ブックライブでは、JavaScriptがOFFになっているとご利用いただけない機能があります。JavaScriptを有効にしてご利用ください。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで100万冊以上配信中!
来店pt
閲覧履歴
My本棚
カート
フォロー
クーポン
Myページ
3pt
高校の修学旅行で人形浄瑠璃・文楽を観劇した健は、義太夫を語る大夫のエネルギーに圧倒されその虜(とりこ)になる。以来、義太夫を極(きわ)めるため、傍からはバカに見えるほどの情熱を傾ける中、ある女性に恋をする。芸か恋か。悩む健は、人を愛することで義太夫の肝(きも)をつかんでいくーー。若手大夫の成長を描く青春小説の傑作。直木賞作家が、愛をこめて語ります。
アプリ試し読みはこちら
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
「文楽」の読み方すらはっきりしなかった僕ですが、とても楽しく読めました。 人生を懸けて芸を磨いているから、ふとした事が芸に活きる瞬間がありました。 恋でダメになる様も人間らしく良かったです。 少し文楽に興味が湧きました。
義太夫の健が文楽の道を突き進むために悩んだり、すこんと落ちた恋に悩んだりする話。 三味線の兎一郎、師匠の銀太夫、師匠の相三味線の亀治、兄弟子の幸太夫、みんな文楽に貪欲で、チャーミングなキャラなのに舞台上では底知れない凄みがある。 小学生のミラちゃん、健が恋した真智さん、銀太夫の妻の福子さん、謎の...続きを読む多いアケミちゃん、文楽に惚れた男の周囲にいる女性はみんな強くて美しい。 熱量高く生きる人々が愛おしく、文楽を観に行きたくなるようなお話でした。
全く知らなかった文楽の世界。 どの世界でも「極める」事を切望してる人はいるんですね。 仏果を得ず。それでもいいよ!もがいてもいいよ! って事が人間臭くてあったかく表現されてます。 読んだ後に心があったかくなります。そして文楽について、興味を持ちました。
浄瑠璃は初めて触れた。芸事はどれもこういうところがあるな、深い世界だなと思う。サラッと読めて面白かった。
人形浄瑠璃 文楽の語り手(大夫)・健は、ある日突然師匠・銀大夫の指名で、三味線弾き・兎一郎と組むことに。自分が語る演目を理解できず苦しむ健だが、師匠・相三味線との人間関係や、恋愛など私生活での経験が鍵となり、理解を深め、芸を極めていく。 演目毎に章が区切られていて、健が頭を悩ませながらも前に進んで...続きを読むいく様子にうきうきした。一見取っ付きにくい題材だが、個性的で人間味のある登場人物たちのおかげか、とても読みやすい。文楽面白そう!と思ってそのテンションでYouTubeで文楽見たらよく分かんなかった。
流石です!
仏果の世界は全くわからなかったので、物語に入り込めるか心配だったんですが、 やっぱり三浦しをんさんの書かれる世界は素晴らしいです!どんどん物語の中にのめり込めました! もっと読み続けていたいと思う作品です!
