柴田裕之のレビュー一覧
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『ホモ・デウス(下)』では、上巻で描かれた「人類が神に近づく未来」の具体的な姿がさらに鮮明に語られます。AIやアルゴリズムが人間を超える存在になるとき、私たちが信じてきた「自由意志」や「個人の尊厳」はどうなるのか――本書はその問いを真正面から突きつけてきます。
特に印象的だったのは、「人間よりもデータが自分を理解する時代が来る」という指摘。好きな映画や恋人さえ、アルゴリズムのほうが自分自身より正確に選び出す未来を想像すると、便利さと同時に強い恐怖を覚えました。
また、宗教や思想を「物語」として捉え直す視点も興味深く、人類は常に物語を信じることで社会を作ってきたのだと改めて気づかされました。
下巻は難解な部分もありますが、「AIの時代を人間はどう生きるのか」という問いは、まさに今の自分たちが直面しているテーマ。未来を考える上で必読の一冊だと思います。 -
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『ホモ・デウス(上)』は、『サピエンス全史』に続いて、人類のこれからを考える壮大なテーマの本です。かつては「飢餓・疫病・戦争」といった脅威に苦しんできた人類が、それらをある程度克服した今、次に目指すのは「不死」「幸福」「神のような力=ホモ・デウス」だと語られます。
印象的だったのは、歴史を通じて人類が「神を信じる存在」から「データを信じる存在」へと変わってきたという視点です。AIやバイオテクノロジーが進歩するなかで、人間が本当に自由意志を持っているのか疑わしくなるという指摘にはゾッとしました。
文章は専門的ながらも例えがうまく、読みやすくて引き込まれます。内容は哲学、宗教、科学、歴史と幅広いですが、どれも「これから自分がどう生きるか」に直結するテーマばかり。読んでいる間、ずっと思考を揺さぶられました。
上巻はまだ導入ですが、それでも十分に刺激的。未来やテクノロジーに関心がある人、あるいは人類の行方を真剣に考えたい人にはぜひ読んでほしい一冊です。 -
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歴史的な大惨事(カタストロフィ)は予測不能である。これが本書の要点だろう。ほとんどの惨事は正規分布しておらず、ランダムもしくは冪乗分布している。
もちろん、ある程度予測できる出来事(灰色のサイ)もある。また、予想を超えた惨事(ブラックスワン)がある。そして、手のつけられない大惨事(ドラゴンキング)・・。これらを予測することは不可能だ。そしてこれらの災害は、「天災」とも「人災」とも区別がつかず、重層的に絡み合っていることが多い。所謂複雑系であり、完全に防ぐことはもとよりできない。
人類の歴史は、まさにカタストロフィの歴史であったわけだが、我々の未来はどのような展望を描くのか。当然の帰結として、予測不能だということだろう。著者は、せいぜい社会や政治制度がレジリエンスのあるものにすることくらいだ、と述べている。
平和な世の中で過ごしていると、人類の歴史は良い方向に進歩しているような感触を知らず知らずのうちに持ってしまいがちだ。そう思うのは私だけだろうか。本書はそのような考えに一石を投じているように思う。振り返るに、我々の世代もブラックスワン級の災害を経験している。その時の社会を支えている私たちの在り方が、突如現れるカタストロフィに対してもある程度のレジリエンスを持って社会を維持していく鍵になるのだろう。 -
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ネタバレ◆感謝祭の場面
険悪の仲である長男・ドナルドが次男・ジムと取っ組み合いになり、ついにドナルドはテーブルを持ち上げてジムに投げつける。母親の耳が手作りのお菓子の家を粉々に壊すシーンがせつない。
◆メアリー(小学5年生)
「自分の部屋で何時間も、クローゼットや机の引き出しを整理しては、やり直すことに没頭し、自分には多少なりとも物事を意のままにする力があると思おうとした」(P.220)
「まず、十二人も子供を儲けておいて、全員を理想的なアメリカ国民に育て上げられると考えること自体、自覚が欠けていると思います」(マーガレット P.404 )
「彼のことは、安全な港と呼びたいです」(ワイリーと結婚したメアリー P.446)
ゲイリー夫妻の援助がすごい。マーガレットを下宿させるだけでなく、リンジーの息子をセラピープログラムに参加させた際の費用援助が月額8,300ドルを合計21ヶ月分っていま換算すると2,500万くらいじゃん!
