朝井まかてのレビュー一覧

  • ちゃんちゃら

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    「実さえ花さえ」がとても良かったので
    記憶していた作家

    嫌味の無いキャラクター
    次々浮かぶ庭の景色
    かわるがわる頭に入るストーリー

    好きです

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    2014年03月07日
  • ちゃんちゃら

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    作者の第二弾か!
    今回は庭師、孤児ちゃらが庭師一家「植辰」で成長していく過程で、娘お百合との係わり、そして師匠の京時代の逆恨みからとんでもない事件に
    構成も凝ってあり、時代背景も
    最後、短いけどハッピィエンド?

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    2013年07月15日
  • ちゃんちゃら

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    庭師の「ちゃら」は元浮浪児。
    江戸の職人の心意気と起こった事件での活躍。
    痛快時代小説がはじまった。。。

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    2013年02月20日
  • 朝星夜星(下)

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    大阪に「自由亭ホテル」を開き成功した丈吉とゆき。その後、幕末の明治からの外交を料理で支え、大阪の発展に貢献。そんな「自由亭」の料理を食べたくなる堪らない歴史小説。

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    2026年09月10日
  • グロリアソサエテ

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    この表紙の柄がなんとも好ましくて。

    ちょっとね、最後までよく分からないことも多かったりもして。

    最初読み始めた時はね、文豪のお家に女中としてお仕えする奮闘記かと思ったんだけど。

    民藝という言葉を作った芸術家たちがああだこうだと話している部分が多くて途中脱落するかと思った笑

    でも、こうなんか大衆にはそんなに受け入れられていないことに目をつけて、仲間たちとわやわや話したりやってみたりしてるのは楽しそうね。

    そんな仲間のことを指してグロリアソサエテなのね。

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    2026年09月03日
  • どら蔵

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    時間がかかったけど読み通した。登場人物が多過ぎて誰が誰だかわからんかった。大きな事件が起こるわけでもないけど、人生こんなもんか。
    富山の薬売りについて学べてよかった。

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    2026年08月25日
  • 銀の猫

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    お咲は、金銭トラブルをきっかけに嫁ぎ先を離縁され、実家に出戻った25歳。彼女は生活のため、そして母が作った借金を返すため、お年寄りのお世話をするプロの「介抱人」として働いていた。 誠心誠意、病人や年寄りに尽くすお咲のもとには、日々さまざまな依頼が舞い込む。百人百様な一癖も二癖もあるお年寄りたちと向き合う中で、お咲は人生の知恵や、命の尊さを学んでいく。しかしその一方で、お咲の胸には大きな葛藤があった。それは、過去に妾奉公を繰り返すなど身勝手に生きてきた実の母親を、どうしても許すことができないという苦しみ。そんなある日、貸本屋から「誰もが楽になれる介抱指南書を作りたい」と協力を持ちかけられたことで、お咲の日常はさらに動き出していきます。 特徴は、重くなりがちな「介護」や「家族の確執」というテーマを、作者らしい軽やかでユーモアを交えた筆致で描き切っており、読後に心地よい余韻と元気がもらえる傑作ですよ~。

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    2026年08月25日
  • グロリアソサエテ

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    柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司。民藝の美しさを発見し確立させた芸術家たちの歴史。

    彼らの暮らしをサポートした女性の視点で芸術家たちの人柄を描く。
    延々と続く金持ちの道楽のような話かと思いきや、最終章になって突然話が切り替わる。琉球生まれのサチのつらい話。そして最後には明るい希望がのぞく。
    最後になって民藝の良さが語られる。
    まさに朝ドラにはふさわしそうな小説。

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    2026年08月03日
  • 豆は煮えたか

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    第1章から、登場人物が続いていく所が面白かった。
    茶屋を切り盛りする女将が、実は人の未来が見え、「豆は煮えたか」という符牒を合図に、その人を占う(先を見る)という大変興味ある内容に惹かれました。

