人物評伝作品一覧
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-没後50年、当時の担当編集者が三島の謎に迫る! 『金閣寺』『潮騒』『仮面の告白』など、日本文学のみならず世界の文学シーンにも多大な影響をもたらした作家、三島由紀夫。そんな三島は1970年11月25日、自衛隊市ヶ谷駐屯地にて隊員の前で演説をしたのち割腹自殺を遂げた。その理由は今なお多くの謎に包まれている。三島由紀夫の担当編集者であると同時に、友人でもあった著者が語る「作家・三島由紀夫」と「人間・三島由紀夫」の実像とは? 「割腹自殺をした理由」「ノーベル文学賞落選の真相」「川端康成との確執」「突然肉体改造を始めたワケ」……没後50年、三島由紀夫、日本文芸界の多くの真相がいま明かされる!
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-1巻2,310円 (税込)The founder of judo, Kano Jigoro, is a highly revered figure amongst those who pursue the sport. Little is known, however, about his various other achievements, from how he laid out the foundation for sports in Japanese education to his immense devotion and commitment to bringing the Olympic Games to Japan. Born in 1860, Kano showed his brightness from a young age and studied hard from childhood. After graduating from Tokyo Imperial University, the most prestigious school, he embarked on a teaching career which eventually led him to become the headmaster of the Tokyo Higher Normal School for a total of twenty-three years. This was just one of the many roles he undertook; aside from this he was chairman of the Japan Amateur Sports Association and became the first Asian member on the International Olympic Committee. And all the while he never ceased to develop and promote his creation, judo. For the first time, this comprehensive biography written by a team of Kano experts and researchers sheds light on the many dimensions of the legendary figure. It depicts how he truly lived life to the fullest by living out his own words-seiryoku zen’yo and jita kyoei-the best practical use of one’s energies and putting one’s efforts to good use for the benefit of both oneself and society.
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-戦争にのめり込む日本の姿を描き続けた高見順の生涯が、現在の日本社会を照らし出す。 昭和を代表する作家の一人である高見順(1907:明治40年〜1965:昭和40年)の生涯から、昭和という時代を見直し、現在の社会状況を照射する。 高見順らが経験した言論弾圧、戦争する体制下での暮らしが、今また不気味な影となって日本の社会に迫っている。 【目次】 まえがき 第一章 出生 第二章 生い立ち 第三章 関東大震災 第四章 プロレタリア文学への道 第五章 恋愛と最初の結婚 第六章 検挙、拷問、そして転向 第七章 再出発 第八章 戦時下の順 第九章 順が見た戦場 第十章 猛烈な創作活動中に発病 参考・引用文献 高見順 年譜 あとがき 【著者】 山田邦紀 1945年、福井県敦賀市生まれ。早稲田大学文学部仏文卒。夕刊紙『日刊ゲンダイ』編集部記者として三十年に亘って活躍。現在はフリー。著書に『ポーランド孤児・「桜咲く国」がつないだ765人の命』『軍が警察に勝った日』『岡田啓介』(いずれも現代書館)、共著に『東の太陽、西の新月─日本・トルコ友好秘話「エルトゥールル号」事件』『明治の快男児トルコへ跳ぶ─山田寅次郎伝』(いずれも現代書館)他。
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-映画俳優だけではない、菅原文太氏の一面 映画俳優として確固たる地位を築き、多くの人から愛された菅原文太氏。ただ、「映画俳優」が彼のすべてではない。彼は2014年11月に他界する少し前に「日本を再び戦争をする国にしてはならない」という思いから命を削って沖縄県知事選の応援に臨んだ。また、「政治の最大の責任は国民を飢えさせないこと、戦争をしないこと」という信念から無農薬有機農業を始め、さらにはラジオや雑誌の対談に同様の問題意識を持つ専門家を呼び、積極的に発言してきた。今改めて、我々は菅原文太氏の最後のメッセージを考えていく必要がある。 【目次】 第一章 俳優になるまで 第二章 新東宝・松竹時代——主役から脇役へ 第三章 東映時代(一)——時代劇、任?映画の様式を壊す文太 第五章 文太の思い 【著者】 坂本俊夫 昭和29年(1954)、栃木県宇都宮市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。著書に『シリーズ藩物語 宇都宮藩・高徳藩』、共著に『東の太陽、西の新月?日本・トルコ友好秘話「エルトゥールル号」事件』、『明治の快男児トルコへ跳ぶ?山田寅次郎伝』(いずれも現代書館)などがある。
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-謎に包まれたシーボルトの娘、イネの実像に迫る 幕末から明治にかけて生きた楠本イネ。父はシーボルト。様々な苦難を越えて父と同じ医師となる。「オランダおいね」として知られるが、これは吉村昭の小説『ふぉん・しいほるとの娘』によるところが大きい。本書では、小説のイメージが定着してしまった楠本イネ(と娘・高子)の実像に迫る。「イネと高子。その生涯の波瀾万丈、悲痛なことは想像をはるかに超えていた」と著者は言う。宇和島在住だからこそ発見できた新史料を発掘・駆使して、新しい楠本イネ像を活写。 【目次】 第一章 シーボルトの来日と追放 第二章 女医への道 第三章 宇和島 第四章 シーボルトの再来日 第五章 長崎特派員イネ 第六章 明治を生きる 【著者】 宇神幸男 1952年、愛媛県宇和島市生まれ。音楽評論家・作家・宇和島市「南予文化会館館長。著書に『神宿る手』『ヴァルハラ城の悪魔』(講談社)、『水のゆくえ』(角川書店)、シリーズ藩物語『宇和島藩』『伊予吉田藩』(現代書館)などがある。
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-幕末の薩摩藩において西郷隆盛や大久保利通などとともに明治維新に大きな役割を果たした五代友厚。明治の世では、危機的状況にあった大阪経済を立て直すために現在の大阪商工会議所のもととなる大阪商法会議所を設立し、また現在の大阪市立大学の淵源となる大阪商業講習所を設立するなど、多大な功績を残した。しかし、晩年の「北海道開拓使官有物払い下げ事件」によって、藩閥政権との癒着による「政商」としてイメージが広まってしまった。ところが、官有物の払い下げは五代とは別の結社にされようとしていたことや、当時の政局の中で五代がスケープ・ゴートにされたこと、また当時の新聞の誤報を後世の歴史学者がそのまま論文にして定着させたことなどがわかってきており、事実が誤って伝えられていることが明らかになってきている。本書は、膨大な資料を丹念に調べあげた上で新たな考察を加え、五代の真の姿を描き出す伝記の決定版として発刊する。
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-渋沢栄一は、もとの農民兼商人だったのですが、徳川幕府をたおそうとする革命思想をもっていました。幕府の追及をのがれるため、水戸藩に仕えましたが、英まいな藩主一橋慶喜に傾倒、その命によりフランスに出張して、戌辰戦争にまき込まれずにすみました。 帰国後、大隈重信に呼び出され、大蔵省の租税正となり、大蔵少輔(局長)になるも、大久保利通大蔵卿と軍事費をめぐって対立、辞職します。後に第一国立銀行の頭取となり、日本の成長に必要な民間企業600社以上を育成することとなります。 明治維新の前は、西郷隆盛の知遇をえたし、明治以降は米国の歴代大統領と交流して、国際協力活動や民間の平和活動(ワシントン条約の締結をうらから支援)に携わりました。 こうした渋沢の実績は、論語の信奉を基盤とした信念に基づき、また栄一の人柄がもたらしたものです。彼の信条は、独占や私利私益を排し、国民公共のために仂くことでした。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 花職(花を扱うすべての人たち)の知識や技術、地位の向上を目指す全国組織「花職向上委員会」が、 花を生けたり、デザインするにあたっての想いや考え、理論、技術といった基礎をまとめたシリーズ。 本書は、「歴史から学ぶ」ことをテーマに、花のデザイン独自に発展してきた歴史について解説しています。 伝統的なアレンジメントのパターンから学びとれる情報を掲載し、歴史を学びつつ、現代に活かす方法までを幅広く紹介しています。 本シリーズは、初心者から上級者まで、すべての方々を読者対象としていますが、 難しくなりがちなフラワーデザインの理論をイラストやビジュアルを用いてわかりやすくまとめているため、 初心者向けのテキストとしても最適です。 基礎中の基礎が学べる一冊です。
