柴田裕之のレビュー一覧
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【感想】
トランプやプーチンのような人間がリーダーになってしまう理由を進化論や人類学、心理学などを使って検証し、エピソードも豊富で面白く読める。納得感はあるが、そもそも権力者が「ダークトライアド(マキャベリズム、ナルシシズム、サイコパシー)なので対策を実行するのは難しい(著者も十分認識していると思うが)。
【目次】
第1章 序--権力はなぜ腐敗するのか?
第2章 権力の進化史
第3章 権力に引き寄せられる人たち
第4章 権力を与えられがちな人たち
第5章 なぜサイコパスが権力を握るのか?
第6章 悪いのは制度か、それとも人か?
第7章 権力が腐敗するように見える理由
第8章 権力は現に腐敗す、
第9章 権力や地位は健康や寿命に影響を与える
第10章 腐敗しない人を権力者にする
第11章 権力に伴う責任の重みを自覚させる
第12章 権力者に監視の目を意識させる
第13章 模範的な指導者を権力の座に就けるために
【内容】
権力に関する4つの仮説
1.権力を握ると人は悪質になる(権力は腐敗する)
2.権力は腐敗しやすい人を引き付ける
3.不適当な理由から不適切なリーダーに権力を与える
4.制度の問題であり適切な状況を生み出せば権力は腐敗しない
→すべて
腐敗しやすい人が権力を追い求め、権力を手に入れるのが得意で、善人のうちには権力をふるうことで腐敗する人もいる
→
腐敗しない人を権力者にする
1.腐敗しない人を積極的に勧誘し、腐敗しやすい人を篩い落とす
2.籤引き制と影の統治を利用して監督する
3.人事異動をして権力の濫用を減らす
4.結果だけでなく、意思決定のプロセスも監査する
権力に伴う責任の重みを自覚させる
5.責任を頻繁にしっかりと思い出させる仕組みを作る
6.権力を握っている人に、人々を抽象的なもののように考えさせない
権力者に監視の目を意識させる
7.人は監視されると善良になる
8.支配される側ではなく支配する側に焦点を合わせて監視する
9.ランダム性を利用して抑止力を最大化しつつ、プライバシーの侵害を最小化する
模範的な指導者を権力の座に就けるために
10.高潔な救済者の出現を待つのをやめる。代わりに、彼らを生み出す -
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なぜ歴史を学ぶのか?それは、固定観念や先入観を覆し、新しい視点で物事を眺める力を養うため。歴史を学べば未来を知れるというのは違う。多くの、未来があり、多くの可能性があることを理解することが歴史を学ぶということ。学校の授業では、なぜ学ぶのか?を教えてくれない。ここに、問題があるのではないか?
取るに足らない存在であったホモサピエンスが、認知革命、農業革命、科学革命、産業革命を経て、現代に至る。集団生活が可能になったのは、ホモサピエンスだけが、遺伝子に頼らない虚構、集団的主観を持てるようになったからであり、故にどの種よりも、繁栄し、危険な存在となった。農業革命により、狩猟採集社会から決別した。帝国主義、資本主義と結びついた科学革命を経て、歴史のスピードは早まり、産業革命を経て、マルサス主義からの脱却を成し遂げた。次に、遺伝工学やサイボーグ工学が、DNA改変を成し遂げ、これまでの自然選択による進化すら、超越しようとしている。特異点に到達するのは時間の問題である。
そんな中で、幸福度という尺度で考えた時、これらの革命は人類を幸福にしたのか?生化学は、ホルモンこそが幸福度を決定するという。仏教は、内なる自分を知り、絶えず波のようにくる感情との戦いから脱却することが幸福という。ニーチェ等の哲学は、意義ある人生こそが幸福度という。外部刺激と内部理解。現代人は、過去の人々と比較して本当に幸福なのだろうか?歴史学は、歴史の変遷、事実、仮説を示すが、幸福度については、何も回答してくれない。
今後50年のうちに何が起こるのか?おそらく、ほぼ全てのことは達成できるようになると筆者は述べる。故に、何になりたいか?ではなく、我々は何を望むか?が至上命題となる。歴史の選択は、人類の利益追求による結果ではない。歴史が進むことで人類の境遇が改善させるという根拠はどこにもない。だとすると、今の我々が考えるべきことは何か? -
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ギャルヴィン一家の苦悩と奮闘を一人ひとりの人生に焦点を当てながらまとめきったすごいノンフィクション。あとがきで創作された部分はひとつもないと言い切られており驚いた。ノンフィクションなのだから当たり前なのだけれど、あまりにギャルヴィン家での出来事が壮絶すぎて、どこかで作り話であって欲しいと思う自分がいた。
