東畑開人のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
今まさにカウンセリングを受けている人が、カウンセラーの技量に疑問を感じたら読んでみるとよいのかもしれない。一方で、これからカウンセリングを受けようとする人が、なるべくよいカウンセラーを見つけるために本書を読んだとしても、その良し悪しを見分ける目は養えない。
事前情報のみで選ぶなら「臨床心理士」や「公認心理師」を持っているかどうかは一つの判断材料になるかもしれない(それでもピンキリだが…)。上記の二つ以外の資格であれば、取得方法を調べることを推奨する。ただ、これも厄介なことに、取るに足らない資格しか持っていなくても、抜群の臨床センスを発揮する人がいるのは事実である。ちなみに、臨床歴はあまり参考にしない方がよい。経験年数が長いほど、臨床は下手になると言われている。
本書は精神分析の色がやや強いので、カウンセラーというよりかは、精神分析家の選びかたくらいに考えたほうがよい。なぜなら、本書でヨシとされるカウンセラーが、万人のためになるとは限らないためである。ときに、助言やエンパワメントが効果的に作用することもあるし、相性の問題もある。個人的には、これらを念頭に入れて、その時々で必要に応じて有効な対応を選択することが重要だと考える。これはオリエンテーションや現場によっても意見が分かれるのだろう。色々な臨床家と感想をシェアしたいなと思った。
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Posted by ブクログ
冒頭で、このテーマなだけあって、堅い内容なのかなと少し身構えたが、筆者が自分の恥(?)も開示していくスタイルだったので親しみを持って読めた。
カウンセラーの仕事は自身も心を病んでしまう方が多いと聞くが、東畑先生の人となりがわかるエピソードを読んでいると、芯があって逞しいから大丈夫そう!と感じる(偏見)
内容は、自分が疑問に思ったことに対しての答えを得られたり(自分を自分で責める声は「超自我」と言うらしい等)、とても意義深いものだった。
地の文がフレンドリーなのに対して、カウンセリングの場面で急にシリアスになるので驚いたりもした。相談内容を知ると、そりゃ真剣に向き合わないと蟠りをとけないよな…と先生の仕事ぶりに対し頭が下がる。
自分も怖がりで、物事を少し離れたところから見ているタイプだが、それも肯定してくれたところが嬉しかった。
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Posted by ブクログ
臨床心理士が長年抱えていた学閥による弊害のような問題に、公認心理師を巻き込まないようにするための啓発の書でもある。
心理士は心理士に厳しい。
その理由のひとつが、学派知に強く引っ張られる点にある。絶対的な正解を前提とするため、そのことが必要以上の批判を生み、また自分自身の首さえ絞めることとなる。
若い頃は特に、現場に出るとすぐ専門職としてのサバイバルが始まるのだ。クライエントの福利に与さないところでひっそりと。
そうならない為にも、フレッシュの人は、早めに読まれるとよいと思う。なぜならあなたの受けたその傷つきは、目の前のクライエントさえも傷つけるリスクがあるからだ。
しかしそれでも、それでもなんとかやっていこう。共に頑張ろう。
あと一点。病体水準の話が抜けているのは少しもの足りず、危険だとも感じる。圧倒的に個人を飲み込む深淵の闇、それと相対する時、それはふつうの相談ではなく、サイコセラピーとなる。そういった視点には触れておいて欲しかった。 -
Posted by ブクログ
俺自身、臨床心理士も公認心理師も取り、仕事のコアな部分ではないとはいえ、人の話を聞く場面を仕事の一面として持っている。それでも、相談とは何か、カウンセリングとはなにかと考えたときに、もやっとしたものは残る。なぜかといえば、それはじゃぁ、日常的に同僚や知り合い同士でやる相談と、お仕事でやっている相談は何がちがうの?という部分で明確な線引きが難しいからだ。そうした相談を含めた、人の話を聞くということについての考察は面白かった。
開業するという点において、関係機関との連携をとるというのは、あぁなるほどというところがある。たしかに、話を聞いておしまいでは、日常の相談と変わらないもの。こういうところを紹介できますよ、というのは、ひとつの強みというか、そこがつなげられてこそ、お金をとれる仕事だというのはひとつの見方だと思う。それがすべてとも言い切れないが。 -
Posted by ブクログ
コロナ後の世界というのはわたし自身にとっても明確にいろいろな意味でそれまでと変わりました。
わたし自身は50代半ばですがワクチン接種は拒否しています。
コロナウイルス自体に関しましては、日本人にとってはもともと大騒ぎをするほど大して問題ではなかったのですが、健康な人達までもがコロナワクチン注射を受けてしまうことによって、ワクチン注射を打った人たちの体内で悪いウイルス・菌が増殖をしてしまい、その悪いウイルス・菌を周り・周囲や日本中にばらまいてしまうことになるという説を信じています。
そしてコロナ以前にはわたし自身では、「何とかコツコツと学び続けてさえいけば、生きていく道はあるのではないのかな」「学び続けてさえいくことが出来たならば、道は開けるのではないのかな」とぼんやりと考えていて、毎日平均6〜8時間くらいはなにかしらの学習をし続けていたのですが、今は自分なんかがいくら何かやっていっても格差、階級とかがどんどんと開いていって固定化していき、何も希望ややる気がでないような心境です。
鎌田實
人と人との関係であれば、フィジカルディスタンシング、ソーシャルコネクティング(物理的に距離を取り、社会的につながること)が大切になってくる。どうすれば、「離れてつながる」ことが実現できるのかを考えていかなくてはなりません
まえがき
第1章 人間とは生命とは
養老孟司
福岡伸一
角幡唯介
五味太郎
第2章 歴史と国家
ユヴァル・ノア・ハラリ
情報を得て自発的に動くことのできる人間は、警察の取り締まりを受けて動く無知な人間にくらべて危機にうまく対処できます。
ジャレド・ダイアモンド
イアン・ブレマー
大澤真幸
藤原辰史
長期戦に備えよ―歴史が伝えること
中島岳志
藻谷浩介
山本太郎
伊藤隆敏
第3章 社会を問う
ブレイディみかこ
斎藤環
東畑開人
磯野真穂
荻上チキ
鎌田實
人と人との関係であれば、フィジカルディスタンシング、ソーシャルコネクティング(物理的に距離を取り、社会的につながること)が大切になってくる。どうすれば、「離れてつながる」ことが実現できるのかを考えていかなくてはなりません
第4章 暮らしと文化という希望
横尾忠則
坂本龍一
柚月麻子
あとがき -
Posted by ブクログ
精神科に通う母の些細な相談事や無駄話につきあうことも「ふつうの相談」なのだろうか?
