宮台真司のレビュー一覧
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結局、どんだけ研究したところで、体を売ることができる感覚はわからないなーーー
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P179
それが何度塗り替えされ、一部訂正されたり補足されたり、時には否定されたとしても、超ベリーバッドという以外に言葉を持たなかった私たちには、自分らの気分、「傷つけられた」とか「自分で傷つけている」とかいう言葉では言い表された気にちゃんちゃらならない当時の「問題のない気分」を言語化してくれる大人が必要だった。そして私たちの気分は絶好調でも、どこかにありそうな、私たちの傷とは限らない問題を言い当てるヒントが必要だった。時代にも、私たちにも、男にも大人にも問題はあった。それを女子高生の性的逸脱の問題! と
して語ろうとするオジサン・オバサンたちに、あのアユのユーロミックスCDとおニャン子の狭間にいた私たちの、絶望的にこのままでいいやと思える気分は一生わからないだろう。
P287
うーん、まず最初からセックスが好きじゃなかったんです。というかなげやりだったというか。彼氏とつきあうイコールセックスをすることで、そういう雰囲気になると私がちょっと引いちゃってたんですよね。そんな状況で、セックスがお金になるというのを認識しちゃったから、どうせやるならお金がほしいな、と。
なるほど。セックスがつまらないから、どうせするならって、よく聞く話だよね。
ダメージはありましたね。でも男の人は全然気づいてなかったんじゃないかな。逆に金やって物やって気持ちよくしてやって喜ばせてると勘違いしてたかも(笑)。
大人の男の人と話していると、どんどん大人に対する幻想や憧れが崩れていって、それに伴って自分の未来も明確でなくなっていきました。奥さんも子どももいて、愛しているって話している人が、最終的には私とやるんですよ。大人に裏切られたという思いはすごくあった。でも逆にそういう大人を試しているという気持ちもあったんだけど、どこかで信じていたかったんでしょうね。
そうなんだね。でもさ、ダメージを受けてまで続けた理由って何なの?
お金で自信のない自分に価値を見つけていたのかな。だから実は、売る方の心理も、買う方の援交オヤジの心理と変わらないですよね。モテないけどお金のある男が女の子を買って喜ぶように、私にはその金額をもらう価値があるんだと思えることに喜びがあった。
私が思う、一番の援交の弊害というのは、身分不相応のお金を得ることができた、ということなんです。何が好きか、ということを考える前に、いろんなものが手に入ってしまい、好きなものを見つける前に大人になってしまった。例えばこの本を中学生や高校生が欲しいと思ったときに、さんざん悩んでお小遣いの中から痛みを伴いながら買ったのなら、隅から隅まで、何度も何度も読むと思うんですが、余裕のあるお金で買った本だったら、ろくに読みもしないで、もしかしたら一度も開かないで、そのへんにほったらかしちゃうかもしれない。それこそ、ブルーハーツのCDを毎晩聞いたように、さんざ悩んで買ったラルフ・ローレンの靴下を大切に履いたように、ピーコートとダッフルコートどっちが似合うか悩んだように、若い頃に、何が好きかを考えずに日々が過ぎていってしまうことは大人になったときにつらくなると思います。大人になってから好きなものがない、何が好きなのかわからない、というのはつらいことですよね。
P271
ここで強調しておきたいのは、彼女たちが「真実」にめざめてしまったがゆえに迷いはじめたのだと考えてはいけないということだ。彼女たちの世界把握の形式がまちがっていて、わたそうたいしの世界形式が正しいというふうには、すこしも思えない。そうではなくて、世界把握の形式がたかだか相対的なものにすぎないことを突きつけられて、とたんに自分がどこにいるのかが問題になって不安になる――だいたいそんなことが起こっているのだと思う。抽象的にいえば、自分が「ある選択をしていた」ことがはじめて意識され、偶発性の領野に導きだされてしまう、といったようなことだ。言いたいのは、こうだ。ここ一年で一〇〇人をこえる女の子たちをインタビューしてきた経験から断言できるが、不特定の男を相手にパンツを売ったりエッチなモデルになったり性交渉をもったりするといったふるまいが、「いいこと」なのか「悪いこと」なのかについてどのように言ったところで、「価値判断」はけっして伝達されず、せいぜい親の真剣さが彼女たちの同情を呼び起こすだけだ。しかし、伝達できるのが、安全と危険についての「事実判断」だけなのかというと、そうは思わない。それよりももっと重要な「選択可能性」こそが伝達可能なのではないか。
