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第二次大戦後、ギャルヴィン一家はコロラド州に移住し、12人の子宝に恵まれた。しかし子どものうち6人に異変が起きる。修道士のようにふるまう長男、自分はポール・マッカトニーだと言い張る末っ子……。彼らはなぜ統合失調症を発症したのか。家族の闇に迫る
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Posted by ブクログ
統合失調病については、現代も正式な治療というものがなく、発症したら完全に治ることはない。12人の家族がいて6人がこの病気を発症しているというノンフィクションの話。 読みごたえがあり、読んでいる途中私にも同様な症状があったり、あるのかな?と考えてしまった。
統合失調症。 自分にとっては、犯罪者が逮捕された後に「統合失調症のため不起訴となり…」といった文脈で耳にすことが多い言葉だ。 よく分かってないのに、何となく近寄りがたいものだという印象。 どうやら、統合失調症が発症するかどうかは、遺伝だけで決められるわけではないようだ。 発症を誘発するトリガー...続きを読むとなるもの、それが生育環境だそうだ。 ノンフィクション作品であり筆致に派手さはないが、その分ノンフィクションの持つ力のようなものを感じた。 450頁近くの大部であり、読み切るにはそれなりエネルギーが必要だが、読んでよかったと思える一冊でした。
ギャルヴィン一家の苦悩と奮闘を一人ひとりの人生に焦点を当てながらまとめきったすごいノンフィクション。あとがきで創作された部分はひとつもないと言い切られており驚いた。ノンフィクションなのだから当たり前なのだけれど、あまりにギャルヴィン家での出来事が壮絶すぎて、どこかで作り話であって欲しいと思う自分がい...続きを読むた。 統合失調症は環境によるものなのか、遺伝によるものなのか。その謎をさまざまな分野の科学者が仮説・検証・分析を繰り返し、少しずつ紐解いていく様が何よりも印象に残った。これは以前読んだ「フェルマーの方程式」でも思ったことだが、科学者が自身の専門分野でその才能を発揮し、研究結果を別の科学者に繋いでいく、協力ではなく共闘のように近い形でひとつの謎を解いていく様子は胸に迫るものがある。 ただ、一家を救ったのは科学者だけではない。統合失調症という病から一家を救い出そうとした、末娘のリンジーの行動がなければ、きっと地獄は再生産されていただろう。病気になる兄たちを見ていた彼女は、自身も統合失調症になり得るであろうという不安を抱えていた。それを払拭するため自らが予防策を講じ、なんとか生き延びてきた。聡明で、とても勇敢な女性。彼女がいなければ、彼女が病気に真正面から立ち向かおうとしていなければ、一家は壮絶な終わりを迎えていたはずだ。 この本が世に送り出されたのも彼女の協力あってのことだ。しかし、あとがきにもあるようにノンフィクションを書くにあたって、全ての家族が取材に応じてくれたというのだから、統合失調症や他の病を抱えながらも、病と向き合い、家族と向き合おうと覚悟を決め話をしてくれたリンジー以外の家族に対しても、その心の強さに感服せざるを得ない。とてつもなくすごい一家だ。 この本は読むのに根気がいる。分量もそうだが一つひとつのエピソードに重みがある。それに、次々と悪いことが起こるので、最悪を想像してしまい読み進める気が起きなくなる。それでも、多くの人に読んで欲しいと思う。統合失調症への理解を深めることはもちろんのこと、治療への道を切り拓いた一家がいたことを後世に語り継ぐためにも。
数年前、オバマの年間ブック1位に選ばれ話題になった本。真っ直ぐすぎるタイトルと分厚すぎる厚み(とお高すぎるお値段、、)でしばらく避けてきたけど、読まずに生きるより読む人生が良い! と本屋で自分を奮い立たせ購入。大正解、圧巻の作品でした、ありがとうございました!! ドンとミミ夫妻に生まれた12人兄弟...続きを読むのうち、実に半分の6人が統合失調症と診断されたギャルヴィン一家を追ったノンフィクション。あとがきにもあるように、作中に出てくるエピソード全てが、膨大なインタビューや日記から起こされたノンフィクションという圧巻の作品。事実は小説よりも...的感想しか出てこない、ホント凄まじい読書でした。 兄弟各人のエピソードを追う章と、その当時の統合失調症の研究背景を追う章に分かれるが、とにかく前者の方が衝撃で、辛いと分かっていながら読むのを止められない感覚。それは、暴力や非人道的な治療、自殺やドラッグと、統合失調症を患った本人たちの苦しい描写が続く中で、統合失調症に「ならなかった」母親のミミ、そして12番目の末っ子・リンジーの存在があるからだと読んだ今思う。 