関口英子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
~ お借りした単行本の感想(2021年) ~
ヴィヴァルディが亡くなった。残された手稿譜は時の流れに埋もれてしまう。その重要性を知らないものの手にあったり、大切に保管されていたり大事な人の記念の銘を冠されたり。その楽譜が世に出た時、関わった人のみが知る履歴は埋もれてしまったのだろう。不完全ながらも大まかな来歴が見えた時、苦労を重ねた関係者は天国でほっとしているのか、少し悔しく思っているのか……
最後の関係者はジェンティーリ、イタリア人種ではないため教職を追われ、多くのユダヤ人のように逃亡生活に入る。その時目にした新聞には「ヴィヴァルディの楽譜発見」の記事。発見者とされるのは……
それでも ヴィヴァルディの音楽は
美しい 美しい う つ く し い
1740年から1780年、1893年、1922年から1927年を行ったり来たりしながら物語が進むので、わけがわからなくなったりしたけれど、何度読み返しても第十二章の最後の文章には涙が出てしまう
~ 文庫で再読 ~
目次を年の順に書き直したメモを片手にゆっくり読み進む
受けるイメージはそれほど変わらない
同じところで呆れ返り
同じところでほっとして
同じところで涙ぐむ
美しい音楽はそこにあった まだ -
Posted by ブクログ
たった150ページとは思えないくらい内容が濃かった。それぞれの章はほぼエッセイくらいであり、相対性理論や量子力学から見える世界観がなぜそうなのかを細かく詰めている余地はない、いわば結論と結論から見える世界の広がりに特化した本だが、表現が巧みで好奇心をくすぐる書き方になっている。センスオブワンダーのお手本。
入門レベルの話とはいえ読者を思考に促すことにかけては手を抜いておらず、時間は客観的には存在しない、熱があるところに時間は発生する、といった一見突飛もないフレーズから、時間、自我、自由といった物理学の哲学的な側面まで目配せしているため読んでいて頭の柔らかい部分がものすごく刺激される。
世界が実体のない相互作用のネットワークで、全てのものは物理法則に従うのなら自我と自由とは何なのか?という問いにその相互作用そのものが自我であり自由なのだ、とスピノザ的なアンサーを出してルクレツィウスの詩に繋げるラストのくだりはとても綺麗だった。 -
Posted by ブクログ
『遠くから吹いてくる風は、都会に思いがけないおみやげを運んでくるものです。もっとも、それに気づくのは、よその土地の花粉でくしゃみを連発してしまう花粉症の人のように、感じやすい心を持った、ほんのひとにぎりの人たちだけですが』―『都会のキノコ』
「『見えない都市』を歩く」の文章に誘われて読む。岩波少年文庫の一冊。けれど、『この本は、子どもの本なのでしょうか? 若者むけの本? それとも、大人むけの本? これまで見てきたとおり、さまざまな側面がつねに糸のようによりあわさっているといえるでしょう』、と、作家自らが解説する通り、事は決して単純ではない。もちろん、子どもの思考が単純だと言っている訳ではなく、ともするとありがちな勧善懲悪、白黒のはっきりとした物語ではない、という意味である。と、和田忠彦先生も書いていたので読んでみたのではあるけれど。
イタロ・カルヴィーノの一冊と言えば「見えない都市」かも知れないけれど、個人的には「冬の夜ひとりの旅人が」がお気に入り。どことなく多和田葉子の「容疑者の夜行列車」と重なる印象があるのだけれど、全体としてはエーコの小説を読んでいるのかなと思わせるくらいに凝った仕掛けがある一冊。もちろん空想科学小説的なカルヴィーノの小説も好きだけれど、そちらの仕掛けは何となく虚構感が強くて素直には読み解けない。一方、冬の夜ひとりの旅人が、や、見えない都市、は哲学的な思考に嵌まって脳がぐるぐるとする感じがとても良い。その対比の軸で考えると本書は哲学的な方の分類へ傾くのだけれど、何かもっと素朴なことを言っている印象に塗されてカルヴィーノの本当に言いたいことが見えにくい。