不特定の男を相手に、パンツを売ったりエッチなモデルになったりテレクラで出会って肉体を売ったりするふるまいによって、確実にもたらされるもの――それは「感覚の変容」である。もちろん金銭感覚も変化するが、言いたいのはそれではない。具体的にいえば、「男なんてみんな同じじゃん」とか「どうせ男はエッチしか考えてないじゃん」とか「結局バカじゃん」といった具合に、相手を入れ替え可能な存在としてナメきる作法が自然なものであるような感覚へとうながされていくことだ。男が一般に「ナメきるに値する存在」なのかどうかはどうでもいいことだ。それはそうだとも言えるし、そうでないとも言えるような問題にすぎない。それよりも、こうして身についた感覚のなかでは、男にたいしてロマンチックな幻想をもつことが困難になっていくという「事実」だけが問題である。 -
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人類学が誕生したのは、ヨーロッパの精神的土壌が荒廃したことを問い直し、人間であるとはいかなることかを探るためであった
→今も同じか
言語や慣習や様々な集合表象など、行為を支える①万人が踏まえる②自明かつ③非自然的な前提が「社会的事実」で、「社会的事実」を/が可能にするものを考察するのが「社会学」です。デュルケム
「不安の埋め合わせのための無意味な反復」図式
ヴェーバー
ヴェーバーに始まる人格・対・没人格
コミュニケーション論も
★強度と意味 宮台真司
真実らしき語りをした後、「知らんけど」「たまたま聴いただけや」と偶然性を持ち出し、自己を脱主体化する営みです。かくて、偶然を持ち出し、アイロニー化することで、マウンティングされたという体験を回避して連帯する。
ローティ
その人の行為は理解不能でも
その人の体験は理解可能
原因?
社会とは法生活
それ以前は尊王的生存戦略
ます。ブラジル・サッカーからドイツ・サッカーへの「勝てるサッカー」の移行は、予測符号化から言語的予測符号化(予期化)への移行、すなわち共同身体性の劣化に対応します。
→どっちが「楽しい」か
因みに共同体の定義が3つあります。ひとつはマッキーバーですが、ヴェーバーは「内は掟、外は法」という二重性、モースは「内は贈与、外は交換」という二重性
人々が理性的であれ、社会の動きは未規定」
という前提で社会学は生まれた
普遍の人類史から特殊な近代を見る社会学。特殊な近代から普遍の人類史を見る人類学。両者は近代批判の両輪です。
認識論は「どうしたらHow我々はこの社会で幸せになれるか」を問いますが、存在論は「なぜWhy我々はこんな社会を生きているのか」を問います。
★今の社会は特殊であるということ
大都市の自由と多様性に満ちた社交場の経営者はユダヤ人、同性愛者ヒルシュフェルトもユダヤ人、大都市への投資を支えたのもユダヤ金融資本だった事実が、大都市を除く大半の地域で「ドイツ的生活をユダヤ人がキャンセルしている」との喧伝にリアリティを与えました。
オピニオンリーダーは
メディアの情報を濾過する存在
ソーシャルキャピタルが減衰すると
メディア情報に晒され
民主制は壊れる
★
内から湧く自由 主意主義
選択肢の多い自由 主知主義
=良い社会を前提にしている
伝統を遡る思考こそが社会学
社会学は民主制を前提にしてはいけない
think differentの意訳
「君は間違っている」
競争しないという勝ち方の提示で革命的
テック革命
→資本主義と民主主義の幻覚の除去
★選択肢の多さは、自由にならないのでは。
それを選ばせる権力がいる時点で従属になる。
大事なのは、自分で作ること?
