柴田裕之のレビュー一覧
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ネタバレ上巻を読み終えるのにかなり苦労したのですが、下巻は文庫を買って肌身離さず携帯していたので意外に早く読み終えることができました。
やはりかなり難しかったですが、一応、著者の主張を理解しながら結論に到達することができました。
以下ネタバレなので注意して下さい↓
上巻のレビューにも書いたとおり、下巻では「人間至上主義」にとって変わるものは何かを予想する、ってことになってたので、何が出てくるん!?と期待して読みました。な、な、な、なんと、本書での説によると・・・
科学が進歩すると、人間も他の生き物も、ただの「アルゴリズム」にすぎないことが分かってしまう。最終的には一部の人間が力を手に入れて、多くの人間は失業者ですらなく、「無用者」になってしまう。意識と知能が切り離され、知能はAIが人間の脳に接続され、超人が誕生する。地球上の人間やありとあらゆるモノのデータがすべてつながり、人間はデータ処理するためのツールでしかなくなる、鶏より人間が勝っているのは、ただ単に鶏より人間の方が複雑なデータを処理することができるからだ。今や人類は、常にwebにアクセスしてその経験や意識を「共有」しないと価値がない状態になっており、あなたがどんなに素晴らしい経験をしても、それをデータとして保存し、SNSにアップロードし、公開し、いいねをもらわないと価値がないとされる。
↑読んでいるうちに不安になってくるがもちろん極論で、最後は「本当にそうなのかよく考えろ」的なことも書かれているので良かった。
今回も、ところどころ日本の政治の例も差し挟まれていて興味深かった。また、「訳者あとがき」が素晴らしくわかりやすかった。 -
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前半では、なぜ19世紀以降に劇的な経済成長が生じたかを、後半では、なぜ国家間に格差が生じたかを解く。
産業革命によってマルサスの罠から解き放たれたのは、工場化によって労働者への教育の必要性が高まり、子供を増やすよりも教育に金をかけることになり、人口増加率が低下したため。工業が成長した産業革命の後半になると、技能を持つ労働者の需要が大幅に高まり、労働者の生産性に影響する教育、訓練、技能、健康などの改善が意識され、実施されるようになった。
土地が少数の地主に集中している地域では、地主たちは労働者が近隣の都市へ集団移動するのを食い止めるために、公的な普通教育制度の確立に反対した。
ヨーロッパの工業化によって、国際貿易は大幅に増えた。世界の総生産高のうち国家間で取引された割合は、1800年の2%から1900年には17%、第一次世界大戦直前の1913年には21%まで増えた。国際貿易の拡大は、工業国では技能を持つ労働者の需要が高まったことで、人的資本への投資が強化され、人口転換に拍車がかかった。非工業国では、技術を必要としない農産物や原材料への生産への特化が奨励されたため、人的資本に投資する意欲が抑えられ、貿易の利益は人口増加に回されてしまった。発展途上国では、19世紀の間に工業化の水準は低下し、ようやく飛躍できたのは、20世紀後半になってからだった。
貿易が行われるための重要な前提条件として、拘束力と強制力のある契約のような政治と経済の制度があることが必要。合意に対する違反を統治機関が防げなければ、貿易に大きな支障が生じるため。共通の通貨、財産権の保護、一律に課される法律など、貿易に役立つような制度を発展させた社会の方が経済成長を促進できた。一方、貿易に適した制度を整えることが遅かった社会は、後れをとることになった。
中央アメリカとカリブ海域諸島の気候や土壌は、コーヒー豆や綿花、サトウキビ、タバコを育てるのに最適だったため、プランテーションによる集約的な土地所有によって、不平等な富の分配や強制労働、奴隷制につながり、不平等を定着させ、成長を阻害した。
マルサスの時代までは、技術の発展と人口密度が直結しており、人口密度の高い地域は文明が進んだ地域だった。繁栄していた地域では、植民地政府は地元民の富を収奪する制度を作る動機が強まった。のちに植民地が独立を勝ち取ったときも、宗主国の跡を継いだ地元の有力者は、収奪的で成長妨げる制度を継続したため、一向に発展できなかった。一方、人口密度が低く、あまり発展していなかった地域では、包括的で成長を促進するような制度を樹立し、これが地域の経済発展に貢献した。
