東畑開人のレビュー一覧
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ネタバレ本の中に「この論文は」と書いてあるとおり、論文チックで内容が難しい。
ふつうの相談とは。
「人と人がつながること。人が人を支えること。これが普通の相談の根源で響いている」
普通の相談ややり取りによって相手が楽になったり何かしらのほっとすることがあればいいなあと思った。こういう何気ないやり取りっていつか詳細に調査されるんだろうか。
・この本は、専門家、メンタルヘルス・ケアに関心を持つ読者、一般市民に向けて、ふつうに相談したり相談に乗ったりすることが、心にとっていかなる治療的意味を持つのかを書いてある
・球体の臨床学。それは人と人とがつながること、人が人を支えることについての基礎学である。 -
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オムニバス形式で内容は若干まとまりを欠いているように思えるが、学びは多く、今後は個人のカウンセリングだけでなく、組織や社会を巻き込んで広い視点から臨床実践を考えて行く必要があるなと思った。価値に沿った実践ということで、セラピストの価値とクライエントの価値、セラピストの所属する組織の価値などは、それぞれどこまで擦り合わせていけるのだろうか。単に、雇う側と雇われる側の関係だと、そこまで意識されないのかもしれない。ただ、臨床をしていく上で、組織の制約を受けているなと感じることは多々ある。心理的安全性の話もあったが、こういった側面からの組織改革が個人的に興味を惹かれた。
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初めて理解した。臨床心理士と公認心理師の違い。ベースが学派か臨床か、の違いかあ、なるほど。
本書の内容はとても学術的で小難しい面も多々あるけれど、でもいちいち納得。いちいちわかる。自分の臨床経験にいちいち合致する。
中井久夫の個人症候群の話とか、熟知性のなかで起こる治療とか、臨床現場にいる人なら感覚的に腑に落ちる話。
受けている著者のセミナーの質問コーナーでも、まあとにかくいちいち「わかる〜」とつくづく思えた。この納得感が、実際に現場で対人援助をしている人たちに猛烈に受け入れられ、だから著者は人気があるのだろうな。この「わかってもらった感」、ここが彼のカウンセラーたる所以か。
そして何より思うのが、やっぱり中井久夫はすごいなあ、と。陳腐な言葉になってしまうけど、それが感想。
追記
セミナーで、著者は本作にはおせっかいについて書いてあると言ってたけど、そうなのか?そう思えなかった私が理解できてないだけか。 -
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現在2023年4月末。先日、まもなく新型コロナが5類になることが正式決定されたとニュースで流れた。
この本に掲載されているインタビューや手記は2020年。コロナ禍がいよいよ始まり、おそらく世界中の誰もが、今まで非日常と思ってきたことを日常的なものとしなくてはならないという不安に覆われはじめてきた、そんな時期の発言だ。そのような意味では、更に数年後、コロナ禍を振り返るための格好の史料となりうると思った。
この本の中で多くの識者たちが言及していたと思うが、人間にとって一番厄介なのは、人間の心の中に生じる差別、偏見、批判なのだ。どのような状況下にあっても生じるこの心の動きに、私たちはどのように打ち勝っていけばいいのだろうか? -
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カウンセリングを受けに行く上での一番のハードルはその料金の高さと、数回では決して良くならないことがわかっていることだと思う。カウンセラーとの相性が良くなければまた別のカウンセラーとイチから始めないといけないし。
私もパニック発作のようなものが出るようになったときに何回か通ってみたことがあるけど、この本に書かれているように初回カウンセリングで「物語の処方」や「戦略の交渉」などカウンセラーから見通しを述べられるみたいなこともなく、「これはどこに向かっているのか?」と毎回高い料金を払う度にモヤモヤが募るだけだったのでやめてしまった。
カウンセリングでじっくり時間をかけて自分の心をケアするのは、正直富裕層にだけ許されていることのように感じる。けどまぁカウンセリングを保険治療にするのもなんか違う気がするしね。うーん。 -