統合失調症は環境によるものなのか、遺伝によるものなのか。その謎をさまざまな分野の科学者が仮説・検証・分析を繰り返し、少しずつ紐解いていく様が何よりも印象に残った。これは以前読んだ「フェルマーの方程式」でも思ったことだが、科学者が自身の専門分野でその才能を発揮し、研究結果を別の科学者に繋いでいく、協力ではなく共闘のように近い形でひとつの謎を解いていく様子は胸に迫るものがある。
ただ、一家を救ったのは科学者だけではない。統合失調症という病から一家を救い出そうとした、末娘のリンジーの行動がなければ、きっと地獄は再生産されていただろう。病気になる兄たちを見ていた彼女は、自身も統合失調症になり得るであろうという不安を抱えていた。それを払拭するため自らが予防策を講じ、なんとか生き延びてきた。聡明で、とても勇敢な女性。彼女がいなければ、彼女が病気に真正面から立ち向かおうとしていなければ、一家は壮絶な終わりを迎えていたはずだ。
この本が世に送り出されたのも彼女の協力あってのことだ。しかし、あとがきにもあるようにノンフィクションを書くにあたって、全ての家族が取材に応じてくれたというのだから、統合失調症や他の病を抱えながらも、病と向き合い、家族と向き合おうと覚悟を決め話をしてくれたリンジー以外の家族に対しても、その心の強さに感服せざるを得ない。とてつもなくすごい一家だ。
この本は読むのに根気がいる。分量もそうだが一つひとつのエピソードに重みがある。それに、次々と悪いことが起こるので、最悪を想像してしまい読み進める気が起きなくなる。それでも、多くの人に読んで欲しいと思う。統合失調症への理解を深めることはもちろんのこと、治療への道を切り拓いた一家がいたことを後世に語り継ぐためにも。 -
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ネタバレ自分を価値ある何かに帰属させ、その中で役割と意味を与える物語。人はこれを信じてしまいがちらしい。
物語を疑うのが恐ろしいのは、その物語を前提に個人のアイデンティティや社会制度が築かれているから、とのこと。物語を否定すれば、今ある個人や社会も否定することになる。
たしかに、人権も物語に根拠をもつ、と言われると、物語を否定する恐ろしさがわかる。ここまでは同感。だけど著者のようにそれを受け入れ、瞑想によって心の真実を探ろうとは思えなかった。
僕なんかは、嘘でも人生に意味が欲しい、と思ってしまう。我ながら典型的なホモ・サピエンスなんだと思った。(笑) -
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ネタバレ人類がこれまで戦ってきた飢餓・病気・戦争は良くも悪くも危機がさっていき、新しい時代に突入しようとしている。
人間はどこはゆくのか、著者の答えは神になること=デウスになることだと言う。あらゆる他の生き物を従えるどころか、生命を生み出し、操ることのできる能力はもはや神と呼ぶに相応しい…
単なる歴史解説に留まらず、宗教や科学の話もとっても面白い。自分は生命についてアルゴリズムの集合体というイメージに肩入れしてしまい、神の存在など考えたこともなかったが、言われてみると自己意識ってなんだろう…とか、なるほど宗教ってこういうことなんだなぁ…と前書に続いて気付かされることが多い。 -
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ネタバレこの本でよかったのは、子どもが自分の人生を受け継いでいくという感覚を得ることができたことです。
「死んでも子ども達が生きていればいいじゃん」という感覚になれたことが、とてもよかったです。死への恐怖が襲ってきた時は、そこに立ちかえるようにします(^^)
死を客観的に捉えていくところが、とても興味深い本でした。
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イェール大学教授 シェリー・ケーガン
◻︎形而上学(けいじじょうがく)
・魂の存在や死の本質、死後も存在し続けることにまつわる疑問
◻︎価値論
・死はなぜ、どのように悪いのか、死を恐れるべきなのか、
◻︎心(魂)と身体は切り離せるか
・二元論
◻︎私たちには二つの主要な部分、すなわち物質的な身体と非物質的な魂がある。
・物理主義
・魂は存在せず、身体があるだけ。
◻︎今の自分と明日の自分は本当に同じ人?