資源が豊富だと、レントシーキング型の非生産的な活動が促進され、人的資本収集集約型の部門から人材や物資や資金が奪われるため、長期的には「資源の呪い」をもたらす。
エスター・ボーズラップは、女性の役割に対する態度は、産業革命以前の農耕の手法によって異なるという仮説を提示している。土壌の性質や主な作物によって、鍬や熊手を使って耕す地域もあれば、牛や馬につないだ犂を使って耕作する地域もあった。犂を使ったり、それを引く動物を操るには強靭な上半身が必要なため、そうした地域では、その後も家庭内での男女の労働分配がはっきりしている。鍬や熊手を使っていた地域では、男女が共同で農作業を行う傾向がある。
土壌が穀物の収穫に適した地域では、複雑な階層性社会が生まれやすい。発展した古代文明では、農業は、計量も輸送も貯蔵も楽で収税も簡単な穀物を土台にしていた。主に塊根や地下茎を収穫する地域では、都市国家や国や帝国などの階層的な社会には発展しなかった。
2010年から18年の一人当たりの平均所得の国家間格差のうち、地理と気候で説明できるのは40%、病気の蔓延しやすさは14%、民族や文化の要因は20%、政治制度で説明できるのは10%(Ashraf et al. 2021)。 -
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【感想】
トランプやプーチンのような人間がリーダーになってしまう理由を進化論や人類学、心理学などを使って検証し、エピソードも豊富で面白く読める。納得感はあるが、そもそも権力者が「ダークトライアド(マキャベリズム、ナルシシズム、サイコパシー)なので対策を実行するのは難しい(著者も十分認識していると思うが)。
【目次】
第1章 序--権力はなぜ腐敗するのか?
第2章 権力の進化史
第3章 権力に引き寄せられる人たち
第4章 権力を与えられがちな人たち
第5章 なぜサイコパスが権力を握るのか?
第6章 悪いのは制度か、それとも人か?
第7章 権力が腐敗するように見える理由
第8章 権力は現に腐敗す、
第9章 権力や地位は健康や寿命に影響を与える
第10章 腐敗しない人を権力者にする
第11章 権力に伴う責任の重みを自覚させる
第12章 権力者に監視の目を意識させる
第13章 模範的な指導者を権力の座に就けるために
【内容】
権力に関する4つの仮説
1.権力を握ると人は悪質になる(権力は腐敗する)
2.権力は腐敗しやすい人を引き付ける
3.不適当な理由から不適切なリーダーに権力を与える
4.制度の問題であり適切な状況を生み出せば権力は腐敗しない
→すべて
腐敗しやすい人が権力を追い求め、権力を手に入れるのが得意で、善人のうちには権力をふるうことで腐敗する人もいる
→
腐敗しない人を権力者にする
1.腐敗しない人を積極的に勧誘し、腐敗しやすい人を篩い落とす
2.籤引き制と影の統治を利用して監督する
3.人事異動をして権力の濫用を減らす
4.結果だけでなく、意思決定のプロセスも監査する
権力に伴う責任の重みを自覚させる
5.責任を頻繁にしっかりと思い出させる仕組みを作る
6.権力を握っている人に、人々を抽象的なもののように考えさせない
権力者に監視の目を意識させる
7.人は監視されると善良になる
8.支配される側ではなく支配する側に焦点を合わせて監視する
9.ランダム性を利用して抑止力を最大化しつつ、プライバシーの侵害を最小化する
模範的な指導者を権力の座に就けるために
10.高潔な救済者の出現を待つのをやめる。代わりに、彼らを生み出す -
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なぜ歴史を学ぶのか?それは、固定観念や先入観を覆し、新しい視点で物事を眺める力を養うため。歴史を学べば未来を知れるというのは違う。多くの、未来があり、多くの可能性があることを理解することが歴史を学ぶということ。学校の授業では、なぜ学ぶのか?を教えてくれない。ここに、問題があるのではないか?
