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Posted by ブクログ
とても面白くて読みやすかったです。
永久に輝きを失った世界のなかで、将来にわたって輝くことのありえない自分を抱えながら、そこそこ腐らずにまったりと生きていく知恵を身につける……酷だなぁ。私たちニート世代はどうなんでしょね。でもFBやTwitterで承認欲求を満たしてるひとは多いんじゃないかな。。
宮台さんが、後半の対談の中で「ひとは大人になっていく過程でそこそこの自分とそこそこの世界に耐えていくことができる。それを阻む装置を、観念であれモノであれ制度であれ、徹底的に破壊しつくすことが、僕の目的なの。」って言ってるのがカッコいい。
3.11は、ハルマゲドンだった?
あと、「コクリコ坂から」を観たときに抱いた憧れのような、もう永遠に手に入らないような気がしたものが一体何だったのか良くわかった。全てが暴かれてしまう前の、あの希望に満ち溢れたかんじ!まだムラ的な共同体が根付いているかんじ!全てが羨ましい。
Posted by ブクログ
社会学者、宮台真司氏による、オウム事件を受けての90年代日本社会分析の書。
オウム事件の発生要因を、90年代日本社会に渦巻く「終わりなき日常」と「さまよえる良心」という著者独自の2つの概念を用いて分析している。革命に代表される「大きな物語」の喪失と、良心の指導者たる「父」の死を受けて到来した「終わりなき日常」-劇的な変化はやって来ず、社会の中で繰り返される単調な毎日-は到来した。それに耐えきれないポスト全共闘世代の逃走先が神政国家-「父」たる指導者=麻原彰晃が個人の良心について規定-であるオウム真理教であるとしている。著者は、このツラい「終わりなき日常」を耐え抜く策を「まったり生きること」であるとする。宗教や恋愛といった包括的自己肯定を求めず、生きる目的といった高尚な次元からあえて降りる生き方を推奨している。
安易なオカルトブームからの推論から一線を画す、著者の丹念な取材と緻密な学問による分析に基づく90年代論は面白いと同時に説得力がある。30年以上の著作でありながら、今なお有力な論であると感じる。
私的に興味深い点は、著者の対人コミュニケーションに対する不信感である。著者は「終わりなき日常」の克服の鍵を、安易にコミュニケーションに求めていない。一つには、人々が他者との相互コミュニケーションを必要としないデータベース消費の段階にまで進んでいたという背景もあろう(東浩紀)。それに加えて、包括的自己肯定の一つである恋愛は各個人の先天的なコミュニケーション能力に大きく左右される面があり、誰もにとっての解決策足り得ないというのが著者の考えである。90年代を代表する宮台・東が共にコミュニケーションへの過度な信頼を排している点は注目に値する。
また、著者は社会内における承認の問題にまで踏み込んでいる。これは20年代現在においても社会問題になっておる、「承認欲求」というワードはすっかり人口に膾炙した感がある。社会内で承認を得られないため逸脱するという問題の原型は変わっておらず、有効な解決策も30年経った今も見出されないことには問題の根深さを感じる。
90年代ーゼロ年代の社会潮流の変遷を知りたい方には、宇野常寛「ゼロ年代の想像力」との併読をお勧めしたい。
Posted by ブクログ
僕が今生きる地平はどのようになっているのか。
とりわけ戦後からの日本。現代日本とは何なのか?
失われた30年
日本が停滞していたことしか経験として知らない僕にとって過去の世代の断念がどのようなものなのか
オウムに魅せられた当時の若者
全共闘の終わり、シラケ世代、60年代生まれ
終末思想
アニメや漫画で描かれる終末後の共同体
あるいは現代の終わりなき日常
80年以降の生まれは世代としての断念を知ることなく、ゆっくりと衰退していく日本で終わりなき日常を生きている。
積極的な未来の希望があるわけではない。
むしろ未来をしっかり直視するのであれば、日本の将来は不安だらけだ。しかし、なまじ今の緩くて悪くない生活を感受していると、わざわざ大それたことを考えなくもいいと思えてしまう。
断念という経験すらないのだから、それは悲劇には成り得ない。共同体も最初から存在しない。あるのは学校や職場で作られる人間関係とSNSだけだ。
かつての若者がオウムに共振したのは、共同体の破壊と、未来への断念、終末思想、そうした背景があったからだろう。オウムの教えにあったような、破滅からの救済。
リセット願望。
追記
オウム以後。酒鬼薔薇聖斗事件についても触れられている
再びオウムのように宗教団体が力を持つかは分からないが、今の日本を見渡せば、失われた共同体、将来への不信、それらは何一つと解決されていない。
私たちが問題に慣れすぎて、むしろ問題を問題として十分に捉えることはなくなった。
終わりなき日常の適応化を果たしたといっても、将来は暗いばかりだ。いずれテロは起きるだろう。湯は冷めるのだから、ぬるま湯にいつまでも使ってはいられない。
社会の変化は水面化で起こり、私たちがそれを実感する時は急激な変化として見える。
それがテロによって引き起こされる可能性は無視できない
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