    実際、やって来る人たち、各章の登場人物たちの人となりや織りなす様子が面白かった。
    ただちょっと、独特な言い回しや言葉が多く感じたせいか、全体的にかたい印象を持ちました。

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    2026年07月18日
  • ボタニカ

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    朝井さんの扱って来た人物達…
    「白光」の「山下りん」
    「眩」の「葛飾応為」
    そして「恋歌」の「中島歌子」…
    極めんとする道への執着故に、他者との関係をうまく紡ぐ事が出来ず、しばしば非常識な行動を取ってしまう。

    それでも…
    ひたむきに道を求める姿に強い魅力を感じる人々だった。が…
    本作の「牧野富太郎」は何故か最後まで好きになれなかった。

    こういう偉人達の、
    妻子や恩人への不義理は珍しい事ではないし、手のひらを返してゆく狭量な人間達も勿論反吐が出る。
    にも関わらず… だ。


    土佐の田舎から出て、日本の植物学に偉大な足跡を遺した男の生涯。

    彼を支えた、とても強く魅力的な二人の妻、猶と壽衛。
    日本の典型的「なんちゃってパトロン」池長孟。
    最後まで、深く交わる事なく終わった南方熊楠など、富太郎を取り巻く人々はなかなか面白い。

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    2026年07月18日
  • 阿蘭陀西鶴

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    おあいの感情が変わっていく
    父は本当はどんな人
    知ってる父も知らない父も
    両方同じ人

    愛を素直に受け取れないのはわかるなあ
    親子なんだもの

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    2026年07月07日
  • 豆は煮えたか

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    ネタバレ

    豆は煮えたか

    著者:朝井まかて
    発行:2026年4月10日
    文藝春秋
    初出:オール読物
    「豆は煮えたか」(2021年8月号)
    「身のほど知らず」(2023年1月号)
    「いつ咲く」(2023年9・10月号)
    「雲隠れ」(2024年5月号)
    「宝引き」(2025年2・4月号)
    「くらぶ者なき」(2025年9・10月号)

    朝井まかての新刊本。豆餅が名物の水茶屋「ささげや」の経営者、お玉は、亭主が堀川に落ちて死んだ後、店をきりもりしているが豆餅の味が落ち、客は減る一方で経営がピンチだった。実は裏稼業があり、占い師をしている。客は一見さんお断りで、「豆は煮えたか」という符牒を口にする者だけを占った。しかし、筮竹(ぜいちく)と算木(さんぎ)を使う正統な易者ではなく、筮竹と算木で占いを装ってはいるが方法がまるで違う。相手の掌と自分の掌を重ねることで、夢のようにその人の将来が見えてくる。ただ、それが何年先のことかは不明だった。

    一方で、修行を積んで看板を揚げている易者たちからは、そんな裏稼業はぶっ潰すべし!と反感を買っている。これは第2話の内容。

    連作短編の形式だが、第1話はまずシチュエーションの話となり、しかし、何人かの占い客の事例が、見事に3話以降につながっている。長編の要素が強い連作短編である。
    朝井まかては、毎日新聞夕刊でも連載小説がスタートしたばかり。今、一番面白くよめるエンターテインメント系かもしれない。ただし、柳宗悦の評伝小説「グロリアソサエテ」など、社会批評も強い小説も書いている点が魅力。

    ***************

    「豆は煮えたか」

    お玉:深川の水茶屋「ささげや」女将、5年前に亭主が死んで一人で切り盛り、30歳
    喜之助:死んだ亭主、腕が良かった(味が美味しかった)、職人気質
    新次郎:秋の夜に太助を求めて来た、2ヶ月いついている、35歳、菓子職人
    隠居夫婦:深川佐賀町にある屈指の船宿「上総屋(かずさや)」経営を倅夫婦に譲って隠居、妻は「おとよ」
    おさと:船宿「浦栄」に嫁に行った娘

