柴田裕之のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「あなたは自分がしていることを堂々と母親に告げられますか?」
これはebayが他国に進出する時、倫理規定を考えた時に考え出した言葉である。はっとさせられる言葉である。
コンピュータはプログラムを忠実に実行するだけだが、ヒトは何らかの意図を持ち、複雑な行動を組み合わせて何らかの結果を生む。
海馬により短期記憶、睡眠により定着すると言われている記憶はいずれも過去のモノである。
各種ホルモンは未来の行動の方向性、意思決定の際のバイアスであると考える。これの異常が、うつ、発達障害などや影響しているのはもはや疑いは無いだろう。
本書が示すのは、我々の行動、特に他者へのいたわり、優しさの根源には、オキシトシンが関わっているという研究結果である。
さらには、オキシトシンとは逆の働きをするテストステロン、そしてそれらのバランスを我々はとっているらしいという調査結果である。
オキシトシンの分泌を増やすことも可能だ。手をつなぐ、ハグする。個人的にはメールときたま電話でもいいから、日々感謝することが大事だと思うし、そう実感する。
我々はときたま後悔をする。その後悔もこういうホルモンのなせるワザなのかもしれない。
後悔とは何かをなす前に出来ないから後悔なのだろうが、最初に引用した言葉を都度思い出すことで、より良い決定が出来ると信じる。 -
Posted by ブクログ
人の信頼関係を、小さな分子(ペプチド)で、脳の中で信号を送る神経伝達物質と、血液中でメッセージを運ぶホルモンの両方の働きを持つ「オキシトシン」に着目して、どのような時にそれが分泌されるのか、あるいはそれを注入した場合にどのような影響を与えるのか等の実験から「愛と共感」との相関を導き出し、それこそが経済を繁栄に導くと説く。
共感あるいは信頼関係が経済活動にブラスに働くというのはパットナムの『哲学する民主主義』以降、定番とも言える言説ですが、ハグやマッサージのようなスキンシップあるいは宗教やダンスそして感動の物語でオキシトシンが分泌され共感と信頼に繋がるとの実験結果はとても新鮮で良かった。 -
Posted by ブクログ
脳科学、生物学的な知見も含めた行動経済学に興味があり、新しい社会のモデルについて知りたくなり手に取る。
伝達物質のひとつである「オキシトシン」が信頼と共感を生み、資本主義に代わる新しい経済のあり方について研究の成果に基づいて説明している。
オキシトシンは女性ホルモンであり、他者からの信頼を得ることで一時的に自らもオキシトシンが増加することで、利他的で非合理的な行動をとるという。
公共財ゲームや信頼ゲームといった実験を重ねることで、特に愛情を受けて育った人、信仰の深い人は他人を信頼し幸福度が高いことが分かる。
しかし、進化の過程で人間は生存するために、知能をもった他の生物から生き延びるために「テストステロン」といった競争を促す男性ホルモンをもって進化してきたと述べる。
テストステロンが分泌されることでオキシトシンは分泌を抑えられるが、他人から騙されることもなく、敵対心をもつことで危険から身をまもることにもなっている。
特にテストステロンは罰を与えることに快感をもつため、社会の秩序を保つことにも自然となっているという。
現に、先述のゲームでも罰を与える(法を規定)することで他人を裏切ることはなく、安定した秩序を保てることも述べている。
資本主義の限界が各方面で言われているなか、新しい経済モデルを人間の生物学、脳科学の知見を取り入れて考えることは非常に面白いと思った。 -
Posted by ブクログ
近代における独裁政治についてのわかりやすいレポートという感じで、表題にある印象とは大分乖離しているように感じた。
独裁者が置かれている状態を細やかに解説し、いずれ最終的には破綻してしまうこと、なぜ独裁政治というものが絶えないのかについても詳細に説明している。
地政学の知識があれば、もっと実感して理解出来るのだろうが、あいにくそのあたりの知識は薄くて、結果として隔靴掻痒な感が強かった。
著者の主張としては独裁政治というのは、爆弾を抱えて、地雷の上で綱渡りをしているようなものだから、平和とはほど遠い。破綻が約束されているというのに、独裁者が破滅したり、亡命して国からいなくなっても、独裁政治の構造だけは残って、別の誰かが独裁者になることは多分にあるという。
