あらすじ
ホモ・サピエンスが文明を築き、世界を制覇したのはなぜか? 人類の誕生から狩猟採集、農業革命を経て歴史の統一まで描く、巨大な物語。世界的ベストセラーついに文庫化!
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Posted by ブクログ
一度挫折し、何度もおすすめされ、、どう考えても興味のある中身であることが明確になり再読。面白すぎた。差別、ヒエラルキー、神話、宗教。この辺りの学びは、なぜ今まで学ばなかったのか……と悔しくなるほど。なんて興味深い生き物なんだ、ホモサピエンス。知れば知るほど、ここに、真理が詰まってる。
Posted by ブクログ
人類が、どのように進化し、どのように社会や国を構成してきたのか、その背景がよく分かった。
地球史や生物学史的に見れば、サピエンスが社会や国を構成し始めたのはほんの最近のことで、生物学的な進化がそれに追いついていないという話はとても興味深い。
それは、生物学的な追いつきもそうだが、近年の社会の急激な変容に対して思考が追いつかない(多様性の尊重、パワハラ、セクハラなど)のも似たようなことが起こっているように感じた。
農耕革命の文脈では、それまでの狩猟採集生活から、労働の負担や階級の創出、疫病のリスクが生まれたという観点はとても面白い。
生活を豊かに、食糧を楽に安定的に確保するために畑を耕し作物を栽培する。結果として人類は日々働かなければいけなくなり、労働者と支配者の階級が生まれ、特定の土地での疫病や不作のリスクも負うことになった。
これは現代社会のあらゆる技術進展においても同じことが起きていると思う。コンピュータが発明され、電子メールが使えるようになると、今まで手紙でのやりとでは不要だったメッセージの返信も必要になる。AIについても同じようなことが言えるんだと思う。AIに学習をさせたり、プログラミングが必要だったり、ファクトチェックが必要だったり。
本当に便利になっているのかという再検討は行われない。それを仕事や生活に取り入れて生活していくしかない。
人類の進化において「虚構」を共通認識できたことが大きく影響しているという点については確かにと思った。国や、社会、会社、貨幣など、抽象的で実体はないものを認識で共有化できたからこそ人類はここまで発展できた。
また、帝国主義は批判的に語られることが多いが、人類の歴史上、征服と被征服の歴史は繰り返されており、本の「純正」とされる文化もどこが別の民族を征服して成り立ってきているという観点はなるほどと思った。
Posted by ブクログ
面白い話多いけど抽象的なので読むの時間かかる
神話の話は目からウロコだった、あと社会的な属性って人間が全部作り出したものなんだって思ったらだいぶ生きるの楽になってきた
男らしさ女らしさ、消費主義ロマン主義とかめちゃくちゃ現代の我々はそれに振り回されてるけど、実際は時代や文化によって変わるからそこまで気にしなくていいんだな。生きたいように生きよう
Posted by ブクログ
私たち、ホモサピエンスの歴史を客観的にみていて面白い。
人類は虚構(法律や紙幣、宗教、国)を信じることで発展してきた。
私が生きているこの環境も虚構で成り立っている。この虚構を信じることで生活ができている。
でも生物学的に見ると、存在することのないもの。
自分が正しいと信じていた価値観でさえも、覆りそうな考え方にさせられる一冊。
あと、この本を読んでから、
周りの人たち全員同じホモサピエンスだよね、みたいな考え方になれるので、ちょっと生きやすくなった。
Posted by ブクログ
おもしろい。自分がよく考えている幸せについての答えまでとはいかなくとも最適解を得られた気がした。
歴史を学んでいけるのも面白いが、そこから今の人類は、人が作り上げた物の中から幸せを感じるもの、成功というものを作り上げているのではないかと思う。
社会的真実と自然的真実の違いは自分からしたらとても驚きでこの二つは混ざり合い、人生の幸せとはなにか?という問いの時にこれが混ざってしまうことが多い。そして社会的真実だけを考え人の考えが正しいと思ってしまうことをあると思う。
この本を読むことでそのような考えは人が作り出したものなんだと分かることができる。
Posted by ブクログ
人類史というと専門的で固く聞こえるが、実際読んでみると人類の誕生から今までの歴史をわかりやすく記している。
自分たちが当たり前に理解していると思っていたものがどう生まれたか、人間の特徴であるイマジネーションを軸に、身の回りの現象の本質を見つめさせる本。
哲学的でもあり、世界の見方を変えさせる素敵な一冊!
