宮台真司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
東日本大震災、福島原発事故から2年を過ぎても、
いっこうに収束の行方が見えない…
本書は、震災事故1週間めの対談をもとに編まれた一冊。
肝心で不可避な問題点が明晰に言及されていると感じた。
著者の飯田哲也は「あとがき」でこう書いている…
―この国の「旧いシステム」は、あまりにも日本社会を構成する
大多数の善良な人々、とりわけて最底辺層や将来世代への
眼差しが欠けているだけでなく、その善良さを愚弄し、
見下し、しかもそこに付け込んで「寄生」しているとしか思えない。
しかし他方で、それを批判して理想像を美しい論文にまとめても、
どろどろした「現実」に手を突っ込まなければ、
それはエクスキューズにしかならない。
「美しい国」を標榜する現首相は、このどろどろとした「現実」に
どれほど手を入れようとしているのだろう…
いかに美しくコーティングされようと、否応なく
泥水を飲まされるのは、ボクら国民に他ならない。
嫌なものは嫌だ! いらないものはいらない!
すべてはつまびらかにされない情報を、
それでも執拗に追い続け、叫び続けるために、
ボクにとって、本書は有益な一冊となった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレあの震災の日、津波で流されゆく建物や燎原の火に焼かれていく家々を、遠い九州の地からワンセグで見ながら抱いた妙な感情。明らかに「日常ではない」光景に対する、恐怖にもワクワクする気持ちにも似た気持ち。
その後様々な言論誌で見た、「『終わりなき日常』が終わった」という言葉。
例えば東浩紀は、「震災で僕たちはばらばらになってしまった。それは、意味を失い、物語を失い、確率的な存在に帰られてしまったということだ。」という(思想地図βvol.2 11頁より)。
その意味するところは、私にはわからなかった。しかしその言葉には、強烈に引きつける何かがあった。
震災以前に私がなんとなく過ごしてきた「終わりなき日常」って何だろう。そんな疑問にかられて、私はこの本を手に取った。
宮台真司は本書で、共同体が崩壊した後の、強固で閉塞的な日常こそが「終わりなき日常」であると主張する。
自分の生き方が肯定されない、何が正しいのかが分からないという、空洞となった良心には、「ハルマゲドンによる救済」という使命をオウムに植え付けられてしまう。だからサリンをばらまかないためには、何が良いことなのかという問いを一旦棚上げにして(深く考えすぎずに)、「まったり生きる」ことが必要なのだと言う。
なるほど、わかったようなわからないような。
本書を読んで、別の疑問も生まれた。
宮台が本書でその存在を喝破したような、「共同体が崩壊した後の、強固で閉塞的な日常」と、近年流行した日常系アニメの描写に見られるような、何の変哲もないぼんやりした日常とは、本当に同一なのか、ということである。
両者に同一性がない場合、震災後の問題に「終わりなき日常の終焉」を引き寄せて立論するあらゆるサブカルチャー言論は、一種のこじつけの操作を行っていることに他ならないのではないだろうか。
結局、「終わりなき日常」という言葉をアドホックに運用すると、私のように混乱する人が出てくると思う。
(余談)
自己同一性について浮動的な若者は現代に多い。そんな若者が、終わりなき日常の断絶を奇貨として、自らを社会の中に定位させようと試みる。
多くの学生が被災地ボランティアに向かうのも、そういうところに意図があるのかもしれない、といえばあまりに斜に構えた見方であろうか。
(抜粋)
『私たちに必要なのは、「終わらない日常を生きる知恵」だ。「終わらない日常のなかで、何が良きことなのか分からないまま、漠然とした良心を抱えて生きる知恵」だ。その知恵を探るために、私は「終わらない日常」に適応したブルセラ世代を調べてきた。その私を「不道徳だ。非倫理的だ」と批判してきた「倫理的な」あなた。あなたのような知恵のない人たちが、「偽物の父親」を登場させ、サリンをばらまかせるのだ。』(114頁) -
Posted by ブクログ
社会学者、宮台真司さんと環境学者?の飯田哲也さんの対談形式によって原発依存社会について言及された一冊。
全体としては飯田さんが環境的、エネルギー政策としての専門的な側面から論じ、宮台さんが(どちらかといえば)読者目線で的確な疑問を投げかける、といったような構成。宮台さんのコメントについては、読んでいて気になる部分を的確かつわかりやすい表現で突っ込んでくれたり、理解を促進する言い換えをしてくれたり、さすが宮台さんって感じでした。
個人的に一番面白かったのは第二章「変わらない社会、変わる現実」で、ここではなぜ日本社会が原発依存社会から抜けだせないでいるのかを、抜けだしたスウェーデン社会との比較から、社会学的な目線で論じている。こういった内容なので宮台さんの発言も読者のサポートという立場ではなく、自身の考察をふんだんに交えているわけだが、非常にわかりやすくて納得の行く議論になっていた。 -
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震災後の極端な二項対立での反原発、がれき広域処理反対を冷ややかに見ていたけれど、それではいけないと感じた。自分も土人であると意識し、自力で思考する、どうすべきか考えるきっかけになると思う。
著者の両氏とも立場の変遷を素直に話し、誤ったと認めているので、地に足のついた内容になっていると感じた。自論を守るためにまた論を展開されると、ますますついていけなくなるので、、、。
また、それぞれの主張について、背景や詳細な説明、備考が豊富であるのがよい。難しいと感じた話でもなんとか読むことができた。
大塚氏が「人は教育によっていかようにも変わることができる」といっている。子供には「空気に従うのではなく自分で考える」習慣を身につけるよう促す。できれば周りにも広げていきたい。その点で私自身は弱いところがあるので、自分も意識していく。 -
Posted by ブクログ
東電も官僚も銀行も、自分の利益を守る。強引に狡猾に、また愚直に。法律の例や前福島県知事の例などから強く感じた。
感情ではなく事実から判断しないといけないということも学んだ。二項対立で、自分の陣地から抽象しているだけではどこにも進めない。国や大手マスコミが流す大本営発表に対し、フリージャーナリストの方々が情報集めて流し、一般市民がSNSで情報を収集できる現状はだいぶよくなったと思う。次は我々が自分の問題として自分の考えを持つこと。
欧州の経過や現状との対比から、日本の問題点を洗い出している点は興味深い。正直なところ私には内容が難しく、かなりの割合で理解できていないのが残念だが、、、
エネルギー安全保障という点では、ウランの埋蔵量は少ないかもしれないが、複数に分散しておくという利点はあると思う。実用できないので意味はないが、再処理は資源に乏しい日本としては望んだ夢であり、また儚い夢であった。