よしもとばななのレビュー一覧
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ちょっとした幸せを噛みしめながら、ときに親や恋人、世話になった人々の愛情を反芻しながら、日々を過ごしていく主人公さやか。そんな生活のなか、さやかは不思議な巡り合わせで悲しくもある物語と引き合うことになる。やがてその物語は、彼女と彼女を守ってきた愛情によって、輪郭をともない、生きる人へとつながっていく。
①現代社会に平和、憩いとして描かれるものに注目
多くの愛情を受けたことが幸せを呼び、その幸せがまた愛情を呼ぶという循環によって延々と続いていく優しい世界。そんな世界が描かれることは、その世界が現代と近くて遠い状況にあることを意識させる。
②生き方を分ける境界
主人公さやかは最後まで幸せな側として描かれるが、絶対的なこととして幸せであるわけではない。作中の印象的なセリフ「それでもね、なにか、ひとつ薄い膜だけれど、幕のようなものがあって、私はなかなかあそこに世話になる状況にはなりにくいと……」
ここでのキーワードが古井由吉の『杳子』を連想させる。健康と病気の間の「薄い膜」に留まることで生を実感する杳子。膜に守られて自分があるとするさやか。いずれの場合も、「薄い膜」を意識した瞬間に顕在する、生き方への思いというものがある。
③著者から読者への愛情
幸せで憩いのある小説として描かれた小説であるが、読み手は「薄い膜」の向こう側からの視点をイメージしてこの小説をみつめることもできる。しかしそんなことは著者も想定しているだろう。むしろ誰であってもこの小説から、幸せに生きるためのエネルギー、愛情を注ぐことへの信頼を享受しても良い。そんなメッセージが感じられる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「小さないじわる」…思い当たる節がありすぎて反省した。やられてきたからやり返す、それが大きないじわるに発展していくこと。私という細胞が変われば良い。それを突き通すだけの気持ちを私は今からでも持つことが出来るだろうか?
「慈悲の心と、論理性の共存」... あまり感情的にならず、正しい心を持つこと。感情は持ちすぎると偏見が含まれてくるのだという。私も正しい心を訓練する必要がありそうだ。
本書に出てくる出来事は些細なことだけど誰にでも経験があるはず。だからこそ、私は私に出来ることを、私が大切にしたいものを大切にする。『この人は私と違う、まあいっか』ではなく、『なんだか私と違うけれど、この人も細胞の一部分である』ということ。忘れないように長々と記すことにする。 -
Posted by ブクログ
北海道の出張で取材前に時間があり、イオンの本屋で購入。久しぶりに小説買ったかも。しかも、よしもとばななを読むのも久しぶり。
なんとなく合わなくなって読まなくなってたのだけど、ツイッターで見かけていたから思いついたのかもしれない。それと帯の「失うことが切ないなんて、なんと幸せなことだろう」という文章。
あとがきから読んだら、お父さんの吉本隆明さんが亡くなり悲しみに暮れているときにイタコのように書いた作品とのこと。なるほどなぁ・・・という感じ。
主人公の幹ちゃんは赤ちゃんのときに海辺に捨てられていて、だけども拾われた先の大平家でものすごく愛されて育った女性。
のっけから彼女の生い立ちと人生を楽しく生きる方法みたいなものが書いてあって、やや説明的だなぁと思ったものの、引き込まれました。
イギリスのグラストンベリーに似ているという富士山が見える村が舞台です。丘の上には誰かの古墳があり、おとぎ話の世界のように見えない力で結界が貼られているような。祖父が営んでいたB&Bを継ぐ幹ちゃん。自由にのびのび暮らす大平家の人々。ときどき幹ちゃんが思い出す祖父の教え。
ミステリー的な要素をはらんでいたので、先が気になりすいすい読めました。さすがばななさん。
そばにある邪悪に左右されずに自分の軸を持って生きるって、一見強い意思のような気がするかもしれないけれど、そうではなくて、やわらかく優しいものなんだよなっていうのがわかります。
大事な人を亡くしたらこの本を開くかもしれません。 -
Posted by ブクログ
生きていくうえで、大切なこと。それは、温度の合わない人と一緒にいるとうまく生きにくい、と肌で知ることだと思った。
心の闇は、だれかと分かち合うことで、前へ進めるようになることもある。一方で、だれかの明るさが重荷になることもある。。。けれどそのラインって、すごく僅差でむずかしい。
描かれているのは、児童専門のカウンセラーや気功士の独特の恋愛模様。人と密接にふれあう職業だからこそ、幼少時代の近しいトラウマを持つからこそ、分かり合えることがあるんだな。こんな繊細な作品は、よしもとばななにしか書けない。そういう所も含めて、とかげより「ひとかげ」の方が好き。すべてを受け入れられる人間になりたいなと思った。