#感動する #ドキドキハラハラ #カッコいい
すっかり作家読みするようになった、三浦しをんさんの作品。 いきなりぐぁっと物語に連れ込まれ、読み進めるうちに少しずつ状況が見えてくる。初めて触れる世界で、何も知らず分からないはずなのに、圧倒的な情熱が、同じ時間・空間を体感させてくれる。 いつもながら、素晴らしい筆の力だ。
読んで面白かったので文楽をYouTubeで見てみたのですが、何を言っているのかいまいちわかりませんでした。こういった芸能を楽しめない人間に生まれたことが悲しいです。
文楽の世界が舞台の小説。 健(たける)は文楽の太夫。文楽の技芸員は太夫、三味線、人形遣い。 それぞれ師匠と弟子の関係は絶対である。 健の師匠、笹本銀太夫(ささもとぎんたゆう)から、突然、三味線の鷺澤兎一郎(さぎさわといちろう)と組めと言われる。この兎一郎、実力は確かだがかなり変わった人物...続きを読む。 健が楽屋に挨拶に行くにも兎一郎はいない。太夫と三味線は夫婦にも例えられるくらいなのに、合わせて練習もできず、これでいいのか……。 ◇ 文楽という、私達には馴染みが薄い伝統芸能の世界を精緻に描かれています。 義太夫に打ち込みながらも、芸事の道には終わりはないこと。 真剣に打ち込まなければならないのに、恋愛で心乱され、それが義太夫の語りにも表れてしまっていること。 迷いながら義太夫の道を進み続ける健と、それを導く、相方の三味線の兎一郎や師匠。 文楽がどんなものか知らなかったけれど、健が迷いながらも進んていく姿に共感しました。
あなたは、日本の”伝統芸能”と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか? ”歌舞伎”です。いや、”能楽”でしょう。おいおい、”狂言”を忘れてどうすんねん…。はい。この質問にはさまざまな声が聞こえてきそうです。私たちの国には古の世から伝えられてきた数多の”伝統芸能”が存在します。江戸時代に隆盛を極めたこれ...続きを読むらの”伝統芸能”は一度は何かしらご覧になったことがあると思います。かく言う私も”歌舞伎”は高校生の時に学校行事として鑑賞に行き、大人になっても幾度か足を運んでいます。オペラやバレエはそれはそれで華やかな魅力がありますが、日本の”伝統芸能”にはやはり独自の魅力があると思います。 そんな”伝統芸能”の中には、ユネスコの無形文化遺産に登録されているものもあります。上記した中では”能楽”、”歌舞伎”がそれに当たります。一方でもう一つ指定を受けているものがあります。そう、それが『文楽』です。”人形浄瑠璃”という言い方をすれば聞いたことがあるとおっしゃる方も増えるでしょうか?『人形』の印象が強い『文楽』。しかし、そんな『文楽』は、人形遣い、三味線、語り手(大夫)が一体となって舞台を作り上げていく総合芸術でもあるのです。 さてここに、そんな『文楽』の舞台裏を描いた物語があります。一人の語り手=『大夫』に光を当てるこの作品。そんな『大夫』の『文楽』に対する思いが物語を引っ張っていくこの作品。そしてそれは、『文楽』という”伝統芸能”の奥深さに読者が感じ入る物語です。 『おまはん、六月から兎一郎と組みぃ』と『楽屋の胡蝶蘭に水をやってい』る時に銀大夫に言われたのは主人公の健(たける)こと笹本健大夫。『「これって、一鉢いくらぐらいするんだろ」と考えていた』ため反応が遅れ『聞いとるんか、こら』と扇子を投げられ『聞いとります』と答えた健。『あの』と『おずおずと切りだした』健は『兎一兄さんと組むんですか?俺が?』と聞き返します。『そや』と返す銀大夫は『若手のなかで、あれぐらい弾きよる三味線はおらんで。おまえにはもったいないぐらいや』と続けます。それに『や、それなら俺は亀治兄さんがいいです』と返す健に『アホ』と言う銀大夫は『亀ちゃんは俺の相三味線や』と『憤然と』します。しかし、『師匠。俺、兎一兄さんといっぺんも話したことないですよ。十年間、ほとんど毎日顔合わせとるのに、いっぺんもですよ』と続ける健。そんなところに『銀師匠』とやってきた亀治は『ちょっと稽古をつけていただきたいところがある』と言うと、銀大夫を連れて行ってしまいます。