足掛け10年を費やして書いた一冊ということで、そこには何等か通底するこだわりのようなものがあるだろうとも思うのだけれど、全体の印象としては日刊新聞の四コマ漫画のような風刺の匂いこそするけれど、何かを強烈に否定している訳ではないし文明社会を批判している訳でもない。自然を愛する一見純朴そうなマルコヴァルドさんにしても、絵に描いたような子だくさんの貧乏生活を営む青色労働者だけれど、小賢しいことを考えたり、小さな悪事を躊躇なくしてみたりと簡単に肯定も否定もできない人物として描かれている。ではそんなあくせくと働き生活に汲々としている人物を見てくすりと笑っていればいいのかと言うと、如何にも都市生活の流れに上手く乗っている人々との対比の中では思わず擁護したくなる人物でもあったりするので、何となく読んでいて落ち着かない。例えば、そんな風に左右に揺さぶられるような感覚は、実は冒頭引用したこの本の始まりの文章の中に既に見出せるとも言えるのだけれど。
わざわざそんな人物とその家族の暮らしを春夏秋冬の繰り返しの中で描いてみせるのだから、作家にはきっと狙いがあったのに違いない。恐らく一番大切なことは自分たちが生きている今、自分たちを取り巻く環境や様々な人々の思惑、のようなものから目を逸らさずに、一つひとつ考える、ということなんだろう。それがカルヴィーノの言いたかったことなのかな、と思う。 -
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ネタバレとても良かった。特にエンディング。
「女は水差しだから、割った人のところにもらわれていくものなの、と母さんは言う。」という冒頭からしびれた。
男である弟は気にせず、人と話し、外に出かけ、好きなことができる。一方女性は、こうあるべきと言う制限をつけられ、頭が良いことが必ずしも良いことではない。
償い婚に、1981年まで本当にあった刑法など、現代を生きる一女性としては、頭に来る話だ。
ケーキ屋さんでオリーヴァが言った言葉が少しばかり心を軽くしてくれた。
「20年前、あなたが私に無理矢理持たせようとしたものを、自分の稼いだお金で買いに来たの。私が何を手に入れたかですって?選択する自由を手に入れたわ」
ひとりがノーといったところで変わらないことはたくさんある。それでも社会を変えていくには、バトンを繋いでいくかのように、少しずつみんなで声を上げたり、支持したりしていく必要があるのだと感じた。
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12歳のユダヤ人の少年の体験をもとにした児童書。
「何としても生き延びて欲しい……」
そんな母の切なる願いと、路面電車の車掌さんたちの善意が少年の命を救う。
ユダヤ人の彼を匿うということは、本当の意味で命を懸けた人助けであり、誰にでも出来ることじゃない。
とっさに少年を救うために行動した人たちは称賛に値すると思う。
『小さなことでもいい。ひとりひとりが自分にできることをするべきなんだ。』
少年の心には、きっとあの日の車掌さんの言葉がずっと心に在り続けていたのだろうと思います。
どんな時も他者を思いやり、自分に出来ることをする。誰もがそんな風に行動できたら、きっと世界は今よりもよくなるのにな……
“今日死ぬかもしれない”と、毎日思いながら生きている少年の恐怖体験。生きるか死ぬかの局面にあって、感じたり考えたことが描かれていました。
『たまには戦争のことなんて忘れて楽しみたい。人生のすばらしさを満喫したい』
少年時代はなかったというエマヌエーレ少年のささやかな願いが胸に刺さる。
戦争の理不尽さや恐怖ともに歴史の新たな側面も知りました。
いまだに戦争がなくならない世界。
知ることは、同じ過ちを繰り返さないためにも次の世代へ語り継ぐためにも大切だと思う。
児童書だと読むハードルが下がるので、読みやすくていいなと思いました。 -
Posted by ブクログ
幻想と寓話の短編集。ブッツァーティの長年の短編から主要な作品を集め色々なスタイルが感じ取れるようにしたという。