Posted by ブクログ
人類とホモサピエンスの違いは虚構を扱えるかどうか
私たちは虚構の上に社会が成り立っているけれど、宗教や神話が薄れた個人主義の現代に私たちが目指すべき道はどこにあるのか、どこを向いているのか
正解はないけれど社会、未来、自分をまた違った視点で考える機会になる良い作品です。
ホモ・デウス含めた全てを読んで、ディストピア作品やユートピア作品との違いを考えたい……!
Posted by ブクログ
1. 認知革命と「虚構」が作った世界
本書の根幹にあるのは、「人類がなぜこれほどまでに世界を支配できたのか」という問いへの答えだ。著者のハラリ氏は、その要因を「認知革命」による「虚構(フィクション)を信じる力」だと断じている。
サピエンスは、国家、法律、人権、そして貨幣といった、物理的には存在しない「概念」を共有することで、見知らぬ人同士が何万人、何億人と協力することを可能にした。
特に貨幣についての「最も効率的な相互信頼の制度」という定義は面白い。誰もがその紙切れに価値があると信じ込むことで、大規模な経済活動が成立している。裏を返せば、私たちが日々一喜一憂している社会の仕組みの多くは、共通の「思い込み」の上に成り立っているということだ。
2. 農業革命は「史上最大の詐欺」か
1万2000年前に起きた農業革命を、著者は「史上最大の詐欺」と呼ぶ。
狩猟採集時代、人間は多様な食物を摂取し、自由な時間を謳歌していた。しかし農業を始めたことで、特定の作物(小麦や米など)の奴隷となり、不作のリスクや重労働、そして階級格差に縛られるようになったという。
生物学的な「種の繁栄(人口増)」には成功したが、個人の「幸福」という観点で見れば、むしろ生活の質は低下したのではないか、という指摘は鋭い。現代の私たちが感じているストレスや生きづらさの根源が、急激すぎる生活様式の変化に遺伝子が追いついていない「タイムラグ」にあると考えると、妙に腑に落ちるものがある。
3. 歴史の非情な側面
サピエンスが勢力を広げる過程で、多くの大型動物や、ネアンデルタール人のような「兄弟種」が絶滅に追い込まれた事実についても、淡々と、しかしドラスティックに描かれている。
著者は倫理的な批判をするのではなく、生物学や歴史の視点から、サピエンスがいかに「危険な存在」であったかを警鐘として鳴らしている。環境破壊や核の脅威を抱える現代において、この性質は変わっていないのだと思い知らされる。
4. 冗長な具体例がもたらす説得力
本書は決して薄い本ではないが、その厚さは「具体例の豊富さ」に由来している。この具体例が非常にユーモラスで、かつ思考を揺さぶってくる。
例えば、イタリア料理に欠かせないトマトがメキシコ原産で、ヨーロッパに伝わったのはわずか400年前だという話。カエサルはトマトスパゲティを食べたことがなかったし、ブッダは唐辛子を知らなかった。
私たちが「伝統」や「当たり前」だと思っている文化も、実はごく最近のグローバル化によって作られた「共同主観」に過ぎない。こうしたエピソードの積み重ねが、難解な概念を血肉化させてくれる。
5. 総評:歴史を「美化しない」視点
読み終えて感じるのは、ある種の解放感だ。 社会にある格差やルール、絶対的だと思っていた正義も、歴史の文脈で見れば移ろいゆく「虚構」の一つ。そう認識することで、今のシステムに過剰に適応しようとする肩の力が少し抜ける気がする。「人権」も「平等」も、生物学的な事実ではなく、協力のために発明された強力な「虚構」なのだ。
ドラスティックに歴史を切り取る筆致は、塩野七生さんの著作を読んだ時の感覚に近い。人間の物語を美化せず、本質をありのままに提示する姿勢には、強い説得力がある。
⇓好きな一節(第2章 虚構が協力を可能にした P40)⇓
虚構のおかげで、私たちは単に物事を想像するだけでなく、「集団」でそうできるようになった。聖書の天地創造の物語やオーストラリア先住民の夢の物語、近代国家の国民主義の神話のような共通の神話を私たちは紡ぎ出すことができる。そのような神話は、大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスに与える。アリやミツバチも大勢で一緒に働けるか、彼らのやり方は融通が効かず近親者としかうまくいかない。オオカミやチンパンジーはアリよりもはるかに柔軟な形で力を合わせるが、少数のごく親密な個体とでなければダメだ。ところがサピエンスは、無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力ができる。だからこそ、サスペンスが世界を支配し、アリは私たちの残り物を食べ、チンパンジーは動物園や研究室に閉じ込められているのだ。