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-【内容紹介】 「のっこむ」=職人が大勢で現場に乗り込むこと。 「人を活かす──その大切さを教えてくれます! 」横浜FC会長・奥寺康彦氏推薦! 溶接工から「製造請負」のパイオニアへ。波瀾万丈の一代記! 他社の追随を許さないハイレベルの人材育成を武器に、戦後日本の生産現場を支えてきた業務請負・人材派遣大手の日総工産。 溶接工としてキャリアをスタートさせた同社創業者・清水唯雄が「製造請負」という新しい事業分野を切り拓いてきた今日までの歩みを振り返るとともに、「ものづくり立国・日本」再興への新たな担い手としての役割も期待される人材サービス業の今後の可能性について語る。 【著者紹介】 [著]清水 唯雄(しみず・ただお) 日総工産株式会社 取締役(名誉会長)。 1936(昭和11)年8月21日、神奈川県横浜市に生まれる。 日本鋼管(現・JFEスチール)勤務を経て、1971(昭和46)年2月、日総工営株式会社(現・日総工産株式会社)を設立、代表取締役社長に就任。 日総工産代表取締役社長・会長を経て、2019(平成31)年4月、取締役(名誉会長)に就任。 社会福祉法人近代老人福祉協会 理事長。一般社団法人日本生産技能労務協会 名誉相談役(元会長)。 【目次抜粋】 プロローグ 第1章 ものづくりの現場からの“出発” 戦争とともにあった幼少期 疎開先で迎えた終戦 ほか 第2章 高度経済成長を底辺から支える 神戸の高炉建設プロジェクト、始動! 建設現場から工場へ──構内請負への転換 ほか 第3章 製造請負に新たな活路を見出す オイルショックで次々と得意先を失う 再起を目指して試行錯誤の日々 ほか 第4章 社会に貢献し信頼される業界を目指し奮闘 業界の健全化へ──日本構内請負協会を設立 業界の礎を築くさまざまな活動 ほか 第5章 逆境で見えてきた人材事業の新しい可能性 新横浜に新たに本社ビルを建設 社長職を長男・竜一に譲り、代表取締役会長に就任 ほか エピローグ あとがき
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-【書籍説明】 新選組二番隊組長永倉新八は、市中巡察中、昔知っていた女に出逢った。 新八に足抜けの手伝いを頼んだ深川女郎お須賀だった。今は、老舗の後妻である。 新八は松山藩江戸留守居役の次男だが、厳格な父親に反発して家を出た。 天然理心流近藤道場試衛館の居候になり、剣技を研きながら暢気に暮らしていた。 お須賀は「足抜けして自由になりたい。そのために金が要る」と言う。 新八は試衛館塾頭の土方歳三と道場破りをして金を手に入れたが、女は金だけ持って恋人と駈落ちしてしまった。 その後、お須賀は恋人と別れて京に上り、奉公先の若旦那の後妻になった。 だが、姑の大内儀は評判の意地悪婆さんで、お須賀は辛い日々を送っていた。 その意地悪姑が殺された。町方役人は「下手人はお須賀」と考えた。 お須賀は新八に助けを求め、新八は新選組副長土方歳三に泣きついた。 歳三は隊務に追われて忙しい。最近、倒幕浪士に拳銃や銃を流す者がいて、活動が激化していた。 だが、新八に頼まれて、歳三は下手人探索に乗り出した。 【目次】 昔の女 道場破り 大暴れ 足抜け 後始末 いけず 姑殺し 沈黙の目撃者 親切ごかし 大裁ち鋏 どこかで見た顔 仕掛けた罠 古屋敷急襲 下手人
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-経営者でありながら、テノール歌手としてカーネギーの舞台に立った男がいる! その男の名は小栗成男。名古屋で自動車販売会社を経営し、名古屋市の教育委員にも名を連ねている。小栗の人生は挫折と屈辱の連続であった。しかしそれを糧にしてトップセールスマンとなり、経営者となり、まわりからの目を気にすることなく50を過ぎてテノール歌手への挑戦を続けてきた。著者の松下隆一は小栗を見てこう語る。「自分自身の本来あるべき姿、自分を偽らない生き方。小栗成男はそのために――彼の言葉を借りるのなら――『身体がふるえて全部血が抜けるくらいつらかった』という切実なる想いから解放されるために、無謀だと言われる挑戦をしなければならなかった。あなたが、自分を変えたい、閉塞感から抜け出したい、ささやかでも“誰か”のために生きたいというのなら、小栗成男の生き方をヒントにすれば、その望みはかなうかもしれない」と。挫折も屈辱も糧にして、底抜けに明るく挑戦する男の生き方に学べ。
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-【書籍説明】 徳川二代将軍秀忠の御台所お江は次男国松を三代将軍の座に就けたいが、大御所徳川家康は長男竹千代を世継と定めた。実は、竹千代はお江の産んだ子ではない。 お江は国松に将軍嫡子として振る舞うようにさせた。 家康が亡くなると、お江は夫の秀忠に竹千代を廃嫡するように迫ったが、秀忠は承知しない。お江は益々竹千代を憎み、国松を溺愛した。 竹千代は元服して、三代将軍家光となった。国松も元服して徳川忠長となった。 将軍が二人いるような、忠長の横暴な振舞いが目立つ。 お江は家光の暗殺を企むが、家光を警護する柳生十兵衛と花菜緒は刺客を寄せつけない。十兵衛の妹花菜緒は天才的な剣士で、家光の初恋の人となった。 忠長が催した御前試合で花菜緒が勝ったため、忠長は花菜緒を謀殺した。 お江が病死すると、忠長の暴虐非道は倍加して、秀忠を激怒させた。 家光は忠長に蟄居を命じ、秀忠も忠長を許すことなく病没した。 秀忠の死後、家光は異母弟保科正之を可愛がり、忠長の暴虐を憎んだ。家光は忠長を逼塞から自刃へ追い込んでいく。 【目次】 兄と弟 天下を継ぐ者 冷たい母 鴨撃ち 元服 三代将軍 辻斬り 代理勝負 九死に一生 御前試合 将軍二人 忠長乱行 狂乱の果て 恋の記憶
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-【電子版のご注意事項】 ※一部の記事、画像、広告、付録が含まれていない、または画像が修正されている場合があります。 ※応募券、ハガキなどはご利用いただけません。 ※掲載時の商品やサービスは、時間の経過にともない提供が終了している場合があります。 以上、あらかじめご了承の上お楽しみください。 日本一有名な元AV女優の半生を描いた激動の物語。電子上巻では本誌に掲載できなかった未公開・初体験のエピソードも収録! 書籍では掲載できなかった電子限定未公開エピソードも多数収録。 蒼井そらさんの初体験から名前も知らない男との火遊びまで、 学生時代に体験した男性とのエピソードを電子版「夜が明けたら 蒼井そら 分冊版 上」ではノーカットでお届けします。 藤原 亜姫(ふじわらあき): 2008年ケータイ小説史上空前のアクセス数を誇った『インザクローゼット blog中毒』(河出書房新社)で作家デビュー。 他著書には同作品のスピンオフ『クローゼット・フリーク』『東京娼女』などがある。 人間の弱みや闇を独自の視点で痛快な物語に変える。 蒼井 そら(あおいそら):1983年11月11日、東京都に生まれる。 2002年6月にグラビアデビュー。それから4年間、日本を代表する国民的セクシータレントとして、 グラビア、バラエティ、アダルトビデオ、Vシネマなどで幅広く活躍。 2018年1月に結婚し現在は双子の母。中華人民共和国でもタレントとして活動。 中国版Twitter・Weiboではフォロワー数1900万人超えの人気タレント。
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-【電子版のご注意事項】 ※一部の記事、画像、広告、付録が含まれていない、または画像が修正されている場合があります。 ※応募券、ハガキなどはご利用いただけません。 ※掲載時の商品やサービスは、時間の経過にともない提供が終了している場合があります。 以上、あらかじめご了承の上お楽しみください。 電子完全版にはココでしか見られない未公開特典写真から本編ではカットしたオリジナルエピソードをノーカットでお届けします! 心だけは決して脱がないと決めてAV女優になった蒼井そらが初めて明かした、心のヌード! 完全版では本編でカットした元AV女優・蒼井そらの初体験エピソードからプライベートな性事情、 本編未公開カットも収録。普通の芸能人になりたかった彼女が人にSEXを見せる特殊な仕事につき、 普通の幸せを手に入れるまでの激動な物語をノーカットでお届けします。 藤原 亜姫(ふじわらあき):2008年ケータイ小説史上空前のアクセス数を誇った『インザクローゼット blog中毒』(河出書房新社)で作家デビュー。他著書には同作品のスピンオフ『クローゼット・フリーク』『東京娼女』などがある。 人間の弱みや闇を独自の視点で痛快な物語に変える。 蒼井そら(あおいそら):1983年11月11日、東京都に生まれる。2002年6月にグラビアデビュー。 それから4年間、日本を代表する国民的セクシータレントとして、グラビア、バラエティ、 アダルトビデオ、Vシネマなどで幅広く活躍。 2018年1月に結婚し現在は双子の母。中華人民共和国でもタレントとして活動。 中国版Twitter・Weiboではフォロワー数1900万人超えの人気タレント。
