関口英子のレビュー一覧
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ローマ帝国、トラヤヌス帝治世下。反映の絶頂期を迎えた首都ローマの人々の一日の生活を著者が24時間密着レポート!という趣向で綴られた本書。企画の勝利、というのは簡単だが、最新の考古学的研究の成果を基にした実に綿密な考証で、今の我々が得られる最大級の古代ローマのリアルをここに出現させている。
衣食住はもちろんのこと、裁判、教育、娯楽、果ては公衆トイレや性生活まで、時に現代社会と照らしあわせて語られる古代ローマ人の姿は、人々の匂い、体温まで感じられそうなまでのリアリティーをもって迫ってくる。
中でもP.207から始まる奴隷についての著述には考えさせられた。古代ローマと現代を照らしあわせて考 -
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ブッツァーティは、『タタール人の砂漠』と『待っていたのは』を以前に読んだ。
あまりにも『タタール人の砂漠』が名作で、ブッツァーティの深い思索の集積をみた気がした。
『待っていたのは』は、河出書房新社から出ている短編集で、光文社から出ている本書と重複している短篇もいくつかある。
本書はブッツァーティの残した膨大な短篇のなかから代表的なものを選び二十二篇を編んでいるもの。
そのうち、十篇は未邦訳である。
『タタール人の砂漠』は、いつ攻めてくるやもしれぬタタール人の襲撃に備え、辺境の砦でそのときを待ち続ける兵士を細かい筆致で丹念に描く。
兵士とともに読み手をこれでもかこれでもかと待たされ、、 -
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どんな物語も、「入り口」があって「出口」がある。
グリム童話やピノッキオなど、あれ?これどこかで?というモチーフをロダーリがアレンジした入り口が用意され、その先の結末が3つ用意されている。
始まり部分を読んで、自分だったらこの先をどう作るかな、と考えてみたり、用意された3つからどれが一番好きか、考えてみたり。
巻末で、ロダーリ自身だったらこれにする、という回答とその根拠をあげる。
ロダーリだったらどの結末にするのか、ということより、その根拠のほうが、なるほどこういう理由でこれを選ぶのか、と、面白い。
何もないところにお話を作っていくのは、制限がなくて自由奔放のようでありながら、入った以上、 -
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戦後のイタリアで本当にあった慈善事業。
復興に差のある南から北へ
貧しい世帯の子供たちを預けるため
列車をしたてて送ったのだそうです。
ナポリでシングルマザーに育てられている
8歳のアメリーゴも、そのひとり。
母親に捨てられたのでは…という気持ちと
見たことのない都会への憧れと。
アメリーゴの他に、同じ街に暮らしていた
同年代の子供たちも行くのですが
ナポリに帰りたがる子もいれば
二度と戻らないという子もいる。
アメリーゴも「家庭」の暖かさに触れ
将来の夢まで考えることができるように。
そして、母親のもとに戻ったあと…。
受け入れてくれる里親家庭は
本当に善い人たちだけど
そこの家の子にし -
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信仰心の希薄な住民たちの村に現れた奇妙な犬をめぐる表題作をはじめ、幻想、寓意、不条理、ブラックユーモア、痛烈なアイロニー、そしてひと匙のペーソスの詰まった22編。
ブッツァーティ作品では「七階」と「待っていたのは」(未収録)しか読んだことがなかったため、作風も概ねそういうイメージを抱いていたが左に非ず。確かに「コロンブレ」「七階」「呪われた背広」「病院というところ」「戦艦《死》」などの幻想的で不条理な中に皮肉や風刺、時に黒い笑いすら利いており、冷戦下という当時の国際情勢を皮肉った「アインシュタインとの約束」「一九八〇年の教訓」「秘密兵器」は星新一などのSSを思い起こさせ、「グランドホテル -
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