不安と恐怖を幻想を元に語る。かなり映像的な文章。イタリア文学界では著名。『タタール人の砂漠』が代表作で既読。『七階』は劇として上演され大きな評判を呼び映画化もされたという。画家として漫画やイラストも書たらしい。児童文学も書いていて翻訳されている。
規律の厳しい軍隊の憧れ、大自然の恐怖と何もかも包み込むその厳しさ、不条理と不安と恐怖などが構成要素にある。神・聖者が語られることも多くキリスト教文化圏の影響をかなり感じる。
イタリア幻想文学はなかなかよい。役者はロダーリの翻訳者で訳文はかなり読みやすい。
グランドホテルの廊下・神を見た犬・護送大隊襲撃・戦艦《死》。他の短編も良い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『軽蔑』『薔薇とハナムグリ』『視る男』『豹女』の次に読む。
面白かった。
むかし、映画化したのもわかる。映画化しそうなストーリーだから。ただ、映画とは異なるところもあるようだ。(映画は観てない)
自分が異常ではないかと悩み、普通であることを確かめる人生。
しかし、それは、結局のところ、リーノを殺していようがいまいが、同じ人生を歩んでしまうとわかる。純真さは誰だって失われる。
リーナとの関係が強引すぎる。
マルチェッロのやり方ってほとんどセクハラなんだけど。冷たくされて嫌がられてるのに、よくこんな行動できるなぁと。
ジュリアの愛人時代の体験もひどい。脅しとレイプである。
[プロローグ]
マルチェッロは、トカゲを殺したことから、自分は普通ではないかもしれないと悩む。
ある日、いじめにあった時、リーノという元牧師に出会う。彼は子供への猥褻罪で捕まったことがある。
13歳のマルチェッロは、いじめから逃れるため、学校で一目置かれている生徒にピストルを手に入れられると約束してしまい、リーノにピストルがほしいと頼む。
リーノはピストルはやるが、代わりに何かしてくれと言う。
マルチェッロはリーノの部屋に連れて行かれ、代わりの何かをさせられそうにやるが、ピストルを手に取り、銃口をリーノに向ける。
リーノは殺してくれと言う。マルチェッロはリーノを撃ってしまう。
その事件でマルチェッロは疑われることはなかった。
[第一部]
マルチェッロ30歳。
他の人と同じことをしているのを見るたびに自分は普通の一般的な人間であると確認して安心している。
20歳になったばかりの婚約者ジュリアがいる。
マルチェッロは諜報員の仕事が与えられる。
ジュリアとのハネムーンでパリにきている夫として、暗殺計画に関わることになる。
結婚する前にマルチェッロは告解する。初めて殺人の話を人にすることになる。
P.268
“彼のなかには悪意というものは微塵もなく、ただ己が生まれついた環境や、生きるよう定められた世界を素直に受け入れてきただけなのだ。”
“彼は宗教から外れたところにいて、たとえ己を浄化して正常に戻るためだったとしても、宗教に戻ることはできないのだ。”
母親は痩せこけて、部屋の中はぐちゃぐちゃに。運転手の愛人もいる。
父親は病院に入っていて、マルチェッロは月に少なくとも一回は訪ねている。父親の錯乱は手の施しようがないと思っている。
母親が言うには、父親が狂い出したきっかけは、マルチェッロが愛人との間の子であると思い込んだからだと言う。
[第2部]
マルチェッロはジュリアと結婚した。義母もジュリアもマルチェッロの人を殺した過去は知らないので、良い人と結婚できたと思っている。
マルチェッロは一般的なことを見つけると安心している。
ジュリアがある告白をする。15歳から6年間、弁護士の愛人だったと。レイプ、虐待に当たるが、母娘の生活を支えていたため、従っていた。
マルチェッロはそれを冷静に聞いていた。
P.285
“正常さというものは、ある種の体験を避けることによって決まるのではなく、そうした体験をいかに判断さするかによって決まるものなのだ”
マルチェッロは仕事の話をするため、オルランドと待ち合わせする娼家へ行く。
そこで、指令の変更があったと。しかし、あらかじめ決められていただろう。はめられたと思う。
クアードリと接触して、場所を知らせるための仕事で、マルチェッロがわざわざやることはないものだったが、加担させることで、クアードリ殺害の連携責任を負わせるというものだ。