プラグマティストの「知識から動機付けへ」
★行為から体験へ 宮台真司
前提付け連関の全体性を理解するのがエコロジー
★ 社会学は、前提を遡って前提付け連関全体(生態系)を考究する生態学的思考として自らを定義
↓
民自主主義の民主主義的前提を問うはずの社会学が、民主主義を自明なものとした、のがアメリカ社会学の退廃
ヴァナキュラー 土着的
イリイチ
「文化はひとつ」。つまり万物は人(見る存在)とするアニミズムが普遍的。
唯物的な、多自然(視座)がある。
知識ではなく知恵
原始社会のもの
「他者の経験を真剣に受け取るtaking seriously」という態度
世界は万物
社会は連関生態系 -
Posted by ブクログ
・人々に規範や価値観を共有しましょうとただ呼びかけただけでは、その通りになることはまずありませんが、ある体験を共有していただくことで「いいなあ」と感じてもらうことができれば、そこから先、人々の規範や価値観に変化が生じる可能性があります。
・社会の変化が急激に起きる際、人々は自分たちにとって大切なものはなにか、自分たちがどんな社会を望むのか、といったことを考えるよりも、新たな仕組みや枠組みに対応するのに精一杯です。具体的には、自分だけ取り残されるのではないかという不安や恐怖が広がり、市場や行政がそうした感情を利用して近代化を推進していったのです
・共同体には必ず維持コストがかかります。人々がそのことをわきまえない場合、共同体なんかにコストを掛けるよりは、システムからベネフィットを引き出すほうが、コストパフォーマンスは高いというふうに損得計算するようになります。すると、システムに依存するうちに、共同体を空洞化させてしまうのです
・欧米の事例を理解するのに重要なのが、社会学で言う「相対的剥奪感」と「外部帰属化」という概念です。人は、絶対的な不満というより、何かを比較の対象とした不満、「過去よりもひどい」とか「周りよりも状態が悪い」といった不満を感じやすい。加えて、わかりやすい異物や昔はなかったような対象を指して「わりのはこいつらだ」と決めつけがち。
・埋め合わせようのない不安を感じる人が、その不安とは関係のない埋め合わせ可能な別の不安を持ち出し、埋め合わせようとする。それが神経症です
・アーキテクチュアル・パワー:人を快・不快を感じる動物として、そのコントロールをアーキテクチャによる管理化を進める
・リッツァのいう「マクドナルド化する社会」とは、人間が動物でありさえすれば回るような脱人間化・没人格化・損得化が進んだ社会です。そういう社会では、人々は「かけがえのない人間として扱われたい」という感情を無視されることで疎外感や不安感を抱くようになる。それに対処するために使われるのが「ディズニーランド化」、すなわち祝祭的消費による感情的回復です。システムが作り出した裂け目をシステムで埋めている
・人々が現実の世界で幸福を感じながら生きていけるようにしていくことがリーダーの役割
・社会の秩序を整えるための統治には「教育を充実させて人々を倫理的な主体に育てる方法」「法制度とテクノロジーを強化して監視と賞罰を徹底する方法」「アーキテクチャを使って、快・不快を通じて人々を制御する方法」がありますが、これらはいずれもかなりのコストを要します。これに対し、ディズニーランド化を利用した統治、とりわけドラッグやゲーミフィケーション(AR・VR)を用いて人々の脳内を制御して不満や不安を解消させる統治が実現すれば、コストが劇的に低下する可能性があります
・システム世界では、どこの誰が作ったのかわからない安いものを食べています。これに対して「仲間のためにいいものを作りたい」と思っている仲間の努力にお金を払い報いながら食べる営みは、食べる体験を完全に別物にします。
・リーダー個人の損得のためといった目的では動きは広がっていかないので、目的には体技とか利他性がなくてはいけません。また、信頼がベースにないと人はついてきてくれないので、リーダーが自分の価値観をしっかり持っていることもすごく大事
・コミュニティパワー:地域の人々や地域の発展に関わり合うことで、みんながオーナーシップを持てるようになる
・共同自治体を確立していくプロセスにおいて求められているのは、そうしたエリートではない。むしろ必要なのは「縁の下の力持ち」です。影からサポートし、自分は目立ちません。自分の手柄も相手に渡す人です。
・立派な人:利他的で倫理的であること -
