柴田裕之のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
アライメント問題、不可謬性、執拗さ、理解不能な多元データに基づく判断、そして自律性。そういった特徴を持つAIは経済動機や国家統制の動機で社会の混乱や対立を煽ったり、監視やスコア制に活かされたりするかもしれない。疑心暗鬼に陥った独裁者と組み合わさると破壊兵器の使用に繋がるかもしれない。
これらを回避するには人類がAIをコントロールしないといけない。はたして人類は協調してそれができるのか、が問題。まさに技術はどう使うか。痛い目を見ないと協調できない気がするが、その痛みにたえられるのか。ラジオがナチスに繋がったようなことがもっと酷い形で起きないか。心配。 -
-
-
Posted by ブクログ
“NEXUS“、本書ではAIに焦点をあて、人類の体制メカニズムにどう影響するか、功罪を鋭い視点で分析。AIを「知識はあれば意識はない」"Alien Intelligece"とし、我々が過ごしてきた時代とは根本的に質の異なる時代の到来を指摘している。
確かにいまのAIは偏ったデータセット、特にそれらは「負の感情」が渦巻くSNSを大量に食べて育っている。そして人類の目的とAIの目的は多くの場合アラインメントしておらず(そもそも人類は自身の目的を理解出来ていない)、AIに判断を委ねる世界では彼ら彼女らのデータポイントは人間の既知を超えるものになる。結果、使う側の人間の思想が色濃く -
-
Posted by ブクログ
前半は概念的な解説が続き、ところどころ短い事例が紹介されているが、それでも理解が難しい箇所があり、『サピエンス全史』と比べて、正直読むのに苦労した。ただし78ページの模式図を何度か見返すことで、筆者の主張が少しずつ分かってくる。情報のもたらす「真実」と「秩序」、さらにそこから生み出される「知恵」と「力」の因果関係は、魔女狩り、ヒトラー、スターリンの事例を紹介する中で徐々に頭に入ってきた。特に後半は読むスピードが上がり、引き込まれていった。
読み進める中で、ある程度の世界史の知識は必須であり、時々ウィキペディアでおさらいした。情報ネットワークが無かったことにより、前近代において民主主義が機能しな -
-
-
-
-
Posted by ブクログ
下巻を読んでいて既視感を覚えた。ああ、これって唯幻論と同じだ、と。岸田秀氏が唱えた唯幻論~社会で起きていることは全ては共同幻想(オリジナルは吉本隆明氏)で説明できる~と若い頃の自分に世の中を分かったような気にさせてもらった。その頃は時代性もあって、○○主義はどうなのか、というような議論でしか見ていなかった気がするけれど、それでも、良いも悪いも幸せも不幸せも幻想だよって言われて突き放された感があった。で、いま、何が正しいんだか今日より明日の方が良いかどうかわからないこの時代に、こうして人類史として見せられると、歴史の必然は必然として理解はできる。
じゃあどうしたい? 筆者も述べているこの言葉を -
-
-
-
-
-
Posted by ブクログ
「死」について、論理的に考えてみるのは、確かに興味深い。
意識が無くなったら死と言えるのか。
肉体が残っていても、それは死と言えるのか。
様々なパターンを例として挙げながら、学生たちに「あなたはどう考えるか?」と問う形式の授業内容をまとめたものだ。
本書の中に、余命宣告を受けた学生が、この授業を受講したエピソードが記載されている。
その学生が、この授業をなぜ選択したのかは分からない。
死に向き合おうとしての選択なのか。
単純に「死」を知識として探求したい目的の受講なのか。
当たり前であるが、死を体験して自身で理解することは、論理的に不可能だ。
死ぬ瞬間については想像できるかもしれない。
しかし