プリーモ・レーヴィの作品一覧
「プリーモ・レーヴィ」の「溺れるものと救われるもの」「改訂完全版 アウシュヴィッツは終わらない これが人間か」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「プリーモ・レーヴィ」の「溺れるものと救われるもの」「改訂完全版 アウシュヴィッツは終わらない これが人間か」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
「これが人間か 」と問われたら、その通り人間である、としか言いようがない。例えば今のガザを見ても、そういう思いが強くなる。「被害者だと思っていたら加害者にもなってしまった」。アウシュヴィッツで非業の死を遂げた人たちの意味が薄められてしまったようで残念だ。まことに、「アウシュヴィッツは終わらない」。
「人間の極限状態」などと大げさに構える必要はない。日常生活の場においても、「被害者だと思っていたら加害者にもなってしまった」という話はたくさんあるようだ。
それほど、どんな人間でも抱えている闇(正と邪を合わせ持つこと)は底なしに深い。
若干話が逸れるが、ハンナ・アレントによると、アウシュヴィッツのホロコーストを遂行した人は、悪魔のような人ではなく、私のような凡庸な人であるらしい。MicrosoftのAIが次のように語ってくれた(内容に重複あり)。
<ハンナ・アーレントは、アイヒマンの裁判を傍聴した際に、彼の行動が「悪の凡庸さ」に該当するのではないかと感じたとされています。アイヒマンは、ユダヤ人を絶滅収容所へ移送する計画と実行において中心的役割を果たしたナチス親衛隊(SS)中佐であり、彼の裁判は人類史に残る犯罪であるホロコーストを指揮した人物の行動を詳細に記録したものです。アーレントは、アイヒマンがユダヤ人問題の最終的解決に深く関与した人物であるにもかかわらず、彼の行動には「悪魔的」な深みを見出すことができなかったと述べています。彼女は、アイヒマンが上からの命令に忠実に従い、組織の歯車として効率的に「業務」を遂行した平凡で陳腐な小役人の姿を目の当たりにしたと述べています。この裁判ルポルタージュを通じてアーレントが提示した「悪の凡庸さ」の概念は、世界に衝撃を与えました。>
<ハンナ・アーレントはアイヒマンを「悪の凡庸さ」として評価しましたが、これはユダヤ人から非難されたという事実と関連しています。アイヒマンはナチスのユダヤ人問題担当官としてホロコーストに関与し、裁判でその責任を問われましたが、アーレントは彼を「凡庸な官僚」として描き、個人的な悪意からではなく、単に上司の命令に従っていたことにありました。この見解は当時の読者に衝撃を与え、戦争犯罪や倫理に関する新たな視点を提供しました。アーレントの見解はユダヤ人やシオニストから厳しい非難を受けることになりましたが、彼女はその見解を一貫して擁護し、「アイヒマンを非難するかどうかは、ユダヤ人としての誇りとは無関係だ」と述べました。>
Posted by ブクログ
人間の生死を他人が勝手に決めて殺していく状況に心の底からおぞましさを感じた。「選別」によって死を決定された者の描写があまりにも苦しかった。
ろくに栄養もなく、体力がなく、ものを正常に考えられない状況で、自分の死を宣告される。著者は、あまりにも疲れ切っていて、絶望などという感情も感じなくなったと記述している。
著者の言うように、彼らは逃げようとか、最後に反乱を起こして逃亡のチャンスをつくるだとか、そんな力はもうどこにも残っていなかったのだろう。
自分の身近な者の生死が不明、またはすでに死んでしまっている人が多い状況で、生きようとする本能は極限まで弱まっていたに違いない。
何らかの思想・信仰をもつものは、生き残った者が多かったという記述があった。著者自身に特に信仰はないが、文学作品の内容を思い出し、生きようという意志が奮い立ったという描写がある。
「物語の力」は本当に強い。
人間の逆境から這い上がる燃料にもなり、逆に、いとも簡単に人間を悪の道へと向かわせることもできる。