柴田裕之のレビュー一覧
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単行本が出版された時に読んだのだが、途中で放り出したままになっていたのだが、サピエンス全史が文庫本化されたのを契機に、サピエンス全史、ホモデウス、21Lessonsと全て文庫で読み直しました。
21Lessonsはあまりにも取り扱う分野が広くてどれだけ理解したのかわからないのですが、サピエンス全史から通読したのでやっと征服した感を得ることができました。この21Lessonsの中で最後のLessonは「瞑想」なのですが、ユヴァル・ノア・ハラリは2000年にヴィパッサナー瞑想のレッスンを受けて、それ以降まいにち2時間の瞑想と毎年1か月から2か月の瞑想修行を続けているそうです。この瞑想の実践が提供してくれる集中力と明晰さがなければ「サピエンス全史」も「ホモ・デウス」も書けなかっただろうと振り返っています。
確かに情報をいくら与えられても、自分が考えていると思っていることの多くが虚構でありそれと現実を区別することがますます困難となっている現在、自分の集中力を研ぎ澄ます訓練なしには何事も明確な発言はできない。ハラリの主張はまさに明確であるのは、ユダヤ人だからではなく、瞑想の訓練をしているからなのだというのは驚きました。
いずれにしてもバイオテクノロジーと情報テクノロジーが進歩するにつれ、私たちの周りに様々なアルゴリズムが私たちをじっと見ているようになり、アルゴリズムが私たち以上に私たちを知るようになるのは時間の問題だと言えます。そのアルゴリズムに支配されずに自分自身を知るためには、努力が必要だということがわかりました。 -
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最も深い静寂を感じたときのことを思い出してほしい。
そう問いかけられて、思い出したのは、ソロキャンプに行って、ゆっくりと読書をして、ゆったりとした時だった。
この本では、騒音(聴覚的な騒音だけでなく、情報や自分の内側の騒音)に気づき、静寂を得るための実践方法が書かれている。
現代はどんどんと慌ただしくなるし、情報はあふれているし、忙しく、余裕がないと感じることが多い。
この本にもあったことだけれど、日本には、間を大切にする文化があったはずなのに、
ほとんど忘れさられて、人生で大事なことから遠ざかってしまっている気がする。
忙しい日々の中に、余裕を取り戻すための本だと思う。 -
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文庫本が出たので再読しました。サピエンス全史に比べると、妙に説明が長くわかり辛いと思っていたのですが、考えてみれば過去の歴史の場合の説明とまだ起こっていない未来についての説明ではその困難さが大きく違うのは当たり前です。未来のことは誰もわからないので、未来予測はほとんど当たることはありません。
でもこの本の秀逸なところは、サピエンスの行く末についてその根源的な方向性について語っているところです。きっとハラリは、この本を書くために、「サピエンス全史」を書いたんじゃないかと思うのです。
というのも、現在我々は自由主義という経済体制と民主主義という政治体制の下で生活をしていますが、それぞれの体制が予定している個人というのは、森羅万象についてきちんとその意味を理解できて適正な判断ができるという個人です。ところが現代人は森羅万象どころかどんな社会を目指すべきだとか、何が正義であるかはもちろんのこと自分自身についても全く理解できていません。
そして科学的には「生き物はアルゴリズムである」そして「生命はデータ処理である」という前提に立てば、サピエンスより高度な知能を持ち、圧倒的に優れたデータ処理のできるアルゴリズムにその判断を委ねる事になることは当然のことなのだと言えます。
考えてみれば私たちが今後目指すことは、健康、幸福、長生きなのですが、これを実現するために我々は多くのデータをアルゴリズムに供給する事になり、そして誰もそのアルゴリズムを理解できないままそのアルゴリズムの判断を尊重するようになっていくのは当然だと言えます。
その行き着くところは新しい神への従属かもしれません。
現代人はこの事を理解しておく必要があります。 -
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(上下巻まとめて)
サピエンス全史で、ヒトは物語を創造しこれを基盤に大勢が協力することができたから他の動物の上に君臨できた、という著者の考え方のベースはだいたいつかめていたので、スムーズに読み始めた。