⇓好きな一節(第9部 統一へ向かう世界 P210)⇓
私たちは相変わらず「純正」の文化ということをしきりに口にするが、独自に発展し、外部の影響を免れた古代の地元の伝統から成るものを指して、「純正」というのなら、地上には純粋な文化は1つとして残っていない。過去数世紀の間に、すべての文化は、グローバルな影響の洪水で、ほとんど原型を留めていないほどまで変化してしまったからだ。
このグローバル化のうちでも、特に興味深いのが「エスニック」料理だ。私たちにはこんな思い込みがある。イタリアのレストランではトマトソーススパゲティーが食べられて当然だ。ポーランド料理とアイルランド料理の店ではジャガイモがたっぷり出てくる。アルゼンチン料理の店では何種類もビフテキ、インド料理店では、ほとんどの料理に辛い唐辛子が入ってる。スイス風のカフェのハイライトは、ホイップクリームの載った濃厚なココアだろう。
だが、これらの飲食物は皆、もともとこれらの国のものではない。トマトと唐辛子とココアはどれもメキシコ原産で、ヨーロッパとアジアに伝わったのは、スペイン人がメキシコを征服した後に過ぎない。ユリウス・カエサルとダンテ・アレギエーリは、トマトにまみれたスパゲティーをフォークに絡めたことが1度もなかった。(実のところフォークさえ、まだ発明されていなかった)ウィリアム・テルはチョコレートを味わったことがなく、ブッダは唐辛子で食べ物に辛みを加えたりしなかった。じゃがいもがポーランドとアイランドに伝わったのはわずか400年前だ。1492年にアルゼンチンに入ったのはラバのステーキだけだった。
Posted by ブクログ
❝それに引き換え、人類はあっという間に頂点に上り詰めたので、生態系は順応する暇がなかった。そのうえ、人類自身も順応しそこなった。❞
人類の進化の歴史、そしてこれからの進歩について、新しい視点をもらえた1冊。
Posted by ブクログ
世界の見え方が変わる本。なぜホモ・サピエンスが天下を取れたのかが順を追って納得できる論で説明されており引き込まれる。
特に印象深いのは、虚構を語る能力によってそれまでせいぜい数十名でしか協力できなかったホモ・サピエンスが、数千数万の単位で同じ神話を信じ、同じ方向を向けるようになったという論。
また、農業革命が必ずしもホモ・サピエンスを幸せにしなかったのでは?という話も面白かった。むしろ「種の繁栄」という意味で小麦の方にしてやられていて、でも小麦はどこでも育つし、これにより爆発的に人口が増えた…全てが繋がっていて面白い。下巻も楽しみ。
Posted by ブクログ
「認知革命」という単語を初めて聞いたのがこの本。
結構有名やったから読んでみたけど、面白かった。通常の言語を操る動物やったりとか、人に類するものと違って、人類を人類たらしめているのが「虚構を信じられる(ストーリーを作れる、あるいは神様という存在を作れる)」という点。そういう観点はなるほどと思いながら、結構面白く読み進められた。
この本で知ったことを踏まえて、「それで?」という先を考えるのは結構難しいかも。
この知識が日常生活にどう生きるかという観点より、「人間って地球上の生命の中でこういう観点から特別なんや」とか「こうやって今まで繁栄してきたんや」という事実を認識できる本、という感じ。
Posted by ブクログ
序盤は共感できることも散見され、テーマも興味深く読んでいたが、同時に、初めて「(悪い意味での)ずいぶんナラティブなレビューだな」という感触も付きまとっていた。
これまで読んでいるレビューのほぼすべてがナラティブレビューであり、それに否定的なわけでは全くない(むしろ天才や専門家の深い知見を知れるので大好き)のだが、本書からは「根拠としている部分にどこまでコンセンサスが得られているのだろうか?」や「引用がかなり恣意的な気がする」という疑問が浮かぶことも多く、自説へ引っ張りすぎているのではないかと思っていた。
決定的に「おかしい」と感じ、著者の背景を調べたのは『男女間の格差』の節であった。
この話題の前節までの「(人種)差別とそれに伴う待遇の違いが実際に格差を生み、差別をさらに強化していく」という論旨は明解で説得力があるものであった。しかし、男女の違いを論じ始めると倫理を無視したような無理筋な主張を繰り広げ始め、首をかしげた。
社会を維持するためのルールを破壊しても「生物学的に可能だから」で良いわけがない。例として心理的抵抗感のある殺人や犯罪、生命倫理ではなく同性愛を持ってくることも詭弁のように思えた。また、「生物学的に可能」は、実は万能な表現ではない。交雑種のように「可能だが普通はしない」ことが多くあり、著者の主張に反する「生物学的に可能だけど不自然」があることを無視している。