    おこう:京橋の薬種商の一人娘、17歳、占い客
    弥吉:こうが好いた男、魚河岸の競り人、19歳
    おなつ:奈津、付き添いの友達、父は町医者

    深川にある水茶屋「ささげや」を一人で切り盛りするお玉。しかし、5年前に亭主を亡くして以降は名物の豆餅の味が落ち、評判はがた落ち、客足は遠のくばかりだった。職人気質だった亭主は、出来が悪いと小豆を煮直して作り直していたが、お玉はなにが悪いのかすら分からなかった。近くに住む船宿経営の隠居夫婦は、お情けで来てくれるが、味についてはまったく評価せず、試食すら断る有様。

    5年前の亭主の死については、まだこの話では明かされていないが、お玉は、自分が代わりに配達にいっていればよかったのにと後悔している。

    お玉には、裏商売があった。亭主の死の後、占いを初めていた。よく当たると評判だが、その割には自分の将来のことは見えない。符牒は「豆は煮えたか」。この言葉を言ってくる客がいれば、占う。手を合わせるとその人の将来の絵が浮かんでくる。

    ある秋、深夜に20代半ばの男が助けを求めて来た。右手の人差し指が途中で切断されている。手当をし、明け方までには出て行ってくれと言ったが、明けてもまだいた。結局、2ヶ月たってもまだいた。豆餅を食べさせたが、なにも言わない。朝餉と夕餉はつくってやった。しかし、ついに出て行くことに。彼は事情を説明した。職人だったが博奕が得意でそちらに走った、そしてやばい女に手を出したため、二度と出来ないようにと指を一本切られた。これでは、もう職人にももどれまい、と悲観していた。お玉は、直前に占いで役者からもらった2両をもたせてやった。

    年が明けて亭主の七回忌の夜、その男が再び訪ねてきた。豆を持って来てくれた。実は彼は菓子職人だった。以前、何度かささげやの豆餅を食べに来ていたという。しかし、この前出された豆餅は酷かった、だからこの豆で作ってみるという。


    「身のほど知らず」

    竹原白斎:江戸屈指の易者、竹原嘉兵衛(先代の名を引き継ぐ)、末吉(本名)
    おしま:妻、師匠の娘(に婿入りした)
    柳柳泉(やなぎりゅうせん):易者仲間、街角の卜占者から身を起こす、白斎の弟弟子だった
    三太:弟子

    「ささげや」の近所に住む隠居夫婦が、竹原白斎を訪ね、易を頼み込んだ。白斎は厄介な客ではないかとの予感。案の定、捜し物だという。隠居夫婦の娘は「浦栄」という船宿に嫁いでいるが、その娘が遊び過ぎてお金を浪費してしまった。嫁入りの時に持たせた50両が、気が付けば3両ほどになっている。さすがに反省し、母親に預かってくれと頼んで来た。母親は黄色(松葉色)の袱紗に入った3両を受け取り、家に戻ったが、ある日、煤払いをしていた時に気が付くとその袋が行方不明に。娘のところに行ったのは6日前か7日前。帰りに「ささげや」に寄って豆餅を食べただけ。ささげやは、若い職人が入って勢いを取り戻してきていた。

    白斎は箪笥をよく探せと告げ、夫婦は納得して帰った。
    探してみると、見つかった。
    手土産に水茶屋の豆餅を持って、見つかったと報告に来た。
    豆餅は旨かった。

    年末、易者仲間の宴会があった。その席で、かつての弟 弟子である柳柳泉が、水茶屋で看板をあげずに裏稼業として占いをしている者がいる、客を取られてしまう、長い修業を積んだ我々としてはなんとかしなければならないと告発した。彼はかつて師匠に可愛がられ、いつのまにか白斎に代わって師匠のお供を務めるようになったが、なぜか跡取りとしては白斎が使命され、婿入りとなった。柳泉は出て行き、町占いを始めた。そういう経緯を持つ間柄でもある。

