よしもとばななのレビュー一覧
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重く、非現実的なストーリーだったけど、
吉本ばななの表現が好きで、
次はどんなステキな言葉が出てくるんだろう、
っていう気持ちで読み進められた感じ。
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“今、いっしょにいる人があることが、いつも一人で行動している私を和ませた。隣にいる人にちょっとしたことをその場でしゃべれるのはいい、そう思った。”
“それでも、誰かが自分のために、普通に思いやりを持って動いてくれることがこんなに嬉しいなんて思わなかった。”
“土台って何ですか?”
“この世は生きるに値すると思う力よ。抱きしめられたこと、かわいがられたこと。それからいろいろな天気の日のいろいろな思い出を持っていること。おいしいも -
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ばななさんの言葉は、いつもわたしを救ってくれる。
わたしの人生をいい具合に認めてくれる気がする。
たからものにしたくなるような大切な言葉を拾い集めてはおまもりにして、ノートにのこす。
以下、サーカスナイトのわたしのメモ。
私はなにもしていないでふらふらしていたようで、実はいろんなことをしながらちゃんと歩いてきたんだ、と思った。
それに、私こそが子どもを育てながら子ども時代をじっくりと取り戻しているのだと思う。
「だいじな人を失うと、人はそこに何か深い意味をどうしても見いだしたくなるから。」
楽しそうに見えるから大丈夫と言うことはない。
ただ楽しそうでない自分がいやなのでそうふるまっ -
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ハワイに関する3つの短編集
「家族」や「喪失」などの共通点もある
3つの短編(中編)+掌編的なあとがき
・まぼろしハワイ
・姉さんと僕
・銀の月の下で
・波
・まぼろしハワイ
高校卒業まで父子家庭だった女の子が大学卒業前に父を亡くし、8歳上の義母とハワイに行くお話
両親を失ったオハナと、フラダンサーのあざみさん
まったく親子には見えない年の差だし、2人の認識もそう思ってないんじゃなかろうか?
あざみさんを育てたハワイという土地
そして母のように慕うマサコさん
マサコさんが小さい子供を亡くした事があって聞けば答えてくれる事を確信しながらも尋ねないところがなぜか心に響いた
聞いては -
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夏らしいタイトルにひかれて。TSUGUMI、N・P、それらとはまた違った夏。これは常夏。
アムリタで東南アジアの常夏のもつ感じが描かれていたが、あの感じを追い求めた結果生まれたものだと思う。単なる常夏のリゾート地がみせる能天気なお気楽以上に、常夏の島のもつ気だるくもどこかさびしく、それでいてそのまま受け入れてくれるような不思議な感じに魅せられていたのだと思う。それはゴーギャンがタヒチで見つけたものであり、似たような感じだと、松村栄子さんの明日、旅人の木の下でのシンガポールのむっとする暑さのような。
ハワイという常夏の世界は、よしもとさんらしさに強く出会ってしまう、そんな場所なのかなと思う。出て -
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どうにもならない自分を抱えて生きること。自分がどういうわけか存在してしまっていること。問い続けること、擦れて疲れてしまったとき、よしもとさんのことばは、自分という端的な事実をそのままに描いてくれる。
今回は誰かと暮らすということ、誰かと生活を共にするということの在り様を静かに語っているように思える。誰かと暮らすということは自分のやってきたこと、自分ではいいと思っていたことがそうではなかったり、相手に対して調整しなければならない。年月が経てばたつほど、生活はどうしてか固定されていき、調整することが苦痛にすらなることがある。
だからこそ、そんな生活を誰かと共にできるということはこの上なく有難いこと -
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働きながらの3歳との時間は、ともすると楽になる日を心の片隅で待ち望みながら、本当にあっというまに時間が過ぎていくけれど、芸術家の感性でとらえた家族との時間にふれることで、自分自身の感性もすこし拡張されたように思う。
この時間の貴重さ。切実さ。ただ忙しくやりすごすには、あまりにももったいないということに気付かされる。若かりし日の敏感さをなんとか掘り起こして、解像度高く、あますことなく、感じておきたい。受け止めておきたい。すべてに気付いていたい。忘れていたことを思い出した。
芸術家の子育てエッセイは、こういう役割があるんだなと思い、もっと読もうと思った。
よしものばななの本は若い頃何冊か読 -
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文字も大きいし、薄い本なので、
内容も薄いかなと思ったが、
最初、サラッと読んだだけでも驚きがあり、
(旅費の足しにアンティーク持ち出し推奨!)
更に読み返すと、ダライ・ラマ様の実利を
重んじる考え方(英語学習の勧め)や
不平不満を持たない心のありよう(鍛え方)に
頭が下がる思いがした。
一方、よしもとさんの新幹線のエピソードは、
愚痴ではないと言いつつも、
恨みの気持ちがあるように見える。
「愚痴やクレームではない」と言って語ることで、
「こちらの言ってることが真っ当」感が
出てしまう(ように思える)が、
このエピソードの結論に違和感を覚える
自分がいて、意図する以前のところで
モヤモ -
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ネタバレ長さというものは、それ自体がひとつの生命を持つような感じで、いつのまにか思わぬ大きさにふくれあがっている。
そして本当の別れというのは、縁がぶちっと切れるということは、死よりもよっぽど死に近いことなのだ、とさとった。
人の、感じる心の芯のところは、決して変わることがないようだ。
「同じような気持ちでそばにいるだけで、語り合う言葉がないほうがかえって通じ合えるということのすばらしさを私はその歳にしてもう知っていたみたい。」
人の、意図しない優しさは、さりげない言葉の数々は、羽衣なのだと私は思った。
「そういうのが最高なんじゃないのか?自然に、川のように流れて、あるところにいつ -
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この物語は筆者自身がお父様の死という重い出来事から、立ち直っていく心境を「私」と「ちどり」という2人の主人公の女性に投影したとあとがきに書いてあるように、喪失と再生というのは、中年以降の人生の大きなテーマであるように思う。
年を重ねるにつれて、いつかは来るであろう、大切な人との別れ。そうなった時にどれほどの喪失感や悲しみ、苦しみが自分に襲ってくるのか、今は想像もできないけど、常にそういう覚悟だけはしておこう。自分に起きるすべてのことをこれも運命とありのままに受け入れ、最後は「それでいいのだ」と思える人生でありたい。
お互いの孤独や淋しさを癒しあい、「ちどりはすごいね」「さっちゃんこそ私の憧れ