・身体説と、人格説
・将来存在する人が私かどうかを決める本質的な疑問は、じつは、その人が私の人格を持っているかどうかの問題であって、私の身体そのものを持っているかどうかの問題ではないことがありうる。
・人格をアップロードすることがらできれば、自分の肉体の死後も存在し続けることになる。
◻︎人生の意義とは?
・自分が今持っているのと同じ人格を持った人に、将来も存在していてもらいたい。
◻︎死んでいるとはどういうことなのか想像する
・何も聞こえない、何も見えない、なにも考えない、、、最終的に想像できない
・人が死んだら、想像するべきことは何一つその人の内部では起こっていない。
・内部からは思い描けない、外部から思い描きさえすれば良い
◻︎死を恐れる必要はない
・あるゆる災難のうちで最も恐ろしい死は、私たちにとっては取るに足りないものなのだ。なぜなら、私たちが存在している限り、死は私たちとともにはないからだ。だが、死が訪れたときには、今度は私たちが存在しなくなる。ならば、死は生者にも死者にも重要ではない。前者にとっては存在しないし、後者にはもはや存在しないのだから。
◻︎死はなぜ悪いのか
・死んだら人生における良いことを享受できなくなる点で、それが最も肝心だ。死が私たちにとって悪いのは、私たちが死んでさえきなければ人生がもたらしてくれただろうものを享受できないからにほかならない。
【名言】
永遠に生きたくはありません。
私たちは永遠に生きるべきではないからです。
もし私たちが永遠に生きるはずだとしてら、永遠に生きるとでしょう。
でも、私たちは永遠に生きられません。
だから私は、永遠に生きたくないのです。
私たちが死ぬまでに考えておくべき、死にまつわる6つの問題
1.死は絶対に避けられないという事実をめぐる考察
自分だけでなく、すべての人が死ぬ
2.なぜ寿命は、平等に与えられないのか
3.自分に残された時間を誰も知りえない問題
4.人生の形が幸福度に与える影響
5.突発的に起こりうる死との向き合い方
6.生と死の組み合わせによる相互作用
死に対する立場
・事実を認めて、その後でそれに即して生きる。 -
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ネタバレ12人の兄弟のうち6人が統合失調症だと診断されたギャルヴィン家の歴史が描かれている。兄弟の末の二人、マーガレットとリンジーが自分の家族に起こったことを世間に知ってもらうことで、他者の助けになると信じて出された本である。
「遺伝か、環境か」の副題に興味を持ち読み出した。この家族がたどった道を知るにつれ、自分がその境遇にいた可能性だってあったのだという思いになった。子供は親を選べない。環境を選べないのだ。
父と母、兄弟12人の大家族、日本のテレビ番組で観るような騒がしくても楽しい家族とは正反対だった。年長の子が下の子を虐待する。けんかが耐えない。家の中に兄弟という敵がいて、身の危険がある。
親が子どもたちに安全な場所を与えられず、なすすべなく壊れていく家族の様子は、ノンフィクションだということが信じられないくらい過酷である。
母親の育て方が悪いのか、遺伝か。病気の治療のために原因を突き止めることは重要なことだけれど、何かのせいや、誰かのせいにすることは非難の対象を探すことになり、病気を認めるのが遅れ、異常の発見や治療の妨げになる。もし適切に対処できていたなら、重症化長期化を防げたかもしれないのに、家族の深い傷になっていくのを止められなかった。そんな状況で、性的虐待から立ち直り、自分の人生を手に入れたマーガレットとリンジーの強さに心打たれた。
他方、治療薬の開発には多額の費用がかかる。利益を出さない開発には資金がでない。そのため統合失調症の研究は遅れた。それも悲劇を拡大させた原因だった。
儲からないという理由で治療への道が開かれない他の難病も多くあり、今も続く問題であろう。