    年明け、熱を出して寝込んだ白斎。霍乱(かくらん)だと子供に言われる。妻と言い合いになり、白斎は妻に対し、本当は柳泉がよかったんだろうと言った。

    弟子の三太に深川佐賀町あたりにある水茶屋を探させた。すぐ見つかったので、乗り込んだ。占い師は、自らの将来のことが分からない。「易者、身のほど知らず」。白斎は年始回りのときに顧客から軒並み冷たくされたので不安だった。水茶屋の女将に対し、1年後のことを占ってもらった。今の仕事が転職かどうかも。

    手相を見て、目を瞑って占う。筮竹をつかう自分たちの占いとは違う。
    結果が出た。
    1年後のことは分からない。何年先かは分からないが、卯の花のころは試行錯誤、でも鳥が行くころにはうまくいく。天職であり、町の人の悩みを聞いていることでしょう。

    白斎は、今年も軒先に燕の巣をつくることにしよう、と決意した。


    「いつ咲く」

    伊織:佐伯伊織清継(きよつぐ)、種樹屋(うえきや)「寺嶋屋」五代目当主、39歳、三年前に妻が病死、息子はその時15歳
    お絹:女中頭

    御前:三河譜代旗本の隠居、元勘定奉行
    久庵:日本橋薬種問屋、花に関する町人学者
    正蔵:猿若町の役者、成功したければ上方へ行けと2年前(天保2年師走)にお玉に言われる、第一話に登場、この話で上方へ旅立つ

    種樹屋「寺嶋屋」は、初代が貧しい武士だったために起こした植木屋だった。先代までは、それぞれに情熱を持って仕事に打ち込み、とくに先代(伊織の父)は黄色い桜草を開発するという快挙を成し遂げたが、枯れてしまって再現はできていない。しかし、翻って自分にはそういうものがなにもない。実績もないし、なにかしようという意欲にもかける。仕事は番頭にまかせ、自分は適度に仕事をして、適度に遊んで人生を楽しむ、というような生活しかしていない。番頭に言われ、少しは畑で育てることをするようになったが・・・

    3年前に妻が死んだ時、15歳の倅にそのあたりを突かれた。しばしば口論となり、出て行ってしまった。今、18歳になるが・・・

    花の縁で結ばれた人の集まりに出かけることに。その前に、女中頭のお絹に手を出そうとしたが、強くはねつけられてしまった。

    自分を含めて4人の集まり。三河譜代旗本の隠居の家に。客は、日本橋の薬種問屋の主人で、花に関する町人楽者でもある久庵と、役者である正蔵、そして伊織。その中で、正蔵から、2年ちょっと前に厄介な占い師にひっかっちまった、成功したければ上方へ行け、といわれたため、今日、出発するという。伊織は正蔵に会ったのは初めてだったが、その占い師のことはしっていた。

    以前、しゃがみ込んでいる老婆がいたので、事情を聴いた。どうやら、自分の家が分からないようである。持ち物から、船宿の浦栄という文字が出て来たので、そこの店の人かと思ったが、乗った船の船頭に聞くと違っていて、それは娘が嫁いだ船宿であり、この人は上総屋(かずさや)の隠居だと言われる。背負って送っていくと、大勢の人が出て探していた様だったので、みんな大喜びで感謝された。酒肴が施され、次々に盃が来て、帰りあぐねていると丸顔にそばかすの女が来て、私はこれで帰りますがよろしければご一緒に、と助け船を出してくれた。

    この件をきっかけに、寺嶋屋は上総屋や浦栄の庭仕事をもらえた。たまに伊織も現場に顔を出したが、近くの水茶屋で豆餅を食べた。その女将が、酒肴の場を中座するために助け船を出してくれた人だった。そして、正蔵を占ったという裏稼業で占いをしている女でもあった。

    伊織は水茶屋に行ったが、ちっとも注文を取りにこない。待ち時間に、蔵の横にある雑草が気になったのでそれをむしって処理した。やっと来たので符牒を言って占ってもらった。自分の先が見えないから、それを見てほしいという漠然としたものだった。お玉は、何年先かはわからないが5年は先だろう、子供が2人見えるとの話だった。伊織は不思議に思った。