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-我 万人のしもべとならん―― 教育にたずさわる全ての人に贈る! 倫理研究所の創立者として知られる丸山敏雄(1892〜1951年)は、教育者であり研究者、書家、歌人、思想家でもあった。 戦争に敗れ、国土が焦土と化し、人々の心も荒んでいた戦後日本――。その国難から一人ひとりが立ち上がるために、夫婦の道を説き、短歌を詠み、正しい暮らしを示す生活改善の運動をはじめた、社会教育家の波乱万丈の生涯! 本書は、戦後まもなく「新しい倫理」と呼ばれるようになる「生活法則」を生活改善運動の中心に据え、その普及と実践に邁進した丸山敏雄の人生の軌跡である。 【目次】 第一章 誕生 第二章 国史教育 第三章 入信 第四章 獄中 第五章 新世文化研究所 第六章 文化と家庭 第七章 離反 終 章 至誠天地を貫く
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-【書籍説明】 新選組三番隊組長斎藤一の父は明石松平藩の下級武士だったが、事情があって上役を斬殺し脱藩した。 息子を連れて諸国を放浪し、江戸で病死した。斎藤の父を仇と狙う如月秀人は、名を偽って新選組に入隊した。 その頃、新選組には佐久間象山の息子三浦啓之助が父の仇討のために入隊し、隊中は仇討の話題でもちきりだった。どうやら伍長の倉田重郎も仇討らしい。 斎藤は苦い思いで眺めていたが、斬込みの最中に襲われて、自分が狙われていることを察知する。斎藤は土方歳三に打ち明けず、独りで敵を探そうとする。 京都西町奉行所与力杉本雄介は新選組を訪ねて来て、隊士の中に江戸を騒がせた盗賊一味だった男を発見する。杉本は江戸南町奉行所から出向していた。 杉本は隊士の名前を明らかにする前に、斬殺されてしまう。 歳三は杉本を殺害したのは新選組隊士ではないかと疑い、捜査を始める。 斎藤は如月秀人を探し出せるか? 歳三は杉本殺害の犯人を捕らえることができるか? 【目次】 不意討 恨みの連鎖 仇討志願 与力殺し 記憶の中の顔 斬込み 深まる疑惑 悲願と苦悩 隊費強奪 おしゃべり仲居 仇持ち 功名男 不審の究明 仇討地獄
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-★ゴーンとは何者だったか? ゴーン事件が日本と世界に与えた衝撃とは? 在日フランス人記者が徹底取材! ★一気読み必至の怒涛のノンフィクション! ・ブラジル系―フランス系レバノン人ゴーンの生い立ちとは? ・ゴーンが語ろうとしない家族の問題とは? ・フランスでの学生時代はどのようなものだったか? ・仏タイヤメーカー・ミシュランで培ったゴーン流経営のスタイルとは? ・ルノーが日産を救済した本当の理由とは? ・ゴーンはいかにして日産を救い、日本のスターとなったか? ・ゴーンはいつから私利私欲を満たす権力者と化したのか? ・ゴーンが報酬を増やすために試みた資金工作の詳細とは? ・ゴーンを検察に突き出すことになった日産内部での密談とは? ・東京拘置所でのゴーンの生活はどのようなものだったか? ・日本の司法制度は、海外の目にはどのように映っているのか? ・なぜゴーンは2019年の年末に日本脱出という手段に出たのか? ゴーンの光と闇のすべてを語る!
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-羽柴(豊臣)秀吉は足利義昭・毛利輝元と手を組み、明智光秀に謀反の罪を着せて織田信長・信忠父子を暗殺した。 信長は光秀に「徳川家康に天下を譲る」と遺言した。光秀は復讐を誓い、天海僧正となって信長の遺志を成し遂げようとする。 秀吉は織田家から天下を奪い盗り、関白太政大臣となったが、心身ともに老いた。 憧れの市姫の娘茶々を側室にし、秀頼が誕生すると、秀吉は「秀頼の天下安泰」しか考えられなくなった。光秀は病床の秀吉に信長の幻を見せて、不安を煽る。 老耄の秀吉は家康に秀頼を託して死んだ。 秀吉の死後、豊臣政権は石田三成ら官僚群と福島正則ら武辺者の二派に分裂した。家康は二派の対立を煽り、ついに天下分け目の「関ヶ原の戦」が勃発する。 関ヶ原の戦に勝利した家康は徳川幕府を開き、豊臣政権の滅亡を謀る。光秀は「黒衣の宰相天海」として徳川政権の安定に尽力する。 大坂城の淀殿茶々と秀頼母子に生き延びる道はないのか? 信長の曾孫は徳川将軍家を継げるのか? 【目次】 三成挙兵 ガラシャの悲劇 敵か味方か 小山評定 誤算 関ヶ原 征夷大将軍 女の戦 竹千代誕生 太閤の黄金 将軍家の嫡子 方広寺の鐘銘 大坂冬の陣・夏の陣 不動の北辰
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-【目次より】 はじめに 序章 永田町から始まったビジネス 第1章「佐藤事務所」で学んだ人間力 第2章 田中角栄の優しさに感謝 第3章 「吉香」を設立 第4章 絶体絶命のピンチに学ぶ 第5章 世界平和実現のためゴルビーを招聘 第6章 全国商工会議所女性会連合会会長に 第7章 すべての出会いに感謝を おわりに 【本文より】 思い出は数多くありますが、ひとつだけと問われたら、40年前、故田中角栄先生から言われたひとことを挙げます。 会社を設立した年の暮れでした。たまたま仕事でホテルニューオータニへ行った際のことです。暮れのホテルは人でにぎわっていました。ふと振り返ってみますと、だいぶ離れてはおりましたが、ホテルで用事を終え、お帰りになる田中先生がお車に乗られるところでした。礼儀としてお見送りしようとした時のことです。 私に気づいた田中先生から手招きされましたので、近づきますと「正月は迎えられるのか。いつでも何でも言って来いよ」と、微笑みながら声をかけてくださったのです。 経営者として年を越すことの重みをまさに痛感していた時期でしたから、お見送りの後、涙が溢れ出て止まりませんでした。
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-「ジミー・ペイジは、いかにしてレッド・ツェッペリンの黒い心臓となったか―― その秘密がいま、あのリフと同じ激しさで剥がされる」(ザ・メール・オン・サンデー) 「まさに波瀾万丈。唯一無二のロックスターの半生がここに」(サンデー・タイムズ) 「筋金入りのレッド・ツェッペリン・ファンなら必読!」(カーカス) ロックがひれ伏す伝説―― サリーの天才ギター少年、オカルトとの出会い、ヤードバーズ加入、レッド・ツェッペリンの栄華と崩壊、落胆のソロ時代、そして復活。 70年代からペイジにインタビューしてきた元NME紙のライターが、ギター・ゴッドの全てをここに解き明かす。 1969年のアルバムデビューから50周年を記念して書かれた初の本格ジミー・ペイジ伝、待望の翻訳! 〈目次〉 口絵8P まえがき 序章 第1章 サレーのスパニッシュ・ギター 第2章 ネルソン・ストームからセッション・プレイヤーに 第3章 シー・ジャスト・サティスファイズ 第4章 ベックス・ボレロ 第5章 欲望 第6章 「1000ドルぽっちのためにオレを殺すつもりか?」 第7章 「鉛の飛行船みたいに」 第8章 アメリカからの引き合い 第9章 〈胸いっぱいの愛を〉 第10章 《レッド・ツェッペリンⅡ》 第11章 「汝の思うところを為せ」 第12章 大いなる獣666 第13章 輝けるものすべてが 第14章 ZOSOの伝説 第15章 天使の街 第16章 王様(キング)とジミー・ペイジ 第17章 コカインの夜と幽霊屋敷 第18章 亡命中の事故 第19章 ケネス・アンガーの呪い 第20章 直接対決 第21章 交戦規則 第22章 ボンゾ最後の戦い 第23章 隠者 第24章 中年のギター神 第25章 魔法使いの弟子 第26章 不死鳥の飛翔 謝辞 参考文献
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-児玉、小佐野、角栄!闇社会&表社会の巴戦! 児玉誉士夫(1911年、福島生まれ)、小佐野賢治(1917年、山梨生まれ)、田中角栄(1918年、新潟生まれ)。この三者に共通するのは、出自が貧困で学歴がないこと。児玉の父親は「賊軍」二本松藩の御典医。明治維新後、政治家になり無一文に。小佐野の父親は山梨・勝沼の小作人、「戸のない家」と呼ばれた。田中の父親は新潟・西山町の馬喰。因みに児玉は全ての知識は青年期の度重なる刑務所生活の読書で身に着けた。 太平洋戦争中、児玉機関を名乗り、大陸で海軍の戦略物質を大量に買い集め、敗戦後は、それをもとに鳩山一郎に数千億円を提供。小佐野は闇物質の買い占めと戦争で疲弊した名企業の乗っ取りなどで、政商として名をなす。田中は獄中立候補で国会へ、数々の政権抗争に勝利し、今太閤といわれた宰相となる。田中のカネは小佐野が支えたが、三者三様で日本を表と裏から支配した。三人の終焉は、ロッキード事件であった。
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-さっと読めるミニ書籍です(文章量12,000文字以上 13,000文字未満(10分で読めるシリーズ)=紙の書籍の24ページ程度) 【書籍説明】 フランソワ・カロンは、第八代オランダ商館長であった。彼の著作日本大王国志』は、三百八十年前に書かれた駐在員報告書である。 当時のオランダ人の報告書からわれわれが参考にできるものは何か。またカロン駐在員が日本人に対してとったスタンスはどのようなものであったか。そして、歴代のオランダ商館長のスタンスは? カロンはその後台湾商館長にもなった人である。台湾でのスタンスは、日本でのスタンスと同じものだったのか。また、歴代の台湾長官のスタンスはどのようなものであったか。 カロンは提督に次ぐ職位の商務総監にまで上りつめ栄華を極める。しかし五十一歳で名誉ある解職となってしまったのはなぜか。その後、敵国フランス東インド会社の首席理事になる。 カロンに何があったのか。カロンの数奇な一生を追う。 【目次】 第一章 駐在員にとって重要な本社へのレポート力 第二章 歴代長官のスタンスと成功した人としない人の違い 第三章 歴代台湾商館長のスタンス 第四章 無愛想のカロン台湾長官 第五章 名誉ある解職とフランス東インド会社時代 【著者紹介】 姉崎慶三郎(アネザキケイザブロウ) 千葉市在住。元商社勤務。海外駐在員歴2回。長年の海外ビジネス経験を生かして、当時合格率8・4%で、日本全国で四百名もいない超難関貿易資格「ジェトロ認定貿易アドバイザー」を取得。 自身の四十年に渡る貿易実務経験と、ふれあった多くの先輩や国内外の取引先企業の方たちから学んだことを貿易のプロをめざす人に伝えるため執筆を続けている。ペンネームは英語教師だった祖父の名前。
