関口英子のレビュー一覧
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「あのころはいつもお祭りだった。家を出て通りを横切れば、もう夢中になれたし、何もかも美しくて、とくに夜にはそうだったから、死ぬほど疲れて帰ってきてもまだなにか起こらないかしら、火事にでもならないかしら、家に赤ん坊でも生まれないかしらと願っていた、あるいはいっそのこといきなり夜が明けて人びとがみな通りに出てくればよいのに、そしてそのまま歩きに歩きつづけて牧場まで、丘の向こうにまで、行ければよいのに。」
まだ見えてもいない未来に、希望と輝きしか見えていない“あのころ”を描いた、冒頭の描写が、とても良い。時代としても、第二次大戦前で、ファシズムの影が出てきていない。貧しいとはいえ、生命が脅かされるような不安は将来に全くなく、若者は、恋に仕事に夢中になれていた。
都会の洋裁店でお針子として働く16歳の少女ジーニアは、年上の美しく自由な女性アメーリアと出会い、その大人びた魅力に惹かれていく。絵のモデルとなり、男性の前で裸になることもいとわないアメーリアのことが気になるジーニアは、彼女の男友達の画家に恋をする。
大人びた女性との出会いによって、新しい世界が開け、自分がどう見られているか、どう見られたいかに気づく。そうして、少女は少しずつ大人になっていく。しかし大人になることは、わくわくした喜びと期待だけではなく、大人の世界の残酷さを知ることでもある。少女たちが体験したであろう夏のひとときを描いた一篇。国境を越えて共感が広がりそうだ。
以前『丘の上の悪魔』『孤独な女たちと』とまとめて三部作扱いだったもののうちの一つを新たに新訳。ラウラ・ルケッティ監督により映画化。 -
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主人公の娘は田舎を嫌がって都会の大学に行ったものの、卒業しないで戻って引きこもる。
主人公の親友は何かあって出て行って、音信不通。
娘に起きた事件と、親友に起きた事件は全く異なっているものの、女性であるが故に引き受けさせられる危険である。
無邪気に過ごしていても、女性であるためレイプや暴力の犠牲になる危険に、本当は常に晒されている。それに気がつき、世界に恐怖を感じて深く傷つく。
被害者でありながら、出かけるきっかけを作った自分を責め、他の被害者が犠牲になる間に逃げた自分を責め、でも主人公が一緒にいなかったことに、親友は安堵していた。村から出て行った気持ちが痛々しい。
娘にはそれほどの事件は起きていないが、娘に向ける主人公の心理は共感できる。「私が手に入れた場所にすら到達できない娘を受け入れられずにいる」「娘を重荷に感じる一方で、彼女がたまらなく愛しい」母が娘に向ける視線であり、コロナ時代の若者に対する、昔の世代の視線である。この視線は秀逸。父、主人公、娘の3世代の関係も、描写がすごくいい。 -
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ネタバレ私はイタリアに行ったことはないけれど、頭の中で出来上がったイタリアの田舎の自然は美しかったし、パニーレや、イタリアの車、ナポリの方言など、物語の構成要素によって、イタリアに浸ることが出来た。住居の共有スペースにある中庭で友達とご飯だなんて、本当に素敵!
文章も美しく、心が満たされた。訳者さんも素晴らしいと思う。
“それから数週間というもの、アマンダは寝てばかりだった。昼に眠る娘と夜に眠る私。さながら梟と雲雀だ。おなじ空間で交代に暮らし、ときには衝突もした。
正午近くなると、私は娘を起こさなければという衝動に駆られた。彼女の部屋の前まで行っては、まるで家じゅうの汚れがそこの廊下に集中しているとでもいうかのように、執拗に掃除機をかけた。そんなことをしても無駄だとわかっていたが、フルパワーの掃除機の騒音が、眠っている彼女に、瞼や部屋の外には春の光が、生命があふれていることを思い出させてくれるかもしれないと思ったからだ。“
終わり方も良かったな。
続きが気になって、すぐ読み終わった。
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母と娘、そして過去の選択にまつわる「後悔」と「受容」を静かに描いた物語。
コロナが広がり、町がロックダウンされる時、ミラノに憧れて故郷を離れた娘アマンダが突然実家に戻り、部屋に閉じこもるところから物語は始まる。主人公は母ルチア。理学療法士として働き、老いた父の世話、趣味のコーラスと、忙しく日常を回しながらも、娘に漂う異変に心をすり減らしていく。夫とは離婚の危機にある。
なぜ娘は大学に戻らないのか。何が起きたのか。でも、ルチアはそれを直接尋ねることができない。
娘とのことは、やがて彼女自身の過去と重なっていく。十代の頃、親友ドラリーチェとの間に起きた出来事。あの日、もし違う選択をしていたら──。封じ込めてきた記憶が、娘の沈黙によって呼び起こされていく。
物語は現在とあの事件の時を往復しながら進む。印象的なのは「問題が完全には解決しない」点。娘との関係も、親友との過去も、明確な答えは与えられない。それでも不思議と、読後には温かい余韻が残りました。