    戻ると、意外な人物が。なんと、家を出て行った倅が帰ってきた。連れの女は赤児を抱いている。「それは2人目の子か?」と聞くと正解だった。それで瓦解した。息子は結婚して18歳にして2人の子持ちだったのである。聞けば、倅は伊織の草むしりしている姿を見て、その心の優しさを感じて帰ってくることにしたという。


    「雲隠れ」

    おかつ:「ささげや」の茶汲み娘、12歳から一膳飯屋などで働く、客には人気だが・・父は洗い張りなどをする悉皆屋(しっかいや)をしていてそれなりに客がいた
    新次郎:お玉に救われて「ささげや」の菓子職人になった、兄さん

    この話の主役は「おかつ」。10歳のときに父親が病気(脳卒中系?)になり、介護をしていた母親は出ていってしまい、12歳から一膳飯屋、居酒屋、仕出し屋などで働く。客には人気だが、何故か先輩や朋輩から意地悪をされるので転々とした。最後の勤め先を出て、飲まず食わずでたどり着いたのが「ささげや」であり、水を一杯求めるとお茶を出してくれ、事情を話してお玉に救われ、長屋の部屋を与えられて茶汲み娘として働く。朝は同じ長屋の奥に住む新次郎が、仕込みに出る下駄の音で起こされて勤めに。

    兄さんと呼ぶ新次郎に対する、ほのかな恋心を匂わせる。しかし、指のない事情などなにも知らない。もちろん、お玉が裏稼業で占いをしていることなど全く知らない。茶汲みの他に、豆の選り分けもする。

    おかつもまた、将来起きることがなんとなく分かる能力を持っていた。母親いなくなることも、どこかでわかっていた。

    「ささげや」を始めたのは亭主だったが、堀川に落ちて死んだ、とお玉はおかつに言った。おかつがお玉に拾われて、2年余りがたっていた。

    ある日、女が一人で入ってきた。共連れもなく、煙管を遣っている。新次郎は彼女に豆餅を持っていこうとせず、おかつに持って行けと指示した。女は、30歳は超えているのに化粧が念入りだった。ちろちろと視線を向けている。態度は大きいが、金払いはいい。「新次郎によろしく伝えといとくれ」と言って去った。

    雨が続き、店は暫く休むことに。しかし、豆餅のデリバリー注文は多い。だが、女将は新次郎を遣いに出そうとはしない。きっとあの女が原因だろうとおかつは思った。

    ある日、おかつが遣いから戻ると、奥で女将と新次郎が手を握りあっている。そういう仲だったのか、とショックを受けるおかつ。新次郎は事情を説明する。お玉にはもう一つの稼業があり、それが占いであること、あの日は新次郎が自分のこの先がどうなるかを見てもらっていたこと、そして、訪ねてきた女についても説明した。博打に手を出し、勝ち続けていい気になり、いかさまにも加わった。すると色っぽいあばずれどもも寄ってきたので、とっかえひっかえした。その内、滅法界の女が途上に現れた。みんな一目置き、別格扱いだった。こいつは俺の女にしようと思った。

    上州の侠客の情婦で、新次郎との一件が露呈してから江戸に気安く来られなくなっていたが、男が弱ったか死んだかで思い出したんだろう、ここを嗅ぎつけたんだ、と説明した。

    雨があがり、営業再開。すると、例の女が数人の破落戸(ごろつき)を連れてやって来た。客は満杯。おかつは体が動かなかったが、客達は破落戸たちの乱暴狼藉にも拘わらず平然と身じろぎもしない。あの易者(白斎)とその弟子もいる。

    新次郎が現れ、女との対決姿勢となった。破落戸たちがいる。

    一方で、隠居夫妻、寺嶋屋。浦栄も来ている。それだけじゃなく、表店の干鰯(ほしか)問屋の番頭、魚油屋の手代、春米(つきごめ)屋の職人、長屋の差配人、青物屋の小僧もいる。乱暴されてころがる易者と弟子。しかし、平然としている客たち。その気迫に負けて、去って行く破落戸どもと女。
    「新さんがいないと、また豆餅がまずくなっちゃう。それじゃあ困るのよ」と上総屋の隠居は言った。