「全史」の上に積み重ねるようにして展開する未来予測。知能と意識を分けて考え、生命はアルゴリズムか?と問う。私たちが普段考えている「感情」が脳の働きから来ることを考え、自由意思はあるのか?と問題提起。欲望や選択という行為は自由だ、と考えたいが、その欲望自体が遺伝子コードを反映していると解釈しないと、ダーウィン流の”自然選択”の出番がなくなる、と説明する。なるほど、だとすれば、生命はアルゴリズムだ、というテーゼに限りなく近づいていく。
人間至上主義からデータ至上主義へ、という流れを合わせて考え、このアルゴリズムの外部化というか、データ共有を重視する主義、世界の分析はなかなか面白かった。自分しか読まない従来の日記に意味はなく、経験は共有されなければ無価値だ、と。旅先で珍しいものを見た時、自分はどう感じるか?と問うのではなく、この経験を大量のデータフローにつなげることが重要。データ至上主義の世界では、データフローを妨げることが最大の罪になる。死とは、情報が流れない状態だ。
ああ、これはすでに我々が住んでいる世界の話だと改めて気づかされ、本書の未来予測がより説得力を持つ。 -
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人類が交換と専門家により繁栄してきて、そしてこれからも繁栄は続いていく。
世界は絶望に向かう悲観論に注目されがちだがこれまで予測されたものは大きく外れている。
むしろ予測に反して世の中は良くなっており貧困や病気、環境問題、エネルギーなど改善されてきている。
少し楽観的な主張は強いと感じたが全体的に世界が良い方向に向かっているのは間違いないと思う。
昔は良かった,というフレーズはここ最近ではなく何千年も前から言われているが、実際全体の数字で見ると世界の問題は確実に解決されてきている。
人間は昔(というか恐らく自分が若い時代)とネガティブ論が好きなだけでそれに現実的で数字や根拠を用いてツッコミを入れている本。 -
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読む前は「おサルの大冒険」的な、イースター島まで海を渡った移民を再現したハイエルダールのコンチキ号漂流記のような内容を期待していた。残念ながら「おサルの大冒険」の記述は後半に少しだけしか無い。
序盤から長々とプレート・テクトニクスの説明があり、おサルまだかおサルまだかというおサル渇望状態に陥る。ただ読み進めていくうちに内容に引き込まれおサルはどうでもよくなってくる。
DNAを検証したところ生物の分布がプレート・テクトニクスやヒトによる移動では説明がつかず、昆虫、両生類、哺乳類などの生物が
数百キロ、時には数千キロも海を渡っていたのではないかという考察。
◯面白かったところ
サナダムシの起源論争→ブタ無罪、真犯人はヒト
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ネタバレいくつかの主題ごとに作者が設定したテーマをもとに考えを述べていく本書。最初に書かれている通り、その後読者がどう考えるのか、を期待して描かれている。
『サピエンス全史』では過去を、『ホモ・デウス』では未来を、本作では現在を描いている。
テクノロジー面の難題。テクノロジーが発展することにより、労働がAIに取って代わられるようになる。これはグローバリゼーションに伴い国際的な問題になりかねない。また、テクノロジーの発展が種の選別に繋がるかも知れず、それのキーワードとなるのは情報である。
労働に当てられていた時間を余暇などに当てられ、生活費などを気にしないで生きていける世の中になって欲しいと思ってしまう。が、実際には余暇を持てる人と労働者という形で越えることのできない壁ができてしまい、これが世代として脈々と連なってしまうのではないだろうか。
政治面での難題
世界はグローバルな実在的脅威を生み出すことによってテクノロジーが全てを変えてしまった。つまり、核戦争と気候変動と技術的破壊といった共通の脅威に対し協力して立ち向かわなければならないにもかかわらず、それが出来ていない。それは、危険が迫らない限り危機と思えない人間達だからである。という。今の現状として一つとして解決できそうな合意に達しているものがない以上、未来は暗いのかもしれない。移民の問題は、問題点が整理されて今まで他で見たり聞いていた議論が少しわかった気がした。
希望と絶望
テロを起こす人たちの意義を述べたのちに、それが起こる原因ともなった戦争や宗教について述べた章。最後の世俗主義については理解が深まった。世俗主義が覇権をとってほしいと思うが、一部の一神教の人たちには、一神教がゆえの寛容のなさがあるため、難しいことなのだろう。