もちろんミミの有無を言わさぬ教育スタイルが彼らの統合失調症の進行の一助になってしまったと、可能性という観点ではいくらでも言ってしまえるが、個人的にはミミがいなかったらじゃあ彼らの病状はもっとヒドいものになってたのではと感じる。そしてミミがいなくなったのちに結果的にミミの生まれ変わりのような立ち位置となったリンジーの存在も、ミミと同じく彼らを支えるものだった(と、信じたい、、)。 リンジーはジムを殺すことを考えた。たっぷり考えた。それから、そう考えたことに罪悪感を覚えた。だが、ジムと対決することよりもなお深刻な、彼女の最大の気掛かりは、母親に打ち明けなければならないことだった。母に信じてもらえなかったら?その時には、私もまた頭がおかしい子になってしまう、と彼女は思った。 母親のミミが亡くなる前後の終盤の章は、記憶を呼び起こすことで自ら傷つくことを恐れて家族から逃げる11番目の娘・マーガレットと、決して逃げないリンジーという構図になる。想像もできないが、もし俺自身は彼女たちの立場なら、マーガレットと同じく家族から逃げ続ける気がする。それは悪いことではなく、良い逃げだとも思う。けれど同時に、逃げずに向き合って考えて語り続けたリンジーがいなかったら本書は世に出なかったことを考えると、「リンジー、すげえ!ありがとう!」という感謝の念で一杯になります、マジでリスペクトです。 統合失調症の根本原因は未だ解明されておらず、本書が終わりではなく途中経過であるというのも、なんと壮大な世界なのかと圧倒させられる。ソフトウェアや機械学習の世界を生きる身としては、組合せ問題のような莫大な演算であれば少し待てば最適解あるいは近似解が得られるため、解けない問題はないように感じてしまう。けれど医学の世界は理論を積み重ねた上で、次はラット、そして人間へと実験対象を移し、しかも喩えその結果が「不正解」だったとしても、結果が出るのが数十年後という世界。 妊婦がコリンのサプリメントを摂取し始めた瞬間から、胎児が生まれて、統合失調症を発症しやすい思春期後に達するまで、追い続けている。フリードマンはニューヨーク州での授賞式で示唆したように、その結果が出るときまで生きていられないことは間違いない。 最後、リンジーの娘のケイトが、統合失調症の研究者であるロバート・フリードマンの研究室を訪れるというエピソードも映画のよう。 サイエンスとしても小説としても家族モノとしても読める大傑作でした、皆様時間を確保して、ぜひ電車でこの分厚い1冊を開いてください! 彼女がここに入れたのだから、家族がきっと途方もない寄付をしたに違いない、と一人がきつい冗談を言った。 ケイトは得意げな笑みを浮かべた。「寄付って、お金のことを言っているのですか、それとも生体組織のことですか?」
色んな意味で圧巻の一冊。 学生時代に医学を学んだ際に驚いたことの一つは、統合失調症の有病率が自分の想像よりはるかに高いことであった。日本には100万人弱の患者がいるとされるから、おそらく誰の周りにも程度の差はあれ患者はいるのだと思うし、こういった書籍を通じて、この疾患(症候群)の正しい知識が広まるこ...続きを読むとを願う。 そんな私も本作品を読む中で、一人また一人と発症していくこの疾患の恐ろしさ、患者に対する当時の社会の目の厳しさを改めて目の当たりにした。その一方で病態や治療法の解明に向けた研究者たちの奮闘には頭の下がる思いがした(医学版「フェルマーの最終定理」のような知的なスリルがあり、大変面白かった)。 一方で本書では、統合失調症を超えた普遍的なテーマもいくつか描かれている。 一つは声の上げられない人たちと、それを意識的あるいは無意識のうちに抑圧している人たちの構造である。前者には統合失調症の患者だけでなく年少者や女性が含まれ、それは時には虐待や性的暴行という形で表れる。もう一つは家族や知人による無私の優しさであり、救いの手の尊さである。それはメアリーを救い、そして救われたメアリーは家族を救うことになる。この作品を読みながら、自分ははたして抑圧する側に回っていないか?自分は適切に手を差し伸べることができていたのか?と自分の過去を何度振り返ったかわからない。
ノンフィクションなことを除いてもいろんな怖さを感じた一冊だった。統合失調症、考えなしに子供をたくさん持つこと、現実に向き合わずに過ごし続けること、いまだに原因と治療が完全でないこと‥。人間だけが生み出す恐怖。 必ずしも良いとは思わないけれどある程度の教育(一般的なというよりも生活面)や制度、罰則は必...続きを読む要だと思った。
12人の兄妹を持つ14人家族のギャルヴィン家。そして彼らのうち6人は統合失調症に苦しめられている。そんなギャルヴィン家のファミリーヒストリーと統合失調症の原因について「生まれか育ちか?」という研究の進展についてとが並行して進んでいく大著。非常に読み応えがあった。 ギャルヴィン家が抱えた困難は単純に...続きを読む統合失調症だけではない。目まぐるしく変化していく社会情勢、精神病への偏見、管理的な治療が良しとされていた精神医療、家庭内で蔓延する暴力や虐待の連鎖とあらゆる問題が総体として押し寄せてくる。 まさに家族が直面して来た困難は歴史そのものなのだ。人が生き、一族が生きるということは何かが書かれている。