    「宝引(ほうび)き」

    八斎:占い師(町占)、白斎の弟子、三太、竹原八歳
    お仙:宝引き、八斎は男だと思っていた、
    おまり:娘、方引きではサクラを務める、

    宝引きとは、振り売りで子供相手の当て物を売る人。束ねた細縄の1本を子供に引かせ、先に橙の実がついていたら当たりで、飴や玩具絵、筆や墨などがもらえる。棒引きについて、当たった!とサクラをしている小さな娘(おまり)が八斎に太助を求めて来た。煮売酒屋で倒れたという。行ってみると、宝引きをしているその子の母親だった。白斎は宝引きは男だと思っていたが、女だったのか。煮売酒屋「ひさごや」の店主や客達は、白斎にその病人の面倒を押しつけた。自分は長屋に一人住まいだからこんな病人を抱えることはできないと拒否しても、運ぶのは手伝うからとみんな強引だった。

    結局、白斎はささげやに預けた。白斎自身も足が遠のく。久し振りに覗くと、お仙は少し元気になってきていた。話をするうち、お仙にも裏稼業があることが分かった。八斎も占い師だけに感じてはいた。ただし、お仙は占うのではなく、人の話を聞いて不安を吸い取ってあがる能力があるのだった。人の不安を吸い取るあまり、自分の具合が悪くなることも。おたまは彼女のことを「ねえさん」と呼ぶ。娘ではなく妹か?実はそれも違っていた。

    お仙は生まれつき人の心が読み取れた。おしどり夫婦が仲悪かったり、斬りかかる隙を見ている侍だったり、、、みんな分かったが、常時それが分かるのが苦痛でもあったが、月のものが始まってからは、その気になった時だけ能力を発揮できるようになった。いい気になった。そして、調子に乗って唐物屋の若旦那といい仲になった。新造がいたが気にしなかった。その内、新造が首を括った。すると、若旦那も跡を追った。2人の子を引き取ったが、それがおまりだった。私はあんたの両親を殺したんだから、いつでも仕返しをしていいよ、と宣言し、おまりも最初はその気だったが、今は薄れている。

    お玉は将来の景色が見える。
    おかつは「感じるだけ」だが勘が鋭い能力を持つ。
    類は友を呼ぶ状態になり、2日後に集合がかかった。

    白斎は気乗りがしなかったが参加。新顔が3人いた。増えているじゃないか!と白斎は思う。
    ・吉原の遊郭で内風呂の釜番をしている爺さんは、取り憑いているものが見える。
    ・浪人侍は人の寿命がわかる。7歳ぐらいまでの子に限り、この子はあと1年だろう、90まで生きる・・・などと分かる
    ・おかつと同じ年頃の娘は、1年ぐらい前に大火などが分かる。1、2年のうちに上方で乱が起きると勘が働いている


    「くらぶ者なき」

    小太郎:新次郎夫婦の子

    お玉は40前となり、益々太り、ぽかをすることが増えてきた。
    おかつは6年になり、新次郎の若女房になった。相変わらずしっかりもので、ぽかをするお玉を叱りつける。

    寺嶋屋は倅夫婦と孫2人が帰り、伊織は女中頭のお絹を後添えにした。
    上総屋の隠居夫婦は、亭主が先に死んだ。3回忌の法要があった。その席で、寺嶋屋夫婦と浦栄のおかつ夫婦が改まった態度で頼み事をしてきた。ある人物の将来を、匿名で占ってくれとのこと。名前も身分も屋敷の場所も明かせない、という条件だった。

