湊かなえのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
たった一つの殺人事件をきっかけに、関わった人たちの人生が少しずつ、そして確実に狂い始める。
「なぜこの事件は起きたのか」
「負の連鎖はどこから始まっていたのか」
その答えは、最後のページまでたどり着いて初めて見えてきます。
読み進めるほどに胸が苦しくなり、「しんどい」と感じる場面もありましたが、それでもページをめくる手が止まりませんでした。
タイトルの意味を改めて考えさせられる、読み応えのある一冊です。
ちなみに「贖罪(しょくざい)」とは、善行を積んだり、償いを行ったりすることで、自らの罪や過失を償うこと。
この意味を知ると、タイトルの重みがより深く心に響きました。 -
Posted by ブクログ
どろどろして苦々しくて、その中にふと仕込まれている温かさと、愛。
毒なのか、愛なのか。
それぞれの視点から事実をいくら読み解いても、真実はわからないものですね。
登場人物たちは皆、本当のことを言っている(言いたくないもの、忘れい事実はあえて言わない人もいる)ように思います。けれど、違う人の言葉で、違う形が浮かび上がる。
短編のミステリーなんて、そんなに深みが出ないのではないかとこれまで敬遠していましたが、さすがは湊かなえさん。どれもこれも味が濃い、それでいて、くどさはなく、腹の奥底に響くような苦みすらある。けれどもう一度味わいたくなるのが毒。 -
Posted by ブクログ
(後立山連峰)
なんだろう、なぜかスッと物語が入ってこなくて。
相性みたいなのがあるのだろうか。
でも、山の景色や土の蒸れた匂い、風の轟きや葉の擦れ合う音、鳥の鳴き声、遠くのパーティの話し声、喧騒、熊鈴の音、いろんなものが一気に記憶から湧き出てきて、それがもう物語以上に物語で……記憶の情景と感覚と、物語が交差する、滅多に得られない読書体験でした。
夢は逃げない、なんてことはなく。
別に今急がなくたって、何年か後でもできる。
でもそのときが訪れることはもうなかったこと……
いま動かなきゃ追えない夢があったり、登れない山があったり。
人生あまりに長くて、つい計画的に物差しで測りながら計算して物事の順列をつけてしまう。
それは社会人として当たり前のことなんだけど、人間だって、そのとき一瞬一瞬を生きる、ただの動物なんだってことを知っておかなきゃならないんだなと思った。
不合理でも、非効率でも、無責任でも、野生動物の本能ようにどこかに一瞬で駆けていけたらいいのに。
(立山・剱岳)
昨年の今頃、白馬岳を登った時、ちょうどその頃に親密にやり取りをしていた人がいて。
登る前くらいに連絡があったのだけど、山は割と圏外になることが多く、連絡を返せずにいて、山頂に着いてようやく電波を取り戻した時に、『無事ですか?何か起きてませんか。連絡ください』と追って連絡が来てたことがあって。
心配かけさせてしまって申し訳ないなと思いつつ、ちょっと嬉しく思ったということを、この話を読みながら思い出しました。
山を登る人と、下りてくるのを待つ人。
山を登る人と、その無事を願っている人。
もし、万が一、できれば、誰かと生涯を共にするということがあるならば、その人と一緒に山を登りたいと思っているのだけど、下界で待ってくれる人がいるというのも幸せのひとつで悪くないなと思った。
(武奈ヶ岳、安達太良山)
住んでる場所や取り巻き、仕事などの環境次第で登山口までの距離は人それぞれ。
主人公の親友は山に近い環境にいて、それに嫉妬してしまう。
しかも、山を共にする人と結婚まですることに。そりゃ嫉妬する。
でも、その人自身も順風満帆ではなかったことを知る。
いくら山に近い環境にいて、たくさん登ることができても、得られる感動の容量が決まっていて、たまにしか登れない人の感動とそこまで変わらないんじゃないかな。
要は景色に慣れてしまうということ。そして生活が変化して、山から遠ざかっていく。
一方、主人公も和菓子店の経営という重責を負い、山から遠ざかっていく。
そんな2人がそれぞれ、ホームマウンテンを登り、その時みた景色を人生になぞらえ、新たな発見を見出していくという。
山は再生の場所だと思う。
日々の体力や精神力の再生、人間関係の再生、時間の巻き戻し、時には自分と向き合うことで再生から築き上げるところまで出来てしまうこともある。
だから山は人を魅了するのだと思う。単に景色が綺麗なだけではない。
そう思わせてくれる短編集でした。
第三作を楽しみにしたい。