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-【書籍説明】 秀吉は明智光秀を謀反人に仕立て上げ、織田信長から天下を奪い盗った。秀吉は関白になり、朝廷から「豊臣」という新姓を賜り「豊臣秀吉」と名乗った。 最大の難関だった徳川家康も秀吉に臣従し、秀吉は天下一統を成し遂げた。 秀吉は故信長の姪茶々を側室とし、待望の男子秀頼(拾丸)を儲けた。しかし、秀頼の誕生で、豊臣政権に亀裂が生じた。秀吉は秀頼の将来の障りとなる一族の男子を次々に排除した。 秀吉は朝鮮から明国(中国)へ侵攻し、国内では大土木工事を続けた。諸国の大名も民衆も疲弊して、豊臣政権を恨んだ。 老耄した秀吉は人々の怨嗟の声にも気づかず、秀頼の将来のみを心配した。 光秀の娘結衣は石川吾介や明智弥惣治とともに秀吉を脅し、寿命を縮めた。 光秀は「天海」という天台宗の高僧として活躍しながら、家康の天下取りに協力する。光秀と家康は豊臣政権内の分裂を煽り立て、ついに「天下分け目の関ヶ原の戦」を起こす。 【目次】 新姓下賜 家康上洛 天下人の約束 東国の覇王 唐入り 傾奇踊り 殺生関白 秀忠の嫁 老いの影 妖術士 怨霊 夢のまた夢 崩れる均衡 三成蟄居
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-The Kwangtung Army’s invasion of Manchuria in 1931 was a clear demonstration of the military’s independence and the Japanese foreign policy establishment’s impotence and irrelevance. For the next 14 years, diplomats and others who sought to avert war on the Asian mainland and with the Western powers saw their efforts sidelined and undercut. Such is not, however, to imply such toilers-in-the-dark did not exist. They did, and this ambitious history chronicles that difficult time focusing on the lives of Shigemitsu Mamoru and Togo Shigenori. A career diplomat who brokered a ceasefire between the Imperial Japanese Army and the Chinese Kuomintang Army in 1932 and then a settlement of the Russo-Japanese border at Changkufeng Hill in 1938, Shigemitsu was aghast at the 1940 tripartite Pact (among Japan, Germany, and Italy) and its implications for Japan’s relations with the UK and the US. Despite―or perhaps because of―his opposition to the militarists’ policies, he was appointed Foreign Minister midway through the Pacific War, and it was in that capacity that he was caught up in the charade of the International Military Tribunal for the Far East. Much of Shigemitsu’s work was complemented by Togo’s, including efforts to better relations with the Soviet Union. Marginalized though he was, Togo had the distinction of being Foreign Minister both at the outbreak and at the end of the Pacific War, albeit with a long hiatus in the middle, and it was this distinction that brought him to the International Tribunal’s attention. Belying the standard image of a hundred million hearts beating as one, Japan had many distinguished figures who remained true to their principles even as they served the state during the long war years. This is thus both a history of personal turmoil and an insightful window on the Japan of that era.
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-Yoshida Shigeru is widely regarded as a pivotal figure in early postwar Japanese history―someone who guided the nation through those difficult years with a clear vision and a firm hand. Yet much of his success, this book argues, was mandated by circumstances, and he was more a practical politician than an ideologue wedded to any particular “ism”. Particularly lauded by Yoshida admirers are his adroit fending off of pressures to remilitarize, including during the Korean War years, and his accompanying focus on economic recovery as the nation struggled to get back on its feet. Yet the decision not to rearm had already been made in the postwar Constitution’s Article 9, and Yoshida was more affirming Occupation policy than breaking new ground. Indeed, his policy pronouncements in this area largely channeled MacArthur’s thinking throughout SCAP’s reign. Pushing that thought one step further, Ambassador Okazaki contends that the acceptance of Article 9 was part of a grand bargain with MacArthur: Japan would forsake rearmament and the International Military Tribunal for the Far East would not put the Emperor in the dock for war crimes. Taking issue with the conventional wisdom, Okazaki further maintains that many Occupation policies (e.g., women’s suffrage and agrarian reform) would have been adopted in the course of building upon prewar democratization initiatives even were there no Occupation. Significantly, these reforms, unlike zaibatsu dissolution and the purge, for example, were not rescinded once Japan regained its independence in 1952. Pulling together testimony from a wide variety of informed sources, this solidly argued treatise roundly rejects the Tokyo Trials, both their conduct and their verdicts, and paints a picture of Japan laboring under a capricious autocracy in the Occupation years. This is an insightful work that demands serious consideration by everyone interested in Japan past, present, and future.