    当日、駕籠に乗せられた。きっと身分の高い(上つ方)武家だろうと思っていたが、ついたところはお寺のようだった。尼寺だった。そこでいきなり裸にされ、尼僧の装いにさせられた。剃髪だけは勘弁してもらった。珠妙尼という名前まで与えられたが、お茶の一杯も出ぬまま長く待たされた。

    目隠しをされ、威張り腐った女中につれられて偉い人の前へ。声を出すなと言われていたらしいが、声を出した。爺さんのようだった。きっと武家に違いない。掌をあわせると、人々の声が聞こえる。45年になるだろう、儲けた子が50人以上もいるという噂だ・・・あとは暗闇しか見えない。おそらく3年後には死んでいるのだろう、この人は。徳川家斉を強く臭わせる。

    伊織たち4人も、誰であるのかは知らされていなかった。ただ、尼寺にはいてお玉を出迎えた。経緯として、伊織が元旗本の御前から頼まれたことを説明した。お玉の占いに従い、上方へと旅だった歌舞伎役者が脚本家として大成功したが、その行方を気にしていた元旗本が、占ったお玉の噂をその武家に伝えたところ、どうしても占ってほしいと頼まれたのだった。

    喜之助の13回忌があった。お玉は、おかつに、喜之助の死について語った。口げんかをして、亭主にある武家屋敷への豆餅配達をいいつけた。その屋敷は女中の態度が悪くて気分が悪くなるので、その日の精神状態ではいきたくなかったからだった。喜之助はいつものように大人しく従い、配達に行ったが、その後、帰ってこなかった。どうやら、配達を終えた後、仙台堀で溺れかけている子供を助けたものの、自分は流されてしまったようだった。

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    2026年07月05日
  • グロリアソサエテ

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    「民藝」と云えば即座に連想するのは劇団なのだが、そうではなく本来の民藝の始まりを、その創設者?柳宗悦宅の女中の眼差しから描いた。
    実在した人達なので、ドラマティックにはせずあえて淡々と描いている印象。

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    2026年06月30日
  • 朝星夜星(下)

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    時代が移り行く時に、夫婦と義妹との小さな料理屋から始まった物語が、いくつもの危機を乗り越え時代を象徴するホテルへと成り上がっていく。
    ひょんなことから夫婦になった「ゆき」と「丈吉」。
    頑固者の丈吉に口出しをせず、でもしっかりと手綱を握り誰よりも理解し、支え続けるゆき。
    じっと耐えるだけではなく、時にはガス抜きをして
    朗らかに生きていく姿は、昨今の「男女平等」とは程遠いけれど、幸せに見えた。
    時代が時代なだけに、幾つもの別れや悲しみがあるにも関わらず、出来事を点と点で結ぶ浅井まかてさんの作風は、その間に流れる気持ちを想像させてくれて豊かな気持ちになった。

    美味しそうな料理も数多く登場してお腹が空くような
    でも満たされるような作品だった。

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    2026年06月21日
  • 朝星夜星

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    朝井まかてお得意の人情噺、いや夫婦善哉話。幕末の長崎から始まり、維新後の大阪の街の様子が描かれる。登場人物には五代友厚、陸奥宗光、後藤象二郎、岩崎弥太郎など所謂維新の功労者とやらばかり。坂本龍馬や西郷隆盛、大久保利通、薩長土肥の「偉人」たちの名前は出てくるがほとんどストーリーには絡まない。考えようによってはホテルやレストランを日本でほとんど初めて経営した料理人草野丈吉の伝記でもあるが、前に読んだ『ボタニカ』ほど強烈なキャラクターではない。戊辰戦争や西南の役も名詞として登場するだけ。反薩長土肥のワタクシとしては二本松の元藩士に共感してしまった。明治の開国後、不平等条約の改正に全力で取り組む政治家の姿も出てきた、今やたらピョンピョンしたりハグしたがる某総理などとは雲泥の差。しかし朝井まかて、流石のストーリーテラーである。

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    2026年06月19日
  • グロリアソサエテ

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    Xの投稿で知り、民藝に前々から興味があったのと装丁に惹かれて読んだ。