真実
ホモ・サピエンスは虚構を作り出すことにより、他の動物たちよりも上位の存在になり得た。その過程で群れをなることとなり、その範囲内でのルールとして道徳などが生まれた。が、グローバルになりすぎた現代では、道徳の基準が昔のままで良いのだろうか。また、SFの示す世界観が今後の道標になるのであろうか。
最後の方や未来への展望で『ホモ・デウス』のようなアルゴリズムに支配されている我々というようなかんじでリンクしているのも良かった。 -
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よくこの手の、「こういう考え方をすると良いんだよ」「こういうマインドセットを」みたいな本は、「でもそれが出来なくてやり方がわかんなくて困ってるんだよ」というもどかしい思いで読んでいる人も多いと思われる。
この本はそういった人たちへの処方箋、やり方を示した本だと思われる。マインドフルネスの優れた入門書であると同時に、おそらく仏教の「入門の入門」書にもなっているかもしれない。とはいえあくまでマインドフルネスにフォーカスした本なので、意識しなければ仏教の方へ深入りすることもないだろう。
ともかくこの本は神!繰り返し読んで身に付けたい技能がみっちり書いてある。
あ、これは繰り返し読むぞ!という意思表明です。はい。 -
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久々に迫力のある本を読んだな、と思う。ページをめくるたびに「そうなのか」と驚いたり感心したりしながら読んだ。
前半は、いつ人類が豊かになったのかを述べ、後半は格差がなぜ生じたのかを述べている。
人類が豊かになったのはジャガイモやアンモニア合成、産業革命(そのもの)だと思っていたが、まったく違った。それぞれの時代の各世代の生活や人々の考え・判断まで考慮しないといけなかった。そんなに単純なものではない。
格差の起源については、現代から理由を探っていき、どんどん遡っていく。圧倒的な時間の流れを受けながら要因検討を追体験する。自分が何億年も生きてきたような錯覚を抱いた。
地理、文化、政治、様々なものが俎上に載せられる。それぞれ勉強になった。
とくに専制政治の利点と欠点について、歴史的な事実の話は面白かった。「言われてみればたしかにそうなるよなあ」と思う。
表向きは専制政治でない現在の日本だが、その欠点ばかりが目立つ。
よくわからなかったのは多様性の影響度。大きいのかそうでないのかよくわからず(他要素を足していくと、およそわかる気はするが)、言葉を濁しているように感じた。 -
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全人類の共通課題→「死」について
イェール大学の教授による解説
・死は怖いものではない
→死後の世界は現在にあり、要は誰が死んでも世界は変わらないと。
実際人格や記憶が無になるだけ。
お母さんのお腹の中の記憶はありますか?という逆説的な問い。
剥奪説という考え方で、要は未来生きてればできることが奪われると考えるから怖いだけなんだ、と。(なので自殺はこの逆、生きることが怖いとなるから起きえる事象)
で、本著から学べることとしては、要は死をどう捉えるか、ということ。
締切として捉える、死は怖くないけど死ねば無になる。
なので死期がわからない今をどれだけ懸命に生きるか。
それは仕事でも趣味でも家族との時間でも何でも良いけど有意義に生きようね、という圧倒的な哲学的名著 -
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タイトルは「格差の起源」だが、むしろ、「なぜ人類は、ここ200年程度で急速に繁栄したのか」が真髄だと思う。格差(繁栄度の違い)については、「重・病原菌・鉄」などでも分析が試みられているが、本書はそれらの議論を網羅的に踏まえ、一つの完成品と言って良いと思う。大まかに言って格差とは、より生産性の高い技術いち早くを導入し(そのためには既得権益を手放さなければならない)、それを使いことなすこと(そのためには広く教育を行わなければならない)で、付加価値を生み出し続ける(営業や認知向上を行わなければならない)ことができたものが繁栄し、できなかったり留まったものが置き去りにされるということ。これを、文化や制度が加速するということも重要。今の日本、自分は大丈夫か。
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現在の社会は21世紀になっても未だに国家間・地域間の経済格差が生じている。
この大きな格差を生み出した要因とは何か?