Posted by ブクログ
宮台ワールドが迸っていて、諸々自分も勉強してキャッチアップ・アップデートしていかなくてはいけない部分も多かったが、
繰り返し述べられている『「社会の外=言外、法外、損得外の時空」を開示して力を回復させる体験デザイン』によって、「失われた身体性・感受性を取り戻す」ことが急務であることには深く共感した。
たまたま併読していた本にも、日本の政策立案がいったいどういう戦略や意図があってなされているのかが見えなくなっている、という話が出ていたが、本書で日本社会の課題と指摘されていた
・「ヒラメ(上へへつらう)」「キョロメ(周囲に合わせる」で空気感に縛られる
・「価値的貫徹より学習的適応が優位(やりたいことよりも、やったほうがいいことを、やろうとする)」
による「劣化」がますます進んでいることとも関係しているようにも感じた。
また、森が成長変化していく様子を見続けることが、「関わる」ことで自分も環境に働きかけられるのだ、と実感できることにつながる、というお話はまさに上記の政策は与えられるものではなく、関わっていくもの、という意識にまで通じるのではないか、と感じたりもした。
森のようちえんの取り組みに触れる機会は限定的ではあるが、我が家はかつてスウェーデン大使館主催の森のムッレに参加した。こうした活度も目的とするところは一緒だと思うので、今後も機会をとらえて親子で「共同身体性」を育んでいきたいと思う。 -
Posted by ブクログ
稀代の社会学者 宮台真司氏とフリーの教育ジャーナリスト おおたとしまさ氏の対談を中心に、実践者たる教育者の方々も交えた貴重な記録。
大学生の頃からずっと知る大家 宮台氏の、20年30年におよぶ学者としての研究・実践に基づく、ときについていけないハイペースでの学問的・体得的見解の出力の嵐を、おおた氏が噛み砕いて紹介・補足するといった展開。
当時宮台氏については色眼鏡で見ていたのもあったが、この本ではご自身の両親との経緯と共に、如何に考え行動してきたのかも触れられていて、あれはそのような狙いや背景があったのか、と気付くことも多数あり、勝手に伏線回収ができた印象もあった。
先ずは私自身の家族・身の回りから振り返り見直しの取り組みをしていくのと合わせ、今の日本が置かれている絶望的な社会を変革するために立ち上がった本書籍に登場する皆さんのネットワークの強化・発展を応援していきたい。 -
Posted by ブクログ
タイトルからちょっと勘違いしてた。
スピリッチュアルとか霊界とか、そんな世界を教えてくれる本かと思ってた。
しかし考えてみたら宮台真司氏が執筆。そんなわけはなかった。
松代大本営、アブチラガマ、新宿ゴールデン街、飛田新地、福島第一原発、
香川・豊島、軍艦島、成田空港、東京・山谷、釜ヶ崎、長島愛生園
日常ではない土地、場所のことだった。
ワクワクする場所だったり、子供が足を踏み込んではいけない遊郭だったり、、
ハンセン病の隔離病棟のような、時の政府の負の遺産の場所もある。
楽しい。
いまそういう場所がどんどん減っている。
下北沢の駅前の市場も消滅しつつある。自由が丘もしかり。
吉祥寺には頑張ってほしい。
非効率だが、それがいい、楽しいんだけど。
すべてを金に換えようとする輩が、。。
神宮外苑ですら。あ、これもある意味異界か。
秩父宮ラグビー場もそういうことだ。都心にしてあのスペース。
そういうものを奪う資本主義。なんなんだ。
それでいて衰退する日本。
なんなんだ。 -
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(2010/2/3)
このミヤダイって人はどうしてこうまぁ知的好奇心をくすぐることが言えるんだろ。
TBSラジオで聞いてても、文章を読んでも(といってもこの本は対談集なので、ある意味話し言葉ではあるが)痛快なんだろうか。
難解なんだけど、全くお手上げというわけではないんで、読み進められる。
この福山という方、民主党代議士で外務副大臣。
偉くなっても腰の低い方で、宮台さんとは数年来の仲のようです。
そんな二人が日本を語る。自民政権を切る。斬る。
宮台論理は
・政策を官僚任せにし、結果官僚が官僚をコントロールする形にしたのが自民の最大の問題
官僚は政策を通じて政治家がコントロールしなくてはいけない
官僚は優秀。自己の役割を最大限に達成する方法をやっているだけ。
・マスメディアの稚拙さ。野党民主マニフェストに対して政権政党自民は実績で争うべき。