ジュリアとパリへ新婚旅行。
クアードリとリーナ夫妻と会う。
マルチェッロは、リーナに一目惚れするが、リーナはジュリアを気にいる。
強引にリーナを振り向かせようとするマルチェッロ。
リーナにしつこくされて嫌がるジュリア。
計画では、クアードリが先に旅に立ち、後でリーナとマルチェッロたちが到着する予定にし、クアードリが1人の時に殺される予定だった。
しかし、リーナは嘘を言っていて、クアードリと一緒だったため、2人とも殺される。
その後、オルランドから、この任務はキャンセルされていた。無駄なことをしたと伝えてくる。
キャンセルの伝達がミスって、クアードリ事件は起こってしまった。
しかし、マルチェッロは、自分たちはどうすることもできなかったと割り切り、ジュリアと帰国する。
[エピローグ]
マルチェッロはジュリアと娘と普通に暮らしていた。しかし、ジュリアが心配し、やはりクアードリ事件にマルチェッロが関わっているのを本人から聞いて、マルチェッロが心配だと不安がる。
マルチェッロは公園でリーノに会う。彼は生きていた。
P.545 リーノの言葉
子供の頃は誰だって純真。
“形こそ異なれ、誰もがいつしかその純真さを失う。それが普通というものだろう”
マルチェッロは、リーノを殺してようが、殺してまいが、結局は同じ道を歩むのだと思う。
マルチェッロは、リーノを殺してなかったことで、またリセットされ、新しい人生が始まるような気持ちになっていた。
これまで自分は普通にならなければと必死だったが、そんなことはしなくていいのだと思う。
そして、娘の将来のことも考える。良い人生になるように。
しかし、車で家族で移動中、戦闘機からの攻撃で死んでしまう。 -
Posted by ブクログ
普段は高校の国語教師をしている、イタリアの女性作家による小説。本作はイタリア版本屋大賞に選ばれるなど、33言語に翻訳されて刊行されています。そのためか、文章は平易で読みやすかったですが、ところどころ心に刺さる場面もありました。
あらすじ
第二次世界大戦後のイタリアで、南部の貧困家庭の子供たちを、比較的暮らしの安定していた北部の家庭に送り届ける”幸せの列車”が運行されていました。そんな時、ナポリに母と二人で暮らしていたアメリーゴも、7歳のときにこの列車に乗せられて、モデナの裕福な家庭に預けられることになります……。
“幸せの列車”に乗る前と後の世界の対比が、ある意味残酷ですね。食べるのに何も困らない豊かな家庭で暮らした後、母親の住む元の貧困な家庭に帰ったアメリーゴの心の変化や葛藤が痛いほどよくわかります。母親としても、子供の幸せを願ったがゆえの里親に出したのに、貧困はいろんな歪みを生じさせてしまうものだなと思いました。
終盤では、心を閉ざしたまま大人になったアメリーゴの母親を回想する呼び方や、嘘をつくのがやたらと上手になっていたのが、”あの時”に戻すことのできない時の流れの長さと、心の傷の深さがよくわかり、とても印象的でした。ラストは未来に前向きに向かって行くいい終わり方なのが救いですね。
追記:
小説はフィクションですが、“幸せの列車”自体は、実際に1946年から1952年まで、イタリアで運行されていました。本作は、Netflix で映像化もされています。
正誤(初版)
P183の6行目
その見知らぬ猫は毛を逆立て、嵐を吹くと行ってしまいました。
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はて? “嵐を吹く”というのは、猫が「フーッ」と興奮しながら威嚇している状態でしょうか?意味は通じるのですが、訳者は埼玉県出身なので、おそらく埼玉県や北関東辺りの方言かもしれませんね。 -
Posted by ブクログ
以前、本書の著者であるカルロ・ロヴェッリの『時間は存在しない』に非常に感銘を受け、他の著作も読んでみたいと思っていたので、物理学についての入門書である本書なら気軽に読み進められそうだと思い購入。
『時間は存在しない』もそうだったように、本書を読み始めてまず感じるのは、その文体の読みやすさである。