この小説を読んで感じたのは、後悔は「諦め」ではないということ。後悔、それは過去を変えられないと知った後も、なお誰かを大切に思い続けている証なのかもしれない。大切に想っている。だから、人生はやり直せない、でも関係は紡ぎ直せる。 -
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物理が苦手で、高校のときにテストで18点をとったことがある。数式ばかりで冷たく、面白くない。でも理解したいなという憧れはあった。ページ数が薄く、「入門」とタイトルにあるこの本なら読めるかも、と手に取った。
読んでみると、数式が一つもない。それなのに、物理がわかったような気にさせてくれる。最初の章から物理に疎い自分は驚き。まず、ニュートンの引力の理論が否定されている。そこでひきこまれてしまった。読み進めるにつれ、量子力学の難しい話が出てきて、想像ができずに心が折れそうになったが、詩的な文章で紹介してくれるので頑張って読めた。特に、6章の熱と時間という全然関係なさそうな2つを結び付ける話が特に面白かった。
読み終わって、物理の冷たいイメージが消えた。数式の背景には、知りたい・解き明かしたいという人間の知識欲があることを知った。時間さえも主観だと知った。そして、知識を得ること自体が成功だという自分の感覚が、物理という遠い場所から肯定されたように感じてうれしくなった。
これからいっぱい本を読もうと思えるいい本だった。 -
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作品紹介・あらすじ
『すごい物理学講義』や『時間は存在しない』で世界的にベストセラーを誇る天才物理学者の本邦初訳書。既刊の中で最もわかりやすい。
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著者のカルロ・ロヴェッリはイタリア出身の物理学者で、特にループ量子重力の創始者の一人として有名。ループ量子重力というのは一般相対性理論と量子力学の統合を目指している理論だ。
僕は彼の「時間は存在しない」を読んでいて、その時の感想に「意外とむずかしくはなくてスラスラと入ってくる。そして読み終わって一息いれると、何が書いてあったのかをほとんど覚えていない」なんてなんとも情けないことを書いている。まったく困ったものです。
さて、この「すごい物理学入門」も面白くスラスラと入ってくる。でも「時間は存在しない」を読んだ時よりは多少成長しているのか、読み終わった後もなんとなく内容は覚えていた。物理に少し興味が出てきたことも影響しているかもしれない。
140頁足らずの薄い本なので、正直「もう少し突っ込んで説明してくれてもいいのに」と食い足りなさを覚えたのも事実。また簡単に説明しようとして、かえってわかりづらくなっているような印象も受けた。それでもこの人の説明は全体的にわかりやすく面白い。最終講義などはほとんど哲学といった様相だったのだけれども、これがまた「うーん……」と深く考え込めるような内容だった。 -
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ループ量子重力理論提唱者であるカルロ・ロヴェッリ氏のり一般向け物理学書。といっても小難しさはほぼなく詩的な美しい文学作品のような趣。
相対性理論から量子力学、宇宙、素粒子、量子重力理論、熱と時間、そして「私たちについて」と7つの講義。これは「時間は存在しない」などカルロ氏のその後の著作物の流れと同じで、物理学初心者にとっては非常に分かりやすく、氏の趣旨一貫性に唸らされる。
題名はイタリア語で「Sette brevi lezioni di fisica」で「
物理学の7つの短いレッスン」という意味のようで、日本語版の「すごい~」よりこちらのようが美しいような気がする。 -
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第二次世界大戦後のイタリアでは
南部の困窮する家庭の子どもを援助するため
北部の裕福な家庭へ送る列車が走っていた。
主人公のアメリーゴ、友人のトンマジーノ
そして、マリウッチャの日常。
貧しいながらも子どもらしい明るさに救われる。
北部に移り温かい食事、孔のあいていない靴を与えられ
たっぷりと注がれる愛情にホッとするも
これほどの差があったことに驚く。
実写版を観て本作を手にしたので状況は把握しやすかった。
そして、翻訳家・関口英子さんの
読みやすい文章にも助けられた。
あたたかく深い愛情の込められた作品。
より多くに人の目に留まりますように。 -
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人類は天使になる途中のネオテニーである、という仮説のもと行われた残酷な人体実験をめぐる表題作ほか、ブラックユーモアに満ちた幻想SF短篇集。
今の気分に合っていて一気に読んだ。シンプソン氏という営業マンが登場するシリーズが楽しい。藤子AでもFでもあるような、アシモフやフレドリック・ブラウンを思いだすような、漫画的でライトな読み味が懐かしい。
