているのが、
その 別の人生 じゃなくてよかた。
この人生で、良かった。
花の香りに、ふわりと抱かれた。
紫紋の首筋に触れる、やわらかな頬。
ありがとう。だいすきよ。
何も言えないままで、ほんの一瞬、マリアの
体を抱きしめた。思いのすべてをこめて。
どんなにまぶしくても、
ただ前だけをみつめていたかった。
読み終えて読後感はとても良かったです。
でも良かったの中に複雑な交差の気持ちも
存在していて、良かったはずなのに
嬉しさではない涙が止まりませんでした。
ずっと一枚の絵画を見つめているような
物語に私自身の事も重なって
絵画の細部が変化していきながら
もう一度、自身の事を振り返り
大切な人を想う
強くて優しい物語に出会いました。
願い祈りながらどうか
心穏やかにすごせていますように・・・