三浦しをんのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ホテルマンとそのホテルの筆耕士として登録された書道家との物語です。
全く見ず知らずだった2人が知り合い、実直なホテルマンが自由奔放な書道家に振り回されながらも、少しずつ関係を深めていく過程に、「三浦しをん」さんのコミカルな文章も相まって、すっかり引き込まれてしまいました。
『舟を編む』もそうだったけれど、「三浦しをん」さんの紡ぎ出す文章そして作品はとても読みやすく、何だか優しさが伝わってきて、登場人物は皆んな人間的にも魅力的です。普段ほとんど関わることのない特殊な仕事をしている人たちなのに、こんなに彼らに親しみを感じるのは、間違いなく「三浦しをん」さんの文筆力に負うところが大きいのでしょう。
そして、成るべくして順調に距離を縮めて来た2人の関係が突然変化します。起承転結で言うなら、まさに「転」。
ほんのしばらく関係は途絶えたものの、以前、書道家が描いたのを見て感動した次の漢詩が、ホテルマンの脳裏に蘇ります。
君去春山誰共遊
鳥啼花落水空流
如今送別臨渓水
他日相思来水頭
ああ良かったーと、ひと安心。
この2人の関係は、これからもずっと続くのだろうと思います。
読み終えたら、何となくあの墨の香りが漂ってきて、まさに「墨のゆらめき」。とても心が落ち着きました。 -
Posted by ブクログ
この本、とってもおもしろかった〜♪三浦しをんさんの文章ってこんなに読みやすいんだなぁ、というのが率直な感想。
ところで、特に今、小説を書いているわけではない。小説といえば、中学生の頃に、ルーズリーフ250枚の長編やら、30枚の短編やらをちょこちょこ書いていた私。いわゆる黒歴史というやつである。
惜しむらくは、これを18で家を出るときに、親に見つかったら恥ずかしすぎるという理由で、全て処分したこと。内容はともあれ、バインダーにぎちぎちになるほどに膨大な文章を生み出したのだ、保存しておいてもよかったというものだ。
そんな私が、なんとなく惹かれてこの本を読み始めたのだが…途中で気がつく。私、三浦しをんさんの本、「ののはな通信」しか読んでない。「まほろ駅前多田便利軒」はドラマ再放送で見たけど、しをんさんだとは知らず。あの「舟を編む」だって、映画予告編見た、レベル。それなのに、こんなに惹かれる自分。作中に登場する作品「あの家に暮らす四人の女」「愛なき世界」はぜひ読んでみたいと思った。
そして、小説を書くかどうかはともかくとして、これからも、さまざまな文章に触れたいし、何かしら書いていたい。そう思った。(本の感想とか日記とかね) -
Posted by ブクログ
小説からイメージしていた方と結構違った。文学部出身のジェーン・スーという感じ。
小説から、この人かなりの文学通だな、という感じがしていたのだが、やはり、いつも本を読んでいた。実際はそんなことないのだろうけど、本を読んで、文章を書いて、時々旅行をしてと羨ましい生活に思える。
ガーデニングやネイル、ファッションなどおしゃれな主婦かな?みたいところから、土偶や即身仏など、こちらがちょっと??となるようなものまで興味の範囲が幅広すぎるのも見ていて面白いポイントだった。即身仏の章は一際長くて、取材にも力が入っていた…。
身近なところから、自分の知らない世界まで、楽しく豊かに語ってくれる、手元に置いて、ゆっくり読むのがおすすめの文庫だった。
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Posted by ブクログ
都会育ちの少年が、ひょんなことから縁もゆかりもない山奥で林業の世界へ。
最初は嫌々で、隙あらば逃げ出そうとしていた主人公・勇気が、神去村の過酷な自然と温かい住人たちに揉まれ、見違えるほど逞しくなっていく過程が見事でした。
クライマックスの「燃える山」のシーンは、まさに圧巻の一言。命を懸けて伝統を守る男たちの姿に、勇気自身の「覚悟」が重なり、ページをめくる手が止まりませんでした。