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要約するとメンタル系の自己啓発本によく書いてありそうな内容ではある。自分の心が健康な時に読むと、知識としては知っているなあと物足りなく感じたけど、心が弱っている時に読むと、著者の語りかけるような口調がとても心に沁みた。
東畑さんは心理学者だけど、スピ系の体験談を本にしていたり、文体もラフで、京大出身だけどちょっと異端な感じが好き。
アンパンマンはポジティブすぎるヒーローだ、の描写には確かに、と笑ってしまった。大人になるとアンパンマンとバイキンマンのように善と悪にはっきり分けられないことが多く、ポジティブなネガティブがあったり、ネガティブなポジティブがあったりするとのこと。でもそれを知るのが大人になるということだ、いう描写は素敵だなあと思った。
著者の実際の体験談を混ぜ合わせて作ったという架空の患者は、時に激しい感情をむき出しにするが、著者はそんな人たちにもその状態になるバックボーンがある、と温かい目線で説明してくれる。自分も含め、人が意地悪になったり酷いことを言ったりする時には、根底には悲しみや寂しさがあるんだよなあ、と思った。
なんとなくモヤモヤしている夜に読むと心に沁みそうな本。 -
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今自分は雨の日の真っ只中。
PSとDポジションという話があったが、今典型的なPSモデルで恋人を困らせているなと感じた。
今悪いおっぱいがあると思ってると自覚したい。
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以下抜粋
晴れの日とは、こころのケアがうまくいっているときのことなんですね。
元気であるとは、こころのケアが必要ないことではなく、十分にこころのケアが足りていることです。
周りが自分のことをちゃんとわかってくれている。だから、こころのケアは自然に交わされている。
そういうときに、僕らは元気でいられます。
問題は、これがときどきうまくいかなくなることです。雨の日がやってくる。
ケアとは傷つけないことであることを見てきました。
ようは、雪だるまを溶かさない。
雪だるまが、ほっておくと溶けてしまうことを理解して、そうならないように代わりに氷を運んであげる。
そういうときに、僕らはケアをしている。
セラピーとは自立を促すことである。
ケアが先で、セラピーが後。
おっぱいがあるときには「世界は美しい」ってなってるけども、おっぱいがないときには、悪いおっぱいが自分をいじめていると妄想してしまう。
このとき世界は地獄のようになります。
悪いおっぱいが赤ちゃんを憎んでいて、赤ちゃんもおっぱいを憎んでいる。だから、自分自身も悪いやつだとなる。
さっきまですべてが善きものだったのに、今ではすべてが悪いもので埋め尽くされてしまいます。
いろなものが灰色になっていく。
これがクラインのいう大人のこころです。
恋人にはいいところもあれば悪いところもある。自分にも長所もあれば久点もある。社会には厳しいところもあれば、優しいところもある。
ここには穏やかな安定があります。ジェットコースターみたいに起伏の激しかった世界が、今ではほどほどのデコボコに見えてくる。
さみしいことではあるんです。
理想的な王子様も、光り輝くユートピアも、スーパースターになる自分もいないからです。
いいおっぱいの輝きは失われてしまっている。残されているのはほどほどの現実です。
これが「D=うつ」ということです。
いい人と悪い人、味方と敵に世界が真っ二つに分かれているのがPSポジションで、いいところも悪いところも両方ある人たちで世界ができているのがDポジション。
一瞬一瞬に命を賭けているのがPSポジションで、過去と未来の全体を見ることができるのがDポジション。
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Posted by ブクログ
ネタバレ東畑先生の本は何冊か読んでいるが、どれも面白く、本書もわくわくして手にとった。これから面白くなるかな?そろそろかな?と思いながら読み進めていき、ページをめくっていくうち、いつの間にか最後の章に。おや、、、?
何というか、同じことばかり書いてあったように思えた。結局何が言いたかったのか、わからなかった。
雨の日(普通じゃない日)と晴れの日(けっこう元気な日)のケアはちがう、どちらも大事、それらはこういう違いがあって、、、うんうん、、、。??
自分の理解力がないのか、今まで読んだ本が良すぎたのか?
わからないですが、読み終わって、人にすすめようとは思わなかったです。