人物評伝の検索結果
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幕末に散った男たちの行動学
歴史には必ず、後世の私たちから見ると、「ひょっとしたらあなたは、この役割だけのために生まれてきたの?」と思わず問いたくなるような、究極の運命をもった人物が現れる。周布政之助、岡田以蔵、梅田雲浜、平岡円四郎、原市之進、徳川家茂。本書に登場する6人の人物たちは、将軍の家茂を除いて、いずれもそんな運命の持ち主だ。長州藩のために忠義を尽くそうとするものの、周囲に理解されないため憤死する周布政之助。武市半平太のために生き、武市半平太のために人斬りを行なった岡田以蔵。徳川慶喜に仕え、“頭脳”好みの慶喜を陰から操った男、原市之進。一橋時代の慶喜に重宝され、公武合体のブレーンとして辣腕をふるった平岡円四郎。本書は、「使命感」に殉じた男の生涯を組織と人間を描くことに卓越した著者が、真正面から描ききった評伝集である。6人の足跡から、われわれ現代人が何を為し、何を為さざるべきかを考える一冊。 -
鬼の帝 聖武天皇の謎
聖武天皇といえば、藤原不比等の孫であり、藤原氏に操られた「傀儡天皇」のイメージが強い。しかし、本書の著者の視点は異なる。聖武天皇は、歴史の敗者や闇の世界の人々(鬼)を取り込むことで、権力と対等に向かい合おうとした「鬼の帝」ではないかと推測する。また、日本の歴史の基層を築いたのは、藤原氏ではなく、聖武天皇その人にほかならないともいうのである。その一つの例が、天平12年10月26日、わずか400の兵をともに、忽然と平城京から姿を消し、伊賀、伊勢、美濃、不破、近江をめぐり、恭仁京、紫香楽京、難波京とわたり、平城京に遷都したのは天平17年5月。この足かけ5年にわたる「迷走」である。乱に対する恐怖からの逃走と捉える説もあるが、ある時から藤原氏による聖武天皇のコントロールが効かなくなっていることを考えると、この「迷走」の真意さえ謎なのである。気鋭の作家が聖武天皇の正体に迫る、古代史ファン垂涎の一冊。 -
「三菱」の創業者 岩崎弥太郎 不屈の生き方
先が読めない時代こそ、豪胆に逞しく己を貫け!欧米列強のアジア侵略の脅威が迫る幕末に土佐の貧しい地下浪人の家に生まれた弥太郎。海運・貿易・殖産による富国強兵策を積極的に推し進める参政・吉田東洋に見いだされた彼は、藩貿易、先進技術の導入を求め、長崎へ。数々の苦難に見舞われ雌伏の時を経るも、時代は彼に活躍の舞台を与え、海援隊・坂本龍馬に引き合わせた。後藤象二郎とともに龍馬を援け、薩長同盟、大政奉還の実現に奔走する。やがて龍馬の志を引き継ぎ、三菱を創業、日本の海運・貿易を担うまでに。本書は、己の信念を貫き、近代日本の夜明けを雄渾に生きた男の生涯を描き上げる。【本書の内容】長崎に眩惑する弥太郎/吉田東洋暗殺犯人の追跡/龍馬と海舟と隆盛/龍馬と長崎の亀山社中/後藤象二郎の登場/弥太郎と海援隊/弥太郎の談判と龍馬の死/明治の新風に躍動する/台湾征討から西南戦争/多角経営と十四年の政変/巨星、墜つ -
司馬遼太郎の幻想ロマン
『坂の上の雲』『竜馬がゆく』など大衆的な歴史小説家としての司馬遼太郎はよく知られているところ。また、独特の史観で書かれた数々の評論、随筆も物故後の今も多くの読者を得ている。だが、初期の作品群『ペルシャの幻術師』『戈壁の匈奴』等を読むと、司馬は卓越した幻想小説家であったことがわかる。大衆歴史小説家のイメージとは異なる、司馬のもう一つの作家性に秘められたものとは何だったのか。本書は、司馬遼太郎が遺した爛熟の幻想世界の秘密に初めて迫る評論である。【目次】はじめに/第一章 司馬遼太郎の人と文学の原風景・竹内街道(大道)/第二章 “辺境史観”によって、遠い祖先のルーツをさぐる/第三章 幻想小説(一)―雑密(雑部密教)と役行者/第四章 幻想小説(二)―純密の世界と雑密の世界を映し出す司馬文学の真骨頂/第五章 幻想小説(三)―山伏、忍者、幻術師の関連/第六章 幻想小説(四)―散楽雑伎(戯)と幻想小説のおもしろさ/あとがき/本書関連の司馬遼太郎略年譜 -