取るに足らない存在であったホモサピエンスが、認知革命、農業革命、科学革命、産業革命を経て、現代に至る。集団生活が可能になったのは、ホモサピエンスだけが、遺伝子に頼らない虚構、集団的主観を持てるようになったからであり、故にどの種よりも、繁栄し、危険な存在となった。農業革命により、狩猟採集社会から決別した。帝国主義、資本主義と結びついた科学革命を経て、歴史のスピードは早まり、産業革命を経て、マルサス主義からの脱却を成し遂げた。次に、遺伝工学やサイボーグ工学が、DNA改変を成し遂げ、これまでの自然選択による進化すら、超越しようとしている。特異点に到達するのは時間の問題である。
そんな中で、幸福度という尺度で考えた時、これらの革命は人類を幸福にしたのか?生化学は、ホルモンこそが幸福度を決定するという。仏教は、内なる自分を知り、絶えず波のようにくる感情との戦いから脱却することが幸福という。ニーチェ等の哲学は、意義ある人生こそが幸福度という。外部刺激と内部理解。現代人は、過去の人々と比較して本当に幸福なのだろうか?歴史学は、歴史の変遷、事実、仮説を示すが、幸福度については、何も回答してくれない。
今後50年のうちに何が起こるのか?おそらく、ほぼ全てのことは達成できるようになると筆者は述べる。故に、何になりたいか?ではなく、我々は何を望むか?が至上命題となる。歴史の選択は、人類の利益追求による結果ではない。歴史が進むことで人類の境遇が改善させるという根拠はどこにもない。だとすると、今の我々が考えるべきことは何か? -
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ギャルヴィン一家の苦悩と奮闘を一人ひとりの人生に焦点を当てながらまとめきったすごいノンフィクション。あとがきで創作された部分はひとつもないと言い切られており驚いた。ノンフィクションなのだから当たり前なのだけれど、あまりにギャルヴィン家での出来事が壮絶すぎて、どこかで作り話であって欲しいと思う自分がいた。
統合失調症は環境によるものなのか、遺伝によるものなのか。その謎をさまざまな分野の科学者が仮説・検証・分析を繰り返し、少しずつ紐解いていく様が何よりも印象に残った。これは以前読んだ「フェルマーの方程式」でも思ったことだが、科学者が自身の専門分野でその才能を発揮し、研究結果を別の科学者に繋いでいく、協力ではなく共闘のように近い形でひとつの謎を解いていく様子は胸に迫るものがある。
ただ、一家を救ったのは科学者だけではない。統合失調症という病から一家を救い出そうとした、末娘のリンジーの行動がなければ、きっと地獄は再生産されていただろう。病気になる兄たちを見ていた彼女は、自身も統合失調症になり得るであろうという不安を抱えていた。それを払拭するため自らが予防策を講じ、なんとか生き延びてきた。聡明で、とても勇敢な女性。彼女がいなければ、彼女が病気に真正面から立ち向かおうとしていなければ、一家は壮絶な終わりを迎えていたはずだ。
この本が世に送り出されたのも彼女の協力あってのことだ。しかし、あとがきにもあるようにノンフィクションを書くにあたって、全ての家族が取材に応じてくれたというのだから、統合失調症や他の病を抱えながらも、病と向き合い、家族と向き合おうと覚悟を決め話をしてくれたリンジー以外の家族に対しても、その心の強さに感服せざるを得ない。とてつもなくすごい一家だ。
この本は読むのに根気がいる。分量もそうだが一つひとつのエピソードに重みがある。それに、次々と悪いことが起こるので、最悪を想像してしまい読み進める気が起きなくなる。それでも、多くの人に読んで欲しいと思う。統合失調症への理解を深めることはもちろんのこと、治療への道を切り拓いた一家がいたことを後世に語り継ぐためにも。 -
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ネタバレ自分を価値ある何かに帰属させ、その中で役割と意味を与える物語。人はこれを信じてしまいがちらしい。
物語を疑うのが恐ろしいのは、その物語を前提に個人のアイデンティティや社会制度が築かれているから、とのこと。物語を否定すれば、今ある個人や社会も否定することになる。
たしかに、人権も物語に根拠をもつ、と言われると、物語を否定する恐ろしさがわかる。ここまでは同感。だけど著者のようにそれを受け入れ、瞑想によって心の真実を探ろうとは思えなかった。