映画「どうすればよかったか?」鑑賞をきっかけに再読。統合失調症研究の歴史とギャルヴィン家の歴史をたどりながら、ギャルヴィン家が研究の進歩にどのように多大に貢献したのかがわかった。文章も小説に近い読みやすさだった。
統合失調症の研究が主と思って借りましたが、12人の子供のうち6人が発症してしまう不運な一家の長い長いノンフィクションがメインボディでした。 冒頭から暗雲立ち込める雰囲気で、85パーセントくらいまで絶望的な展開が続く。 最後の15パーセントは急に明度や彩度が変わるというか。それまでの文章が持つ、目に...続きを読む見えない小さな小さな鉛を含んだような空気が軽くなる。末娘が一度は決別した病気の家族や故郷に救いの手を差し伸べるからなのか?いや、それもあるだろうが、障害を持つ古い(前)世代が亡くなり、両親はその気苦労とともに亡くなり、新しく生まれ育った次世代が障害なく生まれ育ったからだろう。 この一家の不運は前世代で終わったと確信できるからだ。(とはいえ統合失調症を患った個人の人生に救いはないし、家族の不必要な苦労も大きな傷のまま。殺された犠牲者や関わった人達もそのまま。)地獄はそのままだけど、時が流れてプレイヤーが新しくなったから空気が変わっただけか。まぁでもそれの繰り返しなんですよね。残念ながらら。 前半85パーセントは「これって本当なの?」と疑いたくなるほどの不運続きのノンフィクション。 そこについては感想は書きようがない。 ただただ不運。 ここでは主に後半15パーセントについての思ったことを。 母親(ミミ)の描写 「知的で博識で恐ろしい悲劇を数えきれないほど耐え抜くほどに強靭でありながら内省を極端に嫌う」 うちの母親のことを書いてるのかと思った。 兄弟の1人が母親の臨終後、介護について 「あんなふうに世話が出来るのは特権だ。やらなきゃいけないならそりゃそうだが、俺たちには金があんだからやらなくてもいいんだし」(意訳) 金で他人を雇うことも出来たのに自分ら子供が母親の世話をしたことについて「特権」と表現。 なるほどね。今回は母親の世話をした兄弟の発言だったが、これが世話も一切しない貧乏な年長者だった場合、意味も変わる。でも同じかも? 「あいつがああやって時間も労力も金もかけられるのは余裕があるから。俺だって(私だって)あいつの立場ならあれくらいやってる。あいつにとっての〇〇円は俺にとっての◯円だ」みたいな? やってる方は「なんで全く手伝わないでいられるの?バカなの?倫理観ないの?貧乏なの?全部なの?」とか思ってるけど、やらない方は「なぜ自分がやらないのか」もしくは「あいつはなぜやるのか」と理由をつけて自己防衛するものかもね。 てか親の支援とか介護やらない奴は今年中に爆発しますように。(迷惑かからないようにどっかの空き地で爆発してくれ) 統合失調症の発症率 100人に1人。高い。喘息と同じくらい? 片親のどちらかが発症していた場合その子供の発症率は10人に1人で、兄弟姉妹に患者がいる場合でも本人が発症していない場合その子供の発症率は他の人達とほぼ一緒。 なるほどー。 一生涯のうち妄想を一度でも経験した人は意外と多く5-7% 「あれは妄想だった」と本人もしくは他人が認められるものがそれくらいってことですかね。とすると本人が妄想だと自覚してないものを含めるともっと高いか。まぁそりゃそう。そうでなければこんなに宗教が幅きかせる世の中になってないですよね。30-40パーくらいかな?実際。 最後は末娘1人が奮闘して親や発症した兄達の面倒をみている。 その彼女曰く「両親は私達が必要としていたものを与えてはくれなかったが、彼らはそれが分からなかった」 そう。親ガチャ子ガチャなんて言葉があります。それ自体はその通りなんだけど(人生全て運だから)彼女は両親がわざとやってた(もしくはやってなかった)訳ではなく、知識や想像力が無かったり、知らないこと分からないこと考えなかったこと想像しなかったこと他人に聞かなかったことが間違いだった、自身はもっとよりよく対処出来たという感覚がまるっきりなかったということを病気の兄達を通して深く体感しているのだろう。 そう思えるようになると、親や役立たずの兄弟に対する恨みも少しマシになりますね。 (これも本人が賢く生まれつかないと得られない境地なんだけど) 要は運。全て運。何もかも運。
子どもの半数が統合失調症になった家族のドキュメンタリー。遺伝と環境の絶望的な組み合わせで発症するそうなのだけど、子どもを12人も産んだ親のせいな気がする。統合失調症になると、ロールシャッハテストにストーリーを見出すのね。
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