池波正太郎のレビュー一覧
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[おしま金三郎]
元火盗改方の同心・松波金三郎の元へ、女賊のおしまが訪ねて来た。火盗改方同心・小柳安五郎が命を狙われているという⋯
小柳暗殺計画に隠されたおしまの執念が恐ろしい。女の恋情はこのような事件を平気で起こすほど、激しいものかと震えた。
[二度ある事は]
火盗改方同心・細川峯太郎は非番の日に怪しい老人を見つけて尾行するが、その老人を見出したきっかけを長谷川平蔵に話すことはできないと思った。彼が妻帯する以前に関係を持っていた女の様子を、平蔵にたしなめられているにも関わらず、性懲りもなく確かめに行ったことがばれてしまうからだ。しかしながら、平蔵に隠しごとはできない⋯
[顔]
長 -
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[霧の朝]
長谷川平蔵の活躍はほぼ無く、準レギュラーの井関録之助が奮闘していた。池波作品ならではの偶然の集積が事態を動かしていく物語の妙が面白い。だが、あまりにも偶然に頼りすぎているのが作劇的に気になった。
[妙義の団右衛門]
火盗改方の密偵・馬蕗の利平治は、かつて恩を受けた大盗賊・妙義の団右衛門から盗めに誘われる。利平治は長谷川平蔵への忠義から火盗改方に密告するが、団右衛門にそのことが露見してしまう。準レギュラーである利平治に降り掛かった危難に爆発する平蔵の怒りはこちらも震えるほどに恐ろしかった。
[おかね新五郎]
珍しく、盗賊が出てこない。長谷川平蔵が放蕩時代に関わりのあったおか -
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読んだ本 幕末新選組 池波正太郎 20260410
数々新選組の本を読んできて、もう新鮮さを感じることもないかなって思ってましたが、さすが池波正太郎、活き活きとした生活感のある新選組が描かれてます。
明治の時代に生き残った長倉新八が主人公で、試衛館との出会いや新選組の隊士となる経緯。
芹沢鴨との関係や、藤堂平八郎との確執・和解そして死別、近藤や土方との決別、そこに女遊びなんかが絡んで、生きた証が感じられる小説仕立てになってます。
近藤や土方は少ししか登場しなくて、長倉新八が反感持ったりするんだけど、土方が別れ際に長倉に十五両渡すシーンが、いかにも土方っていうセリフで格好いい。
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原作・池波正太郎「殺しの掟」を山田芳裕が漫画化。
人の見栄や情欲、愛憎を基盤にしたミステリー時代劇。第三話の最後で『心が痛いよ』と音羽の親分が言ってますが、それはこっちのセリフというやつです。
三話収録されていて、各話ごとにさまざまな人間模様、それぞれの思惑が縦横に交差するのですが、親分自身が多様な姿を見せるので、物語の彩りは増すのですが、統一感がなくなってゆく気がしてしまいます。
しかしながら、読み終えた時に残るのは「心が痛い」という一念に集約されるのですが。
勧善懲悪ではなく、ピカレスクでもなく。裏と表の二つの社会に生きている人間の二つの側面は、そのまま人間が持つ陰陽の感情を写してい -
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本作は、人間の生き方を描いた物語として読みやすく、史実に寄り添ったロマンを感じられる魅力的な作品であった。
物語は三人称で描かれているが、永倉新八一人の男の成長の軌跡である。そのため、新選組という組織の内側から見た現実や、隊士たちの葛藤が強く伝わり、新選組という組織の厳しさと非情さが伝わってきた。
一方で、壬生浪士組の時代があまり描かれていなかった点には物足りなさも感じた。新選組が成立する以前の混乱した時期こそ、人間関係や組織の本質がより色濃く現れる部分であり、そこも読んでみたかったと思う。
また、作中では戦いや歴史的な出来事そのものよりも、日常や人間の生活感が丁寧に描かれている点が印象 -
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ついに東西手切れ、幸村入城、大阪冬の陣が始まりました。真田幸村が世に名を轟かせる事になります。
ただ、冬の陣に関して言えば、‟ここ”を楽しみにこの小説を読み進めていたので正直、「あっけない」「肩透かし」という印象が否めない。
佐平次が幸村のもとへ馳せ参じる、よもが佐平次の背中を押す、佐助への肌着を託す一連の場面はあつくなりました。
大坂陣営については、幸村をはじめ後藤基次たち、智将・猛将の意見が全く通らない様子はもどかしく、苛立ちすら覚えた。
うって変わって、徳川家康の唯一は言い過ぎかもしれないが、戦国時代、その時代の激しい戦、謀略を知る数少ない豪傑の立ち回りはさすがといえる -
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「このことはないしょ、ないしょ」だぞ。仕えていた剣客が殺され、それを機に江戸に出てきたお福は、次に仕えた御家人から偶然にも手裏剣の手ほどきを受けることになったのだが、そのときにこう言われるのであった。
運命に翻弄される女性の半生を描いた、読み応えのある長編。人というのは長くかかわってみないと判らない生き物なのだな、ということを感じずにはいられない物語。その最期の時に「今度こそは、迷惑をかけずにすみます」の<迷惑>の意味の深さを考えこんでしまう。はたして、秋山小兵衛はじめ、お福にかかわった人々が、それを迷惑だなどとちらりとでも考えただろうか?