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-※2019年6月以前にご購入されたお客様は「My本棚」から閲覧可能です。重複購入にご注意下さい。 池田室長とともに、“まさかが実現”を成し遂げた昭和31年「大阪の戦い」。 そして不当な国家権力の横暴に勝利した「大阪事件」。 いま再び「常勝関西」の源流を当時の証言、記録から綴る感動のドキュメント! 『民衆こそ王者』を再構成し、待望のワイド文庫化! 『新・人間革命』の“副読本”として活用できます!
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-2020年春NHK朝の連続テレビ小説『エール』の主人公のモデルは古関裕而。『オリンピック・マーチ』『栄光は君に輝く』など、昭和の音楽史を代表する天才作曲家、古関裕而は明治42年に福島で生まれました。古関は、銀行員時代に山田耕筰に認められデビュー。応援歌、歌謡曲から軍歌、オペラまで、生涯で5000にものぼる音楽を生み出しました。古関の名曲たちは昭和の娯楽史そのものです。本書に登場するのは、ライバルの古賀政男、世界的オペラ歌手の三浦環、古関と同じ福島出身の人気歌手・伊藤久男や作詞家・野村俊夫、そして昭和の演劇界を牽引した劇作家・菊田一夫など。華やかな昭和のエンタメ業界の豪華メンバーが織りなす物語は笑いと涙に包まれます。彼はいかにして激動の時代に、国民から愛される数々の名曲を生み出したのか。妻・金子(きんこ)と共に歩んだ、その知られざる一生に迫ります。この一冊で、朝の連ドラが絶対面白くなる!
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-これは、神戸の二大洋菓子メーカーの一つ、モロゾフの真の創業者・ヴァレンタイン・モロゾフ一家の物語である。ロシア革命後の亡命から神戸で洋菓子店を開き成功するも、その後、日本人共同経営者による裏切りから「モロゾフ」という屋号を名乗ることが許されない悲劇。そして神戸大空襲と敗戦による苦難……大正十五年に始まったモロゾフ親子の苦闘の歴史を綴ったのが本書である。ロシアで成功した富豪でありながら、そのために革命後に国を去る決断をし、ハルビンから日本を目指すも、関東大震災に出会い、日本をあきらめシアトルへ、そしてまた日本の神戸と流転する。モロゾフ一家の足跡をたどることによって、革命下の家族離散の悲劇、亡命者の苦難、戦前・戦後の神戸や日本の近代史の一側面が描かれている。高級チョコレートにはほろ苦くも深い人生の味がある。
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-「義理人情は無理じいするものじゃない」「カッコいいとは、哀しく儚くなければならない」「勝っても負けても戦ったってのが大事」――。昭和を代表する映画スター、高倉健が遺した201の言葉を集めた。真っ直ぐに生きた男の真骨頂! ※電子版では、紙版に収録されている写真のいくつかが掲載されておりません。ご了承ください。 【目次より】 秘蔵アルバム「高倉健の肖像」 まえがき 第1章 プロフェッショナルとは 第2章 出会いとは 第3章 達人とは――あの人との思い出 第4章 ハリウッドとは 第5章 生きるとは 第6章 男とは 第7章 女とは 第8章 旅とは 第9章 趣味とは――闘牛、闘拳、買い物、珈琲 第10章 カッコよさとは 高倉健 年譜
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-【書籍説明】 新選組一番隊組長の沖田総司は天才剣士だった。 九歳の時に天然理心流近藤道場試衛館の内弟子となり、十五歳で免許皆伝、師範の資格を得た。 十七歳の時に初めて人を斬り、剣客の宿命を痛感した。 二十歳の春、師匠の近藤勇が幕府の浪士募集に応じて上洛を決意すると、内弟子の土方歳三や井上源三郎、食客の山南敬助や永倉新八らとともについて行った。 京で、近藤勇は新選組を結成して王城鎮護の役目に就いた。 総司は新選組幹部隊士として、毎日のように人を斬った。 修羅の日々の中で、総司は一人の少女と出会った。 少女は法眼の位を持つ漢方医 仁科道伯の娘花香里、十七歳。 総司と花香里は親しく口を利くようになったが、総司は自分が新選組隊士であることを言えなかった。 しかし、池田屋斬込みの後、花香里と一緒にいるところを倒幕浪士に襲われ、「新選組の鬼沖田」と知られてしまう。 花香里は先天性の心臓病で、強い衝撃を与えることはできない。 総司は花香里との淡い恋を諦めようとする。 【目次】 花の吹雪 試衛館入門 道場破り 修羅の道 生死の覚悟 都の春 壬生狼 紅葉の橋 雪の幻 医者の娘 恋の手習 池田屋斬込み 修羅の太鼓 はかなき恋路
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ロングセラー『10代に伝えたい名言集』第二弾! 好きに生きたらいいんだよ。 だってきみの人生なんだから。 ーージョン・レノン 189人の偉人たちが、 子どもの悩みに応えてくれる本 第二弾が誕生しました! 親子で読めて、 どんどん勇気がわいてくる! 一日一読。 子どもに贈りたい本! ※すべてにルビがあるので、 年中・小学校低学年のお子さまに 読んでいただけます。 「近寄りがたい偉人伝」でなく、 子どもたちの日々の悩みに、 具体的に寄り添う偉人の言葉を集めました。 「いつもは本を読まない息子が、じーっと読んでいるんです! 」(40代主婦) 「大人の私が読んでも大変勇気付けられる言葉がたくさんありました」(30代会社員) 「ある女性の言葉に、思わず涙ぐみました」(10代中学生) 共感と感動の声が続々! ◆「夢中」がきみを輝かせる 人見絹江は応える。 「おろかなりとも、努力を続けるものが 最後の勝者になる」 ◆努力は才能だ 松井秀喜は応える。 「ズルはできない。おれが見てるから」 ◆落ち着きがなくても大丈夫 マーク・トウェインは応える。 「あなたの大きな夢を しぼませるような人間には近づくな 」 ◆性別にとらわれない 新島八重は応える。 「人生でいちばん大事なことは、 いつも満たされた心でいることです」 ◆ひとと違うことが「個性」だから シャネルは応える。 「美しさは、あなたが あなたらしくいると決めた時から始まる」 ◆傷ついたからこそわかること (いじめられていた)レディー・ガガ(の母)は応える。 「あなたのやさしさで、 相手のいじわるをやっつけちゃいなさい」 下を見ていたら、虹を見つけることはできないよ ――チャーリー・チャップリン 今作では、 「偉人を支えた言葉」の 特別章もつくりました! その他にも多数の名言が! マララ・ユスフザイ 「一人の子ども、一人の教師、一冊の本、一本のペン、 それで世界は変えられます。 教育こそが、ただ一つの解決策なのです」
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-2020年は東京オリンピック開催の年ですが、東京オリンピックは半世紀ほど前の1964年にも開催されました。さらに、戦前にも一度は開催が決定していたものの、実現されることはありませんでした。東京へのオリンピック招致の歴史を紐解く時、必ず登場する人物がいます。嘉納治五郎です。嘉納治五郎は元々、柔道を究めた人で、柔道・体育の父、教育者、国際人と、さまざまな顔をもっています。そして、東京へのオリンピック招致に力を尽くし、スポーツを通して平和を実現させようと努めました。本書は、そうした嘉納治五郎の生涯を、嘉納治五郎研究の第一人者が、小学高学年・中学生向けに書き下ろしたものです。自分ファースト、自国ファーストということが一面で顕著な今の時代だからこそ、嘉納治五郎の説いた「自他共栄」や「逆らわずして勝つ」の考え方が示唆するところは大きいといえるでしょう。柔道家・山下泰裕氏推薦。
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-宝塚歌劇で2009年から2015年と6年もの長い期間で、ダントツの人気トップスターであった柚希礼音。1999年に85期生として入団する前の音楽学校受験前から、退団、さらには退団後のミュージカル、リサイタルなどにも触れ、どのようにスターへの階段をのぼっていったのか。音楽学校入学前~音楽学校時代~宝塚歌劇団入団時~星組若手時代~二番手時代~トップ就任時~退団前~退団時と、それぞれの時代の9人のトップスターたち(天海祐希、大浦みずき、北翔海莉、真飛聖、安蘭けい、真矢みき、真琴つばさ、明日海りお)と比較し解説。最後に年表を付す。