僕なんかは、嘘でも人生に意味が欲しい、と思ってしまう。我ながら典型的なホモ・サピエンスなんだと思った。(笑) -
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ネタバレ人類がこれまで戦ってきた飢餓・病気・戦争は良くも悪くも危機がさっていき、新しい時代に突入しようとしている。
人間はどこはゆくのか、著者の答えは神になること=デウスになることだと言う。あらゆる他の生き物を従えるどころか、生命を生み出し、操ることのできる能力はもはや神と呼ぶに相応しい…
単なる歴史解説に留まらず、宗教や科学の話もとっても面白い。自分は生命についてアルゴリズムの集合体というイメージに肩入れしてしまい、神の存在など考えたこともなかったが、言われてみると自己意識ってなんだろう…とか、なるほど宗教ってこういうことなんだなぁ…と前書に続いて気付かされることが多い。 -
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ネタバレこの本でよかったのは、子どもが自分の人生を受け継いでいくという感覚を得ることができたことです。
「死んでも子ども達が生きていればいいじゃん」という感覚になれたことが、とてもよかったです。死への恐怖が襲ってきた時は、そこに立ちかえるようにします(^^)
死を客観的に捉えていくところが、とても興味深い本でした。
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イェール大学教授 シェリー・ケーガン
◻︎形而上学(けいじじょうがく)
・魂の存在や死の本質、死後も存在し続けることにまつわる疑問
◻︎価値論
・死はなぜ、どのように悪いのか、死を恐れるべきなのか、
◻︎心(魂)と身体は切り離せるか
・二元論
◻︎私たちには二つの主要な部分、すなわち物質的な身体と非物質的な魂がある。
・物理主義
・魂は存在せず、身体があるだけ。
◻︎今の自分と明日の自分は本当に同じ人?
・身体説と、人格説
・将来存在する人が私かどうかを決める本質的な疑問は、じつは、その人が私の人格を持っているかどうかの問題であって、私の身体そのものを持っているかどうかの問題ではないことがありうる。
・人格をアップロードすることがらできれば、自分の肉体の死後も存在し続けることになる。
◻︎人生の意義とは?
・自分が今持っているのと同じ人格を持った人に、将来も存在していてもらいたい。
◻︎死んでいるとはどういうことなのか想像する
・何も聞こえない、何も見えない、なにも考えない、、、最終的に想像できない
・人が死んだら、想像するべきことは何一つその人の内部では起こっていない。
・内部からは思い描けない、外部から思い描きさえすれば良い
◻︎死を恐れる必要はない
・あるゆる災難のうちで最も恐ろしい死は、私たちにとっては取るに足りないものなのだ。なぜなら、私たちが存在している限り、死は私たちとともにはないからだ。だが、死が訪れたときには、今度は私たちが存在しなくなる。ならば、死は生者にも死者にも重要ではない。前者にとっては存在しないし、後者にはもはや存在しないのだから。
◻︎死はなぜ悪いのか
・死んだら人生における良いことを享受できなくなる点で、それが最も肝心だ。死が私たちにとって悪いのは、私たちが死んでさえきなければ人生がもたらしてくれただろうものを享受できないからにほかならない。
【名言】
永遠に生きたくはありません。
私たちは永遠に生きるべきではないからです。
もし私たちが永遠に生きるはずだとしてら、永遠に生きるとでしょう。
でも、私たちは永遠に生きられません。
だから私は、永遠に生きたくないのです。
私たちが死ぬまでに考えておくべき、死にまつわる6つの問題
1.死は絶対に避けられないという事実をめぐる考察
自分だけでなく、すべての人が死ぬ
2.なぜ寿命は、平等に与えられないのか
3.自分に残された時間を誰も知りえない問題
4.人生の形が幸福度に与える影響
5.突発的に起こりうる死との向き合い方
6.生と死の組み合わせによる相互作用
死に対する立場
・事実を認めて、その後でそれに即して生きる。 -
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ネタバレ12人の兄弟のうち6人が統合失調症だと診断されたギャルヴィン家の歴史が描かれている。兄弟の末の二人、マーガレットとリンジーが自分の家族に起こったことを世間に知ってもらうことで、他者の助けになると信じて出された本である。
