柴田裕之のレビュー一覧
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文章はとても読みやすい、がしかし、とても長かった。
偶発性と収束性、収束的に見えるが偶発的なのが現実。
ヘンリー・ルイス・スティムソン陸軍長官が京都都ホテルに泊まっていなければ今の京都は存在しない。
一方で悲劇的な長崎の例もある。
これは偶然以外の何者でもない。
映画『スライディング・ドア』を例に、偶然の巡り合わせの重要性に触れている。
カオス理論の様にわずかな調整、違いだけでも予測不可能になりうる。天気予報ですら2週間先は予測不可能。決定論とは食べ合わせが普通に考えても悪い。
大腸菌の例では、人間は神のようにポーズボタンや、巻き戻しもできる。そんな中でも偶発的に新たな長期進化実験はとても刺激的で興味深い。
偶発的収束性とでも呼べる人生・世界に我々は住んでいる。
どの瞬間も大切なのだと。 -
Posted by ブクログ
人類が、どのように進化し、どのように社会や国を構成してきたのか、その背景がよく分かった。
地球史や生物学史的に見れば、サピエンスが社会や国を構成し始めたのはほんの最近のことで、生物学的な進化がそれに追いついていないという話はとても興味深い。
それは、生物学的な追いつきもそうだが、近年の社会の急激な変容に対して思考が追いつかない(多様性の尊重、パワハラ、セクハラなど)のも似たようなことが起こっているように感じた。
農耕革命の文脈では、それまでの狩猟採集生活から、労働の負担や階級の創出、疫病のリスクが生まれたという観点はとても面白い。
生活を豊かに、食糧を楽に安定的に確保するために畑を耕し作物を栽培する。結果として人類は日々働かなければいけなくなり、労働者と支配者の階級が生まれ、特定の土地での疫病や不作のリスクも負うことになった。
これは現代社会のあらゆる技術進展においても同じことが起きていると思う。コンピュータが発明され、電子メールが使えるようになると、今まで手紙でのやりとでは不要だったメッセージの返信も必要になる。AIについても同じようなことが言えるんだと思う。AIに学習をさせたり、プログラミングが必要だったり、ファクトチェックが必要だったり。
本当に便利になっているのかという再検討は行われない。それを仕事や生活に取り入れて生活していくしかない。
人類の進化において「虚構」を共通認識できたことが大きく影響しているという点については確かにと思った。国や、社会、会社、貨幣など、抽象的で実体はないものを認識で共有化できたからこそ人類はここまで発展できた。
また、帝国主義は批判的に語られることが多いが、人類の歴史上、征服と被征服の歴史は繰り返されており、本の「純正」とされる文化もどこが別の民族を征服して成り立ってきているという観点はなるほどと思った。 -
Posted by ブクログ
人類は情報を必ずしも真実として扱うのではなく、秩序を立てる、あるいは維持するために活用してきた。例えば、貨幣、国家、宗教など。これらについて著者は「共同主観的現実」と呼び、水は水素分子と酸素分子からできているといった事実と区別している。そしてこの共同主観的現実を形作る能力がホモ・サピエンスを地球上で優位な種となる原動力となったと指摘している。著者は、この「共同主観的現実」が人間ではなく AIが形作るという、今まで人類が経験したことのない時代がいまや今やすぐそこに来ているという。
ここで著者は、自己修正メカニズムという考えを提示する。例えば、聖書や共産主義、全体主義などは自己修正メカニズムがない(乏しい)、科学や民主主義は自己修正メカニズムが機能する、という具合だ。
自己修正メカニズムがない(乏しい)共同主観的現実を形作ると、人類は往々にして惨禍をもたらした。十字軍、魔女狩り、ナチスの台頭、スターリン下のソ連など。もし、人間でなくAIが共同主主観的現実を形作るようになったら、人類はいったいどうなるのか?