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-人生のつらいとき、迷ったときこそ、寅さんのことば――。能力や生産性が重視される社会でストレスをため、鬱々と生きる人たちが増え続けているいま、「人間らしく生きること」、「相手の幸せを願うこと」、「懸命に生きること」の大切さを思い出させてくれる、アウトローで二枚目(生き方が)の寅さんのことばの数々をまとめた1冊。 2019年12月27日公開の最新作(50作)「男はつらいよ おかえり寅さん」でも、大人になった満男が迷ったときに思い出すのは寅さんのことば。寅さんの過去の映像とともに出てくることば(本書にも多数掲載)が、心の支え、人生の指南書になっている。 寅さん研究家でもある佐藤氏の短くテンポよい解説は、名場面の背景や、50年前の1969年にカウンターカルチャーとして生まれた寅さんを通じ、日本がどう変化してきたかも教えてくれる。国の繁栄のピークが過ぎ、生きるのがますます難しくなっている世の中で、本当のしあわせとは何か、あなたは日々しあわせか、ということをあらためて問いかけ、思い出させてくれる本。 (※中日新聞連載『寅さんのことば』の第二部のまとめ+新規原稿) ●今夜中にこの雨もからっと上がって明日はきっと気持ちのいい日本晴れだ。お互えにくよくよしねえで頑張りましょう。(第8作「男はつらいよ 寅次郎恋歌) ●生きてる? そら結構だ(第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』) ●思ってるだけで、何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ。(第45作『男はつらいよ 寅次郎の青春』) ●人生についてようく考えろって。ぼけっとしてる間に、あっという間に骸骨になっちゃうんだから、人間は。(第22作『男はつらいよ 噂の寅次郎』……ほか
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-「バチカン」とともに共産主義に対抗 世界に通用した愛国者 カトリックの海軍軍人として日露戦争を戦い、 昭和天皇の側近として バチカンとの架け橋となった山本。 『坂の上の雲』にも登場しながら、 これまで知る人ぞ知る存在だった愛国のクリスチャン、 初の本格評伝。 《山本は「日中戦争」での日本の立場に理解を求めた。バチカンでは時のローマ法王から「私は天皇のために祈る」という言葉まで引き出した。揺るぎもしない愛国者であり、共産主義とファシズムという2つの全体主義が台頭する中、国を愛し皇室を守らんがために、バチカン・ローマ法王と手を携えようとしたのだった。》(「はじめに」より) 【主な内容】 法王庁との「絆」に心砕いた人たち―はじめに 序 章 菊と十字架 124代と258代 第1章 愛国のクリスチャン 第2章 東郷平八郎の「副官」 第3章 昭和天皇の語り部 第4章 国益を担う「外交官」 第5章 山本信次郎の「一粒の麦」 終 章 軍服をまとった修道士 《実現にはいたらなかったものの、終戦の直前、バチカンを仲介とする和平工作がアメリカからなされていたことも、近年になって明らかになっている。それも天皇と法王との間に築かれた「絆」がなせる業だった。》(本書より)
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 まえがきより抜粋 上海日日新聞は、宮地貫道が大正三年(一九一四年)十月一日に上海で発刊した邦字新聞であり、発刊当時から貫道は健筆を揮い、上海における三大邦字紙の一つに数えられた。 成民集は上海日日新聞社社長宮地貫道(本名宮地利雄)が、昭和四年七月から九年一月にかけて、成民のペンネームで、同新聞に執筆したコラム集である。これは新聞コラムの切り抜きを貼り合わせた形で残されており、「成民集」の名は貫道自身により名付けられて、宮地家に残されていた。 この切り抜き集は作成されたから既に九十年近くを経過しており、紙が変色しているのは勿論、紙質も劣化が進み、此の儘では今後保存が困難になる虞があるため、ここに翻刻を試みたものである。
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-ナウマンゾウだけではなかった! 才能を見込まれて20歳で来日、東大の初代地質学科教授となり、日本の地質構造を明らかにしたお雇い外国人。来日直後にフォッサマグナを発見して以後、超人的な行程で調査に邁進し、滞日10年で現代に遜色ない高精度の日本地質図を完成させた。 帰独後、その功績は日本でかき消され、帰国後の人生も母国でほとんど知られていない。 同い年の弟子たちとのいさかい、寝取られた最初の妻をめぐる決闘、留学生森鴎外との論争含め、東大で地質学を学んだ著者が、図書館に眠る資料を掘り起こし、波瀾万丈の足跡と日本地質学の黎明期を描き出す。
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-世界にその名をとどろかせた偉人たちの活躍のウラには、 “もうひとり”偉大な人物がいた! 教科書や伝記でその活躍が伝えられる偉人たち。 彼らの人生ははじめから順風満帆だったのか? ……いやいや、全然そんなことはなかった! 何者でもないどころかむしろダメ人間だった偉人たちが、 とある人物との“奇跡の出会い”をきっかけに才能を開花させ、 歴史に名を刻むまでのエピソードを紹介する小学生向けの偉人伝。 偉人と、彼らが功績を成し遂げるきっかけを作った人物 ――「もうひとりの偉人」のちょっと変わったエピソードを、 クスッと笑えるイラストと共に楽しめます。 偉人伝でありながら、本書のテーマは「絆」。 歴史人物たちの活躍を楽しく学べるだけでなく、 人は一人きりで何かを成し遂げられるわけではないこと、 出会いによって引き起こされる化学反応が奇跡を生むこと等がわかり、 人間関係に対する心の視野も広がる1冊です。 【もくじ】 第1章 キミの才能にメロメロ編 *野口英世と血脇守之助 *ゴッホとテオ *マルクスとエンゲルス *夏目漱石と小宮豊隆 第2章 かくれた才能……見つけた!編 *ルイ・ブライユとジャック神父 *ヘレン・ケラーとアン・サリヴァン *エジソンとナンシー・エジソン *勝海舟と大久保一翁 第3章 その成功、この人のおかげじゃね?編 *織田信長と平手政秀 *豊臣秀吉と黒田官兵衛 *徳川家康と服部半蔵 *杉田玄白と前野良沢 *マルコ・ポーロとルティスケロ 第4章 一心同体!キミじゃなきゃダメなんだ編 *手塚治虫と壁村耐三 *グラハム・ベルとワトソン *マーガレット・サッチャーとデニス・サッチャー *井深大と盛田昭夫 第5章 あなたがいたからがんばれた!編 *ライト兄弟とオットー・リリエンタール *葛飾北斎と春好 *ニュートンとフック *シューベルトとゲーテ *ナイチンゲールとハーバード 第6章 深くて重い(?)家族のきずな編 *坂本龍馬と乙女 *マッカーサーとメアリー・マッカーサー *ナポレオンとジョゼフィーヌ コラム迷惑をかけられた偉人伝
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 旅行けば、駿河の道に茶の香り――。浪曲でもおなじみの清水の次郎長は、文政3年、駿河国は清水湊にて誕生。遊侠の世界へ身を投じ、喧嘩渡世で諸国を股にかけた“海道一の大親分”。生来の粘り強さと狂暴かつ大胆な気質に加え、状況判断と予測性の鋭さは群を抜き、大政、小政、森の石松ほか多くの乾分(こぶん)を従えて、その名を広く知らしめた「漢(おとこ)の中の漢」である。本編は、生誕から“次郎長親分”の誕生、久六仇討ち、森の石松斬殺事件までに至る、文政から幕末にかけての激動の若き時代を、鬼才・黒鉄ヒロシが緻密かつ大胆な構図で描いた作品である。「黒鉄歴画」ならではのブラックユーモアを随所に散りばめつつ、アウトローたちの“義理と人情”にあふれたさまざまな人間模様をときにシュールに、ときにコミカルに描く超大作! 次郎長率いる清水一家の並々ならぬ活力がよみがえる、「黒鉄歴画」シリーズ第四弾の〈前編〉。
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-淡交新書・古典芸能シリーズとして、『昭和の歌舞伎 名優列伝』『昭和の能楽名人列伝』に列する1冊。大衆を魅了する話芸として江戸時代に成立した落語。落語は江戸(東京)と上方(関西)で独自の歴史を重ね、今日もスタイルのちがう笑いを届けています。本書では、笑いの質・噺家の立ち位置の上方と江戸での違いをよく知る著者のもと、激動の昭和の時代を駆け抜けた東西を代表する噺家を取り上げてそれぞれの生涯と落語の特徴を浮き彫りにしながら紹介。そこから、昭和の落語界の全容を見据えます。〈取り上げた落語家46人〉◎江戸(東京)五代目三遊亭圓生 八代目桂文治 四代目柳家小さん 八代目桂文楽 五代目古今亭志ん生 三代目三遊亭金馬 六代目春風亭柳橋 六代目三遊亭圓生 二代目三遊亭円歌 五代目古今亭今輔 三代目桂三木助 八代目林家正蔵 五代目春風亭柳朝 八代目三笑亭可楽 三代目春風亭柳好 三代目三遊亭歌笑 初代林家三平 十代目金原亭馬生 五代目柳家小さん 古今亭志ん朝 七代目立川談志 三代目三遊亭小圓朝 八代目春風亭柳枝 八代目雷門助六 柳家金語楼 桂小文治 三遊亭百生◎上方(関西)初代桂春團治 二代目桂三木助 二代目立花家花橘 五代目笑福亭松鶴 二代目桂春團治 四代目桂米團治 三代目林家染丸 四代目桂文團治 橘ノ圓都 六代目笑福亭松鶴 三代目桂米朝 三代目桂春團治 五代目桂文枝 二代目露の五郎兵衛 四代目桂文紅 三代目桂文我 二代目桂春蝶 四代目林家小染 二代目桂枝雀
