よしもとばななのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読む時の気分によって⭐︎3になったり⭐︎4になったりしそうな作品。
楽園の穏やかでキラキラした風や音や空気を求めているときにはさぁーっと心に染みてきて、求めていないときには「ふーん」って印象になるかもしれない。
それでも、やはりあのハワイが持つ独特の情緒は誰にとっても素敵なもので、「あの感じ」をたまに求めるくらいの気持ちの余裕は常に持っていたいものだなぁとも思った。
私は『ハチ公の最後の恋人』は未読なので、純粋にこの作品を一つの完結した物語として楽しんだ。
よしもとばなな作品に登場する女の子たちは、どの子もみんな傷つきやすくて、でもしなやかに強くて、何かを諦めてはいるけれど同時に明日を創り出そうとする強いダイヤの粒みたいなものを秘めていて、読んでいて力になることはあれ嫌な気持ちになることは全然無い。今回もそう。ひとりで色んなものを抱えこみながら、ハワイアンキルトを作るテトラちゃんはとても素敵だった。
生きることに前向きになれる、日常に潜む小さくて愛らしい出来事にちゃんと目を向けたくなる、陳腐な表現になってしまって我ながらナンだけど、実際ほんとにそうなんだよな。
特にドキッとした文章は、テトラちゃんの以下の言葉。
「人生はうんとはじめのころに至福のほとんどを知るものなの。人によって違うけれど、至福の鋳型はそのときに作られる。そしてその後はほとんどずっとそれを取りもどすための戦いなの。」
まさしく。
ドンピシャで正解。
こういう感覚を文字に起こせるなんて、ばななさんは、短歌も上手そうだなぁと感じる。 -
Posted by ブクログ
ばななさんの人生が見えてくる。
日本だけでなく、世界のばななとなったばななさん。
それでも、思ったほどお母さんからは祝福はされない。
一方で、ばななさんの本が実家の本棚に並べられている。
女性の一人暮らしに必要なもの、と言っておとうさんから工具をプレゼントしてもらう。ばななさんの宝物。
同居していた彼が、それをそのへんに(=適当に)片付ける。
「私はそのとき別に怒っていなかった。でも理屈ではなく腹の底から「こりゃ無理だな」と思ったのだ」
そうそう。
近所のお花見も、小さかった頃の実家の自由なくらしも。
いろいろと、もう戻ってこないんだなあ、と(自分と重ねてちょっと思うところがあったりして)。
昔はよかったなあ、なんて思うのはそんなにいけないことでしょうか。
昔は自然も、時間も、自由も、なんかいっぱいあったなあ、、、とおもいます。
ばななさん、ありがとうございます。 -
Posted by ブクログ
おんおん泣くことは無かったけれど、
常にうっすら涙ぐむ感覚のまま読み終えました。
ばななさんの作品の登場人物は、皆芯があって強い。けど繊細でか弱くて、優しくて、自分があるからこそ冷静でどこか冷めて感じる部分もあって、、いのちの大切さや儚さを、知っている人達だと思う。
みんな似て感じるけど
優しくて素直な人たちだったな。
亡くなった人へ話しかけた言葉は海の中の気泡が上昇していくように、空に向かって、小さな泡のように登っていくのだろうか、的な表現がなんか記憶に残った。
そうだといいな。
後から見返して探したけどどのページか見つからない。
ー読み終えたのは2024年1月ー
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Posted by ブクログ
ネタバレ
恋愛するということ
誰かとともに生きるということは
ひとりではないということ
誰かの人生が自分の一部となり
自分の人生は誰かの一部となる
しかし、その誰かと離れたとき
私はひとりであること
もともとひとりであったことを
思い出す
愛人と離れた主人公が
自分自身の人生を生きはじめる
そこには彼女が生まれ育った土地
家族、街の人々、友情、
彼女自身に関わる人間関係があった
愛人とともにあった生活を失い
ぽっかりと空虚で透明になっていた彼女が
自身の過去や周りの人々と向き合う中で
様々な記憶や感情を取り戻し
色鮮やかになっていくように感じられた
それは″生きる″ということを
思い出していく過程のように見えた
ひとは結局いつまでも
ひとりなのかもしれないと思う
ひとりであって
はじめてだれかといられる
彼女と関わるひとみんな
不思議な力があるようだった
目に見えないことを信じていた
目に見えないことがほんとうで
目に見えることはほんの一部のように
自身の過去を、自身の物語として、
点と点が線で結ばれたとき
ほんとうの意味で
ひとは癒されるのかもしれない
そしてわたしも彼女の物語を通して
こころの奥深くのどこかで
共鳴したなにかが
癒されたように感じた