柴田裕之のレビュー一覧
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人類が気を付けるべきことや将来の可能性について考察した本。私たちの生活は、技術の進歩によってすぐに変わるかけではない。しかし。気づいた時には昔よりも進歩した社会になっているかもしれないことを思い知らされた。ホモ・デウスに比べると現実問題に焦点を当てているので、読みやすいものとなっていると感じた。
第5部に分かれているが、テクノロジーと政治面の課題は将来に繋がる問題、残り(欲望、真実、レジリエンス)はとりわけ現在解決できそうな具体的な問題について述べられている。
まず、目覚ましい発展を遂げているテクノロジーが生み出すアルゴリズムは、私たちの意思決定の判断をするかもしれない。すると、大量 -
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所有しない経済。クラウドから好きなコンテンツを楽しみ、3Dプリンタによるインフラに居住し、シェアリングされた車で移動。ユニバーサルアクセス可能な電力やネットワークを使い、バーチャル空間で人間関係を満足させ、性欲を満たす。
資本主義の跡継ぎとして共同型コモンズで展開されるシェアリングエコノミーがある。そうする事で過剰な生産が抑えられ、地球にも優しい。人間の労働にもゆとりが生まれ、貧富の差も縮小する。
理想は分かるが、これだとグローバル公共経済を実現した共産主義にならねばならず、プラットフォーマや、そのシェアリングインフラを保守、提供する側のモチベーションはどのように保たれるのか。脱成長論は究 -
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読書会で読むことにした本でなければ、途中で挫折していたかも(笑)
苦労しただけに読み終わった後のクリア感は半端ない。作者が結論を明確に(敢えて)しないので、それぞれの具体例が最終的にどこに帰結するのか忍耐力が必要。
読み終わった後に「虚構」=物語の位置付けを咀嚼し直して、メタ認知。ようやく視界が広がってこの本の全体像を把握した。
ホモ・サピエンスは物語(虚構)を作ることで力を得てきた。(これは「サピエンス全史で著者が解き明かしてきたことだ。いわゆる「認知革命」である)国家、宗教、イデオロギー、貨幣経済等を作ることで集団の力を発揮し、人々はその物語に陶酔すらした。大きい物語であればあるほど、そ -
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・感想
お金と時間の幸福路線をわかりやすくまとめた書籍。
2回目の読み直しだが参考になりました。
・Todo
★スマホ等テクノロジーの進化にともない、時間がどんどん間刻みになり、ストレスが溜まっている。
★お金を稼いだら裕福になると思いきや、その上の暮らしを永遠に求め続けるだけである。
★今日より明日のほうが時間があると思ってしまう。
★自分がどんなふうに時間を使っているかを観察し、ときめいた時間を継続。嫌な時間を捨てる。
★時間を節約できる買い物に投資する
★時間の捉え方を変える。
★なぜこれをやっているのかを問う。
★空っぽのゆとり時間を設ける。
★自分が時間に合わせ -
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序盤の「宗教的に考えません」って所でもう心を掴まれてたんだけど、形而上学的な考察が長くてって言うか終始それなんだけど中弛みがありはした。
ただ、やはり、死の考察はそれぞれがやるべきだけど「宗教がこういうからこう思う」で済ませる人を否定も出来ないなと改めて思った。
結局、この本の言ってる事を踏まえた上で抽象化すると、身近に例えると「人=細胞」かな。システムではあるんだけど、それを悪性や良性に分けたり、殺す意味や細胞の適齢を伸ばす意味、生まれ変わりとしての代謝、自浄作用などを自分の体内で起こってる事なんだけど俯瞰で見るとこういう言い方にもなるのかなとも思いながら。
ただ、私の死に対する恐怖は単 -
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一貫して読みやすく言いたいこともかなりクリアーになっていたと思います。つまり人類はようやく最近になって(大規模な)飢饉、疾病、戦争をなくすことに成功した。さて次は何を求めるのか、ということで著者があげているのが不死、幸福、神性の3つです。この3つのキーワードは多少誇張されているとは言え、方向性としては同意できました。つまり寿命をいかに伸ばすか、幸福度をいかに高めるか、そしてその2つを達成できればできるほど人類は神に近づく、という論調ですが、これが全世界に当てはまるかといわれるとNOという印象は持ちました。つまりここで書かれていることの多くは一神教の宗教が浸透している地域の未来予想図であり(キリ
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Posted by ブクログ
人類が世界の完全なる支配者に進化してきた過程を考察した前著「サピエンス全史」の続編。
まず、本編が著されてから6年後に書かれた冒頭の「文庫版への序文」で新型コロナ拡大とロシアの侵略戦争への危惧と克服を期して始まる。そして第1章で「この予測は予言というよりも現在の選択肢を考察する方便という色合いが濃い。この考察によって私たちの選択が変わりその結果予測が外れたなら考察した甲斐があったというものだ。予測を立ててもそれで何一つ変えられないとしたらどんな意味があるというのか。...歴史を学ぶ目的は私たちを押さえつける過去の手から逃れることにある。...歴史を学んでも何を選ぶべきか分からないだろうが少なく -