あらすじ
ホモ・サピエンスが文明を築き、世界を制覇したのはなぜか? 人類の誕生から狩猟採集、農業革命を経て歴史の統一まで描く、巨大な物語。世界的ベストセラーついに文庫化!
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Posted by ブクログ
序盤は共感できることも散見され、テーマも興味深く読んでいたが、同時に、初めて「(悪い意味での)ずいぶんナラティブなレビューだな」という感触も付きまとっていた。
これまで読んでいるレビューのほぼすべてがナラティブレビューであり、それに否定的なわけでは全くない(むしろ天才や専門家の深い知見を知れるので大好き)のだが、本書からは「根拠としている部分にどこまでコンセンサスが得られているのだろうか?」や「引用がかなり恣意的な気がする」という疑問が浮かぶことも多く、自説へ引っ張りすぎているのではないかと思っていた。
決定的に「おかしい」と感じ、著者の背景を調べたのは『男女間の格差』の節であった。
この話題の前節までの「(人種)差別とそれに伴う待遇の違いが実際に格差を生み、差別をさらに強化していく」という論旨は明解で説得力があるものであった。しかし、男女の違いを論じ始めると倫理を無視したような無理筋な主張を繰り広げ始め、首をかしげた。
社会を維持するためのルールを破壊しても「生物学的に可能だから」で良いわけがない。例として心理的抵抗感のある殺人や犯罪、生命倫理ではなく同性愛を持ってくることも詭弁のように思えた。また、「生物学的に可能」は、実は万能な表現ではない。交雑種のように「可能だが普通はしない」ことが多くあり、著者の主張に反する「生物学的に可能だけど不自然」があることを無視している。
この『同性愛』というテーマも性急に現れており「男女間の”身体的差異”は多くのことに無関係という主張ではなかったのか?そこへなぜ同性愛を?」と論旨のブレに引っかかりを感じ、また論調が”男性”同性愛への感情的な訴えにすり替わったことにも強い違和感を感じた。
そもそもフォーカスしていることが、性的少数者でも、両性愛や同性愛ですらなく、”男性”の同性愛という極端な部分であることが非常に奇妙(というより論理構造のあまりの偏りに気持ち悪さを感じたという方が近い)であった。
後に著者を調べてみてゲイであることがわかり、極端な選択をした理由の一端が分かった気がした。
著者の性的嗜好についてははっきり言ってどうでも良く、また、ゲイに対する差別的な考えが本書の発想の大元になったようである(= 個人の体験に基づく問題提起)という点も特に咎め立てる事ではないのだが、
問題は自身の特殊な立ち位置を本文中で一切明かさず(そもそも原著出版時に公にしていたかも怪しい)に、巧妙にゲイだけを擁護する表現を紛れ込ませている点だ。触れられているのが”男女”間の差異の節であり、併記できる文脈があるにもかかわらず”女性”同性愛を一切記さないという点も印象が悪い。
正々堂々と節を分けて性的少数者の是非をバランス良く論じてやればよいだけで、そうすれば次節の『生物学的な性別と・・』との接続も良くなり性別に対する見方を揺らがせる効果も上がるだろう。妙だと思った「生物学的に可能」に関する主張も綺麗に収まる。現状の書き方、対象の選択のまずさが周辺の節にまで歪みを生じさせているように思えた。
前述の「悪い意味でのナラティブレビューだ」という感覚と合わせると、著者は人類史の帰結に見せかけながら本書の各所で自身の考えに有利な方向へ誘導しているのではないかという疑念が強くなった。
そのため、本書は「著者の鋭い感性によって得られるものも多いが、そのまま丸呑みしてはいけない書籍」という見方に変わった。
本書に対して懐疑的な見方をしながら終盤部分を読み進める(ふり返ってまで数え上げる気にはならない)と、「不当な議論をしている」と感じる部分がいくつかあった。
男女間の差異、特に男性が優位な条件を論じていく内容は、どうも議論の歯切れが悪い。
本書前半部分で散々遺伝子とそれを乗り越える共同主観の話を繰り返しているので、男性が優位となることに遺伝的因子が関係している(:家父長制遺伝子の淘汰で説明するのではなく、サピエンスの基本的なプログラムとして家父長制を採る遺伝子を持っている)可能性を論じないのは不自然である。
この議論ではボノボやゾウを例として女性優位型の社会を例示しているが、これまで例として扱ったチンパンジー(:チンパンジー属のチンパンジー = ナミチンパンジー)を扱わないのは不公平であると感じた。そのチンパンジーはアルファ“オス”を頂点とする群れを築くと何度も本書中に出てくる。彼らがメスを支配する様子についても併記して良いはずだ。
チンパンジーもボノボもサピエンスと遺伝的な距離に差がないとはいえ、その生態は明瞭に違いがある。この節だけチンパンジーについて触れず、ボノボ(チンパンジー属ボノボ = ピグミーチンパンジー)のみを例に出すのなら、明確な理由と説明が必要である。
また、著者に懐疑的になっているので、広義の意味のチンパンジー(:チンパンジー属 = チンパンジー + ボノボ)と狭義の意味のチンパンジー(チンパンジー属チンパンジー)の違いに敢えて触れておらず、わざと混同させているのではないかとも思ってしまう。
男性が優位に立った理由に関しては男-女間での比較と男性間での比較、あるいは労働と知識、戦闘についての観点を都合良く出し入れして理由を有耶無耶にしようとしているように感じた。