印象的だったのは、自然への畏怖と敬意が、人々の生活の根底にあること。現代社会のような余裕のなさとは無縁の、厳しくも豊かな「人としての在り方」がそこにはありました。
読後、自分の生き方や自然との向き合い方をそっと見直したくなる、素晴らしい物語です。
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Posted by ブクログ
新刊を買ったのは、どれくらい振りだろう?数年、いや二十年以上前になるだろうか?この本が文庫版で出版されると知って(単行本が出ている事は知らなかった)、気にはしていたが発売日に本屋に行く事が出来ず、翌日に行ったが見当たらず(店員に聞けよ)、次の日曜日に近くの大きな本屋に行くも見当たらず(店員に聞けよ)、諦めきれずに数日が経った。
別件で家族で買い物に出掛けた際に、地下駐車場に車を停めることになった。用事を済ませ駐車場を出る事にしたのだが、
「地下街で◯千円以上お買い上げの方は、◯時間分無料にさせて頂きます」と書いた貼り紙を目にしたのだ。
ならば買わなければならぬだろうと、嫁と二手に分かれ買い物をする事になった。私は目当ての本屋を横目に、トイレへ駆け込み用を足し、人だかりを避けながら本屋へと戻り棚から棚へ目を配らせ、やっとの思いでこの本を手にしたのである。無事に買い物を終え二人で三百円分の割引き券を手に入れた。
私は趣味で小説と言えるかどうか分からないけれど、小説っぽいものを書いている。三浦しをんさんも言われているように小説を書くのに「マナーはいらない」と。しかし、この本を読んでみるとやる気や情熱だけでは書けない事を思い知らされた。
三浦しをんさんの面白可笑しくも為になる数々のアドバイスを心に刻み、私の作品が日の目を見る事が出来るよう精進して行きたいと思う今日この頃である。 -
Posted by ブクログ
宮崎駿さんが二度読んで、一度目はアニメにしたいと思い、次はやっぱり実写かなと思ったとか。母の故郷に似た林業の村の風景に、次第に馴染んでいく「勇気」を身近に感じた。
日本的な風景の中に、受け継がれてきた山の生活や、変わらない習慣、懐かしい祭りや季節の行事、過疎地に今なお残っている心温まる人のつながりが書かれている。
高校を出たら、まぁ適当にフリーターで食っていこうと思っていた。
名前の勇ましい、平野勇気。卒業後もこうしてだらだら過ごす予定だった。ところが、式が終わった途端、担任に
「おう、平野。先生が就職先をきめてきてやったぞ」
「はぁ?」っつったよ。「なんだそれ、冗談じゃねえよ」
家に帰ると、
母親も
「着替えや身の回りの品は、神去村に送っておいたから、みなさんの言うことをよく聞いて、がんばるのよ。あ、これはお父さんから」
と餞別と書いた封筒に3万円が入っていただけで、あれやこれやの脅しもあってすごすご家を後にした。
神去村から屈強な体躯のヨキ(飯田寄喜)が迎えに来ていた。携帯は途中で圏外になるは、山の奥へ奥へとトラックは走り続けるは。杉山は頂に薄く雪をかぶり、うっそうと茂っているは。
そんな神去村は、人が行き会っても挨拶は「なあなあ」で「なあなあ、だからなあなあ」で通じるようなのんびりした、のどかな村だった。
そこで山仕事を仕込まれ、逃げ出したが連れ戻され、観念して、一年たった。
掌の豆が厚くなるころには、気心の知れたグループの一員になっていた。
冬の枝打ちがあり、整地したあとには植林が、伐採、運び出し。山の木々育てるこまごまとした手順に、戸惑い叱咤され、助けられて育っていく「勇気」の日常が彼の言葉で綴られていく。
林業を今も受け継いで、守っている人たちの心意気や、職人芸を極めた高い木登り、枝打ちを仕込まれ、チェンソーの扱いにもなれて、山の持つ魅力に捕らえられていく。
「勇気」の心身ともに、人間として豊かに育っていくさまが、過去も未来もあまり変わりない、ゆったりとした「なあなあ」生活が見えてくる。
山の匂いや木々のざわめき、季節の花や、秋の実の輝くような美しさ。女が料理を作り男は飲んで踊る祭りの楽しさもある。