この『同性愛』というテーマも性急に現れており「男女間の”身体的差異”は多くのことに無関係という主張ではなかったのか?そこへなぜ同性愛を?」と論旨のブレに引っかかりを感じ、また論調が”男性”同性愛への感情的な訴えにすり替わったことにも強い違和感を感じた。
そもそもフォーカスしていることが、性的少数者でも、両性愛や同性愛ですらなく、”男性”の同性愛という極端な部分であることが非常に奇妙(というより論理構造のあまりの偏りに気持ち悪さを感じたという方が近い)であった。
後に著者を調べてみてゲイであることがわかり、極端な選択をした理由の一端が分かった気がした。
著者の性的嗜好についてははっきり言ってどうでも良く、また、ゲイに対する差別的な考えが本書の発想の大元になったようである(= 個人の体験に基づく問題提起)という点も特に咎め立てる事ではないのだが、
問題は自身の特殊な立ち位置を本文中で一切明かさず(そもそも原著出版時に公にしていたかも怪しい)に、巧妙にゲイだけを擁護する表現を紛れ込ませている点だ。触れられているのが”男女”間の差異の節であり、併記できる文脈があるにもかかわらず”女性”同性愛を一切記さないという点も印象が悪い。
正々堂々と節を分けて性的少数者の是非をバランス良く論じてやればよいだけで、そうすれば次節の『生物学的な性別と・・』との接続も良くなり性別に対する見方を揺らがせる効果も上がるだろう。妙だと思った「生物学的に可能」に関する主張も綺麗に収まる。現状の書き方、対象の選択のまずさが周辺の節にまで歪みを生じさせているように思えた。
前述の「悪い意味でのナラティブレビューだ」という感覚と合わせると、著者は人類史の帰結に見せかけながら本書の各所で自身の考えに有利な方向へ誘導しているのではないかという疑念が強くなった。
そのため、本書は「著者の鋭い感性によって得られるものも多いが、そのまま丸呑みしてはいけない書籍」という見方に変わった。
本書に対して懐疑的な見方をしながら終盤部分を読み進める(ふり返ってまで数え上げる気にはならない)と、「不当な議論をしている」と感じる部分がいくつかあった。
男女間の差異、特に男性が優位な条件を論じていく内容は、どうも議論の歯切れが悪い。
本書前半部分で散々遺伝子とそれを乗り越える共同主観の話を繰り返しているので、男性が優位となることに遺伝的因子が関係している(:家父長制遺伝子の淘汰で説明するのではなく、サピエンスの基本的なプログラムとして家父長制を採る遺伝子を持っている)可能性を論じないのは不自然である。
この議論ではボノボやゾウを例として女性優位型の社会を例示しているが、これまで例として扱ったチンパンジー(:チンパンジー属のチンパンジー = ナミチンパンジー)を扱わないのは不公平であると感じた。そのチンパンジーはアルファ“オス”を頂点とする群れを築くと何度も本書中に出てくる。彼らがメスを支配する様子についても併記して良いはずだ。
チンパンジーもボノボもサピエンスと遺伝的な距離に差がないとはいえ、その生態は明瞭に違いがある。この節だけチンパンジーについて触れず、ボノボ(チンパンジー属ボノボ = ピグミーチンパンジー)のみを例に出すのなら、明確な理由と説明が必要である。
また、著者に懐疑的になっているので、広義の意味のチンパンジー(:チンパンジー属 = チンパンジー + ボノボ)と狭義の意味のチンパンジー(チンパンジー属チンパンジー)の違いに敢えて触れておらず、わざと混同させているのではないかとも思ってしまう。
男性が優位に立った理由に関しては男-女間での比較と男性間での比較、あるいは労働と知識、戦闘についての観点を都合良く出し入れして理由を有耶無耶にしようとしているように感じた。
「女性が男性より平均的に優位であってもどこかに致命的に弱い部分があり、男性はやや劣るが大きな弱点がない。また、一度リーダーになると覆すのが難しい(:本書、黒人差別の部分と同じ)」とするだけで特に男性が優位でなくとも世代交代するほど女性政権が消えていくのは簡単にシミュレートできるだろう。
弱い部分がどこかはわからない(本書、『筋力』中にあるように、リーダーは過度に若い個体ではないだろうから妊娠は積極的な理由になり得ないだろう)が、男性優位という現象が起きることは不思議ではない。
この弱い部分は単純に筋力差でも説明がつく。
先史時代、数十人規模での戦闘では指揮官が戦陣にあるのはそれほど珍しいことではなく、古代の貴族なども先陣を切り、命を張ることで尊敬される地盤を作った。著者の「指揮官は前線に立たない」という論は、部隊の規模が一定以上に大きくなり、戦術、戦略が重くなる場合、より時代が下った時のみである。