AIは、我々炭素ベースのニューロンやシナプスの働きの結果表出される共同主観的現実とは異なり、全く異なる仕組み、それも人間には到底理解できない仕組みで共同主観的現実を形作ると著者は警鐘を鳴らしている。一例として、SNSよる偏向した投稿や動画が自動再生されるなどして拡散し、ミャンマーでのロヒンギャ族の弾圧やブラジルで泡沫候補が大統領に当選するなどの事態が現実に起きている。
人間には及びもつかない考えや決定を行うAIが社会参加すると、国家、社会、市場、軍隊などの形態が必ず変化する。人類が経験したことのない、極めて重要な局面にあると著者は主張する。
では、いったい我々はこれからAIとどのように向き合っていけばいいのか?それは当然に一言で答えの出るものではないだろう。まず第一に我々人類全員が人類史上類のない重大な局面にいることを自覚すること、また特にSNSをはじめとした情報の洪水に翻弄されず、多様な情報を整理しながら熟議をはかることなどが、個人レベルから国家レベルまで重要になるのだろう。言うは易し、行うは難し、であるが・・。
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ネタバレ社会に出てから、XだからYであると行った一次関数的な要因と結果の関係性が過度に強調されすぎていることに違和感を感じていた。
単純明快で理解しやすい構図が好きではない。そこまで世の中は単純化できないのに人間が理解しやすいように整理されすぎている自己啓発本に対する嫌悪感もこの違和感に起因していたと思う
だからといってあまりにも決定論すぎる考えもいかがなものかと思い自分が抱いているこのモヤモヤの解決に一歩近づけたらと思って手に取った。
冒頭はあらゆる事象から「ランダム性」をとき、私たちがコントロールできると信じている事柄が本来はどれだけコントロールができないことであるかということを論じていた。
ここまで読んで決定論的な考えに着地さられるのかと思いきや、そうではない着地で驚いた。私自身冒頭を読んでやはり決定論的な考えの方が正しいのではないかという気持ちになりかけた。しかし決定論的な考えが行き着く先には人種差別や性差別などもともと持っている能力やポテンシャルを過度に評価する思考に近づくという点で危険な思考だというリスクが述べられていたし、決定論的な面は少なくともあるがここで自分のランダム性というものへの過小評価について気付かされた
そもそもの決定論的なものの中にあるランダム性、そして未来に起こりうる外部のランダム性によりいくらでも世界は変化する。この点において世界は決定論的ではないのだ
この着地が本著のよかった点であると思っている
ネガティブな運への捉え方ではなくポジティブ無方への捉え方で着地した
世の中はコントロールできないという点ではネガティブに思えるが、ランダムだから面白い、ランダム性に対して価値が高いのが探索であり、探索をすることこそ人生の面白みであるという着地
意外な結論ではあったものの納得もしたし、読後感はすごくよかった
長かったけど是非読んでみてほしい -
Posted by ブクログ
上下巻を通読。こんないかにも難しそうな本を読む人はどんな人なのだろうね、と思っていたけど...これは面白い。
まさに人類のハイライトですね。
長い本だけど、泣く泣く削った部分とかあったんだろうなぁ...もっと色々書きたかったんだろうなぁ...と勝手に想像できる。全然違うかもしれないけど。
世界中の見方は正直変わらないのだろうけど、本質のようなモノを抽出して言語化できる著者は見えてる世界が違うのはよく分かった。
難易度みたいなものは特に高くない、普段使いしない漢字をめっちゃ繋げて使用してくるくらい。
ある程度、本を読む人には文句無しに勧められる。
翻訳本は読むの疲れる。
ホモデウスは読むか分からない。 -
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本書は、死についての答えを与えてくれる本というより、「死」を入り口に哲学の面白さを体験させてくれる本だった。
特に印象的だったのは、「私とは何か」「死はなぜ悪いのか」といった、一見当たり前に思える問いを徹底的に掘り下げていく姿勢だ。
私は、死そのものが怖いというより、恋人との時間や、まだ出会っていない本や映画など、未来の可能性を失うことを惜しいと感じていることに気づいた。
また、本書を通じて、私の直感と論理は必ずしも一致しないことにも気づかされた。死後には私が存在しないのだから死を恐れるのはおかしいのかもしれない。それでも、別れは悲しく、死を惜しいと思う。