倫敦から来た近代スポーツの伝道師 お雇い外国人F.W.ストレンジの活躍(小学館101新書)
日本に近代スポーツを広めたお雇い外国人! 明治初期、日本の近代化を一気に推進させる原動力になったのは、欧米から来日した各分野の専門家たち-お雇い外国人-である。スポーツの世界では、英語教師として明治8年に来日したイギリス人F.W.ストレンジが、日本初のスポーツ紹介書を出版し、スポーツマンシップを説き、運動会を開催してこれを各地に普及させ、さらに「部活」のシステムを作りあげた。 当時の学生たちは日本の発展のために寝食を忘れて勉学に励み、運動どころではなかった。しかしストレンジは、スポーツを楽しむことで培われる健全な肉体と精神こそが、日本を背負う人材の育成に不可欠であると考え、逆境の中で粘り強くボートや陸上競技などを学生に教え続けたのである。 スポーツを通じて日本の近代化に大きく貢献し、今も多くの日本人が楽しんでいる運動会や部活の基盤を築きあげた、日本近代スポーツの父と呼ばれているお雇い外国人の奮闘ぶりを活写する。 -
反逆者たち
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 いつの時代でも新しい時代を拓いたのは「反逆」のエネルギーだった! 江戸時代から昭和期までの十人の先達を選び、彼らはなぜ「反逆の道」を歩んだのか、その時代背景と彼ら十人の心情を解析する。 本タイトルは、レイアウト固定型の商品です。 ・フリースクロール(リフロー)型でないので、文字サイズの変更、フォントの変更ができません ・マーカーは付けられません ・テキスト検索はできません ・推奨端末はPCかタブレットです(スマートフォンは推奨いたしません) 以上ご確認のうえご購入ください。 -
歌ひつくさばゆるされむかも
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 自分の生きた証しを世に残そうと、 歌うこと、書くことに全力を尽くした。 自己を見つめ煩悶し それらを何の虚飾もせずに、歌を神として、訴えた。 ……葭子の歌は何度読んでも新鮮に思える程、 決して色褪せない。 読む人のさまざまな心の角度に触れて プリズムのような光を発するのだ。 「エピローグ」より 三ヶ島葭子(みかじま・よしこ) 1886年生まれ1927年没。本名 倉片よし。 埼玉県入間郡三ヶ島村(所沢市)に生まれる。埼玉女子師範中退。 明治41年に東京西多摩小宮村小学校で代用教員になる。 42年新詩社へ入社。45年青鞜社同人になる。 大正5年「アララギ」入会、島木赤彦に師事。 のち古泉千樫の門に入る。 大正13年「日光」参加創刊。 『吾木香』『三ヶ島葭子全歌集』などがある。 本タイトルは、レイアウト固定型の商品です。 ・フリースクロール(リフロー)型でないので、文字サイズの変更、フォントの変更ができません ・マーカーは付けられません ・テキスト検索はできません ・推奨端末はPCかタブレットです(スマートフォンは推奨いたしません) 以上ご確認のうえご購入ください。 -
ニッポン奇人伝
「奇人とは、稀人であり、貴人でなければならない」と本書は規定する。永井荷風、坂口安吾をはじめとする作家、中江兆民、石原莞爾、阿部定など明治から昭和までの多士済々。独創性や個性、「貴」なるものを排除する日本に稀な人々。 -
小野小町論
ある作家の文学的才能と選ばれたテーマとの幸運な出会いというものがある。その時、作家の資質に情熱がこもり、美しい作品として結晶する。本書はまさに、そういう珍しい例のひとつ。探偵小説の翻案、「萬朝報」創刊者として知られる。 -
瞳さんと