「マニフェスト論争」などとするのは笑止。
記者会見でも碌な質問が出来ない。斬れる質問をしているのはフリーランス。
と、自民とマスコミを斬ってる。
そのうえで、若手でも気軽に党首に電話できる間柄の民主党がどう変えていくか。
政治を 市場主義ー談合主義 軸と
権威主義ー参加主義 軸にわけたフレームワークが面白い。
文化的にアメリカは市場主義、ヨーロッパ、日本は談合主義。
民主化は権威主義から参加主義への移行。
旧自民は談合主義の権威主義、小泉自民は市場主義の権威主義。あらら。
twitterでもそうだが、とにかくもう情報を一部の人間だけのものにすることはできない時代。後戻りはできない。その中で国民、政治家、官僚はどう行動すべきか。
それとこの福山哲郎氏もなかなかいいこといってる。今まで知らなかったが期待してよさそうに思えた。
鳩山首相の温暖化ガス25%削減発言のもつ真の意味も十分伝えてくれている。
(この本はCOP15の前に書かれている)
今の政治の流れを知る上で必読の一冊といえる。
世の中はすさまじい速さで動いている。 -
Posted by ブクログ
(2012/7/10)
神保 哲生, 宮台 真司, 神野 直彦, 高橋 洋一, 野口 悠紀雄, 波頭 亮, 大野 更紗, 武田 徹
「日本の財政再建のためには消費税増税はやむを得ない」という輩が増えている。
お叱りを受けるかもしれないが、私はこれは官報複合体のなせる業だと思っている。
記者クラブメディアはいつの間にか増税やむなしを連発しており、
その記事の、放送時間の量に従って、増税やむなしが増えている。
物わかりがいいというかなんというか。
本当に国を憂いているのか、生活にゆとりがあるのか、増税デメリットがある立場にいるのか、、、
その真意はわからないが、そういう方々にはまずこの本を読んでもらいたい。
私はこの本を読むずっと前、父親の相続で苦労してをして税金のからくりがわかって以来増税反対だが、
その考えをあらためて整理確信できる内容になっている。
目次に沿って自分の考えと合わせてみよう。
プロローグ 「足りないから増税」ではなく、税を通して国のあり方を議論する好機に 神保
「納税」でなく「払税」(古川元久衆院議員) これは初めて知ったがいい概念。
確定申告。そう、これをするかしないかで税に対する意識は変わる。
1 すぐ捻出できる200兆円を隠してまやかしの増税に走る財務省の罪
(元財務官僚・「政策工房」会長・高橋洋一 神保哲生 宮台真司)
高橋さんの本やお話しは何度か読んだり伺う機会があり、少なからず私の財政に対する考え方を構成している。
歳入庁を作ると国税庁がその管轄下になり財務省の権益がなくなるからできない、、。
80万の法人が税は払うが保険料は払っていないというのに。
日銀がお札を刷って国債を買えばいい、という説。金融緩和派。
2 貧しい人がより貧しくなる税制から「分かち合い」の税制へ
(東京大学名誉教授・神野直彦 神保哲生 宮台真司)
公共サービス。
私は大きな政府には反対だが、学校は教育バウチャーにして親の負担をなくし、
しかし私立であれ公立であれ親が学校を選ぶ権利を与えるべきだと思う。
競争のない、あるいは中途半端な公立学校に任せられないというのは持論。
それを強調させるような悲しすぎる事件が大津で起こってしまったが。いじめ-自殺。
教育委員会管轄の中途半端な競争原理のためいじめを隠し被害を大きくしたといってもいいだろう。
3 産業構造が変わらない限り日本経済は再生しない
(早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問・野口悠紀雄 神保哲生 宮台真司)
金融緩和ではだめ、と、高橋説を否定。インフレターゲットも否定。官僚批判も否定。
日本は廃墟にならねば立ち直らぬと。産業構造改革。
延命措置で死ぬべき産業を生きながらえさせたために現状があると。
日本の医療と一緒。
体がダメになってなくなるべき人を生かして、医療と年金に膨大な費用をかける。
使命を終えて終焉を遂げるべき企業を、雇用政策とか何とか言って、税金を使って生き延びさせる。
どちらも税金が延命に使われてる。
4 医・食・住に困らない社会を作るための増税/分配論
(経営コンサルタントXEED代表・波頭亮 神保哲生 宮台真司)
大前さんの元弟子の波頭さん!
ベーシックインカム月8万円であとは余計なことはしない!