相対性理論や量子力学も含めた最新物理学について、7つの章(講義)に分け、どんな読者でも理解できるように優しく(時には詩的に)語りかけてくるのだ。
巻末の訳者あとがきにもあるように、本書は2015年にイタリアの出版界のベストセラーランキングにおいて(科学書カテゴリではなく)総合1位を獲得したというのも頷ける。
第6回講義では、太古の昔から哲学者や物理学者の間で議論され、自分も以前から関心のあった"時間"について述べられている。
特に「過去」と「未来」に関して、著者はボルツマンの熱力学の見地から「過去と未来の間の違い(未来と過去を区別する根本的な現象)は、熱いものから冷たいものへの熱伝導である」と言い切っており、熱力学、統計力学、エントロピー理論などについてさらに興味が沸くとともに、シンプルな結論付けはいかにも物理学者らしい見解だとも感じた。
ただ、誰もが身近に感じながらもその正体を暴くことができない"時間の流れ"については、その謎を解く鍵は熱であるとしながらも、最新物理学の理論でも明らかになっておらず、ブラックホールのメカニズムが解明されれば時間の流れとは何かが判明するだろうと述べており、このような未来へのロマンを感じさせる論調が多くの読者に受け入れられたのかもしれない。
本書は第6回講義までに、数式等を使わずに最新物理学についてわかりやすく解説されており、それだけでも一読に値するが、最後の第7回講義では、人類と自然との関わりについて、人類が抱く飽くなき知的欲求の素晴らしさ、物理学を学ぶ意義などが述べられて締めくくられている。
専門分野を基に、ただ真理を追究することに邁進する学者は数多いるだろうが、それだけでなく、大局的見地、哲学的見地、そして芸術的見地から物理学の素晴らしさや自然の美しさを世に広めることのできる著者と訳者に改めて敬意を表したい。
150ページ程度の文庫本ではあるが、物理に挫折した高校1年の時に読みたかったと心底感じた1冊であった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本は文句なしにすごく面白かった!トラヤヌス帝時代のローマ帝国にて一枚の硬貨が人の手から手へと渡って「旅行」する様子を小説風に追いながら、当時の風俗や法制度、人々の生活などをつぶさに観察していく。国境の要塞、船旅、首都ローマのにぎわい、国際色豊かな植民市、戦争や戦車競技、産業、商業、奴隷労働、食事、ロマンス…。話題は尽きない。そして何より文章がうまいのだ。スリル満点の戦車レースや戦闘の部分は思わず手に汗握って読みふけってしまったし、男と女の出会いにはどきどきするし、当時の様々なお土産品の解説なんかは想像が膨らんで実際に手に取ってみたくなる。
発掘調査や碑文などの膨大な研究結果をこのような読みやすく面白い文章で、それも600ページ超の大ボリュームで堪能できるのだが、まだまだ足りない、読みたいと思わされる当たりローマ帝国の広大さと文化の豊かさを実感できる。著者の他の本も読んでみようと思う。 -
Posted by ブクログ
イタリアの作家モラヴィアの長編。日本ではベルナルド・ベルトルッチの『暗殺の森』の原作といった方がああ、という方は多いのではないだろうか。
映画とは若干の異動はあるものの、骨格は同じでムッソリーニ政権下のイタリアにおいて秘密警察だったマルチェッロを主人公とした小説。
人と異なることを恐れて政権に同調すること、普通であることを求めてファシストとなったマルチェッロが亡命活動家の暗殺命令を受けてからのフランス・パリへの紀行、イタリアへの帰国、ファシズム政権の崩壊に至る中での彼の心の動き、変わらなさを主人公の内面を反映したような第三者の視点から描く。
淡々とした筆致でサスペンス的な展開もあるのでどんどん読めてしまうが、映像的でエロチックな評価などが目を見張る。数多くの映画監督が彼の小説を映画化していて、日本語訳がもはや手に入りにくいことが残念。今回を契機に色々と復刊されることを願う。特にゴダールが映画化した『軽蔑』は池澤夏樹編集のシリーズに入っているようなので、ぜひ読んでみたい。
映画監督のパゾリーニが友人だったというのも初めて知った。ますます興味深い作家である。