「女性が男性より平均的に優位であってもどこかに致命的に弱い部分があり、男性はやや劣るが大きな弱点がない。また、一度リーダーになると覆すのが難しい(:本書、黒人差別の部分と同じ)」とするだけで特に男性が優位でなくとも世代交代するほど女性政権が消えていくのは簡単にシミュレートできるだろう。
弱い部分がどこかはわからない(本書、『筋力』中にあるように、リーダーは過度に若い個体ではないだろうから妊娠は積極的な理由になり得ないだろう)が、男性優位という現象が起きることは不思議ではない。
この弱い部分は単純に筋力差でも説明がつく。
先史時代、数十人規模での戦闘では指揮官が戦陣にあるのはそれほど珍しいことではなく、古代の貴族なども先陣を切り、命を張ることで尊敬される地盤を作った。著者の「指揮官は前線に立たない」という論は、部隊の規模が一定以上に大きくなり、戦術、戦略が重くなる場合、より時代が下った時のみである。
リーダーが腕っ節が強いわけではないという指摘も「従う者が強い」で片がついてしまう。この従う者は息子であったり、歳の若い親族であろう。日本にも子飼いや一族郎党という言葉があるが、血縁やそれに準じる絆は時代が下っても残るほど強力である。
仲間を指揮することが巧みで勇敢な者がリーダーになり、老いてはその息子や近親者が勇を示す。それだけで男性による支配権の継承が見えてしまう。
女性は筋力差により戦闘での働きができないため、狩猟採集時代から農耕の初期までに男性優位が決定し、覆せなかった。という単純なモデルは誰でも思いつきそうである。
このような皆が思いつきそうな内容を触れずに、より複雑な議論をしたうえで答えが出ない、というのは検討不足に感じる。
『悪の帝国?』の終盤、カレドニアの族長カルガクスについて触れている部分では異論がある部分を巧妙にごまかしている。
カルガクスの演説が創作だという点は異論が出ないと思われるが、人物が完全な創造(実在性)という点については一致をみていないようだ。
前後の文脈からも発言内容と人物の実在性を最大限の強さで言い切る必要が無い(見解の一致している「発言が虚構」ということだけ述べておけばよく、すべてが創造だと『学者が一致している』などと強調する必要性が全く無い)。
本書は一般向けにわかりやすく断定口調で述べられているが、それでも諸説ある部分を意図的に切り捨てることとは別である。ここまで感じ続けていた「引用が恣意的ではないか」などの感覚を省みれば、このような小さなねじ曲げを行っている箇所はここだけではあるまい。
「一見、人類史から導かれた公平で包括的な問題の提起に見えるが、その実、著者自身の問題意識や仮説に強く方向付けられている(ということに注意して読まねばならない)書籍」というのが上巻を読み終わった際の感想だった。
コンセンサスを得られていない知見を恣意的に引用していたり、証拠として挙げるものを自身の議論に都合の良いように出し入れしていること、自身に都合の悪い部分は話題からそらすなどの行動は無意識的に行うことではない。
これをトレーニングを受けた学者が自らの専門分野で行うのはかなりの不誠実に思えてしまう。
読みやすく流れるような文章と断定的な書き口の心地よさという優れたナラティブの才能を持っており、常識を覆し目を見張るような視点を創造することにも長けているのだから、過剰な装飾などせず堅実な根拠や自説の立ち位置を明確にして誠実に書けば良いのにと思ってしまった。
Posted by ブクログ
以下読書中のメモからAIに纏めってもらった内容。
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『サピエンス全史 上』まとめ
ホモ・サピエンスはなぜ生き残ったのか
約7万年前まで、地球にはホモ・サピエンスだけではなく、ネアンデルタール人をはじめとする複数の人類種が存在していた。
サピエンスが彼らと交雑したのか(交雑説)、あるいは完全に置き換えたのか(交代説)は現在も議論が続いている。
しかし結果として生き残ったのはホモ・サピエンスだけだった。
その最大の理由は身体能力ではなく、「認知革命」によって獲得した高度な言語能力だったと著者は考える。
言語によって事実だけではなく、存在しないものまで語れるようになったことが、人類の歴史を大きく変えた。
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虚構を共有する能力
人間は150人程度までなら、お互いを直接知ることで集団を維持できる。
しかし、それ以上の規模になると限界が訪れる。
この限界を突破したのが「虚構(フィクション)」だった。
神、国家、会社、お金、人権、法律などは自然界には存在しない。
それでも、多くの人が同じ物語を信じることで、見知らぬ人同士でも協力できるようになった。
つまり、人類最大の武器は「想像上の現実」を共有できる能力だった。
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犬という最初の協力者
人類が最初に家畜化した動物は犬だった。
狩猟民族の時代、人間と犬は互いに利益を得ながら共生し、人類の狩猟能力や生活を支えた。
異なる種同士で協力関係を築けたことも、サピエンスの特徴だった。
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狩猟採集民はどんな生活だったのか