という問いに答える本書。
テーマとしてはダイアモンド博士の鉄、銃、病原菌と重複する部分は多い(実際引用も多い)が、それよりも近代の産業革命以降に多くのページを割いているのが特徴的。
子どもがよく言う「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」
というという問いに一番納得できたのが本書だった。
本書を通じて面白いのは「生活水準」に重きを置いていた点である。
人類全体の所得に着目するのでなく、人口一人当たりの所得に着目すると、19世紀以前の世界では、世界のどこでも生存ギリギリの生存水運が普通であった。
(もちろんごく一部の特権階級や、発展した都市では別だったのだろうが)
それまではマルサスの罠と呼ばれるすべての生物が陥る貧困のスパイラルから人類も逃れられなかった。
(技術革新で余剰食糧が生まれても人口を増やして食いつぶしてしまうこと)
それを乗り越えたのが産業革命であった。
これにより市民は人的資源(つまり基礎・高等教育)の重要性を認知し、子供に教育を受けさせるようになる。
教育には金がかかるので、出生率は低下した。
これにより人類はマルサスの罠を抜け出し、余剰所得はそのまま人々に分配され、それが更に人的資本に注入され、技術・社会制度革新を生むという正のループに入るというのが、豊かになった国々の特徴といったお話。
後半では、なぜ欧州では人的資本に注力できたかを様々な視点から紐解き、歴史をさかのぼって探求していく。
こちらもなかなか面白い。
ただし、現在の経済構造や国家間の経済格差には触れられていないので、そちらはどちらで気になる点はある。 -
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・自由民主主義や自由貿易は完璧な制度ではないが、最善の制度ではあるというのが21世紀の答えになっているが、果たして今後もそうだろうか。データ社会となり、頭のいいAIが理論上最適解を導ける社会が到来したとき、無知の人間に等しく投票させる自由民主主義は好ましいのか。最も納得感のある制度であることは間違いないが、正しい解を導けるかは分からない。
・チャンスを掴む人間というのはチャンスを掴む準備をしていた人間であり、何もしていない人間は、どんなに社会が機械化、AI化したとしても、棚ぼた的な成功はつかめない。今後の世の中というのは、より格差が生じる社会となる。 -
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今この時間を大切にしようと考えるきっかけを与えてくれる本。
私たちは、いつか死ななければならないということを明確に認識しつつ、一方では自分が存在しない「死」というものを想像できない。このことが、自分は死ぬはずがないということを信じさせやすくなり、自分の消滅は不可能であるという「不死のシナリオ」を創出する。また、これが文明や科学など人類の業績の基盤を発展させた源であると位置付けている。
著者は、「不死のシナリオ」を4点に分類する。「生き残りシナリオ」(死なずに生き続ける)、「蘇りシナリオ」(いったん死んでも、蘇って生き続ける)、「霊魂シナリオ」(非物質的な霊魂として生き続ける)、「遺産のシナリオ」(名声や業績、子孫などとして生き続ける)だ。
著者はこの4つのシナリオがいずれも不十分であることを明快かつ鮮やかに論証し、第5のシナリオを提唱する。生の有限性に向き合いつつも、満足して人生を送ることができるシナリオを。それが、「知恵のシナリオ」だ。
死すべき運命を受け入れて、死の必然性と共に生きる道を見つけること。人間は有機化された複雑な仕組みであり、機能停止すればその人は終焉を迎える。死という新たな状態になったわけではない。ヴィトゲンシュタインによると、「死は人生における出来事ではない。私たちは生きて死を経験することはない」そうだ。
本書を味読することで、時間の有限性をかみしめながら生活することの大切さに気づかせてくれる。 -
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ネタバレ格差の起源_オデッド・ガロー著_柴田裕之訳
そもそも格差とは?
健康格差、教育格差、経済格差、世代間格差、地域格差など、世の中にはさまざまな格差と呼ばれる言葉がある。
Wikipediaによると、"格差(かくさ)とは、同類のものの間における、程度(水準・資格・等級・価格・格付け、レベル)などの差や違いである。また、社会問題の一つとしての意味合いを込めても用いられる語であり、貧富の差(経済格差)などを意味しても用いられる。"とある。
そもそも、違いがあるのは当たり前なので、格差があること自体は当然。その一方で、後者の部分を指した言葉が、〇〇格差なのだと、改めて認識した。
では、そのような違い及び、社会問題ともなる格差はどのように人類で始まり、今に至っているのか。
この本は、それを説明する本である。
特に興味深いのが、なぜ農業革命が起こり文明が進化した地域で産業革命は起こらなかったのかという問い。
それを、著者は人類がアフリカから出た時から、実は始まっていると説明する。
それが、実は現代の男女の賃金格差や多様性に結びついている。
最後に著者はこう結ぶ。
"豊かさと地球規模の格差の起源を理解する事が、世界全体の繁栄を促すような政策設計につながり、人類が未知の領域へと旅を続ける中、読者が、先々待ち受ける今よりさらに豊かな未来を思い描き、その実現に向けて努力できるようになることを、わたしは願ってやまない"
#格差の起源
#オデッドガロー