◆サム・ゲイリー
36回目に油田を掘り当てて財を成した。
8人の子供のうち4人を難病でなくし、そのこともあってゲイリー夫妻は科学研究や医療の分野に莫大な寄付を続ける。モンタナ州で掘削件権を獲得するのを手伝ったのがギャルヴィン家の父・ドン。それでギャルヴィン家を援助している。
ラストでリンジーの娘のケイトがメディカルスクールの研究室にいる場面で終わるのがまるで映画のよう。
「それは、彼女の六人の伯父のおかげで、未来の世代のためにすべてを変える可能性のある試験だった」(P.473) -
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ネタバレ自由意志など存在せず、人間は単なる有機アルゴリズムであり解明可能というスタンスで科学は突き進む。
そうなのかもしれないけど、意識や心や思考(と呼ばれるもの)がどのように生じるか、完璧なメカニズムはまだまだ解明に時間がかかりそうだし、最後の1ピースが見つからずにやっぱり解明できないのかもしれない。
なんだか、ぜひそうあって欲しい。
でもその反面、データ至上主義の観点で世の中を解説されると妙に腑に落ちるところもある。
データは人間に理解しきれないアルゴリズムの境地にいよいよ到達しているが、このまま我々を押しのけて地球の中心になるのか?
本書では「すべてのモノのインターネット」に接続することでデータ自由化が加速度的に進むことを目指し、すでに我々は走り始めているということだった。でも、もしかしたらインターネットを介さない、我々の認識できない別の次元で、もうすでに我々は接続されているのではないかと妄想した。
人間よりも優れたアルゴリズムが人間よりもはるか昔からその別次元に存在しており、ただひたすらその筋書き通りに、人間は宗教を作ったり遺伝子工学を発展させたりAIを開発してきただけなのかもしれない。
人間内部に解明できないアルゴリズムがあることも、開発途上のAIあるいは外部アルゴリズムのうち、人間が解明できていない部分があることも、いずれも我々よりも高次元のモノの存在を感じさせる。
その場合、その大いなるアルゴリズムこそ、我々が神と呼んできた存在ではないか。 -
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前作に引き続き、ホモサピエンス特有の強みである「集団で見えないなにかを信じる力」の解説から始まったので、ああそうだったと思い出しながら楽しくすんなり読めた。
アニミズムから神の存在、ルネサンスと人権主義までどんどん人間の歴史の歩みが解き明かされていく。そして、現代のすべての秩序を宗教と言い切ってしまう。これは自分にとって新しい視座だった。
たしかに資本主義ですら、信者が圧倒的に多いから現状上手く回っているだけの宗教なのかも。
科学と宗教のライバル関係?奇妙な均衡?は、これからの時代どうなるのか。とんでもなく力を増していく科学に対して、新たな宗教が対抗してくるのか。
下巻が楽しみ。
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Posted by ブクログ
ネタバレ上巻を読み終えるのにかなり苦労したのですが、下巻は文庫を買って肌身離さず携帯していたので意外に早く読み終えることができました。
やはりかなり難しかったですが、一応、著者の主張を理解しながら結論に到達することができました。
以下ネタバレなので注意して下さい↓
上巻のレビューにも書いたとおり、下巻では「人間至上主義」にとって変わるものは何かを予想する、ってことになってたので、何が出てくるん!?と期待して読みました。な、な、な、なんと、本書での説によると・・・
科学が進歩すると、人間も他の生き物も、ただの「アルゴリズム」にすぎないことが分かってしまう。最終的には一部の人間が力を手に入れて、多くの人間は失業者ですらなく、「無用者」になってしまう。意識と知能が切り離され、知能はAIが人間の脳に接続され、超人が誕生する。地球上の人間やありとあらゆるモノのデータがすべてつながり、人間はデータ処理するためのツールでしかなくなる、鶏より人間が勝っているのは、ただ単に鶏より人間の方が複雑なデータを処理することができるからだ。今や人類は、常にwebにアクセスしてその経験や意識を「共有」しないと価値がない状態になっており、あなたがどんなに素晴らしい経験をしても、それをデータとして保存し、SNSにアップロードし、公開し、いいねをもらわないと価値がないとされる。
