柴田裕之のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
合理的楽観主義者の本は読んでいて明るい気持ちになれる
そして、分業と専門化、それを支える信用は最近考えていたことが言語化された感じがして面白かった。
発展した場所は必ず規制と保護主義の温床になるので次の自由、資本、知識が流動化している場所に飛び込むことが大事だと思わされる本
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- 人類は分業と専門化によって発展してきた。
- 分業と専門化には信用が必要で、利己主義になりすぎると継続的に分業ができなくなるため、継続的に取引が行われる場合に人間は礼儀正しく振る舞う。
- 知らない相手との分業に役に立つのが、貨幣と国家による法律の設計。法律によって、完全に見知らぬ他者を信用して分業が可能になる。
- この信用が発達した結果、銀行業というシステムが生まれ、貨幣領域において信用が信用を生むサイクルができた
- イギリスは工業の勃興期に自由貿易を推進する人間が首相になった、これにより分業が爆発的に広まり急激な経済発展が起きた
- 逆に保護主義は分業を止め、貧困に陥る
- 自由、資本、知識が十分に流動化する場所には機会が溢れており、才能が集まる
- 具体例は以下
- ここ30年のシリコンバレー
- 戦後の日本
- 産業革命期のイギリスで
- 発展した後は、そこで蓄えられた資本を守ろうとするインセンティブが働き、大企業優位な規制が蔓延し保護主義になる
- それが発展を止める
- 一方で、知識も分業が起きている。特に、テクノロジーは既存のテクノロジーを組み合わせるが、部分の総和より大きい全体となる。
- 車を社会実装したヘンリーフォードは自分は何も目新しいものを発明していないと認めたことがある
- イギリス人はモーターと発電機を発明したマイケル・ファラデーを褒め称えるが、そのアイデアの半分はデンマーク人のハンス・クリスチャン・エルステッドに負っている
- アメリカ人はエジソンが白熱電球を開発したと学ぶが、実際はイギリスのジョセフ・スワンやロシアのアレクサンド・ロディ人などの商業的に成功しなかった先人の功績である
- 分業の規模は市場の規模に応じる
- 世界の貧困が減少しているのは世界規模での分業が発展してきているからである
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Posted by ブクログ
本書では、お金よりも時間に重きを置く、「タイム・リッチ」な思考を推奨し、その重要性や方法を記している。
私自身、時間は有限だとわかっていても、少し勤務時間が長くてもどうしてもお給料が良い仕事や、10 円100円単位でより安いものを手に入れるために多くの時間を費やしたりしていた。
仕事に関してはすぐに変えるわけにはいかないが、実際に、より安いものを手にするために多くの時間を掛けることをやめたところ、生まれた時間を有意義に使おうという意識が生まれハッピーな気持ちを味わうことが出来ている。
嫌なことやストレスに感じていることにお金を支払い、時間をつくりだす。
時間を大切にすることに大きな価値を実感できている今、できるだけそのような思考にシフトしていこうと思う。
私にとっては、実のある一冊だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレおもしろかった。
ニュースで気になっていたりしたとことについて、著者なりの整理をつけて解説してくれて、そうそう!そうなの!ってうなづいたり、もやもやしていた出来事への解説がすごく丁寧で気持ちが晴れた。
すごくありがたい。この本を読んだ人たちと話したい。
以下引用———————
ブレグジットに関してのリチャードドーキンス)
一般大衆は、判断に必要とされる経済学と政治学の予備知識を欠いていたからだ。「アインシュタインが代数学的な処理をきちんとこなしていたかどうかを全国的な投票を行なって決めたり、パイロットがどの滑走路に着陸するかを乗客に投票させたりするようなものだ(3)」 ところが是非はともかく、選挙や国民投票は、私たちがどう考えるかを問うものではない。どう感じるかを問うものなのだ。
今日すでに私たちは、誰一人よく理解していない巨大なデータ処理システム内部のごく小さなチップと化しつつある。-略- 山のようなメールに返信するのに忙し過ぎるから。
私たちがロボットを恐れるべきなのは、ロボットがおそらくつねに主人に従順で、けっして反抗しないからなのだ。
アルゴリズムは、あなたが女性だから、あるいはアフリカ系アメリカ人だから差別するのではなく、あなたがあなただから差別する。あなたが持っている、何か特定の点が、そのアルゴリズムには気に入らないのだ。それが何か、あなたにはわからないし、仮にわかったとしても、他の人々と団結して抗議することはできない。それと完全に同じ偏見に苦しんでいる人は誰もいないからだ。
政治家たちは自分には選択権があるという幻想を抱いているが、本当に重要な決定は、メニューの選択肢を決める経済の専門家や銀行家や実業家によって、ずっと以前にすでに下されている。二〇年ほどのうちに、政治家はAIが用意したメニューから選ぶようになっているかもしれない。
