中山七里のレビュー一覧
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『思うんだけどさ。大人だからって子供より勝っている部分なんて言葉と経験値と世渡りくらいじゃないのかな。誰でも感情に走る時って、精神年齢は五歳に戻っているもの』(池波智樹)
「闘う君の唄を」の続編…と思って買ったが、姉妹編的なものだった。今作は、神尾舞子先生が主人公として話が進んでいく。
前作「闘う君の唄を」は、前半はお仕事小説、後半からはエンジン全開の不穏なミステリーだったが、今回はお仕事小説がメインだったように感じる。(もちろんとんでもない事件は起こるが!)
保育園、幼稚園が足りなくて待機児童がたくさん居るんじゃなくて、数は足りてるが都心部に人口が集中しすぎて結果的に園からあぶれてしまう、と初めて知った。
そして、近隣住民とのトラブル。
老人全員が全員悟ってる訳ではない、子供だろうが騒音にはかわりないし、耐えられない…というのも、頷けるが、頷きたくはない事実…。
そりゃあ自分の住んでたところに急に保育園が出来て騒がしくなったら自分も嫌だろうが、保育園ですら外で遊ぶのが許されなくなったら、一体どこで遊べと言うんだろうか。公園もボール遊び禁止な上、それ以外の遊びでも同じく騒音で文句を言われるだろう。
どれだけうるさくても、保育園の中くらいのびのびと遊んで欲しいと、私は思った。 -
Posted by ブクログ
「能面検事」シリーズ第1作。
何が起ころうとも、どんな圧力をかけられようとも、一切表情を変えることなく仕事にあたることから「能面」と呼ばれている大阪地検一級検事の不破俊太郎。彼の下についた新米事務官の惣領美晴は、いきなり初日に「出て行け」と言われる。しかし、彼の冷徹な態度は、ある意味何にも拘泥しないので柵を感じる組織にいる分には清々しささえ感じる。
そんな2人が西成で起きたストーカー事件を調べたところ、容疑者のアリバイが証明され事件が振り出しに戻ったばかりか、捜査資料の一部が紛失していることに気付く。これが大阪府警を揺るがすスキャンダルに発展し、事件も思わぬ形で動き出す。 -
Posted by ブクログ
audibleで。問題提起としては良いと思うが、判事たちが、AI「法神」をすぐに信用したり、すごい!と活用し始める安易さに違和感を感じつつ聴く。高円寺判事の祖母の言葉、100人が100人とも良いと言うものは疑え(のような意味だったと思うが、、)、がとても心に残った。10の体験を記録としてAIに記憶させても10だが、それを9にも11にもする可能性を秘めるのが人なんじゃないだろうか。しかも、その記憶には強弱がある。
ただ、AIが、この曖昧さのラインを超えた時,人には太刀打ちできないんじゃないかと、恐ろしくなる。
それにしても、真実に辿り着いた1人の刑事の誠実さには感服。感情を読み解く者として、AIの対極にある存在だった。 -
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ネタバレとにかく読みやすい。
中山七里氏、私にとっては初作品だが、解説を読んで驚いた。彼の執筆スタイルは、編集者のリクエストから始まる。この作品のリクエストは、アットホームな家族モノ、スリリング、キャラでスピンオフできる様な、社会問題を提起、ミステリー、読後感が爽やか、どんでん返しなどだった。つまり、要望があれば、それに沿った作品に仕上げられるという特注型作家だったこと。恐るべし。
とはいえ、気になった点も。
失火で夫を亡くした妻の焼け跡での不審な行動、息子のPCアダプターの件は後でわかるはずなのになんでかね~。
また、スピンオフリクエストのためにも善吉爺さんは生かして欲しかった、しらんけど。
【中山 七里 (1961年12月16日 -)は、岐阜県出身。花園大学文学部国文学科卒業。1961年、岐阜県の呉服屋の家に生まれる。幼稚園に入る前からどこでも常に本を読むような子供で、保育園の保母にも「本を書く人になりたい」と言っていた。小学生の時にアーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズ、モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンシリーズを読み尽くし、中学生のころにはアガサ・クリスティーやエラリー・クイーンなどのミステリの有名どころはほとんど読み終える。1970年代半ば、映画『犬神家の一族』を観て横溝正史と江戸川乱歩にのめり込み、江戸川乱歩賞を知って受賞作を読みつくす。そして自分でも書いてみようかと思い立ち、高校時代から創作を始める。小説新人賞などに投稿していたが、大学時代、「謝罪」というタイトルで東大の安田講堂の落城の話を書き、江戸川乱歩賞に応募したところ予選を通過。しかし2次選考で落選した。その後、就職とともに創作から一旦離れる。
2006年、大阪単身赴任時にファンだった島田荘司の『UFO大通り』のサイン会に行って初めて生で小説家を見て、「今小説を書かなければ、もう一生書かないに違いない」と思い立ち、難波の電気屋でノートパソコンを買い求め、20年ぶりに執筆を開始した。この時に書いたのが『魔女は甦る』であり、このミステリーがすごい!大賞に応募したところ、最終審査まで残るも落選。しかし2009年、『さよならドビュッシー』で第8回このミステリーがすごい!大賞を受賞し、48歳での小説家デビューとなった。受賞作のほかに「災厄の季節」(のちに『連続殺人鬼カエル男』として刊行)も同賞初のダブルノミネートし、話題となった。ペンネームは本人の故郷にも程近い岐阜県下呂市にある渓谷・中山七里(飛騨木曽川国定公園)にちなんでつけられた。
当初は会社員との兼業だったが、連載を6本抱えるまでになると有給休暇を使い切っても両立が難しくなったため、専業作家となる。岐阜の自宅とは別に東京に仕事場を持ち、行き来しながら執筆を続けている。作家にとっては書き続けていけることこそが一番のステイタスだと考えており、求められることを正確に汲み取り、かつ迅速に世に送り出すということを常に意識している。そのため、小説を書く時はいつも編集者に「どんな話がいいですか?」とリクエストをするところから始まり、その返答や出版社のカラーによって登場人物やテーマが決まる。そしていつも3日ほどでプロットを出すが、その時にはすでに章の構成や物語の山場、最後の一行までが出来上がっており、本人曰く「あとは頭の中をダウンロードするだけ」なため、日によって執筆の調子が良い・悪いの波も無いという。基本的に取材をしたり資料を読むことは無く、メモもとらない。これは物書きとして必要だと考えている文章力・構成力・想像力を取材をすることで削ぎ落としたくないという理由から。物語を読ませる速度にもこだわりがあり、テーマやストーリーに応じて原稿用紙1枚あたりのエクスクラメーションマークやクエスチョンマークの個数を決め、緩急を調整している。
昔から見聞きしたものを忘れない性分で、読んできた小説や観続けてきた映画はおもしろいものからつまらないものまで含め、ストーリーや配役、タイトルバックなど様々な要素まで覚えている。そのため、作家になってからも物語のアイデアはその頭の中のアーカイブから常に生まれてきていて、バーゲンセールをするくらいにあるとインタビューでは話している。また、書いた作品がどこで何と評価されようとも、デビュー作である『さよならドビュッシー』刊行時にもらった84枚の読者からのハガキが励みになっており、書き続けることのモチベーションになっているという。映画は自分にとっての「学校」であり、学校で教えてくれないことは全て映画から学んだと話している。その中でも自分にとってのオールタイムベストは1982年のアメリカ映画『E.T.』であり、伏線の回収や緩急のつけ方、キャラクター造形など物語作りの基本はすべてこの映画から学び、初観から数十年たった今でも年に1回は必ず観るという。】(ウィキペディア)