↑読んでいるうちに不安になってくるがもちろん極論で、最後は「本当にそうなのかよく考えろ」的なことも書かれているので良かった。
今回も、ところどころ日本の政治の例も差し挟まれていて興味深かった。また、「訳者あとがき」が素晴らしくわかりやすかった。 -
Posted by ブクログ
前半では、なぜ19世紀以降に劇的な経済成長が生じたかを、後半では、なぜ国家間に格差が生じたかを解く。
産業革命によってマルサスの罠から解き放たれたのは、工場化によって労働者への教育の必要性が高まり、子供を増やすよりも教育に金をかけることになり、人口増加率が低下したため。工業が成長した産業革命の後半になると、技能を持つ労働者の需要が大幅に高まり、労働者の生産性に影響する教育、訓練、技能、健康などの改善が意識され、実施されるようになった。
土地が少数の地主に集中している地域では、地主たちは労働者が近隣の都市へ集団移動するのを食い止めるために、公的な普通教育制度の確立に反対した。
ヨーロッパの工業化によって、国際貿易は大幅に増えた。世界の総生産高のうち国家間で取引された割合は、1800年の2%から1900年には17%、第一次世界大戦直前の1913年には21%まで増えた。国際貿易の拡大は、工業国では技能を持つ労働者の需要が高まったことで、人的資本への投資が強化され、人口転換に拍車がかかった。非工業国では、技術を必要としない農産物や原材料への生産への特化が奨励されたため、人的資本に投資する意欲が抑えられ、貿易の利益は人口増加に回されてしまった。発展途上国では、19世紀の間に工業化の水準は低下し、ようやく飛躍できたのは、20世紀後半になってからだった。
貿易が行われるための重要な前提条件として、拘束力と強制力のある契約のような政治と経済の制度があることが必要。合意に対する違反を統治機関が防げなければ、貿易に大きな支障が生じるため。共通の通貨、財産権の保護、一律に課される法律など、貿易に役立つような制度を発展させた社会の方が経済成長を促進できた。一方、貿易に適した制度を整えることが遅かった社会は、後れをとることになった。
中央アメリカとカリブ海域諸島の気候や土壌は、コーヒー豆や綿花、サトウキビ、タバコを育てるのに最適だったため、プランテーションによる集約的な土地所有によって、不平等な富の分配や強制労働、奴隷制につながり、不平等を定着させ、成長を阻害した。
マルサスの時代までは、技術の発展と人口密度が直結しており、人口密度の高い地域は文明が進んだ地域だった。繁栄していた地域では、植民地政府は地元民の富を収奪する制度を作る動機が強まった。のちに植民地が独立を勝ち取ったときも、宗主国の跡を継いだ地元の有力者は、収奪的で成長妨げる制度を継続したため、一向に発展できなかった。一方、人口密度が低く、あまり発展していなかった地域では、包括的で成長を促進するような制度を樹立し、これが地域の経済発展に貢献した。
資源が豊富だと、レントシーキング型の非生産的な活動が促進され、人的資本収集集約型の部門から人材や物資や資金が奪われるため、長期的には「資源の呪い」をもたらす。
エスター・ボーズラップは、女性の役割に対する態度は、産業革命以前の農耕の手法によって異なるという仮説を提示している。土壌の性質や主な作物によって、鍬や熊手を使って耕す地域もあれば、牛や馬につないだ犂を使って耕作する地域もあった。犂を使ったり、それを引く動物を操るには強靭な上半身が必要なため、そうした地域では、その後も家庭内での男女の労働分配がはっきりしている。鍬や熊手を使っていた地域では、男女が共同で農作業を行う傾向がある。
土壌が穀物の収穫に適した地域では、複雑な階層性社会が生まれやすい。発展した古代文明では、農業は、計量も輸送も貯蔵も楽で収税も簡単な穀物を土台にしていた。主に塊根や地下茎を収穫する地域では、都市国家や国や帝国などの階層的な社会には発展しなかった。
2010年から18年の一人当たりの平均所得の国家間格差のうち、地理と気候で説明できるのは40%、病気の蔓延しやすさは14%、民族や文化の要因は20%、政治制度で説明できるのは10%(Ashraf et al. 2021)。