シンプソン氏が売りつけてくる機械は、2025年から見るとハッとするほど正確に未来を予見している。ChatGPTそのものみたいな〈詩歌作成機〉、原子レベルから複製できる3Dコピー機〈ミメーシス〉、他人の思考と感情まで体感させてくれるVR装置〈トレック〉などなどをサラッと開発、商品化しているシンプソン氏の勤め先については、アメリカの企業であること以外謎のまま。作者のレーヴィは化学者でもあったらしいけど、シンプソン氏はあくまで科学をビジネス視点で評価する。
例えば顔の美醜を測る装置がでてくる話では、絶対基準の美とは何たるかを語る野暮は冒さず、基準を客に委ねることで購買意欲が上がるんだ、と意気揚々と語る。コント的なオチだけど、美の基準はわが社にあるなんてことは言いださないところがしたたかだ。
最後にシンプソン氏はVRにハマり、語り手にも売り込んでくる。これが体験提供者の視界だけでなく、感覚とか感情とか思考まで全部記録して追体験できるというシロモノなんだけど、面白かったのが、説明を聞いた語り手が「提供者側は全部記録されていることを意識しているだろうし、その意識すらもVR体験者は追体験することになりますよね」と疑問を投げかける。するとシンプソンは「そうです。でも記録されているという意識を脳の片隅に置きながら目の前のことをやるっていうのは、VR体験者が自分はVR装置をつけていると意識しながらVRを味わうのと同じようなものだから違和感もじきに慣れますよ」みたいなことを言う。このやりとりが今っぽいなぁと思った。
シンプソンもの以外では、車同士で感染する病から与太話が繰り広げられる「猛盛苔」、サナダムシの細胞からジョン・ダンみたいな詩を読み取る「人間の友」が〈異常論文〉系のSFで面白かった。「ケンタウロス論」ではノアの箱舟を降りた後の生き物たちはこぞって異種交接をした、その結果が現在の地上の豊かな生態系であってケンタウロスもそこで生まれたのだ、とまことしやかにケンタウロス視点の創世神話が語られるのも楽しい。
表題作「天使の蝶」は、レーブ教授という名前からプラハのゴーレム伝説のラビを連想した。もしそこから名前を引いているとしたら、ユダヤ人救済のシンボルを作った人がナチを思わせる人体実験をした研究者のモデルになっているという、キツい皮肉だけど。
今読んでも新しいとか、珍しいモチーフがあるというわけではないけれど、古典的なネタを上手に料理して、科学によって人類が陥る袋小路を描きながら、あくまで軽い作品に仕上げているところに凄味がある。だいたい同世代の同国人であるカルヴィーノが、小説の「軽さ」を重要視していたことを思いだす。 -
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実在の人物から著者が長い時間をかけて話をきき、子ども向けに書いた物語。ホロコーストものだけど、舞台がイタリアで、オーストリアやドイツとはまたずいぶん状況が違っていたのだということがわかる。
エマヌエーレ少年が乗りこんで2日半ぐるぐる回った路面電車の運転手さんがなんともやさしくて救われる。ユダヤ人をかくまったら自分にも累が及ぶかもしれないのに、マフラーを貸し、お弁当をわけ、トイレ休憩もさせてくれて。まっとうな大人がいるっていうことが、子どもにとってどれだけありがたいか、児童書を読むとたびたび感じる。
第二次世界大戦は「日独伊三国同盟」ってすごく単純化したものを教わっていたけど、そんなに簡単じゃないんだね。1943年に当時のイタリア政権は連合軍に無条件降伏してナチスドイツに宣戦布告。ドイツは激怒して北イタリアを占領、クーデターで排除されていたムッソリーニを助け出し、北イタリアでファシスト政権を樹立。イタリアは北と南に分かれて内戦のような状態になったと(あとがきより)。よくぞ戦後、朝鮮半島やベルリンのように分割されなかったねー。ここらへんぜんぜん知らなかったな。
ちなみに歴史物のときは、あとがきを先に読んだりする。そのほうが理解しやすいので。本書は著者あとがきと訳者あとがきが手厚くてありがたかった。 -
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短編集。表題のバラとハナムグリは、一族でタブーとされることを嗜好する若い虫が、親にも打ち明けられず、隠そうとする話。それほど凝った作品でもなく、どこかにありそうな話。
面白いのは「怠け者の夢」。仕事中も自分が主役のアクション妄想に耽って、仕事には真剣味がない(でも、入れ込まないので仕事ができる)。優秀な部下の査定を手を抜くので、その人は出世が遅れる。
好きな女性の前で、彼女と結婚し子供まで持っていることを夢想しながら、その夢想に夢中になっているので本人には生返事をしていて、現実には恋が実らない。が、実は本人は幸せなのではないか。
これはオタクの理想では?部下の取り扱い以外は現実に仕事ができて、精神的には万能感にあふれた妄想や、推しとの恋愛妄想の世界に生きている。
現実には恋も手に入れず怠け者という表現をされているものの、これは理想だというオタクの人は多いのではないか。イタリア人の著者の国籍や時代と、現在の日本の差を感じて面白い。
清麗閣(現実に起きていることから目を背けて、事態の悪化を見過ごしてしまう)、月の特派員(明らかにナチスドイツ)など、第二次世界大戦のヨーロッパを思わせる話も多い。
読みやすく、面白い。