立花隆のレビュー一覧
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第3章(162)まで
日本共産党は大正時代に結成されたが、組織としては脆弱だった。世界各国でも共産革命の声が上がっていたが、ことごとく失敗し、成功したのはただひとつロシアだけだった。日本共産党はロシアコミンテルンと連結を取ろうと計り、資金援助などを得た。しかし日本の特高警察の強力な捜査力とスパイ活動で、多くの幹部が逮捕され解散状態になる。シャバの若手たちで党再建を計り、マルクスレーニン著書の膨大な知識のある福本和夫が象徴的立場になる。福本による党の方針は「まずはエリートで固めた党幹部たちがひたすら理論の探求をした後、革命を労働者に指導する」であり、これを福本イズムと言った。この福本イズムで党を -
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『FULL MOON』という写真集を持っています。アポロ11号の月面着陸の記録写真集。人間を月に送った当時のテクノロジーは、アポロ計画以降には月への行き来が途絶えていることを踏まえると、現代に至るまで最先端であり続けているといえるでしょう。50〜60年も前の科学技術です。よくぞ成し遂げたものだと素直に感動をおぼえます。
地上の僕は、星空を見上げるのみの生涯を送っています。月から地球を見る経験は得られそうにないけれど、ここから目を凝らし見つめる星々に思いを馳せるだけでも、いかに僕自身の存在の小さきことと痛感しています。自覚することが、全ての第一歩につながっているのかな。
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本書の「まえがき」にあたる部分を、立花隆の実の妹である菊入直代さんという方が書かれている。それによると、本書の発行意図は下記の通りである。
【引用】
2021年4月30日に兄・立花隆が亡くなり、80日あまりが経った。
本書は、時代を担う人々に、兄がどうしても伝えたいと切望したラストメッセージを、講演録や対談など書籍未収録だった「肉声」を中心に編んだものである。
【引用終わり】
そして、具体的な中身としては、第一部は、立花隆が2015年1月に長崎大学で行った講演「被爆者なき時代に向けて」を中心に構成されており、第二部は大江健三郎との2日にわたる対談を中心に構成されている。さらに、最後に保坂正康が -
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題名のテーマについて、多くの著述の中から、文章や考えを抽出そしてまとめた書だった。
なぜ生きるのかを考えるために
なぜ人間が生まれたかからしり、
なぜ死ぬのか、そもそも死ぬとはなんなのか
そしてそれを知った上で生きるとはなんなのか
さらにはどう生きていくべきなのか
そんなことを多くの抜粋された文章から考えさせられた。
そのテーマについてずっと語るというよりは、いくつかの抜粋されたいくつかの文章を見る感じだったので、関連性はあるけど、それぞれの文章に繋がりはあまりない感じがした。
でも正解を追い求めるばかりじゃなくて、考えることこそが大切だと思える本だった。 -
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河合隼雄、立花隆、谷川俊太郎の3人による読む、聴くことに関するアンソロジー、講演、鼎談をまとめた本。
それぞれが短い文量で、かつ、3人分なので、かなりコンパクトな文章になっていて、読みやすいが、若干物足りない気もする。
ただ、河合隼雄さんと、立花隆さんの寄稿文のあと、谷川俊太郎さんの詩が入ってくるのが新鮮で、詩集を読む時よりも鮮烈に頭に響いた。
インターネットについては、2005年当時の会話なので、この時から格段に、速さが追求され進化してきた、現代のネット文化が及ぼす影響について、お3人に語らってもらえないことがとても残念だが、河合さんのように何度も繰り返し聴き、立花さんのようにたくさんの本を -
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臨死体験 上下 立花隆 文藝春秋
リアリティがこの世と臨死体験が
近すぎて
死の世界としては違和感があったけれど
キュープラロスの三段解説
物理世界とスピリチュアルな死の世界の間に
サイキック空間があると言う提案がしっくりくる
さて「下」を読んでみると
科学者が自分の信じる客観性と言う
狭い範疇に取り込もうと躍起になって
粗探しをしている愚かしさを感じざるを得ない状態に
うんざりしながら読み終わった
一方で体外離脱とは別の
この本の題名でもある臨死体験における
川やお花畑やトンネルなどについては
あまりにこの世的なお話で受け入れ難く
私自身懐疑的である -
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著者が東大教養学部で1996年に行った「人間の現在」という講義を基にしており、「新潮」に連載された第13~24回までをまとめたもの。12回までをまとめた「脳を鍛える」の続編。イエズス会の司祭であり、古生物学者でもあるテイヤール・ド・シャルダンを軸に展開している。
社会ダーウィニズム論は、ハーバード・スペンサーに始まり、 19世紀から20世紀の初めにかけて、世界中で大いに流行った。優勝劣敗、弱肉強食の世の中を肯定するため、帝国主義や植民地も悪くないし、弱者が差別を受けるのも仕方がないと考える。アメリカでは、資本主義の下で弱肉強食の競争をやるべきだという考え方の基本理論になり、ナチスでは人種的に