柴田裕之のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
序盤の「宗教的に考えません」って所でもう心を掴まれてたんだけど、形而上学的な考察が長くてって言うか終始それなんだけど中弛みがありはした。
ただ、やはり、死の考察はそれぞれがやるべきだけど「宗教がこういうからこう思う」で済ませる人を否定も出来ないなと改めて思った。
結局、この本の言ってる事を踏まえた上で抽象化すると、身近に例えると「人=細胞」かな。システムではあるんだけど、それを悪性や良性に分けたり、殺す意味や細胞の適齢を伸ばす意味、生まれ変わりとしての代謝、自浄作用などを自分の体内で起こってる事なんだけど俯瞰で見るとこういう言い方にもなるのかなとも思いながら。
ただ、私の死に対する恐怖は単 -
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Posted by ブクログ
一貫して読みやすく言いたいこともかなりクリアーになっていたと思います。つまり人類はようやく最近になって(大規模な)飢饉、疾病、戦争をなくすことに成功した。さて次は何を求めるのか、ということで著者があげているのが不死、幸福、神性の3つです。この3つのキーワードは多少誇張されているとは言え、方向性としては同意できました。つまり寿命をいかに伸ばすか、幸福度をいかに高めるか、そしてその2つを達成できればできるほど人類は神に近づく、という論調ですが、これが全世界に当てはまるかといわれるとNOという印象は持ちました。つまりここで書かれていることの多くは一神教の宗教が浸透している地域の未来予想図であり(キリ
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Posted by ブクログ
人類が世界の完全なる支配者に進化してきた過程を考察した前著「サピエンス全史」の続編。
まず、本編が著されてから6年後に書かれた冒頭の「文庫版への序文」で新型コロナ拡大とロシアの侵略戦争への危惧と克服を期して始まる。そして第1章で「この予測は予言というよりも現在の選択肢を考察する方便という色合いが濃い。この考察によって私たちの選択が変わりその結果予測が外れたなら考察した甲斐があったというものだ。予測を立ててもそれで何一つ変えられないとしたらどんな意味があるというのか。...歴史を学ぶ目的は私たちを押さえつける過去の手から逃れることにある。...歴史を学んでも何を選ぶべきか分からないだろうが少なく -
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Posted by ブクログ
死とは何か、死はなぜ悪いのか、人生の価値をいかにして測定するか、といった死にまつわる諸論点の哲学的説明を試みる本。
機会費用的な考えを応用した剥奪説に対してエピクロスやエピクロスの再解釈、ルクレーティウスをぶつけ、さらに反論を加えたあたりはなかなかエレガントだったように思う。
また著者の主張の本流ではないかもしれないが、カート・ヴォネガットの著作の一節から引用した考え方が素敵だった。
死に向き合おうとするときの適切な反応は、生への感謝であるという。起き上がることを許された我々「幸運な泥」たちは、多大なる幸福に浴している。
一つの論点に網羅的な可能性を提示し平易な言葉で十分な検討を加えてく -
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Posted by ブクログ
ネタバレ初期の農耕社会は狩猟採集民より生活水準は低下した。
狩猟技術の向上で、獲物が減少し農耕に移行せざるを得なかった。
イースター文明は魚の取りすぎで人口が80%近く減少した。
統一成長理論=現代の経済成長とマルサスの時代の停滞を統合する理論。
産業革命のころは4歳から働かされた。小さな手は繊維工場の機械の詰まりを取り除くのに好都合。
工業化の進展で子供に可能だった単純作業が自動化され、児童労働の恩恵が減った。同時に教育を受けさせる価値が高まった。工場法で1833年に9歳未満のこどもの労働は禁止された。
人口転換=1870~1920年ごろに出生率が30~40%低下した。
食糧難の時代に平均結婚年齢 -
Posted by ブクログ
死とうまく向き合えば成功するかも
成功するには具体的な目標を立て、イメージしろとはよく言われている。
そして、7つの習慣では自分が弔事を読んでもらうイメージを持てと書いてあった。
人生の最終目標は死ぬことである。ということは死をイメージしておけば人生は成功するのかもしれない。死については怖いイメージしかなく、ある本には怖いのは情報が少ないからだと書いてあった。
この本を読んで、死に対する怖さの原因、死のイメージを変えてうまく向き合って利用の2点を学ぶことができた。
・死んだところで、世界は大して何も変わらない
・死んだあとは無になる。夢見ずに寝てるのと同じ。いつも経験してるし怖いことなんて -
Posted by ブクログ
「死」とは何か?この深遠なる謎に対して、まったく未知の、あるいはこれまで抱いていた概念がガラリと変わるような、そんな知識を授かることを期待していましたが、その期待は外れました。著者はドラスティックに断言します。「人は機械である」と。機械は壊れてしまえばもうおしまい。つまり、魂など存在せず「死」は一巻の終わりであり、その後は無であると。私も、もとよりこの考えでしたが、それでは救いがない。どこかで永遠不滅の魂というものが存在することに期待を寄せていました。けれども、本書を通じて、そもそも「死」を深遠なる謎などと見なすことが不適切である、と考え直しました。そこには「死」に面と向き合うことを避ける心理