時には大きな山鳴りを聞き、山火事を消し止める、小さな出来事に「勇気」は生きていることが肌で感じられ、山の呼吸が彼のものになっていくのがよくわかる。
45年ぶりに伐りだす大木を、そりのように並べた木材の上を山頂から滑りおろす。それに乗って恐怖の山くだりを体験して「勇気」は仲間に認められる。このダイナミックな描写が盛り上がって、読んでいても心が躍る。
登場人物もいい。年寄りも味がある。Uターンした美人の教師は親方の妹で花を添えている。
彼女は険しい山道をモトクロス並みにバイクをのりまわし、勇気を鼻の先であしらっていたが、一年で随分態度も和らいだ、希望があるかもしれない。
まだまだ神去村のこと、ここに住むひとたちのこと、山のことを知りたいって思うんだ。
たしかなのは神去村はいままでもこれからも、変わらずここにあるっていうことだ。
神去村の住人は「なあなあ」「なあなあ」っていいながら、山と川と木に包まれて毎日を過ごしている、虫や鳥や獣や神様、神去村に居るすべての生き物と同じように、楽しく素っ頓狂にね。
気が向いたら神去村に立ち寄ってくれ。いつでも大歓迎だ
この最後の言葉で「勇気」はほとんど神去村に溶け込んでしまったようだ。
どうでもいいことだが、私の先祖につながる人たちは、四国山脈で木を育てる林業農家で、家庭用の野菜を育てて生活をしてきた。私が暮らした頃はまだ昔の山々の風景が残っていた。
枝打ちは出稼ぎの専門家を雇っていたそうだが、幼いころ 山は途中までは開墾されていて、その上は雑木林、それから尾根までは杉が植えられていた。
遠く続く峰々は、木の緑が模様を描き、春はこぶしの白で始まり山桜の薄いピンクが混じり夏は赤い山つつじ、秋は谷を紅葉が染めた。
昨今は、高価になった国内産の木材の販路は安い外材に代わり、家の構造も大きな木材はあまり使われない。天井に大きな梁のあった建物は今では古民家とよばれるようなった。床柱も見えるところだけに銘木を模した貼物も多い。
この本は、山に帰れと言うのではなく自然と一体になることから学んだ彼なりの体験談である。
読んでいるともう忘れかけていた深い山への畏れや、山の匂いやふかふかした落ち葉のことなど、ふるさとの自然に帰った感じがした。 -
Posted by ブクログ
日常と続けて読んだが夜話の方がより細かい人間関係や日常の様子が見えて面白かった。
特に書かれていなかったので私の想像だが、たぶん登場人物全員が最初から林業に特別な思いを抱いていたわけではなく、村で生まれ育った流れで、他にやれることもないし、みたいな消極的な理由で始めた人もいるのではないか(主人公の勇気からしてそうだし、その気になれば村の外にはすぐ出れる)。
それでもだんだんと自分の仕事に誇りを持つようになり、山で生きていくという覚悟を決めたのだろうなと思った。
会社勤めをしていると、やたらと仕事のやりがいを求めたり自分の思っていた仕事じゃないから転職を考えたり移ろい気味になりがちだがが、生きる場所を決めて、一つの仕事を極めていく生き方は本当にかっこいいと思った。
乙嫁語りの、生きていくことにただひたすら〜というセリフを思い出した。 -
Posted by ブクログ
雪が降り止まない水墨画のような窓を眺めながら、読み出したら止まらなかった。
最初は雪の道を少し歩きながらAudibleを聞いていたのだけど、銀河鉄道の下りの辺りまではよかったが、
書のお話はやっぱり座ってと、飾ってあった本に移行。
「他日相思来水頭」合いたくなったらまた、この川辺に来てみよう。
ぐっとくる。
一応私も何年も書道教室にお恥ずかしながら行っている。仕事や用事がなければお正月の2日には箱根駅伝を観ながら、書初めをするのが毎年のルーチンで、ましてや実のとこ2日には用事を入れない(笑)ずっと書いている。
そして私は誰とは言えないが、めんどくせぇ〜といいながら、ずっとある人の代筆もしてきた。
からこそなおさら。
遠田薫の文字が想像できることも相まって。
で、続力のなんか人に話しかけられる能力?も解る気がして。
いや
この二人のこれから先気になる。
しおんさん〜
代筆屋の話を漢詩を絡めて、古書や絵本も絡めて、書いてくれないかなあ