そうした答えの出ない問いを考え続けることこそ、哲学の醍醐味なのだと感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレすごく面白かった。
一見するととても難しそうなテーマだけれど、読み進めるのにそこまで苦にならないのは、内容を論理的に噛み砕いて説明してあるからかなと。
変に強い思想が入りすぎることなく、自然科学も宗教も全てフラットに評価し解説している点がとても好きでした。
これまでの歴史で判明している事柄や予測される事象、これからの人類に考えられる可能性まで、本当に一貫してひたすらフラットに話しているような印象でした。私が理解しきれていないだけかもしれませんが。
特に宗教や神話について、一般的にそれに対して求められる事を踏まえつつも、ひとつの文化やあくまで物事を捉えるひとつのアプローチとして説明してあるのが個人的には好きでした。私は特定の宗教に傾倒はしませんが、文化として宗教を学ぶことに非常に興味があるので、人類という大きな共同体において宗教の位置づけがとても俯瞰的に解説されていて面白かったです。 -
Posted by ブクログ
歴史学者ハラリの描くAI脅威論に関する本書、下巻だけ読みましたが大変面白いです。技術者の感覚的な議論と異なり、歴史に基づく地に足ついた議論とロジックが構築されているので、説得力が全く違いますね。
ハラリはAIを「artificial intelligence(人工知能)」ではなく、「alien intelligence(異質の知能)」と名付けた方が良いと論じていますが、人類が理解できる範疇ではない無機的なアルゴリズムが現れた事によって起こるリスクを諸々論じています。
ただ、タイトルのNexusは「繋がり」という意味。情報によって人類が繋がり、良くも悪くも変化してきた歴史を踏まえつつも、新たなアルゴリズムの台頭に備えて人類が分断を超えて対話するべきというメッセージも包含されています。
めちゃくちゃ名著です。 -
Posted by ブクログ
おもしろい。自分がよく考えている幸せについての答えまでとはいかなくとも最適解を得られた気がした。
歴史を学んでいけるのも面白いが、そこから今の人類は、人が作り上げた物の中から幸せを感じるもの、成功というものを作り上げているのではないかと思う。
社会的真実と自然的真実の違いは自分からしたらとても驚きでこの二つは混ざり合い、人生の幸せとはなにか?という問いの時にこれが混ざってしまうことが多い。そして社会的真実だけを考え人の考えが正しいと思ってしまうことをあると思う。
この本を読むことでそのような考えは人が作り出したものなんだと分かることができる。 -
Posted by ブクログ
現代分析から、近い将来の予測まで。
「人間至上主義」によって、一人ひとりの内面の重要性や平等性が成り立っていること。
知能と意識が切り離され、知能についてはAIが人間を上回ることにより、社会にとって人間が本質的に不要になっていくという流れ。
人間至上主義から「データ至上主義」が台頭してきている。
世界のありとあらゆる情報をインターネットに繋ぐことで、人間には処理しきれない情報をAIが深く解析して何かしらの出力に繋げる。それに誤りが含まれていたとしても、人間より確からしさが上回るのであれば重用される。
自然の各種情報、各人の健康情報や心象をデータとしてAIに渡すことにより、自分自身について、自分より良い出力や意思決定に繋げることができる。これは実際に現在進行形で行われていること。
一昔前はどこでも写真を撮る日本人が馬鹿にされていたが、今や世界標準になっている。
ただ、これまではデータ処理系としての人体(経験や感情、行動)があったから人類が力を持っていたが、それがAIに取って変わられつつある今、人類が尊重される必要はなくなりつつある。
まず富裕層が独占して無用者階級が生まれるだろうが、早晩富裕層すら不要になってしまうのではないか。そこの先に何があるのだろうか。
独裁や民主主義、社会主義を超えて(現在の諸問題に対応しきれていないのはそれはそう)、AIが社会統治する方が合理的になってくるはず。
(以下感想)
内容としては「それはそう」と頷ける部分が多く、だからこそ近い将来の予想の妥当性も深かった。
これが書かれたのが2015年ということに驚いた(もっと最近かと思っていた)。少なくともこの10年において、より妥当性は増してきている。
自分自身もその大きな流れに与して助長するような考え方になってきていることを改めて自覚した。