スイスにいるいとこと話すのは、かつてないほど簡単になったが、朝の食卓で配偶者と話すのは難しくなった。
今日の文化差別主義者は従来の人種差別主義者よりも寛容かもしれない。「他の人々」が私たちの文化を採用しさえすれば、対等の人間として受け容れる、というわけだ。その一方で、同化するようにという、はるかに強い圧力を「他の人々」にかける結果や、もし同化できなければ彼らに対して、はるかに厳しい批判を浴びせるという結果にもなりうる。
今日、主な経済的資産は、小麦畑や金鉱ではなく、油田でさえもなく、技術的な知識や組織の知識から成る。そして、知識は戦争ではどうしても征服できない。
苦しみに対する理解を深めさえすればいい。ある行動が自分あるいは他者に無用の苦しみを引き起こすことが理解できれば、その行動を自然と慎むようになる。
人間の決定のほとんどが、合理的な分析ではなく情動的な反応と経験則による近道に基づいており、私たちの情動や経験則は石器時代の暮らしに対処するのには向いていたかもしれないものの、シリコン時代には痛ましいほど不適切であることは、行動経済学者や進化心理学者によって証明済みだ。
権力はブラックホール
権力の中心にとどまれば、世界をはなはだしく歪んだ形でしか見られない。だが、思い切って周辺部に行けば、稀少な時間をあまりに多く浪費することになる。
瞑想の章
怒りとは何か、知りたいだろうか? それならば、腹が立っているときに体の中で起こって消えていく感覚をただ観察すればいい。
自分の苦しみの最も深い源泉は自分自身の心のパターンにあるということだった。何かを望み、それが実現しなかったとき、私の心は苦しみを生み出すことで反応する。苦しみは外の世界の客観的な状況ではない。それは、私自身の心によって生み出された精神的な反応だ。これを学ぶことが、さらなる苦しみを生み出すのをやめるための最初のステップとなる。 -
Posted by ブクログ
ー 人間は、事実や数値や方程式ではなく物語の形で物事を考える。 そして、その物語は単純であればあるほど良い。どんな人も集団も国家も、独自の物語や神話を持っている。だが二〇世紀には、ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、モスクワのグローバルなエリート層が、過去をそっくり説明するとともに全世界の将来を予測するという触れ込みの、三つの壮大な物語を考え出した。 ファシズムの物語と、共産主義の物語と、自由主義の物語だ。
ファシズムの物語は、異なる国家間の闘争として歴史を説明し、他のあらゆる人間の集団を力ずくで征服する一つの集団によって支配される世界を思い描いた。 共産主義の物語は、異なる階級間の闘争として歴史を説明し、たとえ自由を犠牲にしても平等を確保する、中央集権化された社会制度によって、あらゆる集団が統一される世界を思い描いた。自由主義の物語は、自由と圧政との闘争として歴史を説明し 、あらゆる人が自由に平和的に協力し、たとえ平等はある程度犠牲にしても中央の統制を最小限にとどめる世界を思い描いた。 ー
単純化して言ってしまえば、人間は物語の中で生きている。物語りの単位は個人から始まり、家族、共同体、部族、民族、宗教、国家、人類、地球、宇宙、、、大小問わない。その物語りの中で生きている自分をその物語を通じてしか認識できないか、その物語りの外から認識できるか、その違いが重要。
物語りの外から世界を眺める事により、この世界の真実が見えてくる。その真実から、本来の我々のなすべき事を考えられるかどうか、その事によって、世界が救われるかどうかの明暗が分かれる。
それが、この21のLessonsの本質だと思う。 -
Posted by ブクログ
今まで読んできた「生と死」に関する本の中で、この本が一番納得出来た。
〈本から〉
「私たちは生き残るためのマシンだが、『私たち』とは人間だけを意味するわけではない。そこには、あらゆる動物、植物、細菌、ウィルスが含まれる」のだ。
私たちは二つの世界に生きている。一方は、他の生き物たちと共有している自然の世界だが、もう一方は、私たち独自のもの ー 象徴の世界だ。そしてここ、私たちが自ら作り出したこの世界で、私たちは切望してやまぬ永続性を達成できる。
バンドル理論
人は単一の首尾一貫した自己ではなく、散り散りになっても存続出来る記憶や考えなどの集まりであるとする理論
ガイア仮説
リン・マーギュリス
「生命が惑星の規模で現れることを、大気と天文と海洋から得られる証拠が示している。過去30億年にわたってこの惑星の平均気温が安定し、七億年にわたって地球の大気が可燃性の高酸素濃度と生物が窒息する低酸素濃度の間を行き来しながら維持され、危険な塩分がどうやら海洋から継続的に除去されている ー その全てが、生命の組織全体における、哺乳動物のものに似た明確な目的性を指し示している。・・・・.地球上の生命 ー動物相、植物相、微生物叢 ー は気体に包まれ、海洋と結びついた単一の惑星システムで、太陽系で最大の有機体である」
「死はまったくもって真の意味で錯覚だ。私たちは純然たる生化学的作用の持続なのだから、三十億年が過ぎる間、『私たち』は一度も死ななかった。山や海、さらには超大陸さえもが、現れては消えていったが、私たちは存続してきた。」
ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン
