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Posted by ブクログ
無敵、というと、めちゃくちゃ強い若者の話、と思うが、そうではない。
今の若者、22歳、大学生、就職前の若者に大学教授として直に接している著者が、
繊細で脆い若者の実態を、アンケート結果も踏まえながら明かしていく。
少子化の原因は少恋愛化と分析し、さらにその原因を
正解主義
と看破する。
今の日本、正解主義が跋扈している。
めちゃくちゃ窮屈だ。
子供のころから親に、社会にこれは正しい、これは正しくない、と指示され、
中高一貫校で受験テクニックを学び、上位の大学に入り、安定した会社を選ぶ。
正解、があるかのように。
しかしそこに結婚の正解はない。
以前だったら結婚、出産、家族、、も当然レールが引かれていたが、
それは社会の変化、女性進出もあって消え去った。
結果、大学を出てからは正解がなくなる。
いや、官僚や一部のエリートはいまだ出世街道をめざしているのかもしれないが、
それは、もはや実力、というより、政治、誰に寄り添うかで決まるような、、
誰も社会のことを考えていない。
バブルが崩壊し、日本が停滞を始めた30年前から、
沈む船の切っ先に残ろうとする輩だけが目立つようになる。
団塊の世代がピークを過ぎ、人口が減りだし、いよいよ日本に復活の目がなくなる。
そんな中で育つ若者、いたしかたなし、か。
しかしその一方で、今の若者の行動、メンタルは、実は、間もなく定年65歳の
私の若い頃も大して変わっていなかったような気もする。
小学校では優等生、進学校に入って鼻をへし折られ、上級生の女子と口がきけず、
大学でも悶々とし、、でも結婚だけは早かったな。
あ、会社に入って、「このままでは成長できない。世の中で通用しない」と思うのも
今の若者の考えに共通しているかも。
でも悶々としてた。ずっと。
吹っ切れたのはいろんな縁があって転職してマラソンを始めてから。
そ、若者は今も昔もこんなもの、かもしれない。
捨てたもんでも、悲観したものでもないかもしれない。。
ただ、、、少子化の加速はやはり問題だ。
それは若者の考えの問題だけではないのかもしれない。
社会、性の環境、、、
いまを考えるためにはいい本ではあった。
第1章 安定志向が止まらない
第2章 今の子たちは窮屈でかわいそうな存在か
第3章 「がんばるくらいならこのまま衰退していい」6割
第4章 理想の上司はとにかく全部わかりやすく教えてくれる人
第5章 気づかい世代の40、50代と「鬼つよメンタル」の20代
第6章 男子はこっち、女子はあっち -
Posted by ブクログ
シュメル人とは、古代メソポタミア文明の最古の時代(前3500頃~2000頃)に存在した民族系統不詳の人々である。その言語、シュメル語は孤立した言語と見られ、前二千年紀には話者のいない死語になっている。
彼らの使っていた言語は、歴史の教科書に出てくるような、粘土板に刻まれた楔形文字で書き表された。シュメル語は完全に解読されており、古代の人々が紡いできた物語もそこから読み取ることができる。
その中の「シュメル神話」は、オリエントの神話や旧約聖書にも影響を与えている。「ギルガメシュ(ビルガメシュ)叙事詩」や大洪水伝説などがその代表である。
本書では、そうしたシュメル神話の歴史的背景と合わせて、神話自体の内容も紹介する。
神話は「詩」の体裁であり、数行が少しずつ内容の異なる繰り返しの語句からなる「重複文形式」となっている。これは口承文学であり、「朗誦」を前提としているためである。聞き手の耳に心地よく響き、物語の世界にいざなう効果があるのだろう。例えばこういった調子である。
古(いにしえ)の日々に、古の日々に、天と地がつくられたときに、
古の夜々に、古の夜々に、天と地がつくられたときに、
古の年々に、古の年々に、運命が定められたときに、
シュメルの神々が生まれ、女神たちが娶られ、女神たちは天と地に分けられた。
全体として非常に興味深く読んだ。
「ノアの洪水」につながるような大洪水伝説は、なるほどメソポタミアの湿地帯で生まれたものとすれば理解しやすい。
シュメル神話では、人間は神の代わりに働く存在として、粘土から作られている。シュメル人は粘土からレンガを作って建物を建て、粘土板に文字を刻んだ。シュメル地方には石材も木材も鉱物資源もなかった。どこにでもある粘土を使うという発想はごく自然なものだったのだろう。
おもしろい概念に「メ」というものがある。神々が定めた掟であり、守るべき規範なのだが、一方で、宝冠や衣装のように身に着けたり、玉座のように座ったり、また持ち運んだりもできるものだったという。