狩猟採集時代については資料が少なく、実際の生活はほとんど推測でしかない。
当時の人類も現代と同じように、多様な性格や文化を持っていたと考えられる。
「原始人」という一つのイメージでは語れない。
また、この時代は農耕社会よりも健康で自由だった可能性も示されている。
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サピエンスは生態系を変えた
人類がオーストラリア大陸へ到達すると、それまで存在していた大型哺乳類の多くが短期間で絶滅した。
同様の現象はアメリカ大陸などでも起こる。
著者は、サピエンスは環境に適応しただけではなく、環境そのものを破壊しながら勢力を広げた存在だったと指摘する。
人類は産業革命以前から、生物大量絶滅の原因になっていた。
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農業革命は「史上最大の詐欺」
約1万2000年前、人類は農業を始めた。
穀物を大量生産できるようになり、人口は爆発的に増加した。
しかし一人ひとりの生活は豊かになったわけではない。
* 労働時間は増えた
* 食生活は単調になった
* 栄養状態は悪化した
* 感染症が増えた
* 財産格差が生まれた
つまり、「人類は小麦を栽培した」のではなく、「小麦が人類を家畜化した」と著者は表現する。
人口は増えたが、幸福になったとは限らなかった。
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想像上の秩序
現代社会は法律や国家によって成り立っている。
しかしそれらは自然界に存在するものではなく、人間が作った「想像上の秩序」である。
人権も平等も、お金も国家も、みんなが信じることで初めて機能する。
また、人間は生まれつき能力も環境も異なる。
それでも社会は「みんな平等である」という理念を共有することで成り立っている。
重要なのは、それが真実だからではなく、「多くの人が信じている」という事実である。
さらに歴史上では、多くの支配者が宗教や神話を利用してヒエラルキーを正当化してきた。
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貨幣という究極の共通言語
共同体が広がると、物々交換では限界が生まれた。
そこで誕生したのが貨幣だった。
貨幣に価値があるのは、紙や金属そのものではなく、「みんなが価値を信じている」からである。
つまり貨幣も巨大な虚構の一つである。
貨幣が普及したことで、宗教や文化の違う人同士でも簡単に協力できるようになった。
著者は、
「信頼こそ、あらゆる貨幣を生み出す原材料である」
と述べる。
一方で、人は相手そのものではなく、相手の持つお金を信用するようになる。
その結果、人間関係は効率化される反面、非人間的にもなり得る。
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帝国は世界を一つにした
歴史は小さな共同体が大きな共同体へ統合される歴史でもある。
都市国家は王国になり、王国は帝国になった。
帝国は暴力によって拡大した側面を持つ一方で、
* 共通の法律
* 共通の言語
* 共通の文化
* 共通の経済圏
を作り上げ、人類をより大きな共同体へ統合していった。
その延長線上にあるのが現在のグローバル化である。
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上巻を貫くテーマ
上巻を通して著者が伝えたいのは、
ホモ・サピエンスが地球を支配した理由は、筋力でも知能の高さそのものでもなく、「虚構を共同で信じられる能力」にあったということだ。
宗教、国家、企業、法律、人権、貨幣など、人類社会を支えるものの多くは自然界には存在しない。しかし、それらを何百万人、何十億人もの人間が共有して信じることで、大規模な協力が可能になり、文明が築かれた。
『サピエンス全史』上巻は、人類の歴史を「認知革命」「農業革命」「虚構」という3つの視点から捉え直し、私たちが当たり前だと思っている社会そのものが、人類の共同幻想によって成り立っていることを示した一冊である。
Posted by ブクログ
この人は冷笑しながら世界を歴史を見つめているのだろうか笑
ちょいちょいおもしろくって。
虚構の上にねぇ。うんうん。
とか思って読んでたらロマン主義で刺さる。え、どうしよう反対かと思ってたのに笑
ホモサピエンスの歴史を”認知革命““農業革命”“科学革命”の観点から独自の視点で紐解く。上巻は認知革命と農業革命。
うる覚えだった認知革命以前のホモサピエンスとその他人類の整理がまず新しく、もはや新情報。え?そうだったっけ?とか、長年ぼんやり考えていたことを裏打ちする様な記述に心躍る。
未だ多くの謎に包まれた狩猟採集民族の進化(?)や農耕民族への移り変わりを痕跡を元に説得力のある説で展開。
想像上の秩序がいかにこの世に浸透して現代を支えているかを繰り返し解説する。ぼんやりしないパワーワードが衝撃ながらかなり楽しい。
このあと1000年も続くかわからない情緒不安定な独裁者であるホモサピエンスはどこへ向かうのだろう。
6章のあたりからおもしろくなってきた。
8章は若者にも読んでほしい、想像上のヒエラルキーと差別。