『ええな、健。もう決まったことや。兎一とみっちり合わせとき』と言い残して楽屋を後にした銀大夫を見送る健は、『「黄金に勝る銀大夫」と称される人間国宝も、亀治のまえでは形無しだ』と思います。そして、『俺に兎一兄さんと組めとは、どういうことだろう。厄介なことになりそうだ。というよりも、厄介事を押しつけられそうだと言うべきか』と『楽屋で一人、困惑のうなり声を上げ』る健は、『とはいえ、師匠の意向は絶対だ』と考えます。『義太夫三味線、鷺澤兎一郎の評判は、文楽の技芸員たちのあいだでだいたい一致していた。曰く、「実力はあるが変人」』、『兎一郎に関する妙な噂は、枚挙にいとまがない』と思う健。 場面は変わり、『連日ほぼ満員』という『国立劇場で行われる東京公演』で『舞台袖から、「幕開き三番叟」を眺める』健。そんなところに『ここにおったんか。師匠が呼んだるで』と『兄弟子の幸大夫』に声をかけられた健は、『幸大夫に付き従い』『舞台裏から楽屋の廊下に入』ります。そこには『部屋の一番奥の鏡台を背に座り、戸口に立つ健をじろりとにら』む銀大夫と、『そのまえに』『正座して』座る亀治と兎一郎の姿がありました。そして、『健』と切り出した銀大夫は『おまえまだ、兎一郎と一回も稽古しとらんらしいな』と『重々しく口を開いた』銀大夫に、『すんません』と返す健。『もう一カ月もないで。はじめて一緒に床に上がるいうのに、なに考えとるんや』と続ける銀大夫に、『なに、もなにも、稽古しようにも兎一郎がいなかったのだ』と内心思うも『「すんません」とひたすら謝』る健。そんな時、『銀大夫師匠。こちらのお弟子さんと組むというのは、来月の公演かぎりのことでしょうか』と『思いがけ』ず語り始めた兎一郎。それに、『しばらくは、あんたと健のコンビでやってもらう。これは、俺だけの考えやない。蝶二はんも同意しはったことや』と動じることなく返す銀大夫に、『お断りします。俺は特定の大夫と組むつもりはありません。来月の公演だけにしてください』と毅然とする兎一郎。それに銀大夫は『あほう!』と『八十歳の老人とは思えぬ俊敏さで立ちあがり、扇子で健の頭をしこたまはた』きます。『なんで俺を殴るんですか!』と抗議する銀大夫に『俺の弟子やからや!』と言い放つ銀大夫。そんな銀大夫は『急に話題』を変え、『健。おまはん、ぼらんちあに行ったったな』と、『小学生への文楽指導ボランティアのこと』を話し出します。『どや、楽しくやっとるか』と訊く銀大夫に『はあ、まあ…』と答える健。『そうかそうか』と『満足そうにうなず』く銀大夫は『兎一郎、あくまでも健と組みたない言うんなら、あんたにも新津小学校に行ってもらうで』と続けます。それに、『えっ』、『銀大夫師匠、それは…』と狼狽し出した兎一郎に、『そんなら、健と組みなはれ』と言う銀大夫は『「話は終わり」と手を振』ります。そして、『六月の大阪公演で組む』ことになった健と兎一郎のそれからが描かれていきます。 “文楽に情熱を傾ける若手大夫の奮闘を描く青春小説。健は大夫の人間国宝・銀大夫を師匠にもつ。ある日師匠から、技芸員から「変わり者」と噂される三味線、兎一郎と組むように言われる。不安と戸惑いを覚えながら稽古に臨むが、案の定、兎一郎は全く違う演目をひき始める…”と内容紹介にうたわれるこの作品。表紙のイラストに描かれる『文楽』の世界が描かれていきます。とは言え、『文楽』と言ってもピンと来ない方も多いと思います。かく言う私も全くピンときません。日本の”伝統芸能”の一つ…この程度です。私は三浦しをんさんの小説をほぼコンプリートしているのですが、この作品のことを長らく存在は知っていても手を伸ばすことに躊躇してきた理由がここにあります。なんだか、難しそう…それが私の正直な思いの一方で、しをんさんコンプリートのために重い腰を上げて手にした作品、それがこの作品を読むまでの経緯です。では、そんな作品を出された作者の三浦しをんさんはどのようにして『文楽』と出会われたのでしょうか? “大学の専攻が、演劇・映像で、特に自分が好きだったのが、民俗芸能系と、伝統芸能だったんです。