危うく権力構造は脆弱で均衡に欠くと書きながら、存外と長く続くそれや、長命な独裁者の存在を例に挙げたりするので、なんかこう……アンビバレントだなあと、モヤつく部分もあった。
わりとだらだらと事例というかレポートが続く感じなので、読んでいると中だるみを覚える。著者の主張は最終章である9章にぎゅっとつまっているので、こちらを先に読んだ方が理解が早いかもしれない。
時代は変化する。あたらしい技術は、新しい体制の基礎となって過去に有効だった前提自体が通じなくなっている。その事実を踏まえての臣民の目という古くも新しいギアがこれからは重きを成すだろうという、割と楽観的な主題だったんじゃないかな? -
Posted by ブクログ
ネタバレ上巻は世界史寄りの話だったが、下巻の、特に後半は、現代やこれからの未来に対しての問題提起。
フランケンシュタインを例に、当然ながら人間は決して自らの上位互換の存在を認めないこと、もし現れたらどうなるか、という考え方が平和ボケした自分には印象的だった。
子供の養育にまつわる労働を例に取ろう。カーネマンの研究から、喜びを感じるときと単調な苦役だと感じるときを数え上げてみると、子育ては相当に不快な仕事であることが判明した。労働の大半は、おむつを替えたり、食器を洗ったり、癇癪を宥めたりすることが占めており、そのようなことを好んでやる人などいない。だが大多数の親は、子供こそ自分の幸福の一番の源泉であると断言する。これはつまり、人間には自分にとって何が良いのかがよくわかっていないことを意味するのだろうか?
そういう見方もできるだろう。だがこの発見は、幸福とは不快な時間を使い時間が上回ることではないのを立証しているとも考えられる。幸せかどうかはむしろ、ある人の人生全体が有意義で価値あるものと見なせるかどうかにかかっているというのだ。
幸福には、重要な認知的・倫理的側面がある。p307
スプートニクとアポロー一号が世界中の想像力を掻き立てたときには、世紀末までには火星や冥王星の宇宙植民地に人々が暮らしているだろうと、誰もが予想し始めた。こうした予測のうち、実現したものはほとんどない。その一方、インターネット時代の到来を予見した人は誰もいなかった。p346
もし本当にサピエンスの歴史に幕が下りようとしているのだとしたら、その終末期の一世代に属する私たちは、最後にもう一つだけ疑問に答えるために時間を割くべきだろう。その疑問とは、私たちは何になりたいのか、だ。「人間強化問題」p347 -
Posted by ブクログ
ネタバレはじめに
本書を読み終えたとき、私はまず「偶然」を単なる例外ではなく、世界の基本構造として捉え直すことになるだろう。努力や意思決定を否定する本ではない。むしろ、私たちが自分の人生を「自分で完全に選んでいる」と思い込みやすいことへの、静かだが強い異議申し立てとして読んだはずだ。
認知の偏り
特に印象に残るのは、人間の脳が世界を正確に写し取るのではなく、少ないエネルギーで素早く判断するために、差分や異常を拾うようにできているという視点だ。これは認知の歪みであると同時に、生存のための合理性でもある。私たちは世界を「正しく理解する」より先に、「すぐ動けるように理解する」ようにできているのだろう。
複雑な世界
本書が描く世界は、単純な因果で整理できるようでいて、実際には無数の小さな要因が絡み合い、予想外の結果を生んでいく。だからこそ、成功も失敗も、個人の能力だけで語ることには無理がある。私はここで、自己責任論の薄さと、物事を一直線に解釈したがる思考の危うさを強く感じるだろう。
自由意志への視線
それでも本書は、私たちを無力だと言いたいのではない。むしろ、自分が完全には支配していない世界の中で、それでも選び、働きかけ、影響を残していく存在として人間を捉え直している。自由意志とは、全能の支配権ではなく、不確実性の中で応答し続ける力なのだと、私は受け取ったはずだ。
読後の実感
読み終えたあとに残るのは、世界への畏れと、少しの解放感だろう。すべてを説明しきれないことは不安でもあるが、同時に、人生が固定された設計図ではないことの慰めでもある。偶然を敵にせず、複雑さを前提に生きる。その姿勢こそが、本書のいちばん実践的なメッセージだと思う。