リーダーが腕っ節が強いわけではないという指摘も「従う者が強い」で片がついてしまう。この従う者は息子であったり、歳の若い親族であろう。日本にも子飼いや一族郎党という言葉があるが、血縁やそれに準じる絆は時代が下っても残るほど強力である。
仲間を指揮することが巧みで勇敢な者がリーダーになり、老いてはその息子や近親者が勇を示す。それだけで男性による支配権の継承が見えてしまう。
女性は筋力差により戦闘での働きができないため、狩猟採集時代から農耕の初期までに男性優位が決定し、覆せなかった。という単純なモデルは誰でも思いつきそうである。
このような皆が思いつきそうな内容を触れずに、より複雑な議論をしたうえで答えが出ない、というのは検討不足に感じる。
『悪の帝国?』の終盤、カレドニアの族長カルガクスについて触れている部分では異論がある部分を巧妙にごまかしている。
カルガクスの演説が創作だという点は異論が出ないと思われるが、人物が完全な創造(実在性)という点については一致をみていないようだ。
前後の文脈からも発言内容と人物の実在性を最大限の強さで言い切る必要が無い(見解の一致している「発言が虚構」ということだけ述べておけばよく、すべてが創造だと『学者が一致している』などと強調する必要性が全く無い)。
本書は一般向けにわかりやすく断定口調で述べられているが、それでも諸説ある部分を意図的に切り捨てることとは別である。ここまで感じ続けていた「引用が恣意的ではないか」などの感覚を省みれば、このような小さなねじ曲げを行っている箇所はここだけではあるまい。
「一見、人類史から導かれた公平で包括的な問題の提起に見えるが、その実、著者自身の問題意識や仮説に強く方向付けられている(ということに注意して読まねばならない)書籍」というのが上巻を読み終わった際の感想だった。
コンセンサスを得られていない知見を恣意的に引用していたり、証拠として挙げるものを自身の議論に都合の良いように出し入れしていること、自身に都合の悪い部分は話題からそらすなどの行動は無意識的に行うことではない。
これをトレーニングを受けた学者が自らの専門分野で行うのはかなりの不誠実に思えてしまう。
読みやすく流れるような文章と断定的な書き口の心地よさという優れたナラティブの才能を持っており、常識を覆し目を見張るような視点を創造することにも長けているのだから、過剰な装飾などせず堅実な根拠や自説の立ち位置を明確にして誠実に書けば良いのにと思ってしまった。
Posted by ブクログ
人類の歴史を見ると、ほとんどが「虚構」によってできているのだなと感じた。生存するための情報を得る(噂話をする)ため発達したかもしれないとされる言語が、ただの生存を超えて人々の支配・統率のための虚構を生み出すための手段となった。宗教・法律・お金の価値、人間を支配しているのはすべて人間の作り話の延長線上に過ぎないと思うと、人間とは本当に無限の可能性がある生き物だと認識させられた。
Posted by ブクログ
以下読書中のメモからAIに纏めってもらった内容。
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『サピエンス全史 上』まとめ
ホモ・サピエンスはなぜ生き残ったのか
約7万年前まで、地球にはホモ・サピエンスだけではなく、ネアンデルタール人をはじめとする複数の人類種が存在していた。
サピエンスが彼らと交雑したのか(交雑説)、あるいは完全に置き換えたのか(交代説)は現在も議論が続いている。
しかし結果として生き残ったのはホモ・サピエンスだけだった。
その最大の理由は身体能力ではなく、「認知革命」によって獲得した高度な言語能力だったと著者は考える。
言語によって事実だけではなく、存在しないものまで語れるようになったことが、人類の歴史を大きく変えた。
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虚構を共有する能力
人間は150人程度までなら、お互いを直接知ることで集団を維持できる。
しかし、それ以上の規模になると限界が訪れる。
この限界を突破したのが「虚構(フィクション)」だった。
神、国家、会社、お金、人権、法律などは自然界には存在しない。
それでも、多くの人が同じ物語を信じることで、見知らぬ人同士でも協力できるようになった。
つまり、人類最大の武器は「想像上の現実」を共有できる能力だった。
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犬という最初の協力者
人類が最初に家畜化した動物は犬だった。
狩猟民族の時代、人間と犬は互いに利益を得ながら共生し、人類の狩猟能力や生活を支えた。
異なる種同士で協力関係を築けたことも、サピエンスの特徴だった。
⸻
狩猟採集民はどんな生活だったのか