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-【内容紹介】 ピアノマン、オネスティ、素顔のままで、ストレンジャー、ニューヨークの想い、ほかヒット曲に隠された壮絶人生をロングインタヴューで初公開 数々のヒット曲を世界に送り出しアメリカンドリームを体現したビリー・ジョエルの華やかな人生の裏にはナチスのユダヤ人迫害でガス室送りになった親族、本人の自殺未遂、相次ぐ自動車事故、3度の離婚や恋人との破局、アルコール依存症、鬱病、エルトン・ジョンとの確執など、いくつもの黒歴史があった。いまその真相が本書で初めて明らかになる――。 【著者紹介】 [著]フレッド・シュルアーズ 音楽専門誌『ローリングストーン』のライターとして、フリートウッドマック、ブルース・スプリングスティーン、ジャック・ニコルソン、シェリル・クロウ、マシュー・マコノヒー、トム・ペティ&ザ・ハートブレーカーズ、クリス・ロックなど、さまざまなミュージシャン、俳優の評伝を手がけている。ほかにも『プレミア』、『エンターテインメント・ウィークリー』、『メンズ・ジャーナル』、『GQ』、『ロサンゼルス・タイムズ』、『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』などにも寄稿多数。 [訳]斎藤栄一郎 翻訳家・ライター。山梨県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。主な訳書に『イーロンマスク 未来を創る男』『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』(講談社)『センスメイキング』『小売再生』『TIME TALENT ENERGY』(小社刊)がある。著書に『ITオンチ部長の「エクセル入門」』(小社刊)などがある。 【目次抜粋】 プロローグ 夏、ハイランドフォールズにて Ⅰ ビリーの原点 さすらいのビリー・ザ・キッド Ⅱ ブレイクスルーの時代 待てば海路の日和ありと言うけれど Ⅲ 代償 のるか、そるか Ⅳ 時代のレジェンドとして ビリー流人生の閉じ方 出典について 謝辞
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-1999年のNHK大河ドラマに決まった忠臣蔵。実に300年も前に起こったこの討ち入り事件は、今日に至るまで日本人の心をとらえ続けてきた。しかしその間に、実際の事件とはかけ離れた逸話や虚構が付け加えられてきたのも事実である。たとえば「吉良上野介は意地の悪い悪人だった」「寺坂吉右衛門は幕府の隠密だった」「大野九郎兵衛は討ち入り第二陣として密かに待機していた」……なるほどこうした説には心動かされる面もあるにはあるが、確かな証拠があるかといえば、疑わしい。そこで本書では、事件の真相を解明すべく、なるべく多くの珍説・俗説をとりあげ、その真偽についての解明を試みた。「内匠頭はなぜ刃傷に及んだのか」「大石内蔵助が遊興にふけった理由」「吉良邸にはたしてからくり仕掛けはあったか」「上杉家はなぜ吉良を見捨てたのか」……など99項目にわたって謎を解明していく。図版も豊富に掲載して、見て楽しめる一冊である。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ★ おうちで、朝読で。 ★ わかりやすい解説で楽しく読めて、役に立つ! ★ 歴史に名を残す人たちのなにげないひと言には、 大切な教えや人生のヒントがいっぱい! ! ★ 「大昔の世界」にさかのぼり、 偉大な人物の「ホンモノの言葉」に出会い成長しましょう。 ◆◇◆ 本書について ◆◇◆ この本では100の名言を、それぞれ1ページまたは2ページ読み切りの形で、 紹介していきます。 気になる人物の言葉から自由に読むこともできますし、 低学年なら1日に5人、高学年では1日に10人など、 自分のペースに合わせて読み進めていくことができます。 「朝の読書」におすすめの1冊です。 ◆◇◆ 主な目次 ◆◇◆ ☆第1章 大昔の世界へ 大昔から伝わる「知恵」を知る旅 ☆第2章 昔の日本へ 戦乱の世を生きた「力強い考え」を学ぶ旅 ☆第3章 昔の世界へ 忘れてはいけない「かけがえのない心」を思い出す旅 ☆第4章 近代の世界へ 明日をつくる「未来への夢」を得る旅 ◆◇◆ 著者からのメッセージ ◆◇◆ 名言には、昔の人たちや、現代を生きるヒーロー、ヒロインたちの知恵や思いが凝縮されています。 ですから、名言を知るということは、 すぐれた知恵や考えを学ぶということなのです。 たった一つの名言を知ることで、 悩みが消えてなくなったり、進むべき道が見えてくることがあります。 もし、この本で名言が好きになったら、 もっともっと、たくさんの名言を探してみてください。 名言は、きっと、あなたにたくさんのことを教えてくれるはずです。 名言マスター 西沢 泰生(にしざわ やすお) ※ 本書は、2014年発行の『10分で読める 一流の人の名言100 偉人たちの言葉を学ぶ旅』を元に、 加筆・修正を行ったものです。
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-台湾、日本、中国を股にかけ、革命の戦いに人生を懸けた男、史明。中国共産党と台湾国民党を相手に戦い続け、理想を追い続けたその波乱に満ちた日々を振り返る冒険譚には、血沸き肉躍ること必至。100歳を超えてなお、現役の革命家として躍動する「台湾独立のゴッドファーザー」を描き出すノンフィクションが登場。この男、全身革命家!!! 台湾、日本、中国を股にかけ、革命の戦いに人生を懸けた男、史明。 100歳を超えてなお、現役の革命家として躍動する「台湾独立のゴッドファーザー」が人生を語るノンフィクション……この男、全身革命家! 刊行に寄せて 中華民国第14代総統・蔡英文からのメッセージ はじめに 稀代の名優 第1章 暁の風 アーマとアフイの輝ける日々 /憂国のヒーロー・蒋渭水 /「サスケ」と武士道 /「行きたがっている若者は行かせなさい」 /優雅なるかな学生貴族 /マルクスボーイ、大陸へ 第2章 紅い潮 「スパイ・林明」の暗躍 /親父はアヘンで人助け /断腸のパイプカット /日本が負けた、ふるさと日本が…… /アヘン密売で資金調達せよ /そしてふたりは北京で恋に /いざ、憧れの「解放区」へ/ゲリラ戦を生き延びろ!/解放軍幹部への道 /消費されていく台湾兵 /鄧小平、「台湾隊」結成を指示 /「人民裁判」という名のジェノサイド /邯鄲の夢さめて、決死の逃避行 第3章 刃の山 それでも「働いたら負け」 /吹き荒れる密告と弾圧の嵐 /蒋介石を暗殺せよ! /逃亡者 /われ、バナナと共に去りぬ /政治亡命、ふたたびの日本 /餃子の屋台が大当たり /渾身の『台湾人四百年史』 /銀行とヌードルでズタボロに /さらば協子 ◆協子が振り返る、革命家との20年――陳麗貴・平賀協子 共産党の甘いささやき /日本の台湾独立運動 /国民党の巧みな懐柔作戦 /孤高の武闘派 /尖閣経由で台湾密航 /2度の蒋経国暗殺未遂 ◆シュヴァルツコップに魅せられたロマンティスト――金美齢 盧仔と光枝 /逮捕・尋問・自白・断絶 /アメリカ横断講演ツアー 第4章 蘇る魂 祖国よ、40年ぶりの台湾よ /騒がしかろうが街宣カー /高速封鎖で実力阻止 /奇蹟的に生還、蔡英文との出会い /生きていた伝説 ◆史明先生の闘いは失敗ではない――林飛帆 おわりに 「台湾独立」を叫ぶべからず 年表─革命家・史明 100年の軌跡
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-「明智の者は、どのような場に立とうとも、決して己の信念を曲げぬものでござる。そのために、身が滅びようとも、家が滅びようとも、それが生きるということでござる」――叔父・光安の言葉を胸に、陥落する明智城を後にした光秀。その二十数年後、光秀は信長のもとで異例の出世を果たし、一介の牢人から三十四万石の城主にまで上り詰めていた。激動の時代の中、天下万民の幸福を心から願い続けた光秀。天才であるがゆえに、徐々に独善に陥りはじめる信長との関係に、迷い苦しみながらも、ついにある一つの決意に辿り着く。そして、その決意は時代を大きく動かした――。2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公となる明智光秀。混迷する時代の中でどう生きるべきなのか? 本当の「信念の在り方」とは何なのか? 一人の人間として、武将として、組織人として、己の信念を貫き通した男の人生を爽やかに描ききった、現代人にも読んでもらいたい著者渾身の一冊。
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-阪急電鉄・宝塚歌劇団・阪急百貨店・東宝をはじめとする阪急東宝グループの創業者「小林一三」。本書は、宝塚歌劇・デパート・宝塚温泉・動物公園・全国中等学校優勝野球大会など大衆を魅了する、小林一三の商売の原点がわかる一冊。「阪急王国」の創始者が贈る値千金の言葉。『大衆第一主義』の実現を目指し阪急沿線の開発や宝塚歌劇団など画期的なアイデアで次々成功させた小林一三流 事業成功の秘訣を探る! 無名の銀行マンだった小林一三が、「私鉄経営の祖」「再建王」と冠されるようになった。その一歩先を読む想像力、不退転の行動力はどこからきたのか?