「遺伝か、環境か」の副題に興味を持ち読み出した。この家族がたどった道を知るにつれ、自分がその境遇にいた可能性だってあったのだという思いになった。子供は親を選べない。環境を選べないのだ。
父と母、兄弟12人の大家族、日本のテレビ番組で観るような騒がしくても楽しい家族とは正反対だった。年長の子が下の子を虐待する。けんかが耐えない。家の中に兄弟という敵がいて、身の危険がある。
親が子どもたちに安全な場所を与えられず、なすすべなく壊れていく家族の様子は、ノンフィクションだということが信じられないくらい過酷である。
母親の育て方が悪いのか、遺伝か。病気の治療のために原因を突き止めることは重要なことだけれど、何かのせいや、誰かのせいにすることは非難の対象を探すことになり、病気を認めるのが遅れ、異常の発見や治療の妨げになる。もし適切に対処できていたなら、重症化長期化を防げたかもしれないのに、家族の深い傷になっていくのを止められなかった。そんな状況で、性的虐待から立ち直り、自分の人生を手に入れたマーガレットとリンジーの強さに心打たれた。
他方、治療薬の開発には多額の費用がかかる。利益を出さない開発には資金がでない。そのため統合失調症の研究は遅れた。それも悲劇を拡大させた原因だった。
儲からないという理由で治療への道が開かれない他の難病も多くあり、今も続く問題であろう。
何が原因で統合失調症が発症するのか。
病気と思われる徴候があれば、早い段階に介入し不安を取り除くことが重要だと思われる。(わからないことはまだ多いから断定はできない)。
治療薬を待つしかないのだろう。 -
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ネタバレノンフィクションの中でも圧倒的だった。
なぜ、わたしがこの本を読みたいと思ったのか...統合失調症では無いが精神疾患に苦しみ友人を見てきたから。それが''一族''って...読み始めてからもしばらくこれはほんとにノンフィクションなのか?疑う部分も多かった。
まず普通にほぼ毎年のように子どもを孕んで産むという行為がわたしには考えられない。いくらベビーブームでも!!夫が辞めようと言わない限り、ってそんなの信じられない。
そして次第に兄弟のうち長男から次々と精神に異常を見せ始める。間に女の子が居なかったのも、精神に以上を来す一因だったんじゃないか、なんてわたしが語るべきじゃないけど少し感じた。
色々な、本当にただそこに産まれて生きていくことが大変な中でそれぞれが追い詰められ、逃げ場を欲して異常な精神状態になってしまったのを最終的には妹や科学の力でどうにか解決の糸口にでもなって欲しいと願わずにはいられなかった。
メアリー(リンジー)はこの本のみでしか知ることができないが、凄い人だ。
わたしなんて日々自分1人生きるのに必死になってるのに、その生死さえ危ぶんだ兄たちのかけがえのない支えに自らなっているのだから。
実際に自分以外の人生を経験することは絶対できないし、知ったかぶりなんて絶対にしてはいけないと思っている。だから、こうしてノンフィクションで体験することの無いような人生を追体験した時、何ものにも変えれない思いをする。
痛い、苦しい、しんどい辛い、もう嫌だ...楽しい、面白い、嬉しい...哀しいとか、どの感情も間違っていないような間違っているような、変な感覚に陥る。それでも大抵読んで、知ることができて良かったと思う。
今回のこのギャルヴィン一家の中を知ることが出来てやはり良かった。
精神疾患自体に更に興味を持つきっかけにもなった。色々知って行ければ、と思う。 -
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人類がなぜここまで繁栄したのか、そしてこれからも繁栄できるのかについて、「合理的楽観主義者」の著者が描く。
鍵は「専門化と交換」にある。
この性質は現生人類だけに見られる特徴であり、我々より脳の容量が大きいとされたネアンデルタール人にも見られなかった。
人類は専門化と交換により、集団的知性を高め、テクノロジーの進化を引き起こし続けた。
逆に言えば、その2点が抑制されると進歩は停滞する。
過去の例を見ると、いずれも強権力者による抑圧で交易が制限された場合には停滞が見られる。
そしてそれは未来にも言える。
もしもなんらかの圧力により経済活動が抑制でもされれば、解決できるはずの問題も未解決のままになるだろう。
例えば環境問題がそうである。