狩猟採集時代については資料が少なく、実際の生活はほとんど推測でしかない。
当時の人類も現代と同じように、多様な性格や文化を持っていたと考えられる。
「原始人」という一つのイメージでは語れない。
また、この時代は農耕社会よりも健康で自由だった可能性も示されている。
⸻
サピエンスは生態系を変えた
人類がオーストラリア大陸へ到達すると、それまで存在していた大型哺乳類の多くが短期間で絶滅した。
同様の現象はアメリカ大陸などでも起こる。
著者は、サピエンスは環境に適応しただけではなく、環境そのものを破壊しながら勢力を広げた存在だったと指摘する。
人類は産業革命以前から、生物大量絶滅の原因になっていた。
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農業革命は「史上最大の詐欺」
約1万2000年前、人類は農業を始めた。
穀物を大量生産できるようになり、人口は爆発的に増加した。
しかし一人ひとりの生活は豊かになったわけではない。
* 労働時間は増えた
* 食生活は単調になった
* 栄養状態は悪化した
* 感染症が増えた
* 財産格差が生まれた
つまり、「人類は小麦を栽培した」のではなく、「小麦が人類を家畜化した」と著者は表現する。
人口は増えたが、幸福になったとは限らなかった。
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想像上の秩序
現代社会は法律や国家によって成り立っている。
しかしそれらは自然界に存在するものではなく、人間が作った「想像上の秩序」である。
人権も平等も、お金も国家も、みんなが信じることで初めて機能する。
また、人間は生まれつき能力も環境も異なる。
それでも社会は「みんな平等である」という理念を共有することで成り立っている。
重要なのは、それが真実だからではなく、「多くの人が信じている」という事実である。
さらに歴史上では、多くの支配者が宗教や神話を利用してヒエラルキーを正当化してきた。
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貨幣という究極の共通言語
共同体が広がると、物々交換では限界が生まれた。
そこで誕生したのが貨幣だった。
貨幣に価値があるのは、紙や金属そのものではなく、「みんなが価値を信じている」からである。
つまり貨幣も巨大な虚構の一つである。
貨幣が普及したことで、宗教や文化の違う人同士でも簡単に協力できるようになった。
著者は、
「信頼こそ、あらゆる貨幣を生み出す原材料である」
と述べる。
一方で、人は相手そのものではなく、相手の持つお金を信用するようになる。
その結果、人間関係は効率化される反面、非人間的にもなり得る。
⸻
帝国は世界を一つにした
歴史は小さな共同体が大きな共同体へ統合される歴史でもある。
都市国家は王国になり、王国は帝国になった。
帝国は暴力によって拡大した側面を持つ一方で、
* 共通の法律
* 共通の言語
* 共通の文化
* 共通の経済圏
を作り上げ、人類をより大きな共同体へ統合していった。
その延長線上にあるのが現在のグローバル化である。
⸻
上巻を貫くテーマ
上巻を通して著者が伝えたいのは、
ホモ・サピエンスが地球を支配した理由は、筋力でも知能の高さそのものでもなく、「虚構を共同で信じられる能力」にあったということだ。
宗教、国家、企業、法律、人権、貨幣など、人類社会を支えるものの多くは自然界には存在しない。しかし、それらを何百万人、何十億人もの人間が共有して信じることで、大規模な協力が可能になり、文明が築かれた。
『サピエンス全史』上巻は、人類の歴史を「認知革命」「農業革命」「虚構」という3つの視点から捉え直し、私たちが当たり前だと思っている社会そのものが、人類の共同幻想によって成り立っていることを示した一冊である。
Posted by ブクログ
人類と他との違いは、虚構を扱えるかどうかという考え方が面白かった。現代の人間社会において法人という、個人とは異なる存在は虚構を扱えるが故に成り立っているなど。
進化の結果、産まれてすぐ立ち上がったり、生後まもなく自分で餌をとって食べる生き物もいる中で、人類はより未熟な状態で産まれ、大人達の庇護がなければ生きていけない状態であり、社会的な環境前提で成り立っている。
烏滸がましくも、ホモ・サピエンス(賢い人間)という名称をつけられている、人間が滅ぼした可能性の高い絶滅種がある〜等、著者は皮肉屋なところがあり、そこが面白い。
単純に数だけで見れば人類の次に多いのは家畜としての牛、豚、羊、鶏らしいが、人類以下は繁栄という意味では成功したともいえるが、自由のない残酷な飼育をされている面もあり、昨今のビーガン活動に繋がるような話もあった。