ですので、一番最初は授業で劇場に行って、おもしろいなぁと思いましたね” そんな風に『文楽』との出会いを説明されるしをんさんは、その後、作家となられエッセイを連載されるようになります。そして、そのエッセイをまとめたものが2007年5月に刊行された「あやつられ文学鑑賞」という『文楽』入門とも言える作品になり、さらに同年11月に刊行されたのが『文楽』を題材に執筆されたこの作品です。そうです。私が遠ざけてきた『文楽』は、しをんさんにとってはとても大切な位置付けになるものなのです。 …と書いてきても『文楽』の知識が全くない人間にはどうしてもそこにハードルを感じます。しかし、心配はいりません。しをんさんは私のような『文楽』って何?という全くの初心者でも知らず知らずのうちに物語に馴染んでいけるように分かりやすく物語を展開してくださいます。とは言え、実のところ『文楽』のそもそも論はどこにも記されていませんので、こんな時は、ChatGPTさんの力を借りましょう。 ● 『文楽』について100文字以内で説明してください ChatGPTさん: “文楽は、日本の伝統的な人形劇で、江戸時代に発展しました。人形遣い、三味線、語り手が一体となり、感情豊かな物語を表現します。特に美しい人形と細やかな演技が特徴で、歌舞伎と並ぶ重要な国舞台芸術とされています”。 はい、ありがとうございます。要点をしっかり押さえた分かりやすい説明ですね。便利な時代になりました(笑)。一方でこの作品は『文楽』というより、『文楽』の世界に身を捧げる人たちの生き様を描いた物語とも言えます。では、そんな人たちが見せる舞台裏について今度はしをんさんの語りに耳を傾けてみましょう。 ● 『文楽の舞台裏』について ・『文楽の技芸員は、大夫、三味線、人形遣い、あわせて九十人弱』 ・『同じ顔ぶれで、何十年も一緒に公演の日々を過ごす。基本的には、一月ごとに東京と大阪の劇場を行き来し、合間には地方公演があるから旅もする』 ・『先輩と後輩。師匠と弟子。芸の道を行く同志でありながら、矜持のぶつかりあう好敵手。複雑で濃密な人間模様が繰り広げられている』 なるほど。『先輩と後輩。師匠と弟子』という昔ながらの厳しい芸の世界がそこにあることがわかります。物語では、そんな『文楽』の舞台裏が全編に渡って描かれていきます。そして、そこで演じられるさまざまな作品が順に紹介されてもいきます。少し見てみましょう。 ・菅原伝授手習鑑(寺子屋の段): 『菅原道真の息子の首を差しだせ、と命ぜられた大人たちが、身代わりにふさわしい子どもを必死になって物色する話』 なんだか物騒ですね。主人公の健も『いくら主君の子を助けるためとはいえ、そりゃないだろ』とこの物語を嫌がります。 ・ひらかな盛衰記: 『木曾義仲が源義経に討たれたことによって起こる、義仲の遺臣と鎌倉方との攻防を描いた時代物』 こちらも『「主君の子の身代わりに、自分の子が死ぬ」という、文楽でおなじみの王道パターンを取り入れている』作品のようですが、健は釈然としない思いを抱いています。この主人公の人間臭さというか、我々でも抱くような思い同様に物語を見る健の姿が彼への親近感に繋がり、そんな健の目を通して『文楽』の作品に親しく接していける効果を生んでいきます。最後にもう一つ有名な作品をご紹介しておきましょう。 ・女殺油地獄: 『油でぎとぎとになりながら、若い男が女を殺す話』 えっ?という感想を抱かれた方もいらっしゃると思いますが、実はこれは、健がボランティアで小学生に『文楽』を教えていることと関係します。このなんとも言えない物語を健は小学生にこんな風に説明するのです。確かに極論そうなのだと思いますし、実際、『小学生たちは甲高い声で、「気色悪いなあ」「そう?むっちゃおもしろそうやん」としゃべりまくる』という反応を見せてくれます。 では、そんな『文楽』を演じる場面も引用しておきましょう。『女殺油地獄』の『河内屋内の段』です。『嵐のように激しく、緊密に展開した』という健と兎一郎が務める舞台の様子です。 『床本を開き、「掲諦掲諦波羅掲諦」と健が語りだした瞬間から、客席と舞台はどことも知れぬ時空を漂いだす。三百年前の大坂と、現代の大阪と、これから三百年後の大阪とが渾然一体になった、劇の力だけが導くことのできる場所へ。