何が原因で統合失調症が発症するのか。
病気と思われる徴候があれば、早い段階に介入し不安を取り除くことが重要だと思われる。(わからないことはまだ多いから断定はできない)。
治療薬を待つしかないのだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレノンフィクションの中でも圧倒的だった。
なぜ、わたしがこの本を読みたいと思ったのか...統合失調症では無いが精神疾患に苦しみ友人を見てきたから。それが''一族''って...読み始めてからもしばらくこれはほんとにノンフィクションなのか?疑う部分も多かった。
まず普通にほぼ毎年のように子どもを孕んで産むという行為がわたしには考えられない。いくらベビーブームでも!!夫が辞めようと言わない限り、ってそんなの信じられない。
そして次第に兄弟のうち長男から次々と精神に異常を見せ始める。間に女の子が居なかったのも、精神に以上を来す一因だったんじゃないか、なんてわたしが語るべきじゃないけど少し感じた。
色々な、本当にただそこに産まれて生きていくことが大変な中でそれぞれが追い詰められ、逃げ場を欲して異常な精神状態になってしまったのを最終的には妹や科学の力でどうにか解決の糸口にでもなって欲しいと願わずにはいられなかった。
メアリー(リンジー)はこの本のみでしか知ることができないが、凄い人だ。
わたしなんて日々自分1人生きるのに必死になってるのに、その生死さえ危ぶんだ兄たちのかけがえのない支えに自らなっているのだから。
実際に自分以外の人生を経験することは絶対できないし、知ったかぶりなんて絶対にしてはいけないと思っている。だから、こうしてノンフィクションで体験することの無いような人生を追体験した時、何ものにも変えれない思いをする。
痛い、苦しい、しんどい辛い、もう嫌だ...楽しい、面白い、嬉しい...哀しいとか、どの感情も間違っていないような間違っているような、変な感覚に陥る。それでも大抵読んで、知ることができて良かったと思う。
今回のこのギャルヴィン一家の中を知ることが出来てやはり良かった。
精神疾患自体に更に興味を持つきっかけにもなった。色々知って行ければ、と思う。 -
Posted by ブクログ
人類がなぜここまで繁栄したのか、そしてこれからも繁栄できるのかについて、「合理的楽観主義者」の著者が描く。
鍵は「専門化と交換」にある。
この性質は現生人類だけに見られる特徴であり、我々より脳の容量が大きいとされたネアンデルタール人にも見られなかった。
人類は専門化と交換により、集団的知性を高め、テクノロジーの進化を引き起こし続けた。
逆に言えば、その2点が抑制されると進歩は停滞する。
過去の例を見ると、いずれも強権力者による抑圧で交易が制限された場合には停滞が見られる。
そしてそれは未来にも言える。
もしもなんらかの圧力により経済活動が抑制でもされれば、解決できるはずの問題も未解決のままになるだろう。
例えば環境問題がそうである。
環境活動家は経済活動を控えるように訴える。
しかし、経済の停滞はイノベーションの停滞につながり、問題解決を阻害することになる。
とはいえ、それを折り込んでも人類は発展し続けてきた。
だから、2100年は今よりも素晴らしい世界になっていることだろう。
というような内容。
人類史、食料問題、エネルギー、アフリカの貧困、環境問題と、幅広い題材を取り扱う。
時として悲観論者に対する攻撃が、データに基づいて行われる(そのデータの有効性は私には分からない)
イノベーションはトップダウンでは行われないのだということに納得させられる。
この本には出てこないが、宇宙に行くということに関して言えば今ではNASAよりSpaceXに期待ができる。
政府は肝入りで事業を動かすのでなく、事業を邪魔せず活性化させることにフォーカスした方が良い。