旅行などで新たな経験を得ることや、次々と出てくる様々な商品の大量消費活動など、大概の欲求はその時代の秩序から生まれる。それらは集団による共同思想によるため、自分一人がそこから脱したところで特に意味もない。
世界史にハマっている時にこの本を読んだらとても面白いと思う。そういう時に改めて読み直したい。
Posted by ブクログ
簡潔にまとめれば、これほどまでに人類が発達したのは「虚構(無から想像すること)」を生み出せるからだよねって話。
言われてみれば直接五感で感じたもの以外の、「無」を想像(創造)できるのって人類しかいないのかと考えさせられた。
「信頼」もそうだし、「政治」「価値」「国家」「貨幣」も言うなれば物理的な実態のない抽象的なもの。それを仮に生み出し、人類の間で共通認識として持たせ、維持しているからこそ、今の生活ができている。もし「虚構」が想像出来ず、見たまま聞いたままのことしか表現出来なければ、ここまで発展してないだろう。
個人的には神話の位置付けが新しい観点だった。神話は人を統治するために「人が」生み出したものって考えたこともなかった。自分にとって新しい知見が得られてありがたい限り。
後半ももちろんのことながら、『ホモ・デウス』にも興味が湧いた。
Posted by ブクログ
やっと読むことが出来た。面白いと思えた。学生時代話題に上ってて、読んだ後輩から熱心に勧められたりもした。数年前にハードカバーで買ったものの、その後に文庫本が出てこれからあと一冊、下手をするとあと三冊買うには、ちと荷が重いと思ったので、文庫本に買い換えもしたこの一冊。
農業革命によって狩猟採集民としての作業をすることが無くなって、いざ戻そうとしたら忘れて出来なくなってって流れで、余暇が出来たって確か『暇と退屈の倫理学』にも出てきて論の核になってた部分だと思うから、『サピエンス全史』の影響なのか元からそういう論があるのか、そこまでは知識不足だが、色々読んで来て色んな繋がりが見られたから今読んで良かったと改めて思う。
Posted by ブクログ
この人は冷笑しながら世界を歴史を見つめているのだろうか笑
ちょいちょいおもしろくって。
虚構の上にねぇ。うんうん。
とか思って読んでたらロマン主義で刺さる。え、どうしよう反対かと思ってたのに笑
ホモサピエンスの歴史を”認知革命““農業革命”“科学革命”の観点から独自の視点で紐解く。上巻は認知革命と農業革命。
うる覚えだった認知革命以前のホモサピエンスとその他人類の整理がまず新しく、もはや新情報。え?そうだったっけ?とか、長年ぼんやり考えていたことを裏打ちする様な記述に心躍る。
未だ多くの謎に包まれた狩猟採集民族の進化(?)や農耕民族への移り変わりを痕跡を元に説得力のある説で展開。
想像上の秩序がいかにこの世に浸透して現代を支えているかを繰り返し解説する。ぼんやりしないパワーワードが衝撃ながらかなり楽しい。
このあと1000年も続くかわからない情緒不安定な独裁者であるホモサピエンスはどこへ向かうのだろう。
6章のあたりからおもしろくなってきた。
8章は若者にも読んでほしい、想像上のヒエラルキーと差別。
Posted by ブクログ
わたしたちの祖先、ホモ・サピエンスは果たしてわたしたちが信頼するに値する人物像だったのか。
血生臭い人類史に、当たり前とされる現代の常識的な足もとが容易く揺れる。
しかし、それがとても面白い。
認知革命により虚構(神話)を信じることで見知らぬ他人と協力し大がかりになにかを成し遂げることもできるようになったホモ・サピエンス。
宗教も貨幣も国も法律も、わたしたちはふたつの現実を生きている。
皆が信じているから(わたしも信じているというような事柄で)ようやっと成立している物事の多さに気づかされ、気づくことで改めて考えを揺さぶられる本書。
社会の見方が変わる本だと思う。
哲学的な人類史という感覚。
下巻も楽しみだ。
Posted by ブクログ
人類の誕生から進化の過程を教えてくれる。
サピエンスは虚構・会話で進化をしてきた。
現在より狩猟採集時代の方が幸せだったのではないか?と考えさせられる。
Posted by ブクログ
個人的メモ
人類は約7万年前の「認知革命」で、架空の概念を共有できるようになった。
“神話”や“物語”を信じられるから、大人数で協力できるようになった。
サピエンスは狩猟採集時代のほうが、実は健康で自由だった可能性がある。
「農業革命は人類史最大の詐欺」=種全体は増えたが、個人は楽になっていない。
小麦や米を人間が育てたというより、人間が小麦に利用されたという視点。
帝国・宗教・貨幣は、すべて“共通の虚構”によって成り立っている。
お金は「最も普遍的な信頼システム」として機能している。