そこでは時間を超えて、ひとの心が交じりあう』。 ↓ 『本舞台では与兵衛の全身から、自由への希求が色気となって放射した。兎一郎の三味線は、破壊への激しい欲望を叩きつけ、ひるむ臆病さを掬いあげ、うねりとなって劇場じゅうの空気を揺らした』。 ↓ 『健は語る。健は感じる。ときとしてひとの魂が行くことになる、暗い道がどこまでものびている。与兵衛はもうすぐその道を行く。「越ゆる敷居の細溝も、親子別れの涙川」』 一部の抜き出しではなかなかわかりづらいと思いますが、『文楽』の確かな舞台がそこに浮かび上がります。”物語好きは、ハマりやすい芸能”という『文楽』の世界。これは、確かに本物の舞台を見たくなりますね。 さて、そんな『文楽』の舞台裏を取り上げたこの作品は主人公の健をキーに二つの舞台が並行して描かれていきます。一つは『文楽』で大夫として修行の日々を送る健の姿を見るもの。そして、もう一つが、そんな健が小学生に『文楽』を教えるボランティアをしている姿を見るものです。物語はそんな両者が一体になっていく様が描かれていきます。そんな物語は、主人公の健が師匠である銀大夫から『おまはん、六月から兎一郎と組みぃ』と言われたことから動き出します。『実力はあるが変人』と噂されている兎一郎は、一癖も二癖もある人物であることが描かれ、当初は組むことに躊躇していた健ですが、銀大夫の強い意向を受け、兎一郎と組むことになります。 『ええか、大夫と三味線は夫婦みたいなもんや。夫婦が仲ええ必要あるか?』 納得できるようなできないような微妙な言葉ではありますが、言わんとするところは理解できます。健も色々と思うところはあっても『師匠の意向は絶対だ』と思う中に、兎一郎との関係を築いていきます。 『恒常的にコンビを組むと決まったからには、少しでも歩み寄りたかった。気むずかしい兎一郎に振りまわされ、稽古が疎かになるのは絶対に避けたい。せっかく劇場に足を運んでくれた客のまえで、中途半端な義太夫を語りたくなかった』。 あくまで真摯に『大夫』の役割に、『文楽』に向き合っていく健の姿が描かれていきます。そんな健は上記した通り『小学生への文楽指導ボランティア』を続けています。物語は舞台に向けて稽古に励んでいく健とは別に『ボランティア』の場で別の顔を見せます。しかし、共通するのはあくまで『文楽』に真摯に向き合う姿勢です。 『負けられない。負けたくない。ほかのものの芸と比べてではなく、自分のなかにある理想の語り、理想の音に、負けたくなかった。どうせ届きやしないと諦めて、怠惰に流れるような真似はしたくない』。 『文楽』を極めようとする健の一途な心の声が読者にも響いてくる中に物語は展開していきます。このあたりは、「舟を編む」、「愛なき世界」、そして「風が強く吹いている」といったしをんさんの熱さが前面に出る物語群に流れるものと全く同じです。『文楽』の舞台裏を描いたこの作品。そこには、『文楽』を極めんとする人たちの真摯な心に触れる物語、『文楽』の舞台裏を包み込む熱さに包まれる物語が描かれていました。 『もし文楽の神さまがいるのなら。健は楽屋の通路を歩きながら願った。俺を長生きさせてくれ。もらった時間のすべてを、義太夫に捧げると誓うから』。 そんな思いの先に『大夫』の道を極めていこうとする主人公の健。この作品では、そんな健の姿を通して『文楽』の舞台裏を興味深く覗き見ることのできる物語が描かれていました。『文楽』の奥深さを感じるこの作品。そんな『文楽』にかける人の思いの強さに感じ入るこの作品。 『文楽』に興味のある方はもちろん、どんなものか覗いてみたいという方にも是非手にしていただきたい、熱い、熱い物語でした。
レビューをもっと見る
新刊やセール情報をお知らせします。
仏果を得ず
新刊情報をお知らせします。
三浦しをん
フォロー機能について
「双葉文庫」の最新刊一覧へ
「小説」無料一覧へ
「小説」ランキングの一覧へ
ゆびさきに魔法
舟を編む
菅原伝授手習鑑
墨のゆらめき
神去なあなあ夜話
エレジーは流れない
あやつられ文楽鑑賞
まほろ駅前多田便利軒
「三浦しをん」のこれもおすすめ一覧へ
一覧 >>
▲仏果を得ず ページトップヘ