この本に出てくる専門化と交換は国や世界レベルの話として取り上げられているが、企業や個人レベルでも当てはめることができる気がする。
優れたビジネスマンは自分で何でもやろうとするのでなく、なるべく他人の力を頼ろうとする。
それが成功につながると理解しているからだ。
実用書ではないが、実用できる学びがあると思える。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ【未知の未知にも複雑に適応することについての、大作。】
「レジリエンスの時代」は、これまでの「進化の時代」と対比して論じられています。
今、人間の営為を再構築する節目にいる、と。
脱成長やポスト資本主義や、などという論はよく聞きますが、
これまでの延長としての議論の枠組みを優に超え、
スケールが、細部への解像度が機を逸していたように思いました。
・・・
これまでの「進化の時代」が、
効率に焦点を当ててきたこと、
それは、先日読んだ『#アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』と重なる部分もありました。
しかし本書は経済学だけを語るのではなく、
科学、生態学が深堀され、
人間を物理、自然の中に位置付けて論じらていました。
レジリエンスは、「世界に対する働きかけの様式」。
CASES (complex adaptive social ecological system)という概念を紹介し、
世界を、社会と生態系が一体となっているシステムとしてとらえ、
複雑に、つまり理解の範囲を超える未知の変化を前提として、適応していくという考え方。
既知の未知のみならず、未知の未知、つまり分かっていないことさえ分かっていないことがあることを認め、そのような動きにさえ対応していくこと。
よって、
正確な未来予測の能力を要さずどのような未来にも対応するシステムを工夫する質的能力。
効率から適応への転換。
「進化の時代」のように効率を追求すると、全体のレジリエンスが犠牲になる。
「レジリエンスの時代」には、単独の動きは非効率になるが、協働することで大きな力を発揮する、と言います。
選択の余地を残す
局地ではなく局面で事象を眺める
不均一性を重視する
と書くと、とても抽象的な話のように聞こえますが、
生態学の原理を参照して語らていて、大変興味深いです。
適応と変異を社会や生物・生態学外にも当てはめて考える、『#進化思考』とも重なる部分がありますね。
出てくる話は多岐に及びます。
半導体、コロナ、科学的管理法、機械論的宇宙論、熱力学、エントロピー、デカルト、ニュートン、アインシュタイン、アダム・スミス、
負の外部性、市場均衡理論、供給の限界収穫逓減、消費の限界効用逓減、GDP、
緑の革命、土壌流出、ファストフード、薬剤耐性菌感染症、
ベネディクト会修道士、機械式時計、美術の透視図法、遠近法、ガリレオ、
ジョン・ロック、岩石圏、熱帯雨林、放牧、二酸化炭素、
バイオテクノロジー、特許、クリスパーキャス9、GPS、アルゴリズム、フューチャリング、
ショート・ターミズム、リーン生産方式、ゲーミフィケーション、
生物時計、光周性、遺伝子、電磁場、生体電気信号、
フランシス・ベーコン、客観的知識、生物群集、生態遷移、ジョン・デューイ、実用主義、
IoT、マイクロ型送配電網、レイテンシーファクター、フォグコンピューティング、シェアリングエコノミー、
バイオリージョン、エコリージョン、ピア政治、ポルト・アレグレの参加型予算編成、気候市民議会、
バイオフィリア、自然教育、市民科学、ゲーテ、共感。
ゲーテ!!!!! -
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単行本が出版された時に読んだのだが、途中で放り出したままになっていたのだが、サピエンス全史が文庫本化されたのを契機に、サピエンス全史、ホモデウス、21Lessonsと全て文庫で読み直しました。