環境活動家は経済活動を控えるように訴える。
しかし、経済の停滞はイノベーションの停滞につながり、問題解決を阻害することになる。
とはいえ、それを折り込んでも人類は発展し続けてきた。
だから、2100年は今よりも素晴らしい世界になっていることだろう。
というような内容。
人類史、食料問題、エネルギー、アフリカの貧困、環境問題と、幅広い題材を取り扱う。
時として悲観論者に対する攻撃が、データに基づいて行われる(そのデータの有効性は私には分からない)
イノベーションはトップダウンでは行われないのだということに納得させられる。
この本には出てこないが、宇宙に行くということに関して言えば今ではNASAよりSpaceXに期待ができる。
政府は肝入りで事業を動かすのでなく、事業を邪魔せず活性化させることにフォーカスした方が良い。
この本に出てくる専門化と交換は国や世界レベルの話として取り上げられているが、企業や個人レベルでも当てはめることができる気がする。
優れたビジネスマンは自分で何でもやろうとするのでなく、なるべく他人の力を頼ろうとする。
それが成功につながると理解しているからだ。
実用書ではないが、実用できる学びがあると思える。 -
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ネタバレ【未知の未知にも複雑に適応することについての、大作。】
「レジリエンスの時代」は、これまでの「進化の時代」と対比して論じられています。
今、人間の営為を再構築する節目にいる、と。
脱成長やポスト資本主義や、などという論はよく聞きますが、
これまでの延長としての議論の枠組みを優に超え、
スケールが、細部への解像度が機を逸していたように思いました。
・・・
これまでの「進化の時代」が、
効率に焦点を当ててきたこと、
それは、先日読んだ『#アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』と重なる部分もありました。
しかし本書は経済学だけを語るのではなく、
科学、生態学が深堀され、
人間を物理、自然の中に位置付けて論じらていました。
レジリエンスは、「世界に対する働きかけの様式」。
CASES (complex adaptive social ecological system)という概念を紹介し、
世界を、社会と生態系が一体となっているシステムとしてとらえ、
複雑に、つまり理解の範囲を超える未知の変化を前提として、適応していくという考え方。
既知の未知のみならず、未知の未知、つまり分かっていないことさえ分かっていないことがあることを認め、そのような動きにさえ対応していくこと。
よって、
正確な未来予測の能力を要さずどのような未来にも対応するシステムを工夫する質的能力。
効率から適応への転換。
「進化の時代」のように効率を追求すると、全体のレジリエンスが犠牲になる。
「レジリエンスの時代」には、単独の動きは非効率になるが、協働することで大きな力を発揮する、と言います。
選択の余地を残す
局地ではなく局面で事象を眺める
不均一性を重視する
と書くと、とても抽象的な話のように聞こえますが、
生態学の原理を参照して語らていて、大変興味深いです。
適応と変異を社会や生物・生態学外にも当てはめて考える、『#進化思考』とも重なる部分がありますね。
出てくる話は多岐に及びます。
半導体、コロナ、科学的管理法、機械論的宇宙論、熱力学、エントロピー、デカルト、ニュートン、アインシュタイン、アダム・スミス、
負の外部性、市場均衡理論、供給の限界収穫逓減、消費の限界効用逓減、GDP、
緑の革命、土壌流出、ファストフード、薬剤耐性菌感染症、
ベネディクト会修道士、機械式時計、美術の透視図法、遠近法、ガリレオ、
ジョン・ロック、岩石圏、熱帯雨林、放牧、二酸化炭素、
バイオテクノロジー、特許、クリスパーキャス9、GPS、アルゴリズム、フューチャリング、
ショート・ターミズム、リーン生産方式、ゲーミフィケーション、
生物時計、光周性、遺伝子、電磁場、生体電気信号、
フランシス・ベーコン、客観的知識、生物群集、生態遷移、ジョン・デューイ、実用主義、
IoT、マイクロ型送配電網、レイテンシーファクター、フォグコンピューティング、シェアリングエコノミー、
バイオリージョン、エコリージョン、ピア政治、ポルト・アレグレの参加型予算編成、気候市民議会、
バイオフィリア、自然教育、市民科学、ゲーテ、共感。
ゲーテ!!!!!