通常は、神の中でも位の高い全知全能の神エンキが所有している数々の「メ」。ある時、エンキの元を、娘の神イナンナが訪れ、酒宴となる。ご機嫌になったエンキは次から次へとイナンナに「メ」を与えてしまう。英雄的精神、強気心、邪気、正直、都市略奪、哀歌詠唱、歓喜の心、反逆地、和平状態、家具づくりなどの手仕事、理解力、荘重なる沈黙、などなど(何だか脈絡がないのだが、そこは口承文学というところである)。たくさんの「メ」を持ってイナンナは意気揚々と帰っていく。酔いが醒めたエンキは顔面蒼白である。取り戻さねばと慌ててイナンナを追いかけさせるのだが、さて、ことの顛末やいかに。
このイナンナ女神でもう1つおもしろいのは、「イナンナ女神の冥界下り」と呼ばれる物語である。
イナンナはある時、冥界に興味を持ち、行ってみようと思い立つ。神殿を捨て、女神にふさわしい7つの「メ」を身にまとって出かける。冥界の女神、エレシュキガルによって殺されるかもしれないことを恐れ、従神のニンシュブル女神に「帰ってこなかったらほかの神に助けを求めるように」と言い置いていく。
冥界の7つの大門を通るたび、イナンナの「メ」は剥ぎ取られる。最後の門をくぐったときには全裸となってしまった。女神エレシュキガルは玉座からイナンナに「死の眼差し」を向け、イナンナは死骸となって鉤に吊るされてしまう。
イナンナが戻らないため、従神は神々に助けを求める。どうにか帰れたイナンナだが、これは条件付き。誰か身代わりが必要なのだ。自分に身近なものを身代わりに冥界に送ろうとするイナンナだが、誰もかれもイナンナの死を悼んでいて、身代わりにするには忍びない。ところが、イナンナの夫が死を悲しむことなくきらびやかに着飾っているのを見つけてしまい、イナンナは激怒する。こいつを身代わりにしよう!と思うのだが、果たして。
冥界行きの神話はさまざまあるが、これは古い形の1つなのだろう。いずれにしても一度行くとおいそれとは帰ってはこられないのが冥界である。なかなかおもしろい。
シュメルの都市はその後、崩壊する。これを描くような神話もある。
神々の取り決めで、都市の滅亡が決まる。都市の王たちは敗北し、人々は町から追われる。都市も城壁も瓦礫となる。神々はそれまで守護していた都市の滅亡を目の当たりにし、大声で嘆き悲しむ。しかし、一方で、新たに来た人々が都市を再建するのを見守ってゆくことになる。
王朝は代替わりするが、都市は死なないのだ。
1つの民族が滅びれば、神話も変わりそうなところだが、シュメル神話はシュメル人以後の人々にも語り伝えられており、学校で教えられた記録もある。敗者の神話は、ある種、哀愁をたたえながら鑑賞されていたものだろうか。
物語としても強い力を持つ神話群。さまざまに形を変えながら、長い年月を生き延びていくことになる。
*イナンナ、アッカド語ではイシュタルで、アガサ・クリスティの『ミス・マープルと13の謎』の「アシュタルテの祠」に出てくるアシュタルテの別名ですね。シュメル神話やそれに関連する物語は、欧州圏では比較的なじみ深いものなのでしょうか。 -
Posted by ブクログ
落合博満さんの監督・指導者としての考え方だけでなく、仕事や人生への向き合い方についても学べる一冊。
特に印象に残ったのは、自分にできることを正しく認識し、できないことは努力して身につけ、できるようになったら質を高めていくという考え方だった。その過程を積み重ねることで、今の仕事が自分に合っているのか、それとも別の道へ進むべきなのかも客観的に判断できるようになるのだと思う。
指導については、今いる選手をどう育て、どう生かすかがチームづくりの基本だという言葉が心に残った。欠点だけを見るのではなく、長所が欠点を補う可能性を信じること。指導者が答えを押しつけるのではなく、選手自身が必要性を感じられるように関わること。将来、陸上競技の指導に携わるなら大切にしたい姿勢である。
また、仕事や組織では、自分と同じ能力を持つ人だけでなく、自分にない「色」を持つ人を生かすことで、より良い成果が生まれるという考え方にも共感した。
今の仕事に迷いはあるが、まずは目の前にある仕事に取り組み、自分のできることを増やしたい。その一方で、自分の陸上経験や指導力を生かせる道も探し続けたいと思う。
選ばなかった未来を見ることはできない。だからこそ、過去の選択を悔やみ続けるのではなく、自分の歩んできた道を受け入れ、「今の自分には何が必要か」を考えて行動する。
自分の人生を采配できるのは自分だけ。一度きりの人生に悔いを残さないよう、自分の進むべき道を探し続けたい。
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