「死は人生における出来事ではない。私たちは生きて死を経験することはない。
ヴィトゲンシュタインはここから、その意味で「生に終わりはない」と結論した。つまり、私たちは生に終わりがあることを、決して自覚出来ない。知りうるのは、生だけなのだ。
多くの賢者が理解してきたように、幸福は今この瞬間にだけ存在する。今この瞬間だけが実在しているからだ。過去はすでになく、未来は単なる憶測でしかない。 もし今あなたが幸福なら、あなたは常に幸福だ。なぜなら、今しか存在しないからだ。
「もし明日死ぬとしても後悔しないように、だが、もし死なないとしてもやはり後悔しないように生きる」
ロバート・エモンズ
「感謝の念は、人生の満足度、生気、幸福感、自尊心、楽観主義、希望、他者への共感、他者への有形・無形の援助を提供する積極性のような重大な結果と明白な関連がある。それに対して、感謝の念の欠如は、不安、憂鬱、嫉妬、実利主義、孤独と関連している」 -
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この本に出会ったのは、日本経済新聞の毎週土曜日に掲載される「リーダーの本棚」で日本医療研究開発機構センター長の浜口道成氏が取り上げておられたことがキッカケでした。
fMRIという機器を使って脳の画像を検証することで、いわゆる植物状態にある人にもさまざまなレベルの意識があることを明らかにした画期的な本です。植物状態=脳死=人間の死だと勝手に思い込んでいた私にとってはまさに目から鱗の衝撃でした。
テクノロジーの進化と新たな実験方法の開発により、生と死の狭間のいわゆるグレイの領域にいる植物状態の患者とのコミュニケーションが可能となり、そこに意識が存在することが明らかにされた。このことは人間にとって新たな希望をもたらすものではあるが、同時にとても重たい課題をも突きつけるものだと思う。AIや遺伝子、宇宙などの大変革時代の中にあって、この人間の意識についての新たな知見は最も根本的で重要なものだと思う。 -
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2021年12月に読んだため、少し状況が変わってきてはいたが(こき下ろされているトランプ政権が終わっているなど)、ハラリ氏の明晰な世界分析が冴え渡る書籍だった。
感染状況よりも、その非常事態の中で緊急的に執られる措置の多くがコロナ後も効力を発揮し続けるであろうことに警鐘を鳴らす。テクノロジーと独裁が結び付くことで、かつてなかったレベルの監視社会が実現してしまうと。
そして、人類が種としてコロナに打ち勝つことは疑う余地がないとしつつ、これを、人類の強力と信頼の機会とするのか、グローバルな協力体制を築けず安定した未来に向けた体制を構築できなかった敗北の歴史の契機とするのかは、非常事態を生きる今の我々の決断と賢明さにかかっているという。 -
購入済み
分量はかなりありますが
読むのに時間はかかったものの、最後まで読みたいと思わせる本。
Googleのエンジニアによるマインドフルネス(瞑想)の書籍であるため、ともすればスピリチュアルになりがちだと思われる当該分野の様々な方法論を、実に客観的、かつ、可能な限り丁寧に記載しているため、実践してみよう、実生活に応用してみようと思わせる。
その分、ボリュームはかなりなものですが、節ごとに休み休み読んでも十分頭に入ってくる内容だとも思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人は生物としての機械なので、死ねば何もなくなる」という(少なくとも私もそうだと納得している)前提で、死に対する恐怖を論理的に突き詰めるイエール大学のシェリー・ケーガン教授の哲学講義。(西洋)哲学は、物事を論理で徹底的に突き詰めて(正面を向いて納得できるまで)考えぬく学問。この本は、客観的に「死」について論じているのではなく、シェリー氏がこれが論理的だと信じていることを読者に説得する形式。
ふだん私たちは、「死」について、正面から考えることを避けている。しかし、一度怖がらずに死について正面から考えることは、限りある人生の私たちにとって、悪いことではない。
人が怖がるのは、後に悪いことが待っていると考えるから。しかしながら、死んでしまえば悪いと感じる私自身がいないのだから何も悪いことはない。では、何を恐れているのか?
不死(死ねないこと)は幸せではない。何億年も興味を持つ対象を持つことは想像できない。永遠の退屈。
だとしたら、早すぎる死が経験できただろう良いことが経験できなくなることを恐れている。(剥奪説)
では良いこととはなにか?快楽は良いことで、痛いことは悪いこと。でもマトリックスの世界で快楽三昧の人生は、良いことだと思えるか?人は心の中の(内面的な)良いことだけでなく外面的な良いことも欠かせない。
自殺は、今からの人生が本当に苦痛でしかないときは、合理的には正しい場合もある。問題は本当に苦痛でしかないのかどうか。
一人を殺せば五人助かる。五人助けるために罪のない一人を殺すのは道徳的に正当ではない(義務論的立場)
しかし、殺される人の(心からの)同意があれば道徳的には許されるかもしれない。
私は私が死が怖いのが、私という意識が永遠になくなること。それは、死ななければ経験できることができなくなるからというのとは、少し違う気がする。