それはどんな意味がある行為で、私はどんなことに気をつけたらいいんだろう?
という疑問を持って読んだのだけど、そういう内容の本ではなく、
精神分析などの『ガチ』な相談に対し、もっとカジュアルな相談や精神医学以外の分野の対人援助関係の現場でのちょっとした悩み相談や雑談を、どのように理論的に位置付けるかという専門的な内容だった。
なので私の求めていたものが得られたわけではなかったけど、臨床界隈のこと(立場の対立やトレンド)が学べたという点では有益だった。
つぎは臨床分野を社会学視点から考察した本を読んでみようと思う。 -
Posted by ブクログ
「ふつうの相談」がいろんな「専門知」、「世間知」の枠組みの中のどこに位置するか、について書かれた本。
”どうやったらふつうの相談ができるようになるのか”、を読みたい場合は
「聞く技術、聞いてもらう技術」を読んだ方が良いのかもしれない。
「ケアする人たち、すべてへ。」と帯にあったので、
ケアする側が受ける心労、疲労、トラウマ、へのケアの仕方とか、心理士の人たちはカウンセリング後の疲労をどうやって取っているのか、とかの方が個人的には読んでみたかった。
ケアする人・ケアした人のケアの仕方みたいな。
専門家ではないから、事例研究をして学問的に追究することもできないし、でも自分のケアはどうだったんだろうとか、専門家から見てもよく頑張ったよねとか、ケアした後のコミュニティが無いので、この疲れをどうしてくれようとは思う。
ケアされる側が元気になったのなら、もちろんそれが全てで良かったのだけど、やっぱり、自分もがんばったんだよと。頑張ったねと言われたい。
だから、結局、周りの人にふつうの相談をすることになるのかな。
こうやって、ここに書いて、読んでもらうことがケアされているんだな。 -
Posted by ブクログ
『居るのはつらいよ』で著者を知り、次が本書。
本書は、心理療法とはどんなものなのか、殊に日本で普通に行われている日常的な心理療法とは如何なるものなのかを説明したものである。
心理学や臨床心理学自体には門外漢なので良くは知らないが、確か精神分析療法で、国際ルールの方式に則って行われていないということで、ゴタゴタしたといった話を聞いたことがある。
著者は現実の制約、クライエントや心理臨床家、所属機関等の様々な事情によって、理想型からある意味変容してしまう“日本のありふれた心理療法“を正面から取り上げ、それに理論的な光を投げかけ、ひいては臨床実践の現実的な指針の一助となることを目指す。
確かに、心理療法と言ってもいろいろな学派というか閥があって良く分からない。特に日本の混淆した状態は「認知行動療法をトッピングした精神分析もどきのユンギアンフレイヴァー溢れるロジェリアン」と揶揄されるようなものらしい。
しかし著者はこうした状態を単に不純なもの、遅れたものと見るのではなく、日本の生活世界、文化に関係するものだからこそ、ローカルな立場から見ていくことが重要だと言う。
そうした考察を支える理論的枠組みが医療人類学であるとして、まず第1部ではアーサー・クラインマンのヘルス・ケア・システム理論が紹介され、次いで心理臨床家がいかにして「心理学すること」を習得するのかを、著者が実際に体験したスーパーヴィジョンを元に説明する。
第2部では、臨床事例が3つ取り上げられる。
第3部は、心理療法を文化的営みとして捉え、文化の文脈から解釈し、理解することを目的とする。ここでも事例が取り上げられるが、特にクライエントの属する治療文化との関係が問題となる。
第1部の医療人類学による捉え方、具体的には説明モデルや治療者とクライエントとの関係についての考え方などは大変興味あるものだったが、現実の臨床で一番大切であろう事例研究の「考察」のところが、心理学のベースがないため「フーン、そういうものなのかなあ」としか思えず、もどかしかった。
そういったことを思う中、最後の第8章では、そもそも事例研究とは何なのか、何を得ることができるのかが説明される。しかもそれは著者自身の学生から研究者時代の経験を赤裸々に語りつつで、門外漢にも理解の助けとなる話だった。