記憶の存在ほど不確実なものはなく、個人の意識の奥底に閉じ込められた記憶は都合良く勝手に上書きされてイヤな思い出は楽しい思い出にすり変わってしまい、ある程度他人と共有できたとしてもやはり曖昧で、全てはなかったことにしたほうがいいかもしれないくらい厄介なものだったりする。
それでもなかったことにできない記憶があって、犯した罪が当人の想像を超えていて無意識に追いやってしまった記憶は、その罪によって犠牲になったものが、悲しみ悔しさの行き場をなくして強烈な腐敗臭を放ち、罪を償えと訴える。それは「緋い記憶」では友人の住宅地図だったり、「膚の記憶」では蕁麻疹であったり、突如日常に意外な形で現れるところがヒネリが効いてて面白い。古い住宅地図にあるはずの家がないと気づいたときの焦りと恐怖感って実際はどんなものだろう?例えば、自分が良く遊びにいった友達の家が住宅地図から消えていたら..やはりものすごい怖いことなのだろうか。何かしら理由があって心底忘れたい家だったら、地図から消えてくれてラッキーだと思ってしまいそうだ...自分の住んでた町がそっくり消えていたら怖いけれども。
東北、村、秘密。これらキーワードがそろえば、私にとって結局なんでもホラーになってしまう。村という共同体で長いこと秘密にされたきた事実は長い時を経ていつのまにか伝説となり、そして改めて伝説を解体していゆく作業はいつもたまらない。また家の裏に存在する古い蔵とか、古民家の、襖の隙間の向こうに広がる薄暗い空間とか、凄惨な場面が仕込まれているような気がしてつい警戒しゾワゾワする。「緋い記憶」は結構ゾワゾワしっぱなしで、襖を覗いたらそこにはというパターンが貴志祐介の「黒い家」にもあったことを思い出して余計に寒気がした。
つけものの樽からはみ出す白い大根の記憶が実は少女の白い手だったという甚だしい記憶の書きかえ、各作品に必ず盛り込まれるエロ要素、色々つっこみたいけど、高橋克彦、かなり好きなタイプだわ。