ハンムラビ法典やアメリカ独立宣言なども、“客観的真実”ではなく共有された価値観。
人類は多様な文化を持ちながらも、歴史を通して徐々に統一へ向かっている。
戦争や征服は悲惨だが、その過程で文化や経済圏が広がっていった側面もある。
宗教は秩序を作る力を持つ一方、人々を縛る力にもなった。
上巻全体を通して、「常識と思っているものの多くは、みんなで信じている幻想」というテーマが一貫している。
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まずは上巻まで読んだ。世界史の知識はあまりないが、一応読めた。人類の中でも唯一、生き残っているホモサピエンスがどうやって発展したのか、いま世界でおきている戦争など色々な問題がなぜ起きるのか、歴史から何かわからないかと思って読んでいるがとても興味深い内容が多い。
贅沢品は必需品となり新たな義務を生じさせると言うが、まさにその通りで、便利になるとさことが良いことなのかと疑問に感じるが、技術や社会の発展は不可逆的なものだと感じる。
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僕たちの遠い遠い祖先、ホモ・サピエンス。その歴史の全貌を知れる本。
個人的に面白かったのは農業革命のパートで、狩猟から農耕への移行は、進化的観点では成功だが、当時を生きた個人の幸福度という観点ではまったく成功じゃなかった、という話。
長い歴史で見れば、農耕によって人類は数を増やし、複製・進化に成功した。でもそれには膨大な時間がかかった。その瞬間を生きる人々にとって農耕とは、栄養が偏り、天候リスクも高く、貧困をもたらすものだった。
印象的な一節を引用。
"私は栄養失調で死んでいくけれど、2000年後には、人々はたっぷり食料があって、空調の効いた大きな家で暮らすだろうから、私の苦しみは価値ある犠牲だ"
皮肉的で、悲しい。
関連して、こんな言葉も。
"私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が私たちを家畜化したのだ。"
農耕の開始によって"小麦"という種は莫大に数を増やした。では人類と小麦、いったいどちらが主なのだろうか。
他にも、言語・化学・貨幣など、人類史上の大きなイベントを軸に語られる我々の歴史。少し長いけれど、その分満足度の高い一冊です。
Posted by ブクログ
難しい…!世界史もう一回勉強したい…!
けど内容は(ちゃんと理解できてないけど)面白くて、ホモサピエンスがなぜ他の人類種を差し置いて広く生き残ることに成功したのか、という部分を虚構に着目して書いてあった。
文量多いけど何回かちゃんと読みたいなぁ…
Posted by ブクログ
虚構、かたちのないもの、考えに人々は動かされ帝国が出来た。
今でも人々はあらゆる物語に熱狂し、踊らされて生きていて、認知の重要性を痛感。
今の私たちも力付くで統一を果たした人の子孫と思うと、国籍問わず他の人にもっと優しくなれるかもしれない。
普段美味しく食べるお肉に刹那的に心が痛む。
Posted by ブクログ
世界中全てに分布する、僕たちホモ・サピエンスの全史。
一言で言うと面白い。
取るに足らない、特別でもない、そんなご先祖さまがいかにして生物の頂点とも言える今に至ったかの話。
もう関心しきりだった、自分が知らなすぎた部分が多いだけかもしれないが...知恵がまわるし、数多いし、残虐だし、人類は地球の特異点。それらの理由についても語ってあり納得。これは著者の論考?
前半部分はスルスル読めたけど、後半は睡眠導入剤みたいになった。取りこぼしがないように、著者が色んな例を用いて、細かく説明してくれたからだと思う。
よく言えば読者を置いていかない本かな。
下巻も読む。そのうち。
Posted by ブクログ
社会学・生物学・考古学などの視点から、人類史を広いスケールで読み解いていく一冊。
「人とは何か」を考えるのが好きな人にとっては、世界の解像度が一段上がるような内容だと思う。
軽い気持ちで人におすすめできる本ではないが、こういう本が存在し、それが広く知られていること自体には、とても意味があると感じる。
現在の常識や倫理、人権やコンプライアンスは、歴史の中で見ればごく最近のものに過ぎない。
膨大な時間軸の中で見たとき、我々ホモ・サピエンスの本来の生き方から、かなり遠いところまで来ているのだと実感する。
この先の未来は、本質は変わらないまま進んでいくのか、それとも都合よく変わっていくのか。
そんな問いを自然と考えさせられる。
集中力が続かず、途中で内容が頭に入りにくい部分もあったが、それでも読んで良かったと思える一冊だった。
下巻もあるようなので、少し間を空けてから挑戦したい