21Lessonsはあまりにも取り扱う分野が広くてどれだけ理解したのかわからないのですが、サピエンス全史から通読したのでやっと征服した感を得ることができました。この21Lessonsの中で最後のLessonは「瞑想」なのですが、ユヴァル・ノア・ハラリは2000年にヴィパッサナー瞑想のレッスンを受けて、それ以降まいにち2時間の瞑想と毎年1か月から2か月の瞑想修行を続けているそうです。この瞑想の実践が提供してくれる集中力と明晰さがなければ「サピエンス全史」も「ホモ・デウス」も書けなかっただろうと振り返っています。
確かに情報をいくら与えられても、自分が考えていると思っていることの多くが虚構でありそれと現実を区別することがますます困難となっている現在、自分の集中力を研ぎ澄ます訓練なしには何事も明確な発言はできない。ハラリの主張はまさに明確であるのは、ユダヤ人だからではなく、瞑想の訓練をしているからなのだというのは驚きました。
いずれにしてもバイオテクノロジーと情報テクノロジーが進歩するにつれ、私たちの周りに様々なアルゴリズムが私たちをじっと見ているようになり、アルゴリズムが私たち以上に私たちを知るようになるのは時間の問題だと言えます。そのアルゴリズムに支配されずに自分自身を知るためには、努力が必要だということがわかりました。 -
Posted by ブクログ
最も深い静寂を感じたときのことを思い出してほしい。
そう問いかけられて、思い出したのは、ソロキャンプに行って、ゆっくりと読書をして、ゆったりとした時だった。
この本では、騒音(聴覚的な騒音だけでなく、情報や自分の内側の騒音)に気づき、静寂を得るための実践方法が書かれている。
現代はどんどんと慌ただしくなるし、情報はあふれているし、忙しく、余裕がないと感じることが多い。
この本にもあったことだけれど、日本には、間を大切にする文化があったはずなのに、
ほとんど忘れさられて、人生で大事なことから遠ざかってしまっている気がする。
忙しい日々の中に、余裕を取り戻すための本だと思う。 -
Posted by ブクログ
文庫本が出たので再読しました。サピエンス全史に比べると、妙に説明が長くわかり辛いと思っていたのですが、考えてみれば過去の歴史の場合の説明とまだ起こっていない未来についての説明ではその困難さが大きく違うのは当たり前です。未来のことは誰もわからないので、未来予測はほとんど当たることはありません。
でもこの本の秀逸なところは、サピエンスの行く末についてその根源的な方向性について語っているところです。きっとハラリは、この本を書くために、「サピエンス全史」を書いたんじゃないかと思うのです。
というのも、現在我々は自由主義という経済体制と民主主義という政治体制の下で生活をしていますが、それぞれの体制が予定している個人というのは、森羅万象についてきちんとその意味を理解できて適正な判断ができるという個人です。ところが現代人は森羅万象どころかどんな社会を目指すべきだとか、何が正義であるかはもちろんのこと自分自身についても全く理解できていません。
そして科学的には「生き物はアルゴリズムである」そして「生命はデータ処理である」という前提に立てば、サピエンスより高度な知能を持ち、圧倒的に優れたデータ処理のできるアルゴリズムにその判断を委ねる事になることは当然のことなのだと言えます。
考えてみれば私たちが今後目指すことは、健康、幸福、長生きなのですが、これを実現するために我々は多くのデータをアルゴリズムに供給する事になり、そして誰もそのアルゴリズムを理解できないままそのアルゴリズムの判断を尊重するようになっていくのは当然だと言えます。
その行き着くところは新しい神への従属かもしれません。
現代人はこの事を理解しておく必要があります。