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-時は、四〇〇年続いた中国殷の時代末。周の国で、魚が釣れるはずもない真っ直ぐな釣り針を水面の上に垂らし、幾日も川辺に佇む老人。その老人の噂を聞いて会いに赴いた周の文王は、一目会っただけで、先君の太公が予言した、周に興隆をもたらす大賢人と見抜き、軍師とした。その老人は、太公が待ち望んだということから、「太公望」と尊称された。太公望は、文王とその子武王に仕え、比類なき軍略と、ときには権謀術数をも自在に駆使して周の国力を増強させ、強勢を誇った殷帝国との戦いに勝利をもたらし、周に覇をとなえさせた……。後世、兵法の始祖とも称された太公望。のちに項羽を倒して漢帝国を樹立した劉邦の軍師張良も、太公望の兵法書といわれる『六韜』から得た軍略で劉邦に勝利をもたらしたと伝えられる。本書は、そんな伝説に彩られた史上最高の軍師太公望の叡智に溢れた生涯を、雄渾な筆致で描き出した長編歴史小説である。
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-菊池成孔、大谷能生推薦!「ジャズ・ダンス・マエストロの本」という小ジャンルの本ではない。ジャズ史全体、そして20世紀前半のアメリカ大衆文化の全てを包括した大ジャンルの本である。――菊池成孔ジャズとダンスの天国的蜜月時代。世界ではじめてエアステップが踏まれたフロアに立ちあう興奮!――大谷能生フランキー・マニング、彼はリンディホップの生きる伝説であり、その発展にもっとも貢献したダンサーである。リンディホップはニューヨークのハーレムで生まれ、1920年代~1940年代にアメリカのみならず世界各地で流行したカップルダンス。カップルダンスといっても、社交ダンスのような、ゆったりとしたダンスではない。女性を持ち上げて回転させたり、放り投げたりという激しい動きが特徴である。この流行の陰には、フランキー・マニングという一人のダンサーの存在があった。彼の激しく、独創的で遊び心あふれるステップは見る者に驚きと興奮を与え、革命的に世界中のダンスシーンを変えたのだ。本書には、彼がダンスチーム「ホワイティーズ・リンディ・ホッパーズ」の一員となり、様々なコンテストやショーに出演し、映画やブロードウェイにも出演していく彼の華々しい経歴、カウントベイシーやビリーホリディらジャズミュージシャン達との交流、そして、激しい人種差別や戦争などに苦しむ中でダンスを愛し続けるフランキーが生々しく描かれている。後年、トニー賞も受賞した彼の半生を綴るとともに、ダンスシーンの歴史と文化の変容を追う。
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-2019年5月1日、第126代天皇に徳仁親王が即位。憲政史上初めての、先の天皇の生前退位による代替わりである。新天皇のこれまでの道のりは決して平坦なものではなかった。お世継ぎのプレッシャー、今に続く雅子さまの「適応障害」、愛子さまの不登校、先の陛下とのコミュニケーション……。これらの課題に新天皇はどのように向き合ってきたか。間近で見てきた元「番記者」が、印象的なエピソードとともにその素顔に迫る。 目次 第一章 新天皇の素顔 第二章 オランダ静養 第三章 ご結婚 第四章 天皇への道 第五章 山とジョギング 第六章 発言にのぞく思い 第七章 水問題 第八章 皇太子時代の仕事
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-愛されるために何をする? 20世紀を風靡した悩殺の映画スターの素顔から学ぶ、「魅せる」人になるということ――。無邪気でセクシーな稀代の女優、マリリン・モンロー。「世界の恋人」と謳われた彼女の魅力は、今もなお人々を惹きつけてやみません。完璧なまでの美しい肉体と天才的なエンターテインメント性を持つ彼女は、ともすれば「可愛くてちょっと頭の弱いブロンド娘」ととらえられがち。しかし彼女にしてみれば、そのイメージすらも、愛されるために築き上げたひたむきな努力の証だったのです。本書では、モンローが残した60の言葉から、世界を魅了することを真剣に目指した彼女の新たな側面を描き出します。愛されながら、ひときわ輝く女性になるためのヒントをくれる1冊。 【項目例】●本物の女優になりたいのよ。お金や名声はどうでもいいの。 ●私は女としては失格よ。 ●2+2が4でなくてもいい、ということがわかって良かったわ。 ●私たち、地上にいる数少ない星は、ただ、輝いていたいだけなのです。
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-明治、大正、昭和の前半に至るまで活躍した人物・本多静六。日比谷公園などの設計、国立公園の設置に尽力し、「日本公園の父」と称される。そのかたわら、「4分の1天引き貯金」と1日1ページの原稿執筆を実践する独特の生活哲学と山林、土地、株の売買などで巨万の富を築いた蓄財家として知られる。しかし静六は天才肌だったわけではなく、天賦の才がないと自認していた。それ故に、「人生即努力、努力即幸福」をモットーにして、努力に努力を重ね、結果として成功することができた。本書は、多くの成功者の座右の銘、手本になってきた本多静六の成功哲学のエッセンスを、主要な書籍から抜粋し、どこからでも読めるような形で再編集して紹介する。混迷の時代、指針なき時代だからこそ、必須の実践哲学!
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-戦国屈指の人気を誇る武将・長宗我部元親。半農半兵の一領具足を巧みに戦へと動員し、見事、四国全域にわたる領土拡大を果たし、天下取りの野望を抱いた知勇兼備の名将である。ここ数年の戦国ブームにともない、元親の知名度は急上昇中だが、「まだまだ逸話などが断片的に伝わるだけで、詳細がよく分からない」というのが現状ではないだろうか。本書は、元親がもっとも輝いていた「土佐統一戦から四国統一戦」に焦点を当て、その魅力のすべてを、独自の愉快なキャラたちがユーモアたっぷりに分かりやすく紹介する、新感覚歴史読本である。各章末には通説とは異なる新説を紹介する「コラム」を掲載し、また、巻末には一族・家臣はもちろん一般的にはあまり知られていない四国内の関連武将も多く取り上げた「人物事典」や、一度は訪れてみたい元親ゆかりの名所を厳選して紹介する「関連史跡」など、元親ファン垂涎の情報満載の一冊!