たしかにすっきりする。
役所、官僚の余計な采配はいらない。
ただね、医療はほっとくと際限ない。まあ8万円だけ配ってあとは払いたければ自分で、とやればいいのか。
ここで波頭さんと宮台さんがミルトン・フリードマンを持ち出す。ネオリベラリズムとして。
私は大学時代からフリードマン派。「選択の自由」は何度も読んだ。今やネオリベラリズムは世間では否定的?な気がするが、
私は今もこれが一番と思っている。
先ほどあげた教育バウチャーも彼の発案。素晴らしいと思う。
宮台さんもフリードマンの考えに近いといっている。だから彼の主張が聞きやすいのかな。
マイナスの所得税、小さな政府。
そう、国は余計なことをしないほうがいいのだ。何が余計か、を決めるのが難しいが、
少なくとも変な外郭団体作って天下りして補助金を操作するのは余計でしょう。
国家権力の名のもとに税金を国民から搾り取って、わけのわからぬ分配、分捕りをする姿をよしとは絶対言えない。
必要悪とも思わない。
5 「困ってるひと」から見た「弱者」と愛と社会保障
(作家・大学院生 大野更紗 武田徹 神保哲生 宮台真司)
そこにこういう人が出てくるからややこしい。
困ってるひと、は私も読んだ。
カンボジア難民を支援する活動をしていた上智大生が難病にかかり、
自ら病気難民になって、闘ったという本。
苦しい闘いをコミカルに表現している本だった。
しかし、彼女の闘病は国の支援なくしてはありえない。
そうでなければ親が破産する。
これに対しどう考えるのか。
めったにない難病だから高額をかけても助けるのか、
こんな本が書ける才能があるから助けるのか、
とにもかくにも助けるのか、
その金は誰が出すのか、
いくらまで出すのか。
海外心臓移植手術のためのかんぱ、
なんてニュースを時々見ることを考えると、
正解はわからない。
感情移入しちゃうからね、本読むと。
でも私は否定的。
助けるのは国ではない、国民の税金なのだ。
6 自己改革できないまま日本がクラッシュする前に
(神保哲生 宮台真司)
二人の意見はここ数年よく聞くので、目新しいことはない。
むしろ状況がシビアになっているのを感じる。
クラッシュしかないのか。野口さんの意見からきているが。
ハイパーインフレになって、結果資産を持っている人から搾取する、、
これが現実的かもしれない。
いつの世もそういう形でリセットしている。
エピローグ 既得権を移動させるために私たち消費者ができること 宮台
自ら考え発信する。
そうありたい。こんなブログ、なんの役に立つのかと思わないでもない。
最低自分の備忘録であればいい、が、
少なくとも泣き寝入りはしたくない。犬の遠吠えであろうとなんだろうと、
自分で考え、発信したい。 -
Posted by ブクログ
リーダーシップの旅を読んでファンになっていた野田さんと宮台さんの対談本。好きなお二人の本だけにとても楽しみに読んだら、まさに自分が今悩んでいる部分に対しての処方箋となるようなコメントが数多く散りばめられていた。
とはいえ、簡単に世の中を変えられるわけでもないけれど、少し方向性が見えたような気がした。
分断を生まないようにしながら、一人一人が傍観者にならず当事者意識を持って参加する共同体を作ることが大事。それをできるファシリテーターが必要なのだと。
ファシリテーターと表現されているが、個人的にはリーダー的な人なのかなと理解している。それも偉そうなニュアンスではなく、コミュニティ意識をもってそのコミュニティを少しでもよくしたいと願う人なのだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ冒頭で語られる「日本は社会の底が抜けた状態」というのが、本書を読むことでよく理解できる。また講義形式のせいか、難解な社会システム論が理解しやすく語られているのと、受講生による質問で議論が更に深まっている。
本書では、市場・行政を”システム世界”と呼び、その拡大により、人々の感情劣化(利他性が損なわれ、損得勘定が主な価値判断となる)と孤立化が進んでいると言う。それが仲間意識の希薄化・分断となり、民主政の機能不全に繋がっている。
民主政は、それを営む人間の”善意”や”倫理”が前提となっており、いかに維持が難しいかということと、自分自身も損得勘定の価値判断にすっかり染まっていることに気付かされた。