無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
プリーモ・レーヴィ(1919~1987年)は、ユダヤ系イタリア人の化学者・作家。
レーヴィは、トリノに生まれ、第二次世界大戦中、ナチスに対するレジスタンス活動を行ったが、1943年12月にイタリア・アルプスの山中で捕らえられ、アウシュヴィッツ収容所に送られた。1945年1月にアウシュヴィッツが解放され、1947年に『これが人間か』 を発表して注目される。同作品は、アウシュヴィッツ収容所からの生還者が、自らの壮絶な体験を描いた記録として、オーストリアの精神科医V・フランクルの『夜と霧』(1946年)と並んで有名なものである。その後、様々な作品を出したが、1986年に『溺れるものと救われるもの』を発表し、翌年1987年、自宅アパートの3階(日本式の4階)の階段の手すりを乗り越え、階下に飛び降りて死亡した。
本書は、2000年に日本語訳が出版され、2019年に文庫化された。
レーヴィは何故、解放直後に既に『これが人間か』を世に出しながら、それから40年を経過した時期に、再度アウシュヴィッツを取り上げる作品を著したのかについて、序文にこう書かれている。「私はこの本で、今日でも不明瞭に見えるラーゲルという現象の、いくつかの側面を明らかにすることに寄与したい・・・私たちの話を読む機会を得たすべての人たちを不安にさせた疑問に答えることである。つまり強制収容所に関する事柄のうちで、どれだけのものが死に絶え、もう復活しないのか。・・・そしてどれだけのものが復活したのか、あるいは復活しつつあるのか。・・・その脅威を無力化するために、私たちのおのおのは何ができるのか。」と。
そして、究極の結論として述べているのは、「彼らは、素質的には私たちと同じような人間だった。彼らは普通の人間で、頭脳的にも、その意地悪さも普通だった。例外を除けば、彼らは怪物ではなく、私たちと同じ顔を持っていた。ただ彼らは悪い教育を受けていた。」ということである。つまり、何らかのきっかけがあれば、同じことはいつでも復活し得るのであり、そうさせないためには、自分たちにもそうした素地があることを強く自覚し、常に戒めることを忘れてはいけないと言っているのだ。それこそが、アウシュビッツを風化させないことなのだと。
更に、レーヴィは、そこまで突き詰めながらも(いや、突き詰めたからこそ、なのかも知れないが)、「おまえはだれか別の者に取って代わって生きているという恥辱感を抱いていないだろうか。・・・私は他人の代わりに生きているのかも知れない、他人を犠牲にして。私は他人の地位を奪ったのかもしれない、つまり実際には殺したのかもしれない。・・・最悪のものたちが、つまり最も適合したものたちが生き残った。最良のものたちは死んでしまった。」という思いを拭い去ることはできずに、本書出版の翌年に身を投げるのだ。
『これが人間か』から40年を経て、その体験の風化に危機感を抱いたレーヴィの遺言の書である。
(2020年7月了)
Posted by ブクログ
めっちゃ書いてあることがむずかった。
一番重要そうな章は「灰色の領域」っぽそう
以下が重要そう
・過去に起きたことなので、また同じ条件が重なれば同じような悲劇は起きる可能性は否定できない
・関わった者たちは犠牲者、加害者など、明確にわけられない。全員素質は似たような普通の人間であった。
・過去のことは様々な情報が入って曖昧になってしまう、そのためそれぞれの立場を明確に解釈してしまおうとしてしまう。
会社でも働いている人のやる気、活力を根こそぎ奪ってしまえば、忠実な社員になってしまうんだよな…
ある程度活力がないと、転職のやる気が失せてしまうってことだよね。完全に落ち込む前に転職しなきゃ〜〜〜
この本から得たものを自己反映させようとするとだいぶ浅はかになっちゃうのは、今まで日本が平和だったからだよね
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。