    当時の生活の様子や民藝運動に関わる人物達がいきいきと描かれている。柳宗悦だけでなく、妻・兼子にも焦点を当てられているのが良かった。兼子については何も知らなかったが一番興味を惹かれた。自由な宗悦と暮らすのもなかなか大変そうだし、歌手として柳家の家計を支えて、幼い子を残して海外留学するという葛藤があり、逞しい。朝ドラになりそう。

    この物語はとにかくご飯が凄く美味しそうで、そのご飯が民藝の器に盛られた様子を想像してお腹空いてしまった。
    読み終えて日本民藝館にまた行ってみようと思った。

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    2026年06月10日
  • 豆は煮えたか

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    ネタバレ

    【収録作品】
    豆は煮えたか
    身のほど知らず
    いつ咲く 雲隠れ
    宝引き
    くらぶ者なき

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    2026年06月02日
  • グロリアソサエテ

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    工業の近代化に伴う大量生産によって、手仕事やその文化自体に陰が差し始めた大正後期〜昭和初期と、AIを使えば大量生成が可能となった現代はとても似て見える。民藝運動と柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司ら三人をいま描く意味はそのあたりにあると思います。
    出力された創作物全般に対して個人的なことを言えば、私はずっと薄っすら忌避感を持っている。止めろと激烈に怒鳴りつけるほどではない、見ていると何となく居心地が悪くなるそんなレベルのを。労働性(繰り返しの中で得られる技術)や伝統性(先人たちの積み上げによる庇護)、他力性(風土や伝統といった不可視の力による支え)といった民藝品が持つ特性を生成物は殆ど有していないからではないか。読み終えて色々と調べる中で、そんな一つの解答を見つけた気がしました。
    一方で民藝運動の中心人物である柳宗悦は、美しいものすべてが民藝品であるとか、あるいは民藝品でなければ美しくないと言っている訳ではないことも、ここには書いておく必要があると思います。なぜなら、彼が何よりも大切にしていたのは、自由で健康な美がもっとも豊かに表れるものが民藝品であり、その美を宿らせる手仕事を守り育てていくことが私たちの生活をより豊かにするという考えであったから。誰もが簡単になにかを作り出すことが可能な世の中で、その考えが、それでも黙々と“手仕事”を続けるすべての創作者たちの灯火をこれからも守るものとして残り続けて欲しいと切に願います。

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    2026年05月29日
  • 豆は煮えたか

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    私はあまり占いは信じない方なんだけど、「ささげや」の占いならお願いしたい。もはや占いを通り越して、お告げと言った方がいいかも。掌に触れるとその人の未来が見えてしまうのだそう。
    すごく先までではなくて、5年くらいまでというのがポイントだなと思う。
    これから先、どうやって生きていこうかというときにそっとヒントを与えてくれるような、押し付けがましくないところがいい。
    豆餅を買うついでに、「豆は煮えたか」の符牒を言って…ってやってみたい。

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    2026年05月20日
  • どら蔵

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    吉川英治文学賞

    エンタメ系小説最高峰の吉川英治文学賞を受賞したということで読む。

    度重なる放蕩により、大坂の骨董商から追い出されたどら蔵(どらぞう)こと寅蔵が江戸でさまざまな人に出会い、骨董修行をする話。
    なのだが、骨董の世界は、騙し騙されるのが日常のようで、何が正解かはわからない。
    一両というと大変な大金なのだが、今でいうオークションで簡単に何十両もつり上がってしまう。
    そこには贋作や修復品も混ざっており、真面目に商売を大きくしていくという王道のなにわの商売物ではない。
    チャラい上方者の主人公もなんだか好きになれなかった(だからこそ、どら蔵なんだけど)。

    ここ最近読んだ小説(宮本輝の『潮音』や、植松三十里の『富山売薬薩摩組』)に富山の薬売りが全国を駆け巡る様が出てきたが、この小説でも重要な役割を果たしていた。

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    2026年05月19日