直木賞作家・山口瞳夫人が初めて明かす「本当の瞳さん」。 2人は昭和21年に、開設されたばかりの鎌倉の学校で出会った。大恋愛の末、2人は結婚。小さな出版社の編集者だった夫はその後、サントリーの宣伝課に転職する。大企業に入れたことで安穏とした、小市民的な生活を手に入れることができたと妻は安堵していた。ところが、週末の夜に社宅の寝室兼居間で書いていた『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受賞。作家に転身し、安穏とした生活が一転する……。19歳と18歳で出会ったときから別れまでを、妻しか知りえないさまざまなエピソードをまじえつつ、夫がそのとき何を悩み苦しみ、何を喜んだのか――妻の視線で直木賞作家・山口瞳の素顔を綴った。 -
[新装版]坂本龍馬の人生訓
28歳で土佐藩を脱藩し、33歳で暗殺されるまでのわずか5年間で日本を大きく変えた革命児・龍馬の人間観、世界観、人生観。土佐の町人郷士の次男として生まれた龍馬。当時の土佐藩は、他藩以上に身分差別の激しい土地柄であった。同じ侍の中でも上士と呼ばれる層と下士と呼ばれる層には毅然とした差別が存在しており、龍馬の生まれた坂本という家は、藩老福岡家の預かりではあったが、あくまでも下士に属する層であった。龍馬が脱藩して自由な志士になった経過には、こういう差別の手かせ足かせが多かった土佐藩に嫌気がさしていたこともあっただろう。そして龍馬は脱藩した。龍馬に魅了された精鋭なる人々と幕末の混乱した時代を拓く新しい鉱脈を求めて“第三の道”を発見する。行動の人、愛の人、そして人生の師、坂本龍馬の人間学。 -
津村節子 私の歩んだ道
80歳を過ぎても輝き続ける作家津村節子。芥川賞、女流文学賞、日本藝術院賞など数々の受賞歴に2011年新たに川端康成賞と菊池寛賞が加わった。中でも菊池寛賞の対象となった「紅梅」は夫で歴史作家の吉村昭氏のがんとの闘病生活と壮絶な死を、冷静で強い筆致で描き話題作となった。昭和初期に福井市で生まれ、若くして両親をなくし上京。.小説家を目指した学生時代に吉村氏と結婚、作家夫妻として競い合い、助けあってきた。この「津村節子私の歩んだ道」は故郷福井の思い、作家を目指したこと、吉村昭氏への思いつづった福井新聞での連載を電子書籍化した。津村さんにとって初めての電子書籍。幼いころからの写真や夫妻の歩みなど写真編として掲載した。 -
谷啓 笑いのツボ 人生のツボ
ワハハ本舗主宰者の喰始(たべ・はじめ)が人間「谷啓」に迫る、未発表・最後のロングインタビュー! のんびりしたやりとりなのに、静かな迫力があるんですよ。おとなってのは、おそろしいものです。-糸井重里 2010年9月11日に78歳で亡くなった俳優・コメディアンの谷啓。戦後のジャズとの出会い、クレージーキャッツへの参加など、内容は多岐にわたり、生き方、趣味、老後など、さまざまなテーマについてひょうひょうと語った、珠玉の対談集。 ◎主な内容◎自然体ってなんだろう/ジャズとの邂逅、映画の夢/僕は一番クレージー?/お客はすごかった/クレージーキャッツとドリフターズ/ホステスと芸者/植木等はすごい!/一生懸命と適当 ほか 【著者プロフィール】1947年生まれ、高知県出身。日本大学芸術学部在学中に『ゲバゲバ90分』にて放送作家としてデビュー。『カリキュラマシーン』『天才タケシの元気が出るテレビ』など、多くの番組の脚本を執筆。1984年に設立した劇団WAHAHA本舗を主宰し、作・演出も手がけている。 -
田中角栄は死なず
小沢一郎の政治手法、選挙至上主義の原点である田中角栄元総理の功罪を書いた累計30万部のベストセラーがJ-CAST BOOKSから電子書籍として復刊!本書は、当時朝日新聞の記者であった、J-CASTニュース発行人の蜷川真夫が田中後援会の越山会をルポし、支援者たちのナマの声とエピソードをふんだんに集めたものです。1976年に山手書房、1983年に徳間文庫で出版されています。その後の田中エピソードが加筆され、当時の選挙ビラや後援会報、田中判決の号外などの資料も掲載されています。(資料は下巻)まえがき、